※本記事は、Antonio Franchi氏による講演「From danger zones to drone zones: How AI and robotics are revolutionizing maritime safety」の内容を基に作成されています。本講演はITUが主催し、50以上の国連パートナーおよびスイス政府と共同開催するAI for Goodプラットフォームにて公開されており、動画は https://www.youtube.com/watch?v=Ft1Vc8E0vjQ でご覧いただけます。本記事では講演の内容を要約しております。なお、本記事の内容は原著作者の見解を正確に反映するよう努めていますが、要約や解釈による誤りがある可能性もありますので、正確な情報や文脈についてはオリジナルの動画をご視聴いただくことをお勧めいたします。
登壇者のAntonio Franchi氏は、オランダのUniversity of TwenteにてAerial Robotics Controlの正教授を務めています。同氏はAuto Assessプロジェクトにおいて、複雑な環境下での接触検査時における精密かつ安定した力制御を実現するためのメカトロニクス設計および制御戦略の開発をリードしています。
1. 道具づくりという人類の本質とロボティクスの位置づけ
1-1. 石器から宇宙時代へ――再帰的発明のパラダイム
発表者: 人類の歩みを振り返ると、私たちが他の種と一線を画するようになったのは、力でも速さでもありませんでした。それは道具を作る能力です。最初の石器が形作られた瞬間から、私たちは自らの手の届く範囲を広げ、力を増幅させ、命を守るための道具を作り続けてきました。道具は私たちが世界を形作ることを可能にし、そして逆に、道具によって私たち自身も形作られてきたのです。
しかし、ここで重要なのは、人類が単に道具を作るだけにとどまらなかったという点です。私たちは既存の道具を維持・管理するための道具を作り、さらにより優れた道具を生み出すための道具をも作ってきました。この「道具が道具を生む」という再帰的な発明・洗練・再発明のプロセスこそが、人類を石器時代から宇宙時代へと押し上げた原動力です。そして今日、この連続する営みは新たな時代、すなわちロボティクスの時代へと私たちを導いています。
1-2. 3Dの克服と人間の健康を守るロボティクスの使命
発表者: ロボティクスは、人類の先史時代からの道具づくりの歴史と断絶したものではありません。それはその延長線上にあります。ロボティクスの本質とは、労働の身体的・精神的な負担を軽減する道具を作る現代の科学です。具体的には、いわゆる「3D」――Dull(単調)、Dirty(不衛生・有害)、Dangerous(危険)――な作業を解決することを目的としています。
この観点から見ると、ロボティクスは人間の健康を守る静かながらも強力な力として機能しています。医学が身体を癒すように、ロボティクスは人を危険な環境から遠ざけ、反復による身体的損傷を減らし、労働をより安全で持続可能なものにすることで、身体を守ります。
ここで明確にしておきたいのは、ロボティクスの目的は人間を不要にすることではないということです。目的はあくまでも、仕事の中にある「有害な部分」を取り除くことです。そうすることで、人間は思考し、創造し、判断し、そして他者を気にかけることに集中できるようになります。さらに言えば、ロボティクス自体もまた、新たな道具を作り、既存の道具を良好な状態に保つための道具です。この再帰的なパラダイムは、人類がその姿となるまでに形作ってきた道具づくりの本質そのものと言えます。
2. 海事産業が抱える構造的課題
2-1. 世界経済を支える海運と船体検査の現実
発表者: ロボティクスのビジョンが最も切実に求められている場所、それが海事産業です。人類がこれまでに作り上げた最大かつ最も強力な道具、それは海洋船舶です。これらの鋼鉄の巨人たちは、世界貿易の80%を体積ベースで、70%を価値ベースで運搬しており、私たちの世界経済を支える見えないインフラを形成しています。
しかし、これほど巨大で重要な構造物であるがゆえに、その維持管理は極めて過酷な現実を伴います。船舶は常に厳しく腐食性の高い環境にさらされており、構造的な健全性を絶えず監視し続けなければなりません。そして現在、この仕事を担っているのは人間の検査員たちです。彼らは閉鎖された暗く有毒なスペースの中を這いずり回り、しばしば命の危険を冒しながら作業を行っています。
2-2. 人的・経済的コストの深刻さ
発表者: この現状がいかに深刻かを示す数字があります。船体検査に関連した事故により、毎週1人が命を落としています。これは単なる統計ではなく、現在進行形の人道的な問題です。そして人的コストだけではありません。経済的なコストも驚くべき規模に達しています。検査コストとして年間110億ユーロ、さらに作業停止による損失として年間160億ユーロ、合計270億ユーロもの費用が毎年費やされています。
これはもはや非効率というレベルの話ではありません。このままでは持続不可能です。人の命が毎週失われ、膨大なコストが業界全体にのしかかっているこの状況こそが、ロボティクスと人工知能による抜本的な解決策を必要としている理由です。
3. Auto Assessプロジェクトの全体像
3-1. 設立背景と参加機関
発表者: こうした海事産業の構造的課題に正面から取り組むために立ち上げられたのが、Auto Assessプロジェクトです。このプロジェクトはEUおよびスイス連邦政府の資金提供を受け、ロボティクス、AI、海事工学の分野における第一線の専門家たちを結集した国際共同研究です。その使命は明確です。危険な検査作業から人間を完全に取り除くことです。
3-2. マルチロボットシステムの構想と目標
発表者: Auto Assessが描くビジョンは、複数のロボットが連携して動作するマルチロボットシステムによって、船舶の最もアクセス困難な部位を自律的に探索・検査・分析するというものです。人間の検査員は危険な閉所に入る必要はなく、船内の安全で快適なエリアに留まりながら、システム全体を監督する役割を担います。
システムの構成要素は大きく三つに分けられます。まず、狭隘な空間をマッピングする機動性の高い探索用ドローンです。次に、小型化された超音波センサーを搭載した検査用ドローンです。そしてAIを活用した構造的欠陥の検知・予測システムです。これらが統合されることで、検査プロセス全体がより速く、よりスマートに、そしてより安全になります。
定量的な目標も明確に設定されています。現状では15日間を要する船体検査を24時間以内に短縮すること、1隻あたり約100万ユーロのコスト削減を実現すること、そして最も重要な目標として、人命を救い、検査員の労働環境を抜本的に改善することです。Auto Assessはまさに、道具で道具を維持するという人類の再帰的な発明パラダイムを、現代の最先端技術で体現するプロジェクトと言えます。
4. 物理インスペクタードローンの技術革新とライブデモ
4-1. 「接触して測定する」航空マニピュレーターのパラダイムシフト
発表者: Auto Assessシステムの中核をなすのが、物理インスペクタードローンという革新的な存在です。従来のドローンは対象物を遠くから観察するだけでした。しかしこの物理インスペクタードローンは、環境と物理的に相互作用できる航空ロボット、すなわち「航空マニピュレーター」です。これはロボティクスにおける全く新しいフロンティアであり、飛行しながら触れ、測定し、周囲の世界を操作できるシステムです。
技術的な核心は、超音波センサーと電磁センサーという二種類の高度なセンサーを搭載している点にあります。これらにより、接触ベースの検査と、肉厚や腐食といった構造的健全性の計測が可能になります。これは単なる機能のアップグレードではありません。ロボティクスにおける完全なパラダイムシフトです。
この技術は一朝一夕に生まれたものではありません。私はドイツのMax Planck Institute、フランスのCNRS、そして現在のオランダのUniversity of Twente、イタリア・ローマのSapienza Universityと、複数の研究機関を率いながら、10年以上にわたってこの技術の開発を続けてきました。そして今、この技術はテスト段階を超え、実世界への展開が現実のものとなっています。Auto Assessプロジェクトの中では、私たちのチームが安定かつ正確な物理的インタラクションを実現するためのメカトロニクス設計と制御戦略の開発をリードしています。この技術の市場投入に向けては、プロジェクト内の二社、ScoutdiとFlyabilityがすでに準備を整えています。
4-2. Elios 3によるライブデモンストレーションの実際
発表者: ここで、Flyabilityが開発したElios 3プラットフォームの現状を、ライブデモンストレーションという形でお見せします。FlyabilityのパイロットであるConstantine が操縦するこのドローンが実演するのは、金属面への接触による肉厚測定です。これはまさに、船舶のバラストタンク内部で行われる検査そのものです。
デモが始まると、まずドローンが離陸し、周囲の環境をスキャンしながらリアルタイムでマップを構築していきます。このマップはドローン自身が環境を理解し、自己位置を把握するために使用されており、安全な飛行を維持するための根幹となっています。オペレーターはドローンの視点映像と構築されるマップを同時に確認しながら操作を進めます。
次に、オペレーターが検査対象の金属面にドローンを近づけます。ドローンは物理的な接触が発生しても全く問題なく安定を保ちます。これはメカトロニクス設計と制御技術の賜物です。金属面に接触した状態で超音波センサーが作動し、計測値がリアルタイムで表示されます。画面上に現れるピーク信号が、金属の肉厚をオペレーターに伝えます。一箇所の測定が完了すると、オペレーターは別の箇所へドローンを移動させ、複数点の測定を行います。これにより金属の品質を総合的に把握することができ、船舶が安全な状態にあるかどうかを確認するうえで極めて重要なデータが得られます。
ミッションが完了すると、オペレーターはドローンに帰還を指示します。ドローンはこれを自律的に実行し、出発地点へと安全に着陸します。この自律帰還機能により、オペレーターは操縦の細部に集中し続ける必要がなく、認知的負荷が大幅に軽減されます。
このデモが証明したのは、空中を飛行するロボットが複雑な環境と物理的に相互作用し、精密な構造計測を実施できるという「実現可能性」です。これは概念実証であると同時に、検査の未来そのものを垣間見せる実演でもありました。ロボットが人間の立ち入るべきでない場所へ赴き、人間には成し得ないことを成し遂げる、その未来がすでに始まっています。
5. 今後の開発方向と技術倫理
5-1. 産業グレード化・エコシステム統合・長期モニタリング
発表者: 今回のデモで示したのはあくまでも出発点です。私たちの現在および今後の焦点は、この技術を真の意味で産業グレードの解決策へと転換することにあります。その方向性は大きく四つに整理できます。
第一に、検査プロセスの高速化・反復性・精度の確保です。ロボット化された工場で期待されるのと同等の品質と信頼性をもって、検査を速く、繰り返し、正確に実施できるようにすることが目標です。
第二に、人間オペレーターの認知負荷の低減です。現状ではオペレーターが狭い空間の中でドローンを手動で操縦する必要がありますが、将来的にはオペレーターは高レベルのタスク監督に専念できるようになります。ナビゲーション、接触制御、データ収集といった複雑な処理はインテリジェントシステムが担い、人間はその上位の判断に集中するという構造です。
第三に、Auto Assessエコシステム全体とのシームレスな統合です。具体的には、マッピングドローン、デジタルツイン、AIベースの欠陥検知システム、そして意思決定支援システムとの連携です。物理インスペクタードローン単体の性能向上にとどまらず、システム全体として機能することが求められます。
第四に、長期的な船体健全性モニタリングの実現です。毎年繰り返し検査を行うことで、各船舶の構造的な変化を記録した「生きたデータベース」、すなわち各船舶の構造的進化を記憶するデジタルメモリを構築していくことができます。これは単なるスナップショットではなく、時間軸を持った継続的な健全性管理の基盤となるものです。
5-2. 道具が映す人間の価値観――技術倫理と社会的責任
発表者: このキーノートを締めくくるにあたり、Auto Assessというプロジェクトが持つ意味について、少し立ち止まって考えたいと思います。あらゆる技術的な取り組みと同様に、Auto Assessは単なるプロジェクトではありません。それはより深い真実の顕現です。すなわち、私たちが作る道具は、私たちが持つ価値観を反映していなければならないという真実です。
ロボティクスは、仕事から危険を取り除く力を私たちに与えてくれます。人間の尊厳を守り、より強靭な世界を築くための力です。しかし、その力をいかに使うかは、エンジニア、政策立案者、ビジネスリーダー、そして市民一人ひとりにかかっています。道具は賢く、倫理的に、そして人道的に使われなければなりません。
なぜなら、道具とはそれが「何をするか」だけで定義されるものではないからです。道具とは、私たちがそれを使うことによって「何者になるか」を映し出すものでもあります。Auto Assessを通じて、私たちはより安全で、より公正で、より人間らしい働き方の未来を作ることができると信じています。プロジェクトに関わるすべての方々、そして本日ご清聴いただいた皆さんに、心より感謝申し上げます。
