※本記事は、世界経済フォーラム第56回年次総会(ダボス会議2026)のセッション「Chinese Economy: Fully Emerged?」の内容を基に作成されています。セッションの動画は https://www.youtube.com/watch?v=4vaf0iwYNO8 でご覧いただけます。
登壇者は、JD.com最高経営責任者のSandy Xu Ran氏、香港取引所会長のCarlson Tong氏、中国国際経済交流センター上級専門家諮問委員会メンバーおよび世界経済フォーラム理事会メンバーのZhu Min氏、中国銀聯董事長のDong Junfeng氏、モデレーターを務めたCGTNのTian Wei氏、およびコーネル大学教授のEswar Prasad氏です。
本記事では、セッションの内容を要約・構成しております。なお、本記事の内容は登壇者の見解を正確に反映するよう努めていますが、要約や解釈による誤りがある可能性もありますので、正確な情報や文脈についてはオリジナルの動画をご覧いただくことをお勧めいたします。世界経済フォーラムの詳細については公式ウェブサイト http://www.weforum.org/ をご参照ください。
1. セッション概要と登壇者紹介
1-1. モデレーターによる開会と問題提起
Tenwe: 皆さん、おはようございます。交通渋滞の中を駆けつけてくださり、誠にありがとうございます。本日のセッションは、世界経済フォーラム年次総会とCGTN(中国国際テレビ)の共同開催です。私はCGTNのモデレーター、Tenweと申します。本日のテーマは「中国経済:完全に台頭したか?」です。このテーマにはクエスチョンマークがついていますが、今日ここに集まった皆さんの中で、まだそのクエスチョンマークを頭の中に持っている方がどれほどいらっしゃるでしょうか。
過去40年にわたり、中国は計画・イノベーション・統合を組み合わせたハイブリッド型の発展モデルを試行しながら前進してきました。そして今、私たちは地政学・地経学、さらにはテクノロジーの急速な革新という複雑な背景の中に立っています。中国経済も昨日とは異なる姿を見せています。では、それは世界にとって何を意味するのか。今日はその問いに真正面から向き合います。
1-2. パネリストの紹介
Tenwe: 本日のパネルには、各分野の第一線で活躍する方々をお迎えしています。まず私の左隣に座っていらっしゃるのが、中国銀聯(China UnionPay)の董事長、Dong Junfengさんです。続いて、中国のJD.comの最高経営責任者、Sandy Ranさん。そして、中国国際経済交流センター(CCIEE)上級専門家諮問委員会メンバーであり、世界経済フォーラムの理事会メンバーでもあるDr. Juさん。さらに米国コーネル大学の教授であり、現在世界経済と中国に関する新著を執筆中のEswar Prasadさん。そして最後に、香港取引所(HKEX)の会長であるCarlson Tongさんです。
今日は、この錚々たる顔ぶれとともに、関税戦争・AI・人民元の国際化・資本市場・国内消費など、中国経済をめぐる多岐にわたるテーマについて議論を深めてまいります。
2. 過去5年間の中国経済の変遷と新成長モデルへの転換
2-1. 不動産崩壊・地方財政危機・消費低迷が迫った構造転換(朱氏)
Ju: 過去5年間は、中国にとって決して容易な時期ではありませんでした。まずコロナ禍があり、その後に不動産セクターの崩壊が起きました。中国の住宅販売面積は2017年時点で年間約17億平方メートルに達していましたが、現在はその半分、約8億5000万平方メートルにまで落ち込んでいます。不動産市場が実質的に半減したことは、経済全体に対して極めて大きな打撃でした。さらに地方の財政プラットフォームも深刻な問題を抱え、消費も低迷しました。しかしながら、中国はマクロ政策によってこれを乗り越え、特に不動産セクターにおいて「システミック・クライシス」を回避したことは、容易ではなかったにもかかわらず達成できたという意味で、非常に重要な成果だったと思います。
こうした経験から得た最大の教訓は、成長モデルを根本的に転換しなければならないという認識です。不動産・地方財政・インフラ投資・輸出に依存した従来のモデルは、もはや持続可能ではありません。今後5年間、中国は新しい成長モデルへと移行していくことになります。
2-2. 信用主導型投資モデルの限界と2025年の貿易黒字1.2兆ドルが示す構造的不均衡(Prasad氏)
Prasad: Juさんが指摘された経済の再バランスと構造転換の必要性は、中国だけでなく世界全体にとって非常に重要な問題です。米国が中国をはじめ多くの国に対して関税の壁を設けたことで、中国は輸出先を多様化することで対応してきました。しかし問題の本質はそこにあります。コロナ後の数年間を振り返ると、経済成長を牽引してきたのは信用供与に依存した投資主導型の「古いプレイブック」でした。投資そのものが悪いわけではありませんが、それが行われているのは、不動産投資や民間投資が経済への信頼感の欠如から低迷しているという状況下です。その結果、成長を支えているのは主に公共投資であり、その多くは必ずしも収益性や効率性が高いとは言えません。
その証左として、2025年に中国が記録した貿易黒字は1兆2000億ドルに達しました。これは中国の輸出競争力の高さを示すものではありますが、一方で国内経済にいかに深い構造的不均衡が積み重なっているかを表しています。中国が輸出で世界を牽引するのではなく、世界が中国の輸出を吸収しなければならない構図になっていることは、中国にとっても世界経済にとっても問題です。2008年の世界金融危機後に中国が世界経済を引っ張ったように、今また中国が内需を主軸に世界経済を牽引する役割を担えるのかが問われています。米国の関税と中国の輸出攻勢が重なれば、世界中で貿易障壁が高まるリスクがあります。中国がこの構造問題を修正することは、自国のためだけでなく世界のためにも不可欠です。指導部は何をすべきかを理解しているとは思いますが、問題はその実行に向けた緊迫感と推進力があるかどうかです。
Tenwe: ここで一点補足しておくと、今議論している黒字と赤字はあくまでモノの貿易に関するものです。中国はサービス貿易においては世界最大級の赤字国の一つであり、昨日の副首相の発言によれば、中国はそのことを問題視するどころかむしろ歓迎しているようです。この点は議論の文脈として重要です。
2-3. 技術革新・製造高度化・内需拡大・対外投資という4つの新成長の柱(朱氏)
Ju: 新しい成長モデルの第一の柱は、テクノロジーです。とりわけ人工知能において、米中は競い合っています。基礎研究の領域では米国がリードしていますが、応用の領域では中国がある意味でリードしています。米国がAGI(汎用人工知能)を目指しているのに対し、中国はAI「プラス」、すなわちあらゆる産業への垂直的な応用を重視しています。また、オープンソースで安価な中国モデルが普及しており、世界中の企業や開発者が中国モデルを活用するようになっています。たとえばアリババのモデルは、安価で小規模かつ適応性が高く、自社環境に持ち帰ってカスタマイズできるという特性から、米国でも最も広く使われている中国モデルの一つとなっています。
AIに加えて量子コンピューティングも急速に進化しています。米国が汎用量子コンピューターを追求しているのに対し、中国は特定機能に特化したモデルを開発しており、現行コンピューターと比べて1億倍の速度で特定タスクを実行できるとされています。さらに核融合エネルギーも重要な技術分野です。中国はロシアから供与された技術を約50年間活用してきましたが、今ではレーザービーム方式の核融合システムへと移行しており、この分野でも米国と拮抗しています。そしてロボット産業においては、中国が世界のロボット投資の52%を占め、世界のロボットの半数が中国に集積しています。
第二の柱は製造業のアップグレードです。過去45年を振り返ると、最初の20年は「安価な中国製」、次の20年は「安価で質の良い中国製」でした。次の20年は「安価で、質が高く、ハイテクな中国製」を目指す段階に入ります。
第三の柱は国内消費の拡大です。貿易戦争という不安定な外部環境を踏まえれば、自国の消費基盤を強化することは不可欠です。サービス消費の拡大も大きな課題となります。
第四の柱は中国資本の海外展開です。特に民間セクターの対外投資が本格化することは、受け入れ国にとっても大きなメリットをもたらすと考えています。中国の国内市場の開放とともに、この動きは世界経済にとって重要な意味を持つことになるでしょう。
3. 国内消費の現状・課題・政策対応
3-1. 消費刺激策の効果と限界:2025年の買い替えプログラムと失速した後半の動向(Ran氏)
Ran: 昨年の国内消費については、確かに課題に直面していたと率直に申し上げなければなりません。ただし、2025年前半は政府の消費刺激策、特に「消費財買い替えプログラム(トレードインプログラム)」の効果により、明確な成長モメンタムが見られました。JD.comとしてもその恩恵を実感しており、前半は顕著な伸びを示しました。しかし後半に入るとそのモメンタムは減速し、現在のデータを踏まえると、近い将来においても国内消費には短期的な課題が残ると認識しています。
とはいえ、まだできることは多くあると考えています。サービス消費、農村市場、サステナブル・グリーン製品といった分野には成長余地があります。さらにイノベーションが新たな消費需要を生み出しているのも事実で、AI機能を搭載した製品が新たな消費トレンドを形成しています。AIロボットやスマートグラスなどがその代表例です。政策の方向性は正しい方向に向かっており、2026年もトレードインプログラムが継続されることで日常的な消費支出を下支えすることが期待されています。
政策立案者への提言として、まず住宅・自動車の購入制限のさらなる緩和を求めたいと思います。次に、波及効果の大きいカテゴリー、具体的にはベビー・育児用品、ヘルスケア製品、サービス消費といった分野への追加的な刺激策の展開を望んでいます。これらは消費全体に対するリプルエフェクトが大きく、政策効果が広範囲に波及すると考えられるからです。
JD.comとしては、こうした状況に対して積極的な投資を行っています。昨年はR&Dリソースに大規模な投資を行い、トレードインプログラムを円滑に実施するための仕組みを整えました。消費者がスムーズにプログラムの恩恵を享受できるショッピング体験の構築に注力しました。また農村市場への投資として、約300億人民元を投じて地方の物流インフラを整備し、町や村のユーザーがより速く信頼性の高い配送サービスを受けられるようにしました。さらに下位都市・農村市場のユーザーに向けたプロモーション・マーケティングおよびカスタマーサービスの強化にも取り組みました。加えて、大規模なユーザーベースを活かし、ブランド・メーカーと連携してC2M(Consumer to Manufacturer)型の商品開発を進め、新興消費トレンドをいち早く捉えられる体制を構築しています。なお、2025年第4四半期時点でJD.comの年間アクティブ顧客数は7億人に達しています。
3-2. UnionPayの決済データが示す消費変容:モノからサービスへ、大都市から地方都市へ(Dong氏)
Dong: UnionPayは決済ネットワークであるとともに、クリアリング機関でもあります。1日あたり10億件以上のトランザクション、1兆人民元規模の決済量を処理しており、中国の消費動向を映す一種のバロメーターとして機能しています。
そのデータから見えてくる消費変容の第一のトレンドは、モノの購買からサービスの購買へのシフトです。以前は財・物品の購入が中心でしたが、今や人々は体験やサービスにお金を使うようになっています。特にZ世代はラグジュアリーブランドへの関心が薄れ、よりカスタマイズされた体験やニッチなブランドを好む傾向が強まっています。そのため中国企業の多くはAIを活用して市場インサイトを抽出し、カスタマイズされた製品・サービスを提供する方向へ動いています。また、すべての面において「スピード」が求められるという傾向も顕著です。
第二のトレンドは、消費成長の地理的な重心移動です。大都市における消費パターンはすでに成熟段階にありますが、中規模・小規模都市や農村部からの成長が顕著になっています。興味深いことに、高級品の消費は大都市だけで起きているわけではありません。農村部にも高級ブランドや高級サービスを求める層が存在しており、これはUnionPayのデータが示す事実として確認できます。
こうした消費変容を受けて、政府や規制当局も政策の重点をシフトさせています。上海市政府は消費促進に非常に積極的で、ヘルスケア・教育を含む幅広い分野で、地元住民だけでなく外国人に対しても消費環境の整備を進めています。UnionPayもそこにデータ・インサイトを提供するかたちで連携しています。上海はその一例に過ぎず、他の都市でもそれぞれの方法で国内消費を促進しています。
Tenwe: 中国の消費刺激策は、GDPを上回る消費成長を今年のKPIとして設定し、所得成長もGDP成長を上回ることを目標にしています。予算も社会保障プログラム、教育、医療、年金への配分を増やし、耐久消費財購入に対する15%の補助金も含まれています。政府の本気度はかなりのものです。
3-3. 消費拡大に向けた政策提言と民間企業の取り組み(Ran氏・Dong氏)
Dong: 中国政府は消費と輸出のバランスを取ろうとしており、現在消費はGDPの53%を占めています。UnionPayとしては、この消費促進の動きを支えるため、決済インフラの整備とデータ活用の両面で貢献しています。特に外国人の中国での消費を支援するため、50以上の市場においてデジタルウォレットとの相互運用性を確保しており、これは自国の決済システムと並行して構築された国際対応の仕組みです。外国人が自国の言語で、バスの利用からスーパーマーケットでの買い物まで、シームレスに決済できる環境を整えることが、インバウンド消費の拡大にもつながると考えています。
Ran: 政策の方向性と民間企業の役割は、切り離して考えることができません。JD.comは中国最大のeコマースプラットフォームの一つとして、消費需要を実際に動かす立場にあります。7億人のアクティブユーザーを抱えているという規模感は、政策効果の伝達媒体として非常に大きな意味を持ちます。農村物流への300億人民元投資も、単なるビジネス拡張ではなく、地方消費の底上げという政策目標と軌を一にした取り組みです。C2M型の商品開発は、消費者の潜在需要を製造側に直接フィードバックする仕組みであり、消費の質的向上にも寄与します。消費拡大には政策的な後押しが必要ですが、それを実際の購買行動につなげるのは私たちのような民間プラットフォームの役割だと考えています。
4. 香港資本市場とグローバル資本の接続
4-1. 香港取引所の役割:中国の新成長エンジンと世界資本の橋渡し(Tong氏)
Tong: 香港取引所の役割を一言で表すなら、中国の新たな成長エンジンとグローバル資本を結びつけるコネクターです。具体的には、ハイテク製造業・グリーンエネルギー転換・新興市場への投資を世界の資本と結びつけると同時に、中国本土の投資家が香港を通じてグローバル資本市場にアクセスできる通路を提供しています。
現在、香港証券取引所には約2,400社が上場しており、そのうち約65%が中国企業です。時価総額ベースでは、これらの中国企業が香港市場全体の70〜80%を占め、総額にして約6兆米ドルに達しています。中国企業が香港市場において極めて重要な役割を担っていることは明らかです。
さらに10年前に導入されたコネクトスキーム(相互接続制度)は、海外投資家が香港経由で上海・深圳の株式市場(A株)に投資できるようにするとともに、中国本土の投資家が香港を通じてETFなどを介してグローバル株式に投資できる仕組みを提供しています。香港はまさに中国本土と世界をつなぐ結節点として機能しており、この役割は今後ますます重要になると確信しています。
4-2. 2025年のIPO世界首位と地政学的緊張がもたらした逆説的な市場活況(Tong氏)
Tong: 約18ヶ月前、メディアは「中国と香港への投資は不可能だ」と盛んに報じていました。しかし2025年を振り返ると、まさに変革の年でした。まず香港証券取引所はIPO資金調達額で世界首位を獲得し、360億米ドルを調達しました。上場企業数は119社に上り、そのうち3分の2はバイオテック・製薬・ハイテクといった中国の新経済企業です。これはまさに中国が第15次五カ年計画で国を挙げて育成しようとしている成長エンジンそのものです。
売買回転率も大幅に改善しました。市場の活性化には回転率が不可欠で、それなくして市場は機能しません。2025年の売買回転率は1日あたり330億米ドルに達し、2024年と比べて2倍に拡大しました。そして2026年に入っても勢いは続いており、現在350件超のIPO申請を処理中で、これは過去最高水準です。1月だけで49件の上場申請を受理しており、この数字は驚異的です。
興味深いのは、関税や地政学的緊張という逆風が、むしろ香港市場に追い風をもたらしたという逆説です。不確実性とボラティリティの高まりが、世界の投資家に金や他の資産クラスへの分散投資を促し、アジア、そして香港・中国への資金流入を加速させました。地政学リスクが香港市場の活況を生んだというのは皮肉ですが、これが現実に起きたことです。
Prasad: 表面的には確かに好材料が並んでいます。しかし、表面の下で何が起きているかを見極めることが重要です。昨年5%成長を達成し、今年も5%成長が見込まれること自体は評価できます。しかし問題は、その成長がJuさんの指摘する構造的不均衡をさらに深めるコストで達成されているのではないかという点です。資本市場の活況も、長期的な構造問題が解決されなければ持続しません。民間セクターの信頼回復、家計消費の底上げ、そして金融市場の機能改善が伴って初めて、今の活況が本物の持続可能な成長につながるのだと思います。
5. 中国経済の持続可能性:表面の成長と深層の構造問題
5-1. 5%成長の実態:構造的不均衡の深化という代償(Prasad氏)
Prasad: 表面上は確かに好材料が並んでいます。昨年の5%成長という数字は印象的ですし、今年も同水準を維持できれば十分に評価に値します。しかし問題は、その成長がいかなるコストで達成されているかという点です。Juさんが指摘された構造的不均衡、すなわち信用供与に依存した投資主導型の成長モデルへの依存が、表面の好数字の下でさらに深まっている可能性があります。成長率という一つの数字だけを見ていると、その裏側で積み重なっている問題が見えにくくなります。
特に懸念されるのは、成長を牽引しているのが主として公共投資であり、その多くが必ずしも収益性や効率性の高いものではないという点です。民間投資や不動産投資は経済への信頼感の欠如から低迷しており、その空白を公共支出が埋めている構図です。これは短期的には成長率を維持できますが、長期的な生産性向上や持続的な成長にはつながりにくいモデルです。
5-2. 民間セクターの信頼回復・人口動態・金融市場改善の必要性(Prasad氏)
Prasad: 中国経済が長期的に持続可能な成長軌道に乗るためには、解決しなければならない課題がいくつかあります。まず最も重要なのが、民間セクターの信頼回復です。民間投資と家計消費の両方が本格的に回復するためには、経済政策の方向性に対する民間の信頼感が不可欠です。マクロ経済的な刺激策だけでは不十分であり、民間が安心して投資・消費できる環境の整備が求められます。
次に人口動態の問題があります。少子高齢化の進行は中長期的な経済成長の重石となることが避けられません。これは政策で短期間に解決できる問題ではなく、生産性の向上や技術革新によって補完していく必要があります。
さらに金融市場の機能改善も欠かせません。資本市場が適切に機能し、資金が効率的に配分される仕組みが整わなければ、いくら成長戦略を描いても実行力に限界が生じます。指導部が何をすべきかを理解していることは、政策文書を見れば明らかです。Juさんが提示した方向性も、まさにその認識と一致しています。問題はその実行に向けた緊迫感と推進力が十分に備わっているかどうかです。表面上の数字は良好でも、本質的な構造転換が伴わなければ、持続可能な成長とは言えないと私は考えています。
Ju: Prasadさんの指摘はもっともです。ただ私は、中国が今まさにその構造転換に真剣に取り組んでいるという点を強調したいと思います。今年の政策方針は消費成長をGDP成長よりも高く保つことをKPIとして明示し、所得成長もGDP成長を上回ることを目標に据えました。予算においても教育・医療・年金といった社会保障プログラムへの配分を増やし、耐久消費財購入への15%補助金も継続しています。これは単なる数字の話ではなく、成長モデルを本当に変えようという本気の取り組みです。技術革新を第一の柱、製造業高度化を第三の柱として据えつつ、それらをすべて国内市場の強化という軸でつなぐ戦略は、従来モデルからの本質的な脱却を意味します。課題があることは認めますが、方向性は明確であり、実行への意志も十分にあると私は見ています。
6. AIの実装と産業変革
6-1. 米中のAIアプローチの相違:AGI志向 vs. AI+応用志向、そして開源モデルの普及
Tenwe: 2025年末に中国が発表した第15次五カ年計画においても「AI+」が成長の主要な推進力として位置づけられています。米国のアプローチをAGI(汎用人工知能)への到達を目指す「星に手を伸ばす」ものと表現するなら、中国のアプローチはまさに「AI+」、すなわちあらゆる産業への実装と応用です。この違いが実際の産業変革においてどのような意味を持つのかを、各パネリストに伺いたいと思います。
Ju: 米中のAIアプローチの本質的な違いを端的に言えば、米国はEAR(Generative AI)、すなわち汎用的な生成AIを追求しているのに対し、中国はAGR(Generative AI for Real Applications)、つまり現実の応用に根ざした生成AIを重視しているという点です。中国はすべてのセクターへの垂直的な応用を徹底的に追求しており、オープンソースで安価なモデルがその普及を加速しています。たとえばアリババのモデルは安価で小規模かつ適応性が高く、企業が自社環境に持ち帰ってカスタマイズできるという特性から、米国においても最も広く利用されている中国モデルの一つとなっています。世界中の企業や開発者が中国モデルを活用するようになっており、オープンソース戦略がグローバルな普及を後押ししています。
6-2. UnionPayにおけるAI垂直モデルの活用と外国人向けアプリ「Hello」の開発(Dong氏)
Dong: UnionPayはグローバルな決済ネットワークとして、AIの応用に大規模な投資を行っています。私たちのエコシステムには、クリアリング機関・加盟店・大手インターネット企業など多様なプレイヤーが参加しており、全員がAI応用を模索しています。大手インターネット企業が独自の大規模言語モデルを構築する一方、UnionPayも独自の垂直特化型モデルを開発しています。研究機関や大学と連携してトランザクションデータをモデルに投入し、顧客の行動特性を把握した上でモデルがインサイトを生成し、そのインサイトをもとにより適切なサービスを提供する仕組みを構築しています。1日10億件以上のトランザクションデータを持つUnionPayにとって、このデータをAIと組み合わせることは競争上の大きな優位性となっています。
さらにUnionPayは国際展開においてもAIを活用しています。外国人訪問者向けに開発したアプリ「Hello」は、利用者が母国語(英語・フランス語など)でサービスを利用できるようにしたものです。バスの乗車からスーパーマーケットでの買い物まで、あらゆる場面で外国人がシームレスに決済できる環境を提供しており、インバウンド消費の促進にも寄与しています。
加えてAIチャットボットによるカスタマーサービスも展開しており、将来的にはAIエージェントがユーザーに代わってJD.comなどのプラットフォームで自律的に購買を行う時代が来ることも視野に入れています。その際には、エージェントが本当にユーザーを代理しているかどうかの確認や、新技術に対する規制の明確化が必要になります。これは単なる技術の問題ではなく、倫理的な問題でもあり、グローバルな標準の調和が求められる課題です。
6-3. JD.comが観察したAI製品の爆発的需要と業務効率化への全面展開(Ran氏)
Ran: AIの産業変革を語る上で、JD.comが2025年に観察したデータは非常に示唆に富んでいます。まず消費側から見ると、2025年はAI製品にとってまさにブレイクアウトの年でした。商品名や商品説明に「スマート」というキーワードを含む製品の売上は、前年同期比で2倍に拡大しました。AIロボットの売上は3倍、スマートグラスの売上は10倍に達しました。ただしロボットについては供給制約が成長の足かせとなっており、供給が追いついていれば成長率はさらに高かったはずです。
検索データはさらに劇的な変化を示しています。AI関連製品全体の検索ボリュームが2025年に100倍に急増しました。さらに顧客サーベイでは、約50%の顧客が「AIは製品の必須機能である」と回答しており、AIはもはや「あれば便利な機能」ではなく「なければならないコア価値」として位置づけられるようになっています。こうしたトレンドを受けてJD.comはビジネスパートナーと共同で製品開発を進めており、大規模言語モデルをバックエンドに搭載したプライベートブランドのAIトイを発売したほか、家電メーカーと緊密に連携してAI機能の実装を支援しています。
業務効率化の側面では、AIエージェントがコーディング・カスタマーサービス・マーケティング・広告など社内のあらゆる領域に浸透しています。JD.comでは独自モデルのトレーニングも進めており、AIショッピングエージェントのテストも実施中です。メインアプリとは独立したAIショッピング専用アプリの開発も手がけており、デジタルヒューマンによるライブストリーミングも展開しています。中国の起業家たちのAI+への取り組みは留まるところを知らず、まさに毎日進化し続けています。
6-4. AIガバナンスの課題:エージェント規制・倫理・国際標準の調和(Dong氏)
Dong: AIの急速な普及は、同時にガバナンスの課題を提起しています。UnionPayが取り組んでいるAIチャットボットやエージェントの活用を例にとると、AIエージェントが本当にユーザーを代理しているのかどうかをどう確認するかという問題があります。ユーザーがエージェントに購買を委任する場合、そのエージェントが正当にユーザーの意思を代理していることを担保する仕組みが必要です。これは規制の問題であると同時に、倫理的な問題でもあります。
中国は現在、AIガバナンスについてまず国内で試験的に取り組みを進めており、それを世界との協調の中でどう発展させていくかを模索しています。しかし本質的には、AIガバナンスはグローバルな課題です。異なる国・地域が異なる規制・標準を持てば、国際的な取引や相互運用性に支障が生じます。UnionPayが50以上の市場でデジタルウォレットとの相互運用性を確保しようとしているように、AIの分野でも国際的な標準の調和が不可欠です。技術の進化が規制の整備を大幅に上回るスピードで進んでいる今、この課題への対応を急ぐ必要があると感じています。
7. 投資家の視点:AI・クリーンエネルギーへの資本流入と選別眼
7-1. ベンチャー・IPO市場でのAIとクリーンエネルギーへの資金流入(Tong氏)
Tong: AIだけでなく、クリーンエネルギーやJuさんが言及された新技術革新の分野も含めて、資本市場では今まさに投資家の熱量が高まっています。特にAIとクリーンエネルギーの統合領域は、資本市場において非常に大きな注目を集めています。プライベートエクイティやベンチャーキャピタルからの資金流入が顕著に増加しており、AIとクリーンエネルギーを融合させたビジネスへの投資が拡大しています。
IPO市場においても同様のトレンドが見られます。2025年に香港取引所で上場した119社のうち、3分の2がバイオテック・製薬・ハイテクといった新経済企業であったことはすでに述べましたが、AIの文脈で特筆すべきは、今年すでに中国の大規模言語モデル企業2社、MiniMaxとJupuが香港市場に上場し、いずれも非常に成功したIPOとなったことです。これらはまさに中国のAI産業の実力を世界の投資家に示す象徴的な案件でした。投資家の熱意は本物であり、一時的なムードではなく実態を伴った動きだと見ています。
7-2. 長期的持続性と流行の峻別、およびAI主権・LLM分断の潮流(Tong氏)
Tong: ただし、投資家としては冷静な目を持ち続けることが重要です。AIへの熱狂は本物ですが、長期的に持続可能なビジネスと、単なるトレンドや流行に乗っているだけの企業を峻別する眼力が問われます。市場の検証を経てこそ本物かどうかが明らかになります。具体的には、継続的な収益を生み出しているか、特許などの知的財産を保有しているか、技術的な持続性があるか、長期契約を獲得しているか、そして財務パフォーマンスは実際に利益を生んでいるか、といった基準で評価することが不可欠です。AIというラベルを貼れば資金が集まる時代だからこそ、これらの基準で真贋を見極められる投資家だけが将来的な利益を得ることができると考えています。
さらに重要な視点として、世界がAIの観点から分断される可能性があるという問題があります。ダボスでここ数日間、多くのAI関係者の話を聞いていて感じるのは、AI主権と大規模言語モデルの問題です。世界全体のデータを組み込んだ普遍的な大規模言語モデルが構築されるのか、それとも各国・各地域が独自のモデルを持つ方向に向かうのかという問いは、まだ答えが出ていません。欧州連合でさえ独自のAIと独自の大規模言語モデルを持つべきだという議論があります。異なる国が独自の大規模言語モデルを構築するという方向性は、今後の潮流になりえると見ています。ただし、これはまだ初期段階であり、AIの長期的な未来がどうなるかを断言するのは時期尚早です。
Prasad: 投資家がAIへの熱狂と現実の間で判断を迫られているという点は重要です。資本市場の活況が実態を伴ったものかどうかを見極めるには、Tongさんが示した基準、すなわち収益・特許・財務実績・長期契約といった指標が不可欠です。また、AI主権の観点から各国が独自モデルを持つ方向に向かうとすれば、それは中国のAI輸出戦略にも影響を与えます。中国がオープンソースモデルで世界市場に浸透しようとしている一方で、各国が自国モデルの構築を優先するようになれば、その普及戦略の有効性は変わってくるかもしれません。
8. 地政学環境と中国の対外戦略:内需・人民元・世界統合
8-1. 不安定な外部環境を受けた内需主導型経済への転換と「三本足」戦略(朱氏)
Ju: 地政学・地経学の複雑さについては今さら説明するまでもないでしょう。皆さんは毎分その現実と向き合っておられます。その中で中国が選んだ方向性は明確です。不動産・輸出・信用拡大という従来の成長機械に依存することをやめ、自国の確固たる足元、すなわち国内市場を基盤とした成長へと軸足を移すことです。外部環境がこれほど不安定であるならば、自国の消費・技術・製造という三本の足でしっかりと立つしかありません。
消費については今年の政策方針で明確に示されています。消費成長をGDP成長よりも高く保つことをKPIとし、所得成長もGDP成長を上回ることを目標に据えました。予算においても教育・医療・年金への配分を増やし、耐久消費財購入への15%補助金も継続しています。消費を本気で底上げしようという政府の意志は、数字と政策に明確に表れています。
技術については量子コンピューティング・核融合・物理学とARの融合・ロボットなど、AIにとどまらない広範な領域での急速な進化が続いており、これが第二の足です。そして製造業の高度化が第三の足です。過去45年間の歩みを振り返れば、最初の20年は「安価な中国製」、次の20年は「安価で質の良い中国製」でした。次の20年は「安価で、質が高く、ハイテクな中国製」を目指す段階です。AI技術と製造業を組み合わせることで、中国の製造業は次の次元に移行しようとしています。この三本足がそろって初めて、外部環境の荒波の中でも中国経済は安定して前進できると確信しています。
8-2. 人民元国際化の現状と課題:CBDC・資本勘定開放・規制インフラ整備(Tong氏・Prasad氏・Dong氏)
Tenwe: 第二次世界大戦後の金融秩序は通貨のあり方と密接に結びついています。人民元の国際化という観点から、中国の実績と今後の展望をどう見ますか。
Tong: 人民元の国際化は緩やかながら確実に進んでいます。貿易金融における決済通貨としての人民元は現在世界第3位、通貨決済全体では世界第4位に位置しています。中国が貿易ネットワークを拡大し、対外投資を増やすにつれ、人民元への需要は自然と高まっていくでしょう。しかしそのためには強固なインフラが必要です。中央銀行間の通貨スワップの拡充や流動性プールの構築など、整備すべき基盤はまだ多くあります。
その中で人民元国際化を加速させる可能性として私が特に注目しているのが、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の活用です。CBDCは高速かつ低コストで国際決済に利用できるという特性を持ちます。この分野での応用が広がれば、人民元の国際的な利用を大きく促進する可能性があります。ただし、人民元の国際化は本物の流れであり後戻りはしないと確信していますが、それが実現するには時間がかかります。強固なインフラと流動性エコシステムの構築は、私たちが想像するほど単純ではありません。
Prasad: 今は中国経済にとっても人民元にとっても、非常に大きな機会の時です。米国外の世界では、ドル依存から脱却して分散投資を進めたいという強い需要があります。中国はGDPの規模においても国際貿易においても既に主要な大国となっており、人民元が国際金融においてより大きな役割を果たし、準備通貨としての地位を高めることは論理的かつ自然な流れです。
しかし中国がそのために取り組むべきことがあります。Tongさんが指摘されたインフラの整備はもちろんですが、それに加えて準備通貨としての必須条件を満たす必要があります。第一に、通貨の価値が中央銀行によるコントロールではなく、市場によって主に決定されることです。第二に、資本勘定の大幅な開放、すなわち資本が比較的自由に流入・流出できる体制の整備です。コネクトスキームをはじめとする様々な措置を通じて中国経済の開放は進んでいますが、問題はこれらの措置が持続的なものであるという確信を国内外の投資家が持てるかどうかです。資本勘定が開放された状態が恒久的に維持されるという信頼感が醸成されて初めて、人民元は真の国際通貨としての地位を確立できます。実現は可能ですが、政策面での継続的な取り組みが必要です。
Dong: UnionPayとしては、決済インフラの観点から人民元国際化を支える実践的な取り組みを進めています。現在50以上の市場において他のデジタルウォレットとの相互運用性を確保しており、これはUnionPay本来のシステムと並行して構築された国際対応の仕組みです。世界各地で分断が生じ、決済の断片化が進む中で、私たちは国際標準を適用しながら相互接続性を高めることに注力してきました。決済はそもそも人間の自然なインタラクションであり、その円滑化こそがUnionPayの使命です。人民元の国際化は通貨・金融政策の問題であると同時に、日々の決済インフラの整備という実務的な問題でもあります。
8-3. 中国と世界の統合に向けた展望:市場開放・資本輸出・AI技術移転(Ran氏・朱氏)
Ran: JD.comの視点から申し上げると、私たちは双方向のグローバルサプライチェーンの構築に取り組んでいます。単に中国から世界へという一方向ではなく、世界の高品質なブランド・製品を中国の消費者に届けるプログラムも展開しています。これは産業全体・社会全体に価値を生み出す取り組みであり、中国と世界の統合という大きな流れの中に位置づけています。
Ju: 世界全体への含意という観点から、中国がこれから行うことをまとめると三点あります。第一に、国内市場のさらなる開放、特にサービス輸入の拡大です。これは世界の企業にとって大きなビジネス機会になります。第二に、中国資本の海外展開、特に民間資本の対外投資の本格化です。これは受け入れ国にとっても恩恵をもたらすものと考えています。第三に、AIをはじめとする技術の輸出です。特に新興国・途上国にとって、中国のオープンソースで安価なAIモデルや技術は大きな助けになるでしょう。これらを通じて中国は世界との統合をさらに深め、相互利益をもたらす存在として役割を果たしていきたいと考えています。
