※本記事は、2026年に韓国・ソウルで開催された「Global AI & Digital Summit」のセッション「Closing the Gap: The Promise of AI in Developing Economies」の内容を基に作成されています。本サミットは、世界銀行グループが韓国の財政経済部および科学技術情報通信部と共同で開催したもので、本セッションでは、人工知能がいかに途上国で雇用を生み出し機会を拡大できるか、そしてデジタル格差を埋めるために政府やイノベーターが何をなしうるかが議論されました。登壇者は、2026年10月に世界銀行グループのチーフエコノミスト兼開発経済担当上級副総裁に就任したノーベル賞受賞者のMichael Kremer氏、世界開発報告2026のディレクターであるGaurav Nayyar氏、世界銀行グループのマネージングディレクター兼チーフナレッジオフィサーで、アイルランドの元財務大臣でもあるPaschal Donohoe氏、トーゴの公共サービス効率化・デジタル経済・変革大臣であるCina Lawson氏、minoHealth AI LabsおよびKaraAgro AIの最高経営責任者であるDarlington Akogo氏です。司会はMark Tetto氏が務めました。動画の詳細情報は https://www.youtube.com/watch?v=DvCzw3SxTa8 でご覧いただけます。本記事では、セッションの内容を要約しております。なお、本記事の内容は原著作者の見解を正確に反映するよう努めていますが、要約や解釈による誤りがある可能性もありますので、正確な情報や文脈については、オリジナルの動画をご視聴いただくことをお勧めいたします。また、世界開発報告2026の全文や概要は世界銀行グループのウェブサイトでも公開されていますので、あわせてご参照ください。
1. 開会とMichael Kremer氏基調講演:スモールAIを開発に生かす
1.1 開会とスモールAIの3原則
Mark Tetto: 皆さん、おはようございます。第3回Global AI and Digital Summitの2日目へようこそ。今年のサミットは、世界銀行グループが韓国の財政経済部および科学技術情報通信部と共同で開催しています。昨日から参加されている方も、今日初めて会場やオンラインで参加される方も、心より歓迎いたします。私は司会を務めるMark Tettoです。本セッション「Closing the Gap: The Promise of Artificial Intelligence in Developing Economies」は、世界中にライブ配信されています。
昨日、世界銀行グループは新たな「Digital and AI Implementation Plan」を発表しました。この計画は、途上国におけるデジタル接続とデジタルサービスについて具体的な目標を定め、その達成に向けた青写真を示すものです。重点は、デジタルへのアクセス、手頃な価格、使いやすさ、そしてAIへの準備と導入に置かれています。今日は計画から実践へと視点を移し、これからの1時間で、実用的なAIがどのように生産性を高め、企業の成長を助け、より多くのより良い雇用を生み出せるのかを探ってまいります。ノーベル賞受賞者であり、世界銀行グループの新たなチーフエコノミストに就任した、世界有数の開発経済学者Michael Kremer氏に、AIとその開発への応用についてお話しいただきます。さらに、世界銀行グループのマネージングディレクター兼チーフナレッジオフィサーであるPaschal Donohoe氏、各国の閣僚、民間セクターのリーダーの方々から、AIが経済的機会と雇用の拡大に何をもたらせるのかを伺います。途上国の人々のためにAIを役立てるアイデアを持ち帰っていただければ幸いです。それでは、Michael Kremer氏をお迎えください。
Michael Kremer: ありがとうございます。世界銀行の広範なAI・デジタル戦略には、デジタルへのアクセスと端末をより手頃にすること、AIへの準備を促進すること、そしてスモールAIの力を活用することが含まれています。これによって民間セクターの生産性が高まり、より多くのより良い雇用が生まれ、保健や教育といった分野の行政サービスの質が劇的に向上する可能性があります。本日は、世界開発報告から得られた知見と、国際機関や政府が民間セクターと協力してデジタルツールをより有用なものにし、AIへの準備を進めるための私自身の考えをお話しします。
私が焦点を当てたいのはスモールAIです。年次総会でAjay氏も述べていたように、インフラや大量の計算資源を必要としない小さなAIツールは、農家の収量向上、教師による個別指導、保健従事者の的確な判断、起業家による新規顧客の開拓を後押しできます。今日はその中から、すでに5,000万を超える小規模農家に届いている事例を一つ掘り下げ、それを通じて3つの原則を説明したいと思います。第一に、低・中所得国の特定の用途でAIを役立つものにするには、補完的な投資が必要だということです。第二に、技術を統合することの価値です。ここで言う統合とは、企業や政府の中で、技術、人、そしてマネジメントの仕組みを一体として組み合わせることを意味しています。第三に、独立した公的な基準やベンチマーク、そして現場での試験が必要だということです。AIソリューションの調達プロセスには、実際の環境でのパイロットと検証を組み込む必要があると私は考えています。
1.2 気象予報の価値とAIによる革新
Michael Kremer: それでは、気象予報の事例に入ります。世界では数十億の人々が天水農業に依存しています。熱帯の気候は一般に雨季と乾季に分かれており、農家は雨季の到来に合わせて播種のタイミングを決めなければなりません。播種が遅すぎれば生育期間の一部を失い、収量を犠牲にすることになります。逆に早すぎて、その後に乾燥期間が続けば、種は発芽できず、壊滅的な経済的損失を被ります。しかも降雨パターンが変化しているため、いつ種をまくべきかについて伝統的な知恵に頼ることがますます難しくなっています。
ここで重要なのがエビデンスです。6件ほどのランダム化比較試験により、農家が正確な科学的気象予報を入手できると、実際に農業上の意思決定を変え、所得が増え、壊滅的な損失のリスクが減ることが確認されています。経済的な利益の大きさは状況によって異なりますが、妥当な推計として、予報の開発と配信にかかる費用に対し、その便益は100対1、あるいはそれ以上に達しうると考えられます。
そして今、AIが気象予報に革命をもたらしています。精度が向上し、予測のリードタイムが延び、モデルの計算速度は8万倍にも高速化しました。その結果、スーパーコンピュータではなくデスクトップ・コンピュータでモデルを動かせるようになっています。さらに、優れたモデルの多くはオープンアクセスで公開されています。これは、予報へのアクセスを民主化し、熱帯農業のような特定の用途に合わせた予報を開発できる可能性を生み出しています。ただし問題もあります。既存のグローバルなAI気象モデルの大半は、熱帯の農業という文脈を想定して設計されたものではありません。日々の気温のような変数を予測するように作られており、雨季がまさに始まろうとしているのか、農家が安全に種をまけるのかといった問いに答えるようには設計されていないのです。ここに、先ほど申し上げた補完的な投資が必要となる理由があります。
1.3 インド政府の実践とRCTの成果
Michael Kremer: 今年、インド政府は、自国の物理ベースのモデルとオープンアクセスのAIモデル、さらに統計モデルを組み合わせた予報モデルを構築しました。この統合モデルは、精度とリードタイムの両面で、どの単独モデルをも上回りました。その前身となるオープンアクセス版のモデルは、2025年にインドのモンスーンの進行が異常に停滞することを予測していましたが、これは農家が利用できた他のどのモデルも予測できなかった現象でした。
インド政府の取り組みはモデル構築にとどまりません。農家向けメッセージのパイロットとA/Bテストを実施し、それがメッセージの理解度を高めるうえで決定的に重要であることがわかりました。さらに、省庁間や中央・地方といった政府の各レベルにまたがってデータを統合する仕組みを整え、地域ごとに内容を変えたメッセージを、SMS、音声、AIチャットボットを通じて5,000万を超える農家世帯に届けています。これはまさに、技術と人とマネジメントの仕組みを統合するという、第二の原則の実例です。
その効果を把握するため、情報配信の強度を地域ごとに変えるランダム化比較試験が行われました。すべての地域でSMSによる予報が送られましたが、一部の地域では音声メッセージも併用されました。暫定的な結果では、音声メッセージによって農家の利益が8.5%増加したという点推定が得られています。このデータやその他の知見に基づき、インド政府は農業シーズンの他の重要な時期にも予報を追加する計画を進めています。
オープンアクセスの仕組みを基盤にしたことにも大きな意味があります。インドは特定のベンダーへのロックインを避け、AI気象予報技術の急速な発展を取り込みながら、毎年システムを改善し続けることができます。そして基盤となる手法がオープンアクセスであったため、エチオピアは自国のデータを用いて自国のニーズに合ったモデルを構築し、今年のパイロットで数十万の農家にメッセージを送ることができました。一国の投資が他国にも波及しうるという点で、これは非常に示唆的な展開だと考えています。
1.4 実装の教訓と「レモン市場」問題
Michael Kremer: この事例が示しているのは、AIが巨大な社会的便益を生み出しうるということです。しかし、ある種の用途、特に公共サービスや、低・中所得国の小規模農家や中小企業に向けた用途については、商業的なインセンティブだけでは必要な製品が生まれません。政府、慈善団体、あるいは国際機関による投資でそれを補うことが重要です。
この経験からは、実装上の重要な教訓も得られます。まず、インパクトを実現するには、科学技術の専門性、人間中心設計とA/Bテスト、そして政府のシステムと統合するための集中的な取り組みを組み合わせる必要があります。そして、インド政府は適切なモデルを選ばなければなりませんでした。用途によっては優れたオープンアクセスモデルが複数存在していましたが、農家にとって最も重要な現象を単独で予測できるものは一つもありませんでした。
ここに大きな問題があります。多くのスタートアップやNGOは、自社モデルの予測力について強気の主張をしますが、多くの場合、その裏付けはありません。これは底辺への競争を生みます。企業はモデルの改善に投資するよりも、より強い主張をすることにインセンティブを感じてしまうのです。その結果、政策担当者は疑念を抱くようになり、AI予報の導入が妨げられます。
経済学には、中古車を例に、売り手には低品質な商品を偽るインセンティブがあり、買い手が品質の良し悪しを容易に見分けられない場合に何が起こるかを論じた有名な論文があります。そこで生じるのが「レモン市場」です。信頼の欠如によって、市場全体が崩壊しかねません。私は、開発のためのAI技術の規模拡大がまだ十分に進んでいない理由の一端がここにあると考えています。良質なツールを作る側が報われない構造があるかぎり、優れた技術が存在しても普及にはつながらないのです。
1.5 標準・ベンチマークと国際機関の役割
Michael Kremer: フロンティアAIモデルにさまざまなベンチマークがあるように、公共サービス向けのAIツールを評価するにも、体系的で独立した基準が必要です。そうした基準がなければ、ツールが品質ではなくマーケティングによって選ばれてしまうリスクがあります。調達ガイドラインは価格など容易に測定できる項目に偏りがちですし、当然ながら、良い製品より悪い製品を作るほうが安く済みます。私たちは最近、気象予報について、透明で公正かつ適切なベンチマークとはどのようなものか、そして過学習やチェリーピッキングといった問題にどう対処するかの基本原則を提案するワーキングペーパーを発表しました。
標準や実環境での評価の仕組みを調達制度に組み込めば、開発者が常に品質向上を目指す「頂点への競争」を生み出すことができます。同様の基準は、教育テクノロジー、保健、業務用ソフトウェアなどにも考えられるでしょう。
まとめると、低・中所得国の企業や政府によるAIの導入には計り知れない可能性があり、テック企業、非営利団体、慈善団体、国際機関にはそれぞれ重要な支援の役割があります。テック企業はすでに驚くほど優れたモデルを生み出しており、一部の非営利団体も素晴らしいツールを作っています。しかし、ここまで述べてきたように、本当に高品質なツールを作り、それを現地の状況に適応させるインセンティブはまだあまりにも弱いのです。世界銀行のような国際機関は、他の主体と協力して優れたツールの基準づくりを支援し、ツールを検証し、そしてもちろん、農業、保健、教育などへの投資を支える大きなパッケージの一環として、政府などが大規模に調達できるよう資金を提供することができます。これが高品質なツールへの需要の源となり、低品質なツールが乱立して政府が何を調達すべきか判断しにくい均衡から、生産者が高品質なツールを競って生み出す均衡へと移行できるのです。
世界銀行グループはこのプロセスに貢献するうえで有利な立場にあります。私たちには低・中所得国の政府や企業と協働してきた数十年の経験があり、運営チームはさまざまな省庁や企業と信頼関係を築いています。また、AIツールのインパクトを検証し、A/Bテストを実施して分野全体に通じる教訓を導き出すための、強力な評価・研究能力も備えています。
今日はAI気象予報を中心にお話ししましたが、これらの要素をすべて整えることで、スモールAIのソフトウェアを規模拡大させるフライホイールを回すことができます。それによって生産性を高め、より多くのより良い雇用を生み、行政サービスを改善し、政府の説明責任と透明性を高めることができるはずです。AIシステムは、企業へのコンサルティングサービスの提供、裁判所運営における遅延の削減、衛星データを使った道路の穴の特定にも役立ちます。運転免許試験を自動で実施すれば、汚職の機会を減らすと同時に安全性も向上させられます。さらに、教師に個別のコーチングを提供し、地域の保健従事者がより良いケアを行えるよう支援することもできるのです。ありがとうございました。
2. Gaurav Nayyar氏:世界開発報告2026が示すAIの影響・戦略・政策
2.1 途上国の視点と報告書の3つの論点
Mark Tetto: Michael Kremer氏、貴重な知見をありがとうございました。この2日間、私たちはAIについて多くを聞き、途上国にもたらしうる良い影響についても理解を深めてきました。では、その背後にある考え方とは何でしょうか。エビデンスはどこにあるのでしょうか。実は、途上国がAIの恩恵を最大限に受けるにはどうすればよいかについて、多くの研究が積み重ねられてきました。世界銀行グループの「世界開発報告2026」は、現実的でありながら野心的なメッセージを打ち出しています。途上国がAIの恩恵を受けるために、1兆ドル規模の汎用モデルを自ら構築する必要はありません。しかし同時に、AIツールを輸入するだけでも十分ではないのです。では、途上国は何をすべきなのでしょうか。幸いなことに、本日は世界開発報告2026のディレクターであるGaurav Nayyar氏にお越しいただいています。会場とオンラインの多くの方が、報告書の内容を心待ちにしています。どうぞ壇上へお上がりください。
Gaurav Nayyar: ありがとうございます、Mark。Michael Kremer教授の後に話すのは至難の業です。そこで、どうすれば記憶に残るプレゼンテーションにできるかをAIに尋ねてみました。予想どおり、AIはAIを使ってスライドを作り直すよう提案してきましたので、そのとおりにしました。ただし、ファクトチェックはきちんと行いましたので、もし残っているハルシネーションがあれば、それはすべて私自身の責任です。
AIは毎日のように世界中のニュースの見出しを飾り、ソーシャルメディアのフィードの最上位に表示されています。しかし、私たちがAIについて耳にし、読み、目にするものの大半は、先進国の文脈で語られたものです。世界銀行グループの世界開発報告2026は、世界の低・中所得国に暮らす60億人を超える人々にとってのAIの物語を描き出しています。この視点が重要なのは、AIに対する受け止め方が世界の地域によって大きく異なるからです。AIに期待するよりも懸念する人の割合は、先進国のほうがはるかに高くなっています。米国では約51%、イタリアでは50%であるのに対し、ケニアでは約24%、インドでは19%にとどまります。途上国の人々は、AIをより前向きに捉えているのです。
開発プロセスにおけるAIの意義を明らかにするにあたり、報告書は影響、戦略、政策という3つの論点を提示しています。影響については、途上国におけるAIの影響は先進国とはかなり異なる形で現れる可能性が高く、それを理解するには、人々の能力を高め、少なくともフロンティアにおいては生産が集中しており、実際に機能させるには補完要素を必要とする汎用技術としてAIを捉えるのが最善だという点です。戦略については、大半の途上国には大規模AIモデルをゼロから訓練するために数十億ドルを投じる余裕はありませんが、AIは文脈に依存するため、海外からツールを輸入するだけではうまくいかないこともあるという点です。だからこそ、AIを現地の文脈に適応させることを戦略の中心に据えるべきなのです。そして政策については、世界中の政府は予算の制約を抱えているため、AIの実現者、利用者、規制者として、コストを意識した選択をすることが今まさに求められているという点です。以下、順にご説明します。
2.2 能力の補完と雇用への影響
Gaurav Nayyar: まず影響についてです。原理的に言えば、AIは複雑な思考を要するタスク、分析的なタスク、認知的なタスクをこなす能力を高める技術です。こうした能力は途上国では不足しがちで、育成するには1世代、あるいは2世代を要することも少なくありません。AIはこのギャップを圧縮された時間軸で埋めることができます。本来なら1世紀かかることを、10年で成し遂げる助けになりうるのです。
医用画像を例に考えてみましょう。高所得国には、人口あたりで低所得国の100倍以上の放射線科医がいます。実際、低所得国では平均して100万人あたりわずか1人の放射線科医しかいません。ここでAIはすでに変化をもたらし始めています。たとえばバングラデシュでは、AIによる医用画像診断の導入によって、糖尿病網膜症のスクリーニングを受ける患者数が1日あたり約40%増加しました。農業普及サービスから司法サービス、税務行政に至るまで、AIが公共サービスの提供を改善している例は他にも数多くあります。
興味深いのは、私たちが耳にする熱狂は、言語モデルや生成AIを最前線のサービス提供に使うことについてのものですが、現在の実際の動きはそこにはないという点です。世界中の政府が調達しているAIソリューションの5件中4件は、バックオフィス業務向けです。低所得国では、主な用途は予測分析と意思決定支援、地理空間インテリジェンス、早期警報システム、スマート農業です。さらに、政府が調達しているこれらのAIソリューションの78%は、従来型の予測AIや機械学習モデルを使っており、生成AIモデルを使っているのはわずか8%にすぎません。ですから、公共サービスのバックエンドにおける予測AIこそが、現時点でAI活用を拡大できる直近の可能性なのです。
雇用が失われるリスクも、途上国では現時点ではそれほど差し迫ってはいません。高所得国では、現在の仕事の約14%がAIによって自動化される可能性があります。この数字は低中所得国では一桁台前半にまで下がり、低所得国ではほぼゼロに近づきます。つまり現時点では、途上国においてAIは人々を代替したり置き換えたりするよりも、人々を補完し、その力を拡張する可能性のほうがはるかに高いのです。
2.3 集中と補完要素の欠如
Gaurav Nayyar: ここまではよい知らせですが、AIの能力は、高度に集中したバリューチェーンを通じて提供されているという現実があります。世界の主要な上場AI企業17社のうち13社が、米国と中国というわずか2つの経済圏に本社を置いています。そしてこの集中は、計算資源からデータセンター、モデルからアプリケーションに至るまで、AIバリューチェーンのあらゆる層で見られます。
しかし、この集中に伴う依存リスクに対処する答えが、必ずしもAI主権であるとは限りません。AI主権の追求は、非常に高コストで資源集約的なプロセスだからです。世界の主要なAIハイパースケーラーの2026年の設備投資額は7,500億ドルを超えると推計されており、これは世界の多くの国の経済規模全体よりも大きな額です。だからこそ途上国は、主権ではなく相互運用性によって依存関係を乗りこなすことができます。選択肢のメニューを保持し、単一のベンダーやサプライヤーにロックインされないようにすることが重要なのです。
むしろより大きなリスクは、補完要素の欠如から生じます。基盤となるインフラ、スキル、制度がなければ、AIの恩恵はなかなか広がらないでしょう。こうした補完要素は、一般に低所得国で最も遅れています。低所得国では、電力にアクセスできる人は人口の半分にも満たず、インターネットに接続している人は4人に1人にすぎません。いくら優れたAIが存在しても、電気もインターネットも届かない場所ではその能力を発揮できないのです。
このように、AIの「能力(Capabilities)」「集中(Concentration)」「補完要素(Complements)」という3つの観点は、世界中の途上国でAIの影響がどのように展開していくかを考えるための枠組みを提供してくれます。能力の面では途上国にこそ大きな可能性があり、集中の面では相互運用性による依存管理が鍵となり、補完要素の面では最も深刻なボトルネックが存在するということです。
2.4 Adopt・Adapt・Advance戦略と実現者としての政府
Gaurav Nayyar: 次に戦略です。途上国は何をすべきなのでしょうか。世界開発報告は、「採用し(Adopt)、適応させ(Adapt)、そして前進する(Advance)」という明確な枠組みを示しています。AIのフロンティアを前進させることは、十分な資源と能力を持つ世界のごく少数の国にしか関係しません。市場で入手できるAIを採用することのほうが、はるかに理にかなった出発点です。しかし、それだけでは十分ではありません。なぜなら、AIはデータから学習するというやや特殊な技術であり、そのデータは現地の言語、現地のニーズ、現地の状況を反映していなければならないからです。だからこそ、AIを現地の文脈に適応させることが、途上国が適切なバランスを取るための助けとなるのです。
最後に政策です。政府はAIの実現者、利用者、規制者として、この「採用と適応」の戦略をどのように実行すればよいのでしょうか。
まず実現者としての政府についてです。手頃な計算資源へのアクセスや現地語のデータといったデジタルな補完要素がAIにとって重要であることには、この会場の誰もが同意するでしょう。しかし、議論の中で見落とされがちなのは、アナログな補完要素のほうがさらに重要かもしれないという点です。いくつかの途上国では、企業の4社に1社が、AIソリューションを使っていない理由として、知識、情報、あるいは認知の不足を挙げています。また、途上国の企業の4社に1社が、AI導入の障壁としてコストを挙げています。これは、コストを要因に挙げる企業が50社に1社にすぎない米国とは際立った対照をなしています。つまり、知識の不足と資金へのアクセスの不足が、依然として大きなハードルとなっているのです。実現者としての政府は、計算資源やデータだけでなく、企業がAIを知り、導入費用を賄えるようにするための基盤にこそ投資する必要があると私たちは考えています。
2.5 利用者・規制者としての政府と3つのメッセージ
Gaurav Nayyar: 次に、AIの利用者としての政府です。今日の私たちは、AIのパイロット、AIの実験、AIのユースケースがあふれる世界に生きています。しかし、利用はインパクトと同じではありません。そして現在、どのAIソリューションが機能し、なぜ機能するのかについての信頼できる情報はほとんどありません。私たちは医療分野におけるAIベースの介入に関する約1万件の研究を調べましたが、低資源環境におけるAIのインパクトを意味のある形で評価しようとしていたのは、そのうちわずか17件でした。ですから、AIの利用者としての政府は、調達の枠組みにモニタリングと評価を組み込み、うまく機能しているAIパイロットを規模拡大していかなければなりません。
最後に、AIの規制者としての政府です。AIには多くのリスクが伴うことを私たちは知っています。AIソリューションの基盤となるデータが適切でない場合に生じる意図せぬリスクもあれば、悪意ある主体がサイバー攻撃やディープフェイクのように、意図的にAIを使って社会に害を及ぼすリスクもあります。こうしたリスクは、途上国のデジタル関連機関の約40%が、関連する政策、ガイドライン、枠組み、標準の欠如をAIツール導入の制約に挙げているという事実にも表れています。高所得国ではこの割合はわずか10%です。
よい知らせは、各国政府が自主基準や既存の法規制を出発点として、信頼できるAIを構築できるということです。AIに関しては、すでに800を超える自主基準が公表済みまたは策定中です。そして、サイバー攻撃やサイバーセキュリティのように、これらの基準では不十分な領域については、既存の法規制に頼ってリスクから身を守ることができます。もちろん、時間の経過とともに、技術の進化に伴って生じる規制上のギャップを特定し、それを埋めていく必要があります。ただしその際には、AIをめぐるルールや規制が断片化しないよう、国際協調の精神をもって取り組まなければなりません。
まとめると、報告書には3つの主要なメッセージがあります。第一に、楽観的であってください。AIは、本来なら1世紀かかることを10年で成し遂げうるからです。しかし、そこで立ち止まって成り行きに任せてはいけません。第二に、戦略的であってください。AIを現地の文脈に適応させることを重視するのです。そして第三に、現実的であってください。予算の制約のもとで、AIの実現者、利用者、規制者としてコストを意識した選択をしてください。報告書の全文、概要、主要メッセージはオンラインでご覧いただけます。PDFの先に踏み込んでみたい方は、WDR2026 Companionと対話して報告書の内容を問い合わせることもできます。ご清聴ありがとうございました。
3. パネル討論:トーゴとガーナにおけるAI実践
3.1 パネル導入と論点整理
Mark Tetto: Gaurav氏、世界開発報告の内容を魅力的で説得力のあるプレゼンテーションで生き生きと伝えていただき、ありがとうございました。本日のイベントの次のパートは、世界銀行グループのPaschal Donohoe氏が進行します。Paschal氏は世界銀行グループのマネージングディレクター兼チーフナレッジオフィサーであり、アイルランドの元財務大臣でもあります。理論をいかに行動に移すかについて鋭い論評を続けてこられた方で、今は私たちの多くと同じように、AIが専門知識の不足をどこで補い、生産性を高め、サービス提供を改善できるかに注目されています。Paschal氏には、卓越した閣僚の方と、民間セクターのAIイノベーターでありリーダーである方とともに、AIがすでに何を成し遂げているのか、さらに何ができるのか、そして将来の恩恵を広く共有するためにどのような支援が必要なのかを語り合っていただきます。モデレーターのPaschal氏、そしてトーゴの公共サービス効率化・デジタル経済・変革大臣のCina Lawson氏、minoHealth AI LabsおよびKaraAgro AIの最高経営責任者Darlington Akogo氏、どうぞ壇上へお越しください。
Paschal Donohoe: 皆さん、おはようございます。このサミットに参加し、お二人の卓越したゲストとともに議論できることを大変光栄に思います。本題に入る前に、世界各地の政府、学術界、民間セクターからお越しくださった皆さんに、このサミットを成功に導いてくださったことへの感謝を申し上げます。また、この政策分野に長年熱心に取り組み、AIの開発インパクトを最大化するための政策的な取り組みと資金面での機会を示そうと本イベントを企画してくれた世界銀行グループの同僚たち、とりわけSangbu Kim氏とそのチームの皆さんにも、心から感謝します。
さて、パネル討論のテーマに移りましょう。私たちの議論は、Michael氏とGaurav氏によってすでに見事に枠組みが示されています。私が特に強く印象を受けたのは、お二人がそれぞれ挙げた事例です。Michael氏は、AIが気象予報の改善にどう使われたかを語り、予報の恩恵を受けた農家が天候パターンをよりよく理解できるようになったことで所得が目覚ましく増えたことを示しました。Gaurav氏は、医療において実現しうる大きな改善と、それによって臨床医が提供できる最高水準の医療サービスへのアクセスを社会全体で平等にしていける可能性を指摘しました。この二つの事例は、AIがもたらす機会を鮮明に示しています。
しかし、お二人はそこで終わらず、その機会を実現するために公共部門と民間部門が下すべき政策上の選択と判断についても語りました。Michael氏は「頂点への競争」という機会と、それを可能にするために必要な枠組みについて論じました。Gaurav氏は、世界開発報告の核心にある「採用し、適応させ、前進する」という枠組みについて語りました。これらはいずれも、ここ数日の議論の中心的なテーマである、開発インパクトを生むためにAIの潜在力をどう活用するかという問いを浮き彫りにしています。世界銀行グループは特に雇用の機会に注目しており、とりわけスモールAIとデジタル能力の活用によって、世界中の何億人もの人々に新たな雇用を生み出せる可能性を重視しています。それでは、ゲストのお二人に議論をお渡ししましょう。
3.2 トーゴにおけるAI活用の始まり
Paschal Donohoe: 改めて、今朝お二人に壇上へお越しいただいたことに感謝します。まず大臣から伺います。ご紹介しておくと、大臣は世界銀行グループの元職員で、いわば世界銀行のOGでいらっしゃいます。ですから、閣僚として、また世界銀行で開発について考えてきた立場の両方から、これらのテーマを考えることができる方です。質問に入る前に、この種の技術がご自身の国と経済にどのような影響を与えてきたかをお話しいただけますか。デジタルとAIの機会について考えるとき、どのような機会が思い浮かびますか。
Cina Lawson: ありがとうございます。皆さん、おはようございます。本日ここに立てることを光栄に思います。トーゴ政府が初めてAIを使ったのは、パンデミックのときでした。私たちは、資金援助プログラムの受給者の優先順位付けにAIを使ったのです。これは他に例のない取り組みでした。私たちがAIを使った理由は、統一された社会登録簿を持っていなかったからです。つまり、実際には他に選択肢がなかったのです。緊急を要する非常事態でした。当時は公的財政で、AIによる受給者の優先順位付けに基づくプログラムを賄うことができなかったため、GiveDirectlyなどのNGO、さらには世界銀行などからの支援も受けました。
その後、政府内では、まずこれを規模拡大しなければならない、そして一貫して取り組まなければならないという考えが生まれました。これはNovissiプログラムと呼ばれ、何十万人ものトーゴ国民を実際に支援できた、非常にインパクトのあるプログラムでした。振り返ってみると、この経験がAIについて考えるきっかけとなり、政府内に新たな組織「Togo AI Lab」を立ち上げることにつながりました。この組織は、政策の改善に向けて人工知能を見出し、活用し、適用することに特化しています。
私たちは農業と保健の分野に取り組んできました。もちろん、まずAI戦略から始めました。何を、どのような順序で行い、何が必要なのかを明確にすることが非常に重要だったからです。戦略を策定した後、私たちはまず政府内部で適用することが重要だと判断しました。効率化を図るにはまず自分たちから始めなければなりませんし、それはデジタル変革を加速させることにもなります。AIを効果的に機能させるには、大量のデータが必要です。そして政府である私たちは、大量のデータを持っています。先ほど、世界銀行は設立以来膨大なデータを蓄積してきたのだから、ナレッジマネジメントにAIを活用しているのかとお尋ねしていたところです。世界銀行がAIを活用することも、私たち政府がデジタル化を進めてAIを活用し、政策を改善することも、同じように重要なのです。
農業についてはすでに多くが語られており、後でさらに議論することになると思いますが、一例を挙げます。2020年に私たちはNASA Harvestと協力し、衛星画像を使ってトーゴの農村地図を作成しました。どの作物がどこで栽培されているかといった情報です。このデータはすでに利用可能になっています。次の段階として、世界の複数の機関と協力しながら現在取り組んでいるのは、どの作物をどこに植えるべきか、どの土壌がどの作物に適しているかを特定することです。こう申し上げるのは、これをトーゴ全土で効果的に行えるのは、私たち政府しかいないからです。そしてそれができたら、この情報を農村の農家などが実際に使えるように提供したいと考えています。
3.3 minoHealth AI Labsの創業
Paschal Donohoe: ありがとうございます、大臣。農業におけるAI活用とその経済的機会については、後ほど改めて伺います。ここでDarlingtonさんにお入りいただきましょう。あなたはAI分野の連続起業家であり、医療から農業まで、経済のさまざまな分野にAIを応用してこられました。まず、ご自身がAIにどのように関わってきたのかを、手短に聴衆の皆さんにお話しいただけますか。そして、大臣が規模化の必要性について述べたことを踏まえ、商業セクターにおいてAIがどのように規模の拡大に役立ってきたのか、ご意見をお聞かせください。
Darlington Akogo: 皆さん、おはようございます。背景からお話しすると、私たちがminoHealth AI Labsを立ち上げたのは2016年から2017年にかけてのことです。ガーナで始めることが私にとって非常に重要でした。思い出していただきたいのですが、ChatGPTが登場したのは2022年から2023年にかけてですから、それよりも何年も前のことです。多くの人は、米国に拠点を移すのではなくガーナでAI企業を立ち上げようとする私たちを、正気ではないと思っていました。
しかし私たちにとって、アフリカの文脈の中でこれを行うことが非常に重要でした。理由は二つあります。一つは、医療に存在する大きな課題を解決したいのであれば、アフリカこそがその現場の中心だと考えたからです。米国のシリコンバレーの象牙の塔の中から解決することはできません。私たちは課題の近くにいたかったのです。もう一つは、アフリカの生物学的な多様性が、事実上世界の多くをカバーするデータをもたらすと考えたからです。興味深いたとえがあり、これは科学的にも正確なのですが、デンマーク出身の人とイタリア出身の人は、ガーナ北部出身の人とガーナ南部出身の人よりも遺伝的にずっと似ているのです。私たちはそれほど多様です。ですから、そのデータからAIシステムが学習することは、世界全体の利益になるのです。
私たちはそこに賭けました。2017年以降、いくつかのモデルを訓練し、放射線科などの領域に展開してきました。医用画像を読み取り、マンモグラフィーから乳がんを検出したり、X線から胸部のがんを検出したりするものです。その後、生成AIがAIにおける新たな機会をもたらすと気づいたとき、私たちは医療と生物学のための基盤モデルの訓練を始めることを決めました。2023年にゲイツ財団から最初の資金提供を受け、医療と生物学のために本番運用された基盤モデルとしては世界で初めてのものとなるAIを訓練しました。
3.4 Moremi AIの展開
Darlington Akogo: このAIシステムによって、私たちはさまざまな分野で展開できるようになりました。興味深いことに、このAIは現在、世界100カ国以上で使われています。その名前をMoremi AIといいます。
このAIを使ったユースケースの一つをご紹介します。医療過誤は、米国においてさえ死因の第3位です。実際のところ、グローバルサウスの大部分では、この数字がどの程度なのかさえわかっていません。そこで私たちは、Moremi Sentinelと呼ぶユースケースでMoremiを展開しました。医師が臨床記録や処方箋、あるいは何らかの文書を書くと、AIシステムが医師の書いたすべてを確認します。国際的なガイドラインと照合するだけでなく、その医師がいる国の臨床ガイドライン、つまり標準治療ガイドラインとも照合します。そのため、現地の文脈を踏まえることができるのです。そのうえで、「この用量は間違っています」「これは適切な薬ではありません」「この検査を指示し忘れています」といった形で介入できます。医師たちはこのユースケースを実際に高く評価しています。医師の仕事を肩代わりしようとするものではなく、医師がより良い医師になるための支援をするものだからです。医師たちはこのユースケースをとても気に入ってくれています。
現在、私たちはさらに展開を広げています。年間約100万件の受診がある病院チェーンへの展開に向けたパートナーシップを結んでいます。また、ガーナ政府ともパートナーシップを結び、私たちのAIシステムを全国に展開することになっています。
最後のユースケースとして、私たちは実際にMoremi AIを使って、抗体やワクチン、さらには診断薬を設計しています。これまでにマラリア、髄膜炎、淋病について取り組んできました。そしてこのたび、EUとGIZから新たな資金を得て、ガーナとドイツのパートナーと協力しながら、エムポックスとマラリアについても同様の取り組みを進めることになりました。これらはすべて、まさにアフリカ大陸の中、グローバルサウスの中で起きているAIのユースケースなのです。
Paschal Donohoe: Darlingtonさん、ありがとうございます。私自身、今年の初めにガーナを訪れましたが、経済の各分野で技術が存在感を増していること、そして政府が公共サービスに技術をどう活用できるかを真剣に考えていることを目の当たりにしました。あなたが挙げた事例の多くが医療分野であったことも、非常に印象に残っています。
4. 公共サービスの未来とAI:トーゴの構想
4.1 Voice of Togoと母語による教育
Paschal Donohoe: ここで改めて大臣にお話を伺いたいと思います。世界銀行グループは医療分野において、地球上の15億人をより良いプライマリーヘルスケアとユニバーサルヘルスケアにつなぐという目標を掲げており、その実現には技術が中心的な役割を果たすと考えています。大臣のお話も、きわめて困難な状況のもとではありましたが、医療とAIから始まりました。ご自身の国の医療の未来、さらには公共サービス全体の未来を考えるとき、AIはどのような役割を果たすとお考えですか。そして、皆さんが公共サービスを設計する対象である国民にとって、それが何を意味しうるのか、その抱負をお聞かせください。
Cina Lawson: まず、Darlingtonさんにお祝いを申し上げたいと思います。2017年に会社を始められたとは存じ上げませんでした。本当に感銘を受けましたし、心からお祝いします。
さて、私たちにとっての前提条件は、医療のデジタル変革です。これはまだ実現できておらず、現在進行中のプロセスです。これが非常に重要なのは、たとえばDarlingtonさんがおっしゃったように、医師が書いた処方箋にAIがコメントできるようにするには、デジタル化されたシステムが必要だからです。それがまず第一であり、トーゴではこれを実装しなければなりません。
AIについて私たちが描いているビジョンをお話しします。AIについて語るとき、大多数の国民にとってAIとは何なのでしょうか。私たちが国民に説明したいと考えているのは、二つのことです。その一つ目は、トーゴの国民がどの公共サービスにも電話一本でアクセスできるようにしたいというビジョンです。具体的な計画として、私たちは数カ月前に「Voice of Togo」と名づけたプログラムを立ち上げました。50ある国語のすべてに対応する大規模言語モデルを持ちたいと考えているからです。これによって、トーゴの人々と公共サービスとの関係が変わると私たちは考えています。人々が自分の方言や現地語で話しかけて、あらゆるサービスを申請できるようになるからです。これは基盤となるものであり、デジタル公共インフラ(DPI)になるものです。
Paschal Donohoe: その点について、一人ひとりの国民にどのような影響があるのか伺ってもよろしいですか。公共サービスを遠い存在で、アクセスしにくいものと感じている人にとって、それは国家との関係をどう変えるのでしょうか。
Cina Lawson: トーゴを永遠に変えることになるでしょう。まさにおっしゃるとおりで、この国を根本から変えることになると思います。これは公共サービスだけでなく、教育や保健にとっての基盤でもあります。考えてみてください。今日のトーゴでは、数学や理科をフランス語で学ばなければならないのです。もしAIが、自分が最も心地よく感じる言語で概念を一つひとつ説明してくれたら、教育の捉え方そのものが変わるでしょう。言葉の壁がなくなることで、公共サービスへのアクセスも、学びへのアクセスも、まったく違ったものになるのです。
4.2 データ・計算資源・研修の並行推進
Cina Lawson: これは非常に骨の折れるプロセスですが、私たちは大いに手応えを感じています。また、人々に説明しやすい取り組みでもあります。先ほど、途上国の人々が人工知能に対していかに熱心かという話がありましたが、それは私たちの人口が若いからです。私たちにとってAIは贅沢品ではありません。保健や教育でAIを使うと言うとき、それは医師が足りず、教師が足りないからなのです。AIには非常に具体的なユースケースがあり、だからこそ大きな違いを生むと私たちは考えています。
しかし、そのためにはデータセットを構築しなければなりません。データセットがないときには、たとえばCOVIDの際に行ったように、人工知能や衛星画像などを使ってきました。けれども今、私たちが注いでいる努力の多くはデータセットの構築に向けられています。そして、これらすべてを並行して進めなければなりません。世界は非常に速く動いており、取り残されたくないからです。ですから私たちは、データセットを構築しながら、計算資源へのアクセスを確保しようとし、同時にデジタル化を進め、人材の研修にも取り組んでいます。
研修について言えば、驚かれるかもしれませんが、政府内ではすでに多くの人がAIを使っていると思います。ただ、組織立った形では使っていないのです。政府全体のデータが大規模言語モデルに送られてしまうような事態は避けなければなりません。機密性の問題があるからです。そのため、他のすべての取り組みに加えて、研修を強化し、しかも大規模に行う必要があります。
そして、皆さんにぜひ心に留めておいていただきたいことがあります。私がよく申し上げるのは、私たちアフリカの政府はこれまで数多くの取り組みを行い、多くのイノベーションを生み出してきたということです。問題は、それらを規模化して実施し、持続的なインパクトを生み出すことにあります。Novissiのような革新的な取り組みは生まれても、それを国全体で一貫して続けられるかどうかが、私たちにとっての本当の課題なのです。
5. ガバナンスから実装・規模化へ
5.1 ユースケース選定とパイロット
Paschal Donohoe: 大臣、データセットの重要性、そして計算資源へのアクセスの重要性を指摘していただきました。Darlingtonさん、あなたはアフリカにおけるAIのインパクトを論じる中で、多様性について、そしてグローバルサウスが持つ潜在力について語られました。大臣のお話を受けて、お考えをお聞かせください。経済発展にAIを役立てるという潜在力を実現するために、政策担当者はどのような選択を検討すべきだとお考えですか。そして、政府に何をしてほしいと考えていますか。
Cina Lawson: 聞いていますか。
Darlington Akogo: はい、もちろんです。まず、Lawson大臣、そしてグローバルサウスの多くの政府の功績を正当に評価する必要があると思います。グローバルサウスの外には、これらの国々がこれからAIに、とりわけガバナンスの面で取り組まなければならないという印象があるようですが、それは必ずしも正しくありません。
いくつか例を挙げましょう。第一に、私たちには大陸レベルのAI戦略があります。私はこの大陸AI戦略に取り組んだチームの一員でした。作業を始めたのは2022年で、ChatGPTの登場よりも前のことです。私の母国ガーナでは国家AI戦略を策定し、私はその技術責任者を務めました。大臣もトーゴでガバナンスの枠組みを整備されたと話されていました。少なくとも20ほどのアフリカ諸国が、すでに何らかのAIガバナンスの枠組みを策定しています。ガバナンスの観点から言えば、第一段階はすでに済んでいるのです。
今、私たちが向かっているのは、それらの戦略に盛り込まれた内容の実装です。実装に取り組むうえでは、ユースケースを選ぶことが非常に重要です。私たちがアフリカ大陸だけでなくカリブ海地域などでも政府と協働してきた経験から言えるのは、AIソリューションを国に押し付けてはならないということです。実際に現地に行き、理解し、その分野の専門家と協力する必要があります。医療であれば、公衆衛生部門の医師や臨床医に会いに行き、彼らが抱えている本当の課題を語ってもらうのです。そのうえで、診断や治療計画においてAIソリューションが役立ちうる状況を提示し、実際に行動に移す前に、それが理にかなっているかを確かめます。政府が利用者にユースケースを押し付けているように見えるものは避けるべきです。プロジェクトが放棄されるのは、まさにそういうときだからです。国と協力し、現場の人々と協力してAIソリューションを展開しなければなりません。
もう一つは、ユースケースを特定したらパイロットを実施することです。小規模なパイロットを行い、それをアイデアを試す機会、そしてAIシステムの性能をベンチマークする機会として活用します。イノベーターとして、私はオープンイノベーションを支持しています。しかし同時に、ソリューションが必要だからといって何でも選び、検証もせずに世に出すような風潮をつくってはいけません。そうしたやり方はAIの普及の助けになりません。もしAIが重大な誤りを犯せば、それはAIを導入すべきでない理由の実例として使われてしまうからです。
Paschal Donohoe: そうですね。
Darlington Akogo: それは私たちの誰にとってもよいことではありません。パイロットを実施して結果を得たら、そこからが規模化の段階です。
5.2 地域的ソブリンAIとインフラ
Darlington Akogo: 規模化の段階では、いくつかのことが必要になります。非常に重要なのは、地域的なソブリンAIに目を向けることです。米国政府がAnthropicに対し、最新モデルへのアクセスを全員に対して停止するよう命じ、その対象には米国内のAnthropicで働く外国籍の人々まで含まれていたという出来事を、皆さんも覚えていると思います。米国や中国から来るモデルの上に、自分たちのAIの未来を築くことはできません。私は外交官ではないことを神に感謝しています。おかげで、大きな波風を立てることなくこうしたことを言えますから、私の外交的でない物言いをどうかお許しください。
私たちは自ら創り出せるようにならなければなりません。ただし、それはすべての国が独自のAIシステムを持つべきだという意味ではありません。ある程度の集約が必要であり、それは地域単位であるべきです。たとえばヨーロッパでは、Mistralというフランスの企業が大きな支援を受けています。フランス企業ですが、OpenAIやAnthropicに対するヨーロッパからの答えとして位置づけられています。そして中国がアジアのブロックを代表しています。グローバルサウス、つまりアフリカやカリブ海地域にも、そうしたソリューションが必要なのです。それが整えば、ソリューションを規模化していくことができます。
規模化の準備ができたら、データセンターのようなものにも目を向けるべきです。そして、強固なインターネットインフラがすでに整っている必要があります。世界銀行はガーナで光ファイバー拡張プロジェクトを進めており、Stephen Davenport氏らがこれに取り組んできました。私たちが政府と結んでいる、医療分野のAIソリューションを規模化するためのパートナーシップは、このインターネット拡張インフラを土台にしています。私たちは病院に注目しています。現在、約300の病院がすでに光ファイバーのインターネットに接続されており、まずそれらの病院を選んでAIソリューションを展開しているのです。
検討すべきことは数多くありますが、最後に伝えたいメッセージはこうです。人々が車を買い始める前に、国中に道路を建設する必要はありません。どこかから始めなければならないのです。インフラをすべて整えるまでAIの導入を待つべきだという考えは正しくありません。AIを支えるインフラを構築していくプロセスの一部として、AIを取り入れていくべきなのです。
5.3 地域共有計算資源と大規模研修
Paschal Donohoe: 大臣、Darlingtonさんが示した、人々が車を買って使い始める前に国中に道路を建設する必要はないというたとえについて伺います。これは世界開発報告の要点の一つでもあり、重要なのは技術を使うこと、そしてその技術を自国の文脈とニーズに合ったものにすることだという点を示しています。
Cina Lawson: そのとおりです。
Paschal Donohoe: その話のあいだ、大臣が大きくうなずいておられるのが見えました。どうぞお話しください。
Cina Lawson: いくつか申し上げたいことがあります。まずDarlingtonさんに良い知らせです。ここ数日、そして韓国に来る前から、アフリカの閣僚たちの間で話し合ってきたのは、地域で共有する計算資源を持つことです。これは非常に優先度の高い課題で、世界銀行の支援のもと、昨日もアフリカの全閣僚と世界銀行チームとの会合を行いました。そして、これは実現することになります。そう申し上げておきましょう。どこまで話してよいかわかりませんが、まずそれが一点目です。
二点目として、Darlingtonさんがおっしゃったことで非常に重要なのは、オープンソースのモデルを活用することだと思います。まずは私たちにとって意味のあるユースケースに合わせて、これらのモデルをローカライズすることから始められます。そして時間をかけて、計算資源を確保できれば、内部で発展させてアフリカ大陸のモデルを生み出していけるでしょう。こうした考え方は、私たち、そして特に私自身に強く響くものです。
また、世界銀行の場ですので、トーゴが接続性プロジェクトを通じて世界銀行から受けてきた支援についても申し上げておくことが重要だと思います。このプロジェクトによって、私たちは学校、病院、そして市役所を光ファイバーで接続できるようになります。これはAIの活用を加速させる助けになると考えています。
さらに、アフリカ大陸の私たちにとって本当に重要なことの一つが研修です。繰り返しになりますが、大規模な研修です。私たちには、AIを使えるようになるために研修を受ける必要がある人が何十万人もいます。単にAIを使えるようになるだけでなく、AIを使って自分の収入を増やせるようになる必要があるのです。この点については、もう少し議論を深める必要があると考えています。
6. 人材育成と世界銀行との協働、閉会
6.1 AI人材育成と教育改革
Paschal Donohoe: 大臣は教育とスキルの重要性を指摘されました。世界銀行グループにも、デジタル戦略と並行して進めている教育・スキル開発戦略があり、この新しい経済に必要なスキルに目を向けています。残り時間も少なくなってきましたので、Darlingtonさんに手短にお考えを伺い、その後お二人それぞれに短い質問をしたいと思います。Darlingtonさん、グローバルサウス、そしてアフリカの教育システムを見たとき、市民が技術を使いこなせるようにするために、そして次の世代の若きDarlingtonを支え、AIの潜在力を実現するDarlingtonのような人材をもっと増やすために、どのような変化が必要だとお考えですか。
Darlington Akogo: 研修がもっと必要だという点には、まったく同感です。能力を構築していかなければなりません。私たちがこの方向で取り組んでいることの一つが、ユースケースに基づく研修です。私たちは農業分野でもプロジェクトを手がけています。GIZと協力しているCADI AIというプロジェクトでは、病害や害虫を検出できるドローンを使ったAIソリューションを構築しました。その際、私たちは農業普及員を研修し、さらに農家にもこの技術の使い方を研修しました。また、ガーナとナイジェリアの大学とも提携し、医療従事者向けの研修プログラムを実施してきましたし、研究者向けの研修プログラムも運営しています。こうした取り組みを数多く進めていますが、これこそが必要なことなのです。AIを理論的に扱う研修プログラムは必要ありません。ユースケースに基づくものでなければなりません。医師や教師が、AIを活用してサービス提供を改善できるよう力をつけていく必要があります。
最後に申し上げたいのは、非常に議論の分かれる点で、どちらの方向の研究も数多く進められているテーマ、つまり教室でAIの利用をどこまで認めるべきかという問題です。私の考えでは、低学年のうちは確かな問題解決能力を身につけるために、多くの問題解決課題でAIの利用をできるだけ控えさせるべきです。しかし、ある程度成熟した段階に達したら、教育の目的は現実の世界に備えさせることにあり、現実の世界にはAIが存在しているのですから、彼らはAIを管理する立場として問題解決に臨むべきです。導入は段階的でなければなりませんが、取り除くことはできません。ただ、幼い子どもたちが最初からAIを使いすぎると、ある種の思考力や問題解決能力が制限されることを示す研究もあります。バランスを取る必要があるのです。
Paschal Donohoe: つまり、生徒がAIに仕えるのではなく、AIが生徒に仕えるということですね。
Cina Lawson: 私からも申し上げたいことがあります。
Paschal Donohoe: その前に一つだけ。ぜひお話しいただきたいのですが、残りはあと3分しかなく、時間を守らなければSangbu氏に叱られてしまいます。ですから、お二人に一つずつ伺います。大臣には、世界銀行グループとトーゴ政府の間で、この潜在力を実現するための協働分野を一つ挙げるとすれば何か。Darlingtonさんには、世界銀行グループとグローバルサウスの民間セクターとの協働分野を一つ挙げるとすれば何か、をお聞きします。
Cina Lawson: ご質問にはお答えしますが、その前に教育について一言申し上げたいと思います。数学と理科を学ぶ学生をもっと増やさなければなりません。アフリカでは教育改革が必要で、高校などで文学や人文系よりも数学と理科を選ぶ人を大幅に増やすべきだと考えています。そしてもう一つ、一般の大学制度の中で、大学に入学するすべての人がAI研修を受けられるよう、それを必修化する必要があります。これは大きな変化をもたらすと思います。
6.2 三者協働による規模化と閉会
Cina Lawson: では、世界銀行との協働についてお答えします。私たちは世界銀行と、実に多くのことに取り組んできました。接続性におけるパートナーシップに始まり、現在は共有計算資源について協議しています。また、公務員や農家などを対象とした大規模な研修も数多く実施してきました。協働分野は非常に多岐にわたっています。
Paschal Donohoe: 素晴らしいですね。すでにしっかりとした協働が進んでいますが、もちろん世界銀行グループとトーゴ政府は、ともにさらに多くのことを成し遂げようという意欲を持っています。
Cina Lawson: まさにそのとおりです。
Paschal Donohoe: Darlingtonさん、民間セクターと世界銀行グループについてはいかがですか。
Darlington Akogo: 特にグローバルサウスにおいては、世界銀行の存在が絶対に必要です。これは三者による協働であるべきです。規模を実現するには、民間セクター、政府、そして世界銀行の三者が必要なのです。
Paschal Donohoe: まったく同感です。
Darlington Akogo: ガーナで世界銀行のチームと話をすると、彼らはいつも「世界銀行はパイロットには関心がない。関心があるのは規模化だ」と言います。まさにそこが世界銀行の果たすべき役割であり、今がその絶好のタイミングです。私たちには大陸レベルと国家レベルのAI戦略がすでにあります。世界銀行は政府が規模化を達成するための資金を用意し、民間セクターは世界銀行と連携しながら、規模化に向けたソリューションを構築し提供する実装パートナーとなるのです。
Paschal Donohoe: ありがとうございます。世界開発報告、そしてMichael氏とGaurav氏の講演で私が強く感銘を受けたことの一つは、AIをめぐる議論のトーンです。世界の多くの地域では、AIがもたらしうる不安や課題を強く意識しています。しかし、二人の素晴らしいパネリストの発言、そして世界銀行グループが訴えている点は、AI、とりわけスモールAIがもたらしうる機会、さらにはデジタル技術全般が、開発、より良い公共サービス、そしてより多くのより良い雇用の創出にもたらしうる機会です。そこには楽観があります。そしてお二人は、大規模言語モデルがここ数年で脚光を浴びる以前から、すでに技術とAIの活用で成果を上げてきたことを私たちに思い出させてくれました。機会がどこにあるのか、そして若い人々と、私たちが雇用を生み出そうとしている人々のためにより良い世界を築くという技術の潜在力を実現するために、政府、民間セクター、世界銀行グループがどのような選択をしなければならないのかを、改めて示してくれたのです。
最後に二つの感謝を申し上げます。まず、技術を活用して自国とその先に恩恵をもたらし続けているお二人のパネリストに、心から感謝します。今朝はご参加いただき、ありがとうございました。そして、この楽観と潜在力を実現するために懸命に取り組んでいる世界銀行グループの同僚たち、すなわちDigital and AIチーム、DECチーム、さらに世界銀行、IFC、MIGAの同僚の皆さんにも感謝します。視聴者と会場の皆さん、今朝はお時間を割いてご清聴いただきありがとうございました。この非常に重要なサミットの残りの一日が実り多いものとなりますよう願っています。ありがとうございました。
Cina Lawson: ありがとうございました。