※本記事は、Stanford大学教授のAllison Okamura氏による講演「Soft Robots for Humanity」の内容を基に作成されています。本講演は、ITU(国際電気通信連合)が主催し、40の国連関連機関と連携、スイス政府と共同開催するAI for Good Global Summitの一環として配信されたものです。モデレーターはITUのAI・ロボティクス・プログラム・オフィサーであるGuillem Martínez Roura氏が務めました。講演の詳細およびオリジナル動画は https://www.youtube.com/watch?v=-c_RSdJHaeo でご覧いただけます。本記事では講演の内容を要約しております。なお、本記事の内容は登壇者の見解を正確に反映するよう努めていますが、要約や解釈による誤りがある可能性もありますので、正確な情報や文脈についてはオリジナルの動画をご視聴いただくことをお勧めいたします。
1. セッション概要とイントロダクション
1-1. AI for Good プラットフォームと本セッションの位置づけ
Roora: 本日は、ITUが主催し、40のUN関連機関と連携、スイスと共同開催しているAI for Goodイベント「Soft Robots for Humanity」へようこそ。AI for Goodは、AIの実践的な応用を特定し、国連の持続可能な開発目標(SDGs)を推進するとともに、その解決策をグローバルに展開することを目的とした、行動志向の包括的なプラットフォームです。本セッションは、自律型ロボットシステムの最先端の発展を取り上げ、SDGsの達成を目指す「AIとロボティクス探求シリーズ」の一環として位置づけられています。本日の登壇者は、Stanford大学のWayland記念工学教授、Allison Okamura教授です。Allison、よろしくお願いします。
Okamura: お招きいただき、光栄です。本日は「Soft Robots for Humanity」というテーマでお話しできることを楽しみにしています。ソフトロボティクスは過去10〜15年で急速に発展してきた分野であり、AIと物理的な身体性の相互作用を考えるうえで非常に刺激的な視点を提供しています。
1-2. ソフトロボティクスとは何か:定義・歴史・材料・構造・利点
Okamura: ソフトロボティクスという概念は非常に広範です。完全に剛性のあるロボットから完全に柔軟なロボットまで、連続的なスペクトラムが存在します。この分野の背景を理解するうえで参考になるのが、2016年に発表された包括的なレビュー論文です。そこでは、少数の柔軟要素を持つほぼ剛体のロボットから、化学反応によって計算処理までも行う完全柔軟なロボットまで、主に生物にインスパイアされた多様なシステムが紹介されています。
材料という観点では、エラストマーのような本質的に伸縮性・柔軟性のある素材を使ったロボットもあれば、素材そのものは硬くても、特定の形状に配置することで構造全体として柔軟性を実現するロボットもあります。また「柔軟」と一口に言っても、曲げ変形が可能な「フレキシブル」なものと、引き伸ばしが可能な「ストレッチャブル」なものは区別して考える必要があり、その組み合わせによってさまざまな特性が得られます。
ソフトロボットが人類にとって重要である理由は、主に三つあります。第一に適応性です。人体のような複雑な形状に沿って変形・適合できるため、医療や介護など人との直接接触が求められる場面で大きな強みを発揮します。第二に安全性です。ソフトロボットは慣性が小さく、接触時の剛性も低いため、人との相互作用や繊細な環境での作業において安全性が高くなります。第三に低コスト・アクセシビリティです。高価な製造インフラを必要とせずに製作できる場合が多く、より多くのコミュニティへの普及が期待されます。ただし、これはすべてのソフトロボットに当てはまるわけではなく、あくまでも潜在的な利点として捉える必要があります。
本日の講演では、私自身の研究室での取り組みをもとに、患者固有の医療ロボット、先端吐出によって「成長」するバインロボット、そして身体に装着するソフトハプティクスデバイスの三つのカテゴリーを中心にご紹介します。これらに共通するのは、連続体ロボット(Continuum Robots)という長い研究の歴史を基盤としている点です。連続体ロボットとは、離散的な関節と剛性リンクで構成されるのではなく、ほぼ無限の自由度を持つロボットであり、かつてはソフトロボットと呼ばれていなかったものも、今日ではその範疇に含まれるようになっています。こうしたロボットの実用化における課題は、適切な素材の選択、連続的な形状の制御、環境への十分な力の発揮、そして先端部および全体形状の制御です。加えて、モデリング・設計最適化・センサー統合・環境との相互作用の活用といった技術的な課題も残されています。
2. 患者固有の医療ロボット:同心円チューブロボット
2-1. 最小侵襲手術へのアプローチとDa Vinciシステムとの比較
Okamura: 医療ロボティクスは、ソフトロボットが人々の役に立てる分野として真っ先に思い浮かぶ領域です。私がこの分野に足を踏み入れたきっかけとなったのが、同心円チューブロボット(Concentric Tube Robots)の研究です。これは「ソフトロボティクス」という言葉が独立したサブフィールドとして認識されるよりも前から取り組んでいたプロジェクトです。
このロボットでは、ニチノール(Nitinol)という超弾性特性を持つ半軟性の素材を使用しています。ニチノールをあらかじめ特定の形状に成形してチューブ状にし、それらを互いに挿入・回転させることで、先端部が変化するさまざまな形状、いわばテンタクル(触手)のような挙動を実現します。このアプローチの最大の利点は、ケーブル伝達や関節部へのモーター配置を必要とせず、すべての駆動モーターを体外に置けることです。その結果、体内への進入口を極めて小さく抑えることができ、先端部の直径はわずか8mmにまで縮小できます。
現在の外科手術で広く使われているDa Vinci外科手術システムと比較すると、このアプローチの意義がより明確になります。Da Vinciは遠隔操作型の手術ロボットであり、術者は手元の精巧なジョイスティックを操作し、患者側のロボットがその動きをトレースするテレオペレーション制御によって手術を行います。患者側のロボットは術者の手元の約10倍に拡大表示されており、これにより外科医は自分の動きを縮小・精緻化したうえでロボットに伝えることができます。しかし、現在臨床で主に利用可能なDa Vinciの器具の多くは非常に細長く、かつ剛性が高いという課題があります。そのため先端にリストを持つ直線的な構造となっており、体内のすべての部位にアクセスできるわけではありません。同心円チューブロボットはこの限界を克服するものであり、より細径であるためより低侵襲なアクセスが可能なうえ、直線的な形状に留まらず、ロボット全体の形状を湾曲させることができます。
2-2. 患者固有設計のワークフロー:CTスキャンから3Dプリントまで
Okamura: この研究を主導したのは、現在UC San DiegoのFacultyとして活躍している元PhD学生のTani Morimotoです。彼女の研究では、特定の患者に最適化されたロボットを設計する、患者固有(Patient-Specific)のアプローチを採用しました。
具体的なワークフローは以下のように進みます。まず対象患者のCTスキャンデータを取得します。今回の例では、成人より体が小さい小児患者を対象としています。取得したデータから3Dモデルを構築し、そのモデルに基づいてロボットの設計を行います。設計には自動最適化を用いる方法と、人間が設計ループに関与する方法の両方が可能です。設計が完了したら、これらのチューブを3Dプリントで製造し、ベースとなるロボットに取り付けることで自由度を追加し、実際の手術タスクを遂行できる状態にします。
3Dプリンティングはかつてプロトタイピング技術として位置づけられていましたが、今日では実用的な構造物の製造にも使われるようになっています。特筆すべきは、一部の素材が生体適合性を持っており、人体内に安全に留置できるという点です。この技術によって、比較的柔軟なチューブを迅速に製作し、体内に挿入するための同心円チューブロボットを構成することが可能になります。さらに、駆動機構自体も新しいギア機構を統合することで小型化でき、他のロボットに取り付けたり、人間の手で保持したりできるほどの軽量なシステムとして実現できます。
2-3. 外科医が設計ループに参加する仮想環境インターフェース
Okamura: 私がこのプロジェクトで特に興味深いと感じているのは、外科医が設計プロセスに直接関与できるという点です。手術室にテクノロジーが持ち込まれる以前、外科医はしばしば自分自身の手術器具を設計・改良し、特定の患者に合わせて道具を調整していました。しかし、手術システムが複雑化するにつれて、外科医が設計プロセスに関与することはますます困難になってきています。
この研究が示す仮想環境インターフェースは、その状況を変えるものです。外科医はバーチャル空間に再現された患者の3Dモデルを見ながら、ロボットの仮想バージョンを直接操作することができます。その操作を通じて得られるフィードバックが設計ループに組み込まれ、その特定の患者にとって最適な形状のロボットを共同で作り上げることができます。テクノロジーが高度化する中にあっても、最終的な判断を下す専門家としての外科医の知見を設計段階から活かせるという点で、このアプローチは従来の医療ロボット開発の在り方に対する重要な問いかけを含んでいます。
3. バインロボット:先端吐出による成長型ロボットの基礎
3-1. 先端吐出(Eversion)の原理・材料要件・基本構造
Okamura: 同心円チューブロボットも「成長」という概念を持ってはいますが、バインロボット(Vine Robot)はまったく異なる原理に基づく成長型ロボットです。このロボットの中心的なアイデアは、チューブ状に成形した膜材料を内側に折り返した状態で準備し、そこに空気圧をかけることで先端部が内側から外側へとひっくり返る、いわゆる「吐出(Eversion)」が起きるという現象を利用します。新しい材料が先端から出てきてしわが伸びながら展開し、それが連続することでロボットが成長します。また、この過程を逆にすることでロボットを収縮させることも可能です。この研究の多くは、現在UC Santa Barbaraに在籍している元ポスドクのElliot Hawkesが主導しました。
材料の選定においては、いくつかの重要な要件があります。まず、材料は「フレキシブル」、すなわち曲げることができる必要がありますが、「ストレッチャブル」、すなわち伸縮性を持ってはいけません。もし材料が伸縮性を持ってしまうと、空気圧をかけたときに長さ方向への伸長ではなく径方向の膨張が起きてしまい、ロボットとして機能しなくなります。また、気密性が確保されていること、そして接合・シールが可能であることも不可欠です。こうした要件を満たす素材として、近年の屋外環境向けロボットでは主にナイロンリップストップ(Nylon Ripstop)を採用しています。これはウィンドブレーカーやキャンプ用テントに使われるような素材に近いものです。さらに、この素材の片面に熱可塑性ポリウレタン(TPU)をコーティングしたものを使用することで、超音波溶着や熱溶着によって材料同士を確実に接合することができます。これはアパレル産業やキャンプ用品産業ですでに確立されている製造技術を転用したものであり、ソフトロボティクスが既存の製造技術や素材の上に成り立てることを示す好例です。
空気圧源としては、空気という身近で軽量な媒体を使用できるため、ロボットを非常に長く伸ばすことが可能です。具体的な構造としては、低密度ポリエチレン(LDPE)のチューブをスプールに巻いたコンパクトな状態から出発します。LDPEは商品の梱包材に使われるような一般的な素材です。このチューブを外側に引き出して内側に折り返し、固定した状態でコンプレッサーや空気ポンプで内部に空気を送り込むことで、吐出が連続的に起き、ロボットが伸長していきます。実験では、スプールに収納した状態から展開すると、フットボールフィールドほどの長さにまで伸びることが示されています。伸長中は重力に逆らって上方向への成長も可能であり、単純に伸ばすだけであれば環境との接触に頼らなくても内部の空気圧だけで前進できるという点が、蛇のように環境を蹴って進む他の移動型ロボットとは根本的に異なります。
3-2. ステアリング機構と「ロボット」としての条件
Okamura: ただ長く伸びるだけであれば、それを「ロボット」と呼べるかどうかという問いが生じます。多くの人にとってロボットとは、センシングに基づいて自律的に環境に反応できる機構であるはずです。したがって、バインロボットが真の意味でロボットとして機能するためには、方向転換、すなわちステアリングの能力が不可欠です。
ステアリングの実現方法はいくつかあります。一つは腱(Tendon)を引っ張ることで形状を変化させる方法、もう一つは空気圧腱(Pneumatic Tendon)を用いる方法です。また、完全自律型の制御として、先端部に搭載したカメラが光を検知し、その方向に向かうようにロボット自身が形状を変えながら進む実験も行われています。設計上の選択として、限られた離散的な形状のみを取れるようにしてアクチュエーターをシンプルに保つアプローチと、左右上下への方向転換を連続的かつ可逆的に行えるより複雑なアプローチとのトレードオフを考慮する必要があります。いずれの方法においても、ステアリング能力の付加こそが吐出原理を真の自律的なロボット動作へと昇華させる鍵となります。
3-3. 環境との相互作用能力:穴通過・重量物リフト・物体把持・バルブ操作
Okamura: 成長とステアリングを組み合わせることで、バインロボットは従来のロボットでは考えられなかった多様な環境との相互作用を実現します。まず、非常に小さな穴を通り抜けることができます。また、物体の下に潜り込んだ後、径方向に膨張することで重量物を空気圧ジャッキのように持ち上げることができます。さらに、物体に巻きつくことで把持に近い動作を行うことも可能です。
特に印象的なデモンストレーションとして、ドアの下を通り抜けてバルブに到達し、そのバルブに引っかかりながら引っ張ることでバルブを回す動作があります。この動作は非常に限られたマニピュレーション能力の中で実現されているものですが、ロボットの形状を事前に設計しておき、構造を賢く活用することで、人間が立ち入るには危険な状況において予想外のタスクをこなすことができます。
また、屋外環境での実験では、白いボンドの液体中を通過すること、先端に釘が刺さるような環境を通り抜けること、滑りやすい氷壁を登ること、そしてロボットの内部を通じてセンサーを目的地まで届けることなども実証されています。先端から常に新しい材料が内側から出てきてひっくり返るという吐出の原理により、環境から付着した汚染物質を引きずることなく常に清潔な材料が先端に供給されるという特性も、こうした過酷な環境での有用性を支えています。このロボットを「非常に賢いロープ」と表現することもできますが、蛇とは異なり環境への接触を前提とせず内部推進で動作するという点が本質的な違いです。
4. バインロボットの応用展開
4-1. 考古学調査・生態保全・配管インフラ点検への応用
Okamura: バインロボットの成長とステアリングという基本能力が、実社会のさまざまな場面でどのように活きるかを、いくつかの具体的な事例を通してご紹介します。
最初の事例は考古学調査です。現在Notre Dame大学のFacultyとして活躍している元PhD学生のMargaret Coadが、バインロボットの特別設計版を携えてペルーへ赴き、Chavínの歴史研究を行っている研究者と共同で現地調査を実施しました。Chavínには地下深くに難アクセスの空間が多数存在しており、人間が直接入ることのできない空気ダクトのような狭い通路にロボットを送り込むことで、通常では視認できない場所をカメラ映像として記録することに成功しました。人間が立ち入ることが危険または不可能な環境においても、バインロボットであれば非破壊的に内部を観察できるという能力が、ここで初めてフィールド環境で実証されました。
二番目の事例は生態保全です。Stanford大学の保全生物学者・生態学者との共同研究として、カリフォルニアタイガーサラマンダー(California Tiger Salamander)の生息環境モニタリングに取り組みました。このサラマンダーはカリフォルニアジリスが掘って放棄した巣穴に生息する絶滅危惧種であり、その生息状況は環境保全の指標としても重要な意味を持っています。巣穴は複雑に曲がりくねった構造をしており、棒の先にGoProカメラを取り付けて差し込むような単純な方法では内部の観察が不可能です。バインロボットはこのような迷路状の経路を非破壊的に進みながら、内部環境を記録することができました。このプロジェクトを通じて、動物の巣穴とまったく同様の課題が人工インフラの配管検査にも存在することに気づきました。
その気づきが三番目の応用、すなわち配管インフラ点検への展開につながりました。上水道・下水道・化学物質の輸送・工業プロセスなど、社会インフラを構成する配管は世界中に張り巡らされており、その多くが検査困難な状況にあります。バインロボットは配管内部では管路そのものが経路を規定するためステアリングの必要性が低く抑えられますが、T字分岐などの複雑な接合部では先端部のみにステアリング機構を持たせることで対応できます。この配管検査プロジェクトはPhD学生のChinが主導しており、バインロボットを実際の配管内に展開しながら温度をはじめとする環境データをリアルタイムで計測する実験が行われました。たとえば巣穴内部を移動しながら摂氏単位で温度分布をマッピングするデモンストレーションでは、動物が作った空間でも人工的な管路でも同じアプローチが有効であることが示されています。
4-2. 危険環境点検と3D化に向けた製造技術の革新
Okamura: 配管検査の延長線上にある応用として、核施設のような放射線環境での点検があります。配管内部の検査にとどまらず、核物質の容器が置かれた開放空間において、それらを計数・追跡するような三次元的な点検業務への活用が想定されます。こうした危険環境では人間を近づけずにロボットで目視確認を行うことが求められており、より高度な三次元ステアリング能力と、カメラや将来的には操作機構を搭載した先端マウントが必要になります。
従来の研究では、地面に沿って二次元的に動くラインロボットに集中しており、これらは非常に長く伸ばすことができた一方で、設計上の限界がいくつかありました。真の三次元ステアリングが実現できていなかったこと、材料の気密性が時間とともに劣化しやすかったこと、そして製造が非常に難しかったという三点です。
これらの課題を解決するために取り組んできたのが、三次元ステアリングを可能にする新しい製造手法です。この研究は元ポスドクのZenesbek Zakupovと元PhD学生のNathaniel Aggevasが主導しました。具体的には、熱可塑性ポリウレタンがコーティングされたファブリック素材を二枚重ねてサンドイッチ状にし、シールが必要な箇所に沿ってすべてのラインを接合するユニボディ設計を採用しています。設計ラインの描画にはCricutシステムを使用して素材上に印をつけ、実際の溶着はミシンに似た外観の超音波溶着機で行います。この工程は手作業で実施されていますが、自動化してスケールアップすることも十分に可能な工程です。溶着後に折り畳み・シール端の処理・プラスチックチューブの追加を行うことで、ステアリングアクチュエーターを内蔵した三次元動作可能なバインロボットが完成します。
完成したシステムはモーター駆動のスプール・空気供給源・埋め込みチューブ・ステアリングアクチュエーターで構成される空気圧制御システムと組み合わせて使用します。自律動作の可能性を持ちながら、多くのシナリオでは人間がゲームコントローラーを使って監視・操縦する形態を採用しています。実験では、壁面登攀や天井付近の検査タイガイルの点検、上部に積まれた箱の中を見渡すといった三次元的な動作が実証されており、ボアスコープ(管内検査カメラ)などの既存技術をはるかに上回るスケールの三次元点検が可能であることが示されました。実際に、こうしたバインロボットを数十フィート以上の深さまで配管内に送り込み、他のいかなる技術でも到達できない環境に展開した実績もあります。
4-3. ドローンとの複合システムと強化学習による制御
Okamura: ここまで紹介してきたのは主に地上での応用ですが、バインロボットをドローンと組み合わせることで、さらに到達困難な空間へのアクセスが可能になります。ドローンは地上ロボットでは届かない場所に接近できますが、非常に狭い空間には飛び込めず、また繊細な環境では接近自体が問題を引き起こすことがあります。そこで「ドローンから伸びるバインロボット」という複合システムの構想が生まれました。ドローンが橋の下や狭いトンネルの入り口に接近し、そこからバインロボットを伸ばして内部に侵入・検査するというシナリオや、環境モニタリング用のセンサーを木の枝に繊細に取り付けるといった応用が想定されます。
このプロジェクトを主導したのは、現在Intuitive Surgical(Da Vinciロボットを開発した医療ロボティクス企業)に就職した元PhD学生のRihanna Jatoshoです。軽量なバインロボットをドローンに搭載するためには、ロボット本体のアクチュエーションを最小限に抑えて重量を削減することが課題となります。そこでRihanna Jatoshoが着目したのが、ドローンの動きとバインロボットの動力学を組み合わせることで、少ないアクチュエーションでも目標に到達できるという考え方であり、これを実現するために強化学習を活用しました。
強化学習の概念をRihanna Jatoshoは自身の飼い犬を使って非常にわかりやすく説明しています。エージェント(犬あるいはロボット)が環境に対して行動を起こし、タスクを達成すると報酬(犬であればおやつ、ロボットであればターゲットへの到達)が与えられます。環境からの観測情報と報酬を組み合わせて方策(Policy)が更新され、エージェントは徐々に課題をうまくこなせるようになっていきます。犬の実験では、骨の形をした仕掛けを操作しておやつを取り出すという課題に最初は苦戦していた犬が、試行を重ねるうちに正しい操作を学習していく様子が示されました。バインロボットでも同じプロセスが進行しています。
ただし、ロボティクスにおける強化学習には根本的な難しさがあります。画像認識のような機械学習であれば、インターネット上に無数の猫や犬の画像があり、それを学習データとして利用できます。しかしロボティクスでは、学習に必要なデータを得るためには物理的なロボットが実際に動作しなければならず、大量の試行を現実世界で行うことは時間的にも費用的にも現実的ではありません。そこで活用されるのがシミュレーションです。バインロボットの仮想モデルをシミュレーション上で何度も動かして方策を学習させ、それを実機に転用するというアプローチ(Sim-to-Real転移)が取られます。しかしここで重要な課題が生じます。シミュレーションが現実と乖離していると、誤った方策を学習してしまうという問題です。ソフトロボットは力学的なモデル化が特に困難であるため、シミュレーションの精度を高めることが、ソフトロボティクスにおける強化学習の核心的な課題となっています。
Rihanna Jatoshoの初期研究では、ドローンに搭載する前段階として、単純なスライド式アクチュエーターを使い、下向きに垂れたバインロボットが強化学習によってさまざまなターゲットに到達できることを実証しました。そしてPhD研究の最終段階で、実際に小型ドローン(おおよそ手のひらサイズ)にバインロボットと空気ポンプを搭載した飛行実験を実施しました。このシステムでは、振り子のようなスイング動作とアクチュエーターによる湾曲制御を組み合わせることに加え、バインロボットが伸長するにつれてドローンの動力学が変化するという現象をドローン制御系が認識・補正することで、仮想環境の特定の目標点に精密にタッチするといったタスクを達成しています。
5. 人体に接するソフトロボット
5-1. 患者移動支援ロボット:高齢化社会への対応
Okamura: バインロボットの応用は屋外の探索・点検にとどまりません。人体と直接接触するという場面においても、この成長型ロボットの特性は大きな可能性を持っています。その一例が患者移動支援です。高齢化社会が進む中で、高齢者や負傷者を一か所から別の場所へ移動させるという作業は、介護施設の看護師にとっても、在宅で家族が介護者として担う場合にとっても、非常に身体的な負担の大きいタスクです。
この課題に対するアプローチとして、フラットな形状のバインロボットを活用する方法を研究しています。これはMITのHarriet Assadのグループとの共同研究であり、PhD学生のGodとCanaro Barhaitが主導しました。具体的には、平らな形状のバインロボットを患者の体の下に成長させるように展開し、患者を持ち上げるHoyer Liftという機器と組み合わせて使用します。従来の患者移乗では、患者の体を転がしてシートを下に敷くという動作が必要でしたが、このロボットは患者を動かすことなくその下に進入できるため、患者への負担を最小限に抑えながら安全に移乗準備を整えることができます。成長型ロボットならではの「先端から新しい材料が出てくる」という特性が、人体の下という繊細な環境への非侵襲的なアクセスを可能にしているのです。
5-2. ソフトウェアラブル触覚デバイスの発展と社会応用
Okamura: ここからは、ソフトロボットが人体と接するもう一つの重要な領域、すなわちハプティクス(触覚フィードバック)デバイスについてお話しします。ハプティクスデバイスは、遠隔地にいる人間同士のコミュニケーション、人間と自律エージェントとのやりとり、あるいは人間とロボットの物理的なインタラクションを媒介する役割を担います。人体に触れる、あるいは触れられるデバイスを設計するうえでは、さまざまな形状に対応でき、有用な情報を的確に伝えられることが求められます。
私たちの初期のソフトハプティクスデバイスは、ユーザーがデジタルクレイのように触れて操作できるオブジェクト型のものでした。これは医療シミュレーションや練習用途として有効に活用されました。しかしその後、関心はウェアラブルデバイスへと移っていきました。最初のウェアラブルデバイスは必ずしもソフトではありませんでしたが、仮想環境との非常に説得力のあるインタラクションを実現しており、トレーニングや遠隔コミュニケーション、設計作業への応用可能性を示しました。
指先向けのデバイスとしては、当初は非常に高価で大型のロボットを使用していましたが、その後3Dプリント技術を活用した半軟性素材による完全3Dプリント製のハプティクスデバイスへと進化しました。このデバイスは空気圧を駆動源としており、ポンプ等をオフボードに置くことで人体との接触面を小型化・軽量化しています。従来の剛性ロボットと比較して、見た目の美しさという点でも大きく改善されています。
指先以外の部位へのデバイス展開も重要なテーマです。指先には皮膚内の感覚受容器が非常に高密度に存在しており、能動的な触覚探索が可能ですが、身体の他の部位では感覚受容器の密度が低く、受動的な触覚受容に依存することになります。この特性の違いを踏まえ、腕など他の部位にハプティクスデバイスを装着し、指先で得た触覚情報を別の身体部位に転送するという研究に取り組みました。しかし、腕に装着するタイプのデバイスは形状が大きくなりがちで、日常的に装着したいと思えるものではありませんでした。腕向けのデバイスではしばらく試行錯誤が続きましたが、実用的な応用につながる形を見出すまでにはかなりの時間を要しました。
こうした経緯を経て、指先デバイスの概念を他の身体部位に展開するアプローチへと方向転換しました。その際に生じる本質的な問いは、「指先での触覚インタラクションから得られた情報を、身体の別の部位にどうマッピングするか」というものです。PhD学生のJasmine Palmerが実施した一連の実験では、異なるマッピング方式がユーザーにとってどのように機能するかを詳細に検証し、最も効果的な対応関係を明らかにしました。これによりユーザーは仮想オブジェクトに触れながら、そのフィードバックを身体の別の部位で受け取ることができるようになりました。
最後に、ソーシャルタッチ(Social Touch)への応用についてお話しします。人間同士のタッチによるコミュニケーションは、精神的健康や人間としての成長にとって非常に重要な役割を果たしています。離れた場所にいる人や、COVID-19禍のように物理的接触が制限される状況においても、タッチを通じた感情伝達を可能にすることは大きな意義を持ちます。私たちの研究では、従来型のモーターを用いたシステムで、人間が互いに伝え合う感情を、タッチインタラクションによって人間同士の伝達精度と同程度の正確さで表現できることを実証しました。
この成果をさらに発展させたのが、「Hapanit」と呼ぶウェアラブルスリーブです。ソフトアクチュエーターをニット素材に埋め込んだ比較的コンパクトなデバイスであり、装着性と機能性の両立を目指しています。設計上の重要な課題は、スリーブがアクチュエーターの力を人体にしっかりと伝えるための「バッキング」として機能しなければならないという点です。腕部位は指先に比べて皮膚の感覚受容器密度が低いため、触覚として認識させるためにはより大きな力を提示する必要があります。一方でデバイス全体は快適に装着できるものでなければなりません。この相反する要求を同時に満たすために、ニット素材の構造そのものを最適化するというアプローチを採用しており、素材の編み方と力伝達特性を慎重に設計することで、高い力提示能力と優れた装着快適性の両立を実現しています。
6. Q&Aセッション
6-1. 材料・バイオインスピレーション・自律ナビゲーションをめぐる議論
Roora: まず聴衆から寄せられた質問をご紹介します。バインロボットに使用される素材について、釘などによる穿刺に耐えられるほど強度がありながら、圧縮できるほど柔軟な素材とはどのようなものでしょうか。
Okamura: 非常に良い質問です。必要な特性をまとめると、柔軟ではあるが伸縮性はないこと、気密性が確保されていること、そして何らかの方法でシール・接合が可能であることです。屋外環境での使用を想定した近年のバインロボットでは、主にナイロンリップストップを採用しています。ウィンドブレーカーやキャンプ用テントに使われるような素材に近いものです。さらにこの素材単体ではなく、片面に熱可塑性ポリウレタン(TPU)の薄いコーティングを施したものを使用しています。このTPUコーティングにより、超音波溶着や熱溶着で素材同士を確実に接合できます。アパレル産業やキャンプ用品産業ではこうした素材と製造手法がすでに確立されており、ソフトロボティクスがそれらを転用できるという点は大きな強みです。他の用途向けにすでに開発・普及している素材と製造技術をそのまま活用できるというのは、この分野の面白いところだと思っています。
Roora: 次に、生物現象をロボットシステムに転用できるかどうかを判断するための基準や方法論について教えてください。
Okamura: バイオインスピレーション、あるいはバイオミメティクスという分野には、大きく二つのアプローチがあります。一つは生物学の側から入るアプローチで、生物学者が純粋な科学的好奇心から特定の生物メカニズムを研究し、その過程で発見した原理がロボットや機械的な応用に転用されるというものです。もう一つは、私たちの研究室が取っているアプローチで、まず工学的・力学的な原理に基づいてメカニズムを設計・開発し、その後に生物界の中に似たような仕組みが使われていないかを探すというものです。生物での使用例を発見することで、そのメカニズムをどのように最適化・調整するか、あるいはどのように少し変えるかというヒントが得られます。つまり私たちは純粋な生物学者というよりも工学者であり、力学的な原理を出発点として設計し、そこから生物界を参照して着想を深めるというスタイルを取っています。
Roora: バインロボットが複雑で予測不能な環境を確実にナビゲートするうえでの主な課題と、その解決策についてはいかがでしょうか。
Okamura: 現状では、これらのロボットの多くは実際にはテレオペレーション、すなわち人間による遠隔操作によって動いています。AIは設計プロセスで活用されることや、ロボットが特定の環境でどの程度の操舵性を持つか、どこまで到達できるかを事前にシミュレーションで予測するために使われることはありますが、実際のナビゲーションにおいてはまだ人間がループの中にいることに頼っています。不確実性への対処という意味では、人間の判断力を活用することが今のところ最も現実的な方法です。将来的にはGenerative AIなどの技術を用いてロボットの自律駆動を実現したいと考えていますが、それが実現される保証はありません。サーチアンドレスキューや外科手術の分野の同僚たちと話すと、AIがこうした複雑な環境の問題をすぐに解決してくれるとは思っていないという意見が多く、テレオペレーションから段階的に自律化へと移行していくことが現実的な道筋だと考えています。またソフトロボットは自由度が非常に多く、先端だけでなく全体の形状を制御しようとすると、人間が直感的に把握・指令できる情報量を超えてしまいます。その意味でも、全体形状の制御にはAI技術が不可欠になってくるでしょう。
6-2. ウェアラブルハプティクスの普及課題とヒューマノイドロボットへの展望
Roora: 次にウェアラブルハプティクスについてお聞きします。指先などへの高度な触覚フィードバックを提供するデバイスが研究段階から一般消費者への普及へと進むためには、どのような課題を乗り越える必要があるでしょうか。コンフォーマビリティ、ポータビリティ、ユーザーエクスペリエンスといった観点から教えてください。
Okamura: 課題はアプリケーションによって異なりますが、最も大きなものは電力と空気圧源の問題です。スマートフォンに搭載されている振動ハプティクスは非常に低電力で実現できます。高周波の振動であれば、振幅が小さくても皮膚の感覚受容器が敏感に反応するため、少ない電力で十分な知覚が得られます。しかし、より複雑な触覚信号、たとえばDC的な成分を持つ信号や環境の力をリアルに再現するような信号を提供しようとすると、より強力なアクチュエーターが必要になります。その小型化と、長時間にわたる電力供給の確保が一つ目の課題です。
二つ目は空気圧源のモバイル化です。ここでソフトロボティクスとソフトハプティクスの「ダーティーシークレット」をお話しします。論文や動画で紹介されるデモの多くは、建物に設置された大型コンプレッサーに接続されており、まったくモバイルではありません。これを実際に持ち歩けるシステムにするためには、ポータブルな空気圧源が必要です。現状ではポンプを使う方法もありますが、音がうるさく、サイズもまだ大きすぎます。またカートリッジ式のガスボンベを使う方法もありますが、簡単に補充できなければ持続可能なソリューションとはなりません。軽量という点では空気圧は優れた選択肢ですが、モバイルかつ持続可能な形で空気圧を供給する方法の確立が急務です。3Dプリンティングやニット素材などの技術によって、デバイスの形状や形態については方向性がある程度見えてきていますが、電力と空気圧源の問題を解決しない限り、普及は進みません。
Roora: 触覚フィードバックが感情や意図を人間らしく伝えるためのハプティクス研究の次のステップについて、特にヒューマノイドロボットとの関連でお聞かせください。
Okamura: ヒューマノイドロボットは現在非常に注目されているテーマですが、ハプティクスとの関係を整理すると、大きく二つの側面があります。一つ目は、人間がヒューマノイドロボットに作業を教えるデモンストレーション学習の場面です。人間がロボットをテレオペレーションしてタスクを実演する際、人間側がロボットの手から得られる触覚情報と同じ情報をフィードバックとして受け取れることが理想的です。高度なジョイスティックを操作する場合でも、手を空中で動かす場合でも、ヒューマノイドロボットが模倣する動作に対応した触覚フィードバックが人間に返ってくることで、より精度の高いデモンストレーションが可能になります。
二つ目は、ロボット自身が触覚センサーを持つという側面です。たとえばヒューマノイドロボットが患者を抱え上げて移動させるようなタスクを行う場合、ロボットの体表面全体にセンサーが分布していて、人体との接触を細かく調整できる必要があります。これは人間への触覚フィードバックとは別の問題であり、ロボット自身が環境との相互作用を感知するための触覚・触圧センサーの開発が求められます。現在、触覚センシングの研究は数多く行われていますが、多くのセンサーは配線が非常に多く、広い面積のロボットボディ全体に展開することが困難です。センサー自体もある程度柔らかく、人体との柔らかいインタラクションに適したものである必要があり、この点もまだ解決すべき課題として残っています。
6-3. 今後5〜10年の展望:3Dプリンティングの進化と社会実装
Roora: 最後の質問です。今後5〜10年でこの分野にどのようなブレークスルーが来ると考えていますか。また現在の最大の課題は何でしょうか。
Okamura: 大きなブレークスルーとして期待しているのは、まず3Dプリンティング技術の進化です。異なる素材を異なる場所に配置することをより自由に実現できるようになることで、完全に機能するソフトロボットへのアクセスが大幅に広がるでしょう。もう一つは、ソフトロボットが研究室の外に出て、実際に人々の役に立つ応用場面へと移行していくことです。もちろん研究室での研究も続きますが、実社会への展開が本格的に始まると考えています。これまでは多くの素晴らしい科学的成果が生まれてきましたが、今まさにそれらが本当に現実世界で有用であることを示す時期に来ています。近いうちにその実証が見られるようになると思っています。
Roora: Allisonに心から感謝申し上げます。非常に示唆に富んだセッションでした。参加者の皆さまにも、AI for Goodプログラムで引き続き多くのロボティクスセッションをお楽しみいただければと思います。本日のAI for Goodイベントはこれで終了です。
