※本記事は、2025年世界経済フォーラム(WEF)年次総会のセッション「Industries in the Intelligent Age」の内容を基に作成されています。このセッションは、CNBCとの共同企画として開催され、モデレーターのSara Eisen氏、および各業界を代表するCEO(AWS: Matt Garman氏、Sanofi: Paul Hudson氏、PepsiCo: Ramon Laguarta氏、Saudi Aramco: Amin Nasser氏、Accenture: Julie Sweet氏)が登壇しました。
本記事は、セッションの書き起こしを要約し、構造化したものです。内容は可能な限り発言者の意図を正確に反映するよう努めていますが、要約や解釈による誤りがある可能性があります。より正確な情報については、世界経済フォーラムの公式記録をご参照ください。
世界経済フォーラムは、グローバル市民精神に基づく官民協力を通じて世界の発展に貢献する国際機関です。1971年に非営利財団として設立され、スイス・ジュネーブに本部を置き、独立性と公平性を保持しながら、あらゆる分野のリーダーと協力して、グローバル、地域、産業のアジェンダ形成に取り組んでいます。
1. セッション概要
1.1. 参加者と背景
このセッションは、World Economic Forum(WEF)年次総会2025の一環として、CNBCとの協働で開催されました。モデレーターを務めるCNBCのSara Eisenは、これまでのWEFでのAIパネルディスカッションとは異なり、今回は実際にAIが企業で活用されている具体的な事例について議論することを強調しました。
パネリストとして、AWSのMatt Garman氏、PepsiCoのRamon Laguarta氏、AccentureのJulie Sweet氏、Saudi AramcoのAmin Nasser氏、SanofiのPaul Hudson氏が参加しました。各CEOは、それぞれの業界におけるAI活用の最前線で指揮を執る立場から、具体的な知見を共有しました。
このセッションは、WEFのAIガバナンスアライアンスが推進するAIトランスフォーメーションイニシアチブの重要な一部として位置づけられています。WEFは、透明性、一貫性、説明責任という基本原則に焦点を当て、100以上の政府、主要な国際機関、1000のフォーラムパートナー、市民社会のリーダー、専門家、若者代表、社会起業家、報道機関を集めて、AIがもたらす産業変革について議論を展開しました。
このセッションは、単なる技術的な議論を超えて、AIが既に企業活動の中核として機能している現状を示し、その実践的な課題と解決策、さらには社会的なインパクトについて、具体的な事例を基に検討することを目的としています。各CEOは、自社での経験に基づく実践的な知見を共有し、AIの実装における成功事例と課題、そしてその解決に向けた取り組みについて詳細な議論を展開しました。
1.2. WEFのAIガバナンスアライアンスの白書発表
Sara Eisen: 本日、World Economic Forumは重要な白書を発表しました。AIガバナンスアライアンスの一環として進められているAIトランスフォーメーションイニシアチブの調査結果です。特に注目すべき発見として、74%の企業がAIのスケーリングに苦戦しており、わずか16%の企業しかAIによる事業革新の準備ができていないことが明らかになりました。
Julie Sweet: この数字は非常に重要です。私たちAccentureの調査でも、世界中のわずか2%の企業しか、AIの監視やポリシーに関する堅牢なプログラムを持っていないことが分かっています。さらに懸念すべきは、この数字が過去1年間で全く改善していないという事実です。
Matt Garman: 実際、多くの企業がプルーフオブコンセプトを実施していますが、その先に進めていないのが現状です。企業のデータがクラウド環境で適切に整理され、ラベリングされていない限り、AIプロジェクトから本当の価値を引き出すことは困難です。これが、多くの企業がスケーリングに苦戦している主な理由の一つです。
Paul Hudson: 私たちSanofiの経験からも、多くのCEOがAIをCDO(Chief Digital Officer)に委譲してしまうことが、大きな失敗の原因になっていると考えています。素晴らしいAIを持っていても、誰も使わないという状況に陥ってしまうのです。ビジネスプロセスの大規模な変革には、CEOが直接関与する必要があります。
2. 企業におけるAI導入の現状
2.1. クラウドとAIの関係
Matt Garman: 私たちAWSのお客様には、AIの価値を引き出せている企業とそうでない企業の2つのグループがあります。重要な違いは、データをクラウドに移行し、データレイクとして整理・組織化できているかどうかです。多くの企業がAIのプルーフオブコンセプトを実施し、素早く立ち上げることはできますが、その後エンタープライズデータと統合しようとした時に行き詰まってしまいます。
Sara Eisen: その点で、最大の競合は誰になりますか?
Matt Garman: 実際のところ、最大の課題はオンプレミスのレガシーシステムです。クラウドプロバイダーとしては私たちAWSやMicrosoft、Googleがいますが、お客様の真の課題は、レガシーな社内システムから脱却できないことです。これが、AIプロジェクトの進展を最も遅らせている要因となっています。
Julie Sweet: その通りです。私たちAccentureのお客様の多くは、まだメインフレームを使用しています。これがAI活用の大きな障壁となっていますが、興味深いことに、生成AIを活用することで、メインフレームからの移行を加速できる可能性が出てきています。Matt、これは私たちが多くのクライアントと一緒に取り組んでいる重要な領域の一つですね。
Matt Garman: はい、お客様がクラウド移行を完了しているか、少なくともその道筋に乗っている場合、AIプロジェクトから価値を引き出すことがはるかに容易になります。データの整理と標準化は、AIの成功に不可欠な要素となっています。
2.2. エネルギー産業でのAI活用事例
Amin Nasser: AIはエネルギー産業全体、特に私たちSaudi Aramcoにとって革新的な力となっています。毎日、地震探査データ、モデリング、施設での処理など、あらゆる種類のデータから約100億のデータポイントを受け取っています。しかし、単にデータを持っているだけでは不十分です。スケールアップのためには、インフラと人材の両方が必要です。
Sara Eisen: 具体的な活用事例を教えていただけますか?
Amin Nasser: 地震探査データの処理は、以前は数ヶ月かかっていましたが、現在は2週間、2日に短縮され、さらに数時間まで短縮される見込みです。これにより、より多くの油田・ガス田の発見が可能になります。また、井戸の生産性向上にもAIを活用しています。従来は到達できなかった地下の浸透率や空隙率などの情報も、機械学習を使って予測できるようになりました。
特に注目すべきは腐食防止への活用です。業界全体で年間約3兆ドルのコストがかかっている腐食問題に対して、AIを活用した新しいアプローチを導入しています。従来は圧力、温度、振動のデータのみを使用していましたが、現在はプロセスデータも組み合わせることで、より正確な予測が可能になっています。例えば、パイプライン内の水スラグの影響を、プロセスデータとセンサーデータを組み合わせて分析することで、より正確な腐食予測が可能になりました。
Julie Sweet: そのような大規模なデータ処理と予測モデルの構築は、まさに私たちAccentureが支援している分野です。製造業全般で見られる課題ですが、エネルギー産業では特に重要ですね。
Amin Nasser: その通りです。現在、私たちは430の使用事例を持っており、それぞれが独自のプロジェクトとして価値を生み出しています。重要なのは、AIの専門家だけでなく、AI活用に精通した現場の専門家との協力です。私たちは6,000人のAI対応人材を抱えていますが、彼らは技術と現場の両方を理解している人材です。
2.3. 食品・飲料産業でのAI活用
Ramon Laguarta: PepsiCoでは、過去4年間インフラストラクチャーの変革に取り組んできた結果、今や企業全体でAIの価値を享受できる段階に達しています。私たちのビジネスは、農業、製造、物流、販売、そして消費者向けの5つの垂直統合された領域で構成されており、それぞれの分野でAIが大きな価値を生み出しています。
Sara Eisen: 具体的にどのような変革が起きているのでしょうか?
Ramon Laguarta: まず、世界中に33万人いる従業員の能力向上に注力しています。特に最前線の従業員をより有能にし、インテリジェントにすることで、企業全体の俊敏性が向上しています。現在は、トルコの従業員がペルーやベトナムでの取り組みを即座に把握できるなど、グローバルな情報共有が実現しています。
Matt Garman: それは素晴らしい例ですね。データのグローバルな活用が、ビジネスの意思決定を大きく変えている好例だと思います。
Ramon Laguarta: はい。さらに、シミュレーション能力が革新的に向上しています。例えば、R&D部門では新製品の開発スピードが大幅に向上しました。農業分野では、農学者たちがAIを活用して収穫量を向上させ、水や肥料の使用量を削減しながら、農家の生活向上に貢献しています。
Julie Sweet: 消費者ニーズの理解という点では、どのような変化がありますか?
Ramon Laguarta: 例えば、水分補給に関する消費者ニーズをより詳細に理解できるようになり、Gatoradeやその他のブランドを通じて、液体だけでなく、パウダー形態など、より多くの機能的な選択肢を提供できるようになっています。スマート製造とより柔軟な配送システム、そして深い消費者インサイトを組み合わせることで、食品や特定の食事制限、機能的なニーズに関する消費者の課題を解決できるようになってきています。
2.4. 医療・製薬業界でのAI活用
Paul Hudson: 新薬の発見から開発までには通常12年から15年かかり、約20-30億ドルの投資が必要です。現在、Sanofiでは発売する医薬品の約3分の1でAIを活用した検証を行っており、成功確率が大幅に向上しています。
Sara Eisen: 具体的な成果は出ているのでしょうか?
Paul Hudson: 遺伝子ターゲットの検証では90%以上の的中率を達成しています。特に、これまで「創薬不可能」とされていた疾患や、未だ治療法のない疾患に対して、AIを活用することで新たな可能性が開けています。現在、2万人以上の従業員が日常的に検証済みのAIエージェントを使用しています。
Julie Sweet: その規模の展開は印象的ですね。どのような変化が現場で起きているのでしょうか?
Paul Hudson: 例えば在庫管理では、AIエージェントがすべてのデータをリアルタイムで相関分析し、Instagramの通知のように携帯電話にアップデートを送信しています。予測精度は99%を超えており、予算策定プロセスも従来の1週間から約3時間に短縮されました。これにより、最大10億ドルの資源を柔軟に再配分できるようになっています。
Matt Garman: 医薬品開発における意思決定プロセスはどのように変化していますか?
Paul Hudson: 重要な変化の一つは、薬剤開発委員会でのAIの活用です。委員会は検証済みのAIエージェントからの推奨事項を基に開始します。AIエージェントはキャリアや10年間のプロジェクトへの思い入れに左右されることなく、冷静に判断を下します。これにより、フェーズ2やフェーズ3への移行判断がより客観的になりました。従来の意思決定プロセスからの大きな転換点です。
3. AIの実装における重要課題
3.1. インフラストラクチャーの整備
Amin Nasser: AIの価値を最大化するためには、適切なインフラストラクチャーが不可欠です。Saudi Aramcoでは、光ファイバー網、センサー、コンピューティング能力など、数十億ドル規模のインフラ投資を行っています。特に注目すべきは、70億パラメータ規模の大規模言語モデル「AR-Brain」の開発です。さらに、1兆パラメータ規模のモデルの開発も進めています。
Julie Sweet: そのような大規模なインフラ投資は、多くの企業にとって大きな課題となっていますね。私たちAccentureの経験では、特にレガシーシステムからの移行にかかるコストが、多くの企業の懸念事項となっています。
Amin Nasser: その通りです。10億ドルという投資額は、実は控えめな数字です。Saudi Aramcoの規模では、インフラ整備に数十億ドルの投資が必要です。しかし、これらの投資は必要不可欠です。なぜなら、AIの価値を引き出すためには、単にハードウェアを整備するだけでなく、データを適切に収集、処理、分析できる環境全体を整備する必要があるからです。
Matt Garman: インフラストラクチャーの重要性は私たちAWSも強く認識しています。特に、企業がAIの価値を最大化するためには、データレイクの構築とデータの標準化が重要です。ただし、この過程でセキュリティとコンプライアンスの確保も同時に考慮する必要があります。
Ramon Laguarta: PepsiCoの経験からも、インフラ整備には段階的なアプローチが有効だと感じています。私たちは過去4年間、徐々にインフラを強化してきました。これにより、今では全社的なAI活用が可能になっています。
3.2. 人材育成と組織変革
Julie Sweet: 私たちAccentureでは、5年以上前からスキルベースのHR体制への移行を進めてきました。現在、約80万人の従業員のスキルデータベースを保有し、体系的にAIスキルの再定義と必要なスキルの特定を行っています。重要なのは、AIが仕事を置き換えるのではなく、タスクや工程の一部を置き換えているという認識です。
Ramon Laguarta: PepsiCoでも同様の課題に直面しています。我々は、デジタルとアナログの従業員の間に分断が生じないよう注意を払っています。データサイエンティストやデータエンジニア、テクノロジー人材など、これまで社内にいなかった職種の採用も進めていますが、これは大きな変革管理とカルチャー変革を必要とする取り組みです。
Amin Nasser: Saudi Aramcoでは、6,000人のAI対応人材を育成しました。重要なのは、AIの専門家だけでなく、AI活用に精通した現場の専門家を育成することです。彼らが具体的な活用事例を見出し、価値を創出しています。
Julie Sweet: その通りですね。私たちは、AIと協働する方法を従業員に教育する新しいアプローチを開発しました。例えば、マーケティング部門では、AIエージェントに対して上司や同僚にフィードバックを与えるのと同じように、フィードバックを提供できるようにしています。これにより、AIが従業員にとってより身近な存在となり、実際の業務での活用が促進されています。
Paul Hudson: 変革管理の重要性は強調してもしすぎることはありません。Sanofiでは、AIの継続的な活用を実現するために、変革管理をビジネスの中心に位置づけています。AIがもたらす機会は今後数十年にわたって続くため、一時的なプロジェクトではなく、継続的な取り組みとして位置づける必要があります。
3.3. パートナーシップの重要性
Paul Hudson: イノベーションは単独では実現できません。私たちSanofiでは、医薬品開発においてOakenと協力し、Formation BioやOpenAIとは規制当局への提出書類作成で協力関係を築いています。また、従業員の意思決定支援にはSnake AQやSandbox AQといった企業とパートナーシップを結んでいます。外部パートナーとの協力は、特に新技術の導入において、その進度を加速させる重要な要素となっています。
Sara Eisen: 皆さんの中で、NVIDIAと提携していない方はいらっしゃいますか?
Julie Sweet: 実際、産業の変革は企業間の協力なしには実現できません。私たちAccentureは最近、KeonやNVIDIAと倉庫ソリューションに関する協力を発表しました。これは人手不足が深刻な倉庫業務における重要な取り組みです。また、World Economic Forumが主導する産業横断的な取り組みは、各業界の企業が集まってAIによる変革の可能性を議論し、全体の進展を加速させる重要な場となっています。
Amin Nasser: Saudi Aramcoでは、ハイテク企業との協力を通じて、具体的な機会を示し、共に商業化を進めています。私たちは2023年にAramco Digital Companyを設立しました。これは、異なるビジネス構造と人材育成が必要なデジタル部門を、メインのビジネスから分離することで、より効果的な協業を可能にするためです。
Ramon Laguarta: サウジアラビアの例は興味深いですね。政府、民間企業、教育機関が協力してスキル開発に取り組む姿勢は、私たちも見習うべき点が多いと感じています。自社だけでスキル開発を進めるのではなく、コミュニティ全体で取り組むことが重要です。
4. AIが組織にもたらす変革
4.1. 業務プロセスの変革
Ramon Laguarta: 私たちPepsiCoでは、AIを活用することで前線の従業員がより賢明な意思決定を行えるようになっています。これにより、会社全体がより機敏になり、より地域に即した意思決定が可能になっています。また、AIにより情報共有が劇的に改善され、例えばトルコの従業員がペルーやベトナムでの取り組みをリアルタイムで把握できるようになりました。
Paul Hudson: その通りです。Sanofiでも同様の変革が起きています。特に印象的なのは、スライドデックを磨き上げて上層部に報告するという従来の中間管理職の役割が、AIによるデータの徹底的な透明性によって大きく変わってきていることです。
Julie Sweet: Accentureの経験からも、プロセスの自動化は単なる効率化以上の価値があります。例えば、ある世界的なタイヤメーカーと協力した事例では、製造ラインの不具合調査にかかる時間が数週間から数時間に短縮されました。生産ラインが数週間停止するのと数時間停止するのでは、ビジネスへの影響が全く異なります。
Matt Garman: AWSでも興味深い事例があります。Java Transformというツールを開発し、Javaのバージョンアップグレードを自動化しました。社内での試験運用では、当初4,000人以上の工数が必要と見積もられた作業を、わずか5人のチームが数ヶ月で完了させました。これにより、誰も望まない退屈な作業から解放され、より価値の高い機能開発に時間を振り向けることができるようになりました。
Paul Hudson: そういった自動化の価値は計り知れません。私たちの部門では、この種の効率化により最大10億ドルの資源を柔軟に再配分できるようになっています。重要なのは、これらの変革がコスト削減だけでなく、成長機会の創出にもつながっているということです。
4.2. 意思決定プロセスの変化
Paul Hudson: Sanofiでは、AIがもたらすデータの徹底的な透明性により、意思決定プロセスが大きく変化しています。特に印象的なのは、薬剤開発委員会での意思決定です。会議は検証済みのAIエージェントからの推奨事項を基に開始され、エージェントはキャリアや10年間のプロジェクトへの思い入れに左右されることなく、客観的な判断を提供します。従来、管理職の多くはパワーポイントのプレゼンテーションを洗練させることで悪いニュースを良いニュースに変換していましたが、このような情報の歪曲が困難になっています。
Julie Sweet: その透明性は重要ですね。私たちAccentureでも、AIによって意思決定の質が向上しているのを実感しています。特に、データに基づく意思決定により、直感や経験則に頼る従来の方法から大きく転換しています。
Amin Nasser: Saudi Aramcoでも同様の変化が起きています。以前は設備の故障予測に圧力、温度、振動のデータのみを使用していましたが、現在はプロセスデータも含めた包括的な分析により、より正確な予測と意思決定が可能になっています。
Ramon Laguarta: PepsiCoでは、AIによって現場レベルでの意思決定が可能になり、より地域に即した柔軟な対応ができるようになりました。これは従来の中央集権的な意思決定プロセスからの大きな転換です。
Matt Garman: 確かにデータの透明性は重要ですが、私たちAWSの経験では、データの質と整理が決定的に重要です。適切に構造化されていないデータは、かえって意思決定を混乱させる可能性があります。
Paul Hudson: その通りです。また、重要なのはAIを誰に委ねるかという点です。多くのCEOがAIをCDOに委譲してしまいますが、これは大きな間違いです。素晴らしいAIシステムを持っていても、誰も使わないという状況に陥りかねません。特に、ビジネスプロセスの変革には、CEOが直接関与する必要があります。
4.3. コスト削減と生産性向上の実例
Paul Hudson: Sanofiでは、AIの導入により予算策定プロセスを1週間から約3時間に短縮することができました。これにより、最大10億ドルの資源をリアルタイムで再配分できるようになっています。また、在庫管理における予測精度は99%を超えており、大きなコスト削減につながっています。
Matt Garman: AWS内での具体例をお話しすると、Java Transformツールの導入により、当初4,000人以上の工数が必要と見積もられていたJavaのバージョンアップグレード作業を、わずか5人のチームで数ヶ月以内に完了させることができました。これにより、技術者たちをより価値の高い開発業務に再配置することが可能になりました。
Julie Sweet: その効果は製造業でも顕著です。ある世界的なタイヤメーカーの事例では、製造ラインの不具合調査時間を数週間から数時間に短縮できました。生産ラインの停止時間が大幅に減少したことで、直接的な経済効果が表れています。
Amin Nasser: エネルギー産業における最大のインパクトは、腐食問題への対応です。業界全体で年間約3兆ドルのコストがかかっている問題に対して、AIを活用した予測モデルを導入することで、大幅なコスト削減の可能性が見えてきました。また、地震探査データの処理時間を数ヶ月から数時間に短縮できたことで、探査効率が劇的に向上しています。
Ramon Laguarta: PepsiCoでは、AIによる経路最適化により、輸送におけるマイル数と燃料消費を大幅に削減できています。これは単なるコスト削減だけでなく、炭素排出量の削減にもつながっている好例です。
Matt Garman: 重要なのは、これらの改善が単なるコスト削減ではなく、ビジネスモデル全体の変革につながっているということですね。私たちの経験では、AIプロジェクトの本当の価値は、新しい成長機会の創出にあります。
5. 社会的課題解決へのAI活用
5.1. エネルギー安全保障
Amin Nasser: Saudi Aramcoでは、サウジアラビアでの再生可能エネルギーへの大規模投資にあたり、AIを活用した電力網の管理に注力しています。再生可能エネルギーは12時間の発電後に停止し、ガス発電への切り替えが必要になりますが、従来は機械的な方法でこの負荷を管理していました。これには何十億ドルものパイプラインのループ構築が必要でした。
Matt Garman: 興味深い事例ですね。電力網の管理において、AIはどのような役割を果たしていますか?
Amin Nasser: AIを活用することで、これまで機械的に行っていた負荷管理を、より効率的かつ低コストで実現できるようになっています。特に、エネルギーの安定供給において信頼性は極めて重要です。現在、当社は99.8%の信頼性を達成していますが、AIを活用することでさらなる向上を目指しています。
Julie Sweet: エネルギー業界におけるAIの活用は、コスト削減だけでなく、持続可能性の観点からも重要ですね。
Amin Nasser: その通りです。特に再生可能エネルギーの統合において、AIは重要な役割を果たしています。例えば、水素の活用やCO2の回収・貯留においても、AIを活用してコストを削減し、より実現可能な解決策を見出そうとしています。これらの取り組みは、エネルギー安全保障と環境保護の両立に貢献すると考えています。
Ramon Laguarta: エネルギーコストの削減は、食品・飲料業界にとっても重要な課題です。私たちも再生可能エネルギーの活用とAIによる効率化を組み合わせることで、持続可能な生産体制の構築を目指しています。
5.2. 食料安全保障
Ramon Laguarta: PepsiCoでは、AIを活用して農業生産性の向上に取り組んでいます。私たちの農学者たちは、AIを活用することで、農家の生活向上に貢献しながら、より効率的な生産を実現しています。特に、ジャガイモ、トウモロコシ、オートムギなどの主要作物において、水や肥料の使用量を削減しながら収穫量を向上させることに成功しています。
Sara Eisen: 具体的にどのような変化が起きているのでしょうか?
Ramon Laguarta: 例えば、畑での水分補給に関する理解が、AIによってより詳細なレベルで可能になっています。これにより、農家は必要な時に必要な量の水だけを使用できるようになり、水資源の最適化が実現しています。
Julie Sweet: 食品サプライチェーン全体での最適化も重要ですね。私たちの経験では、AIによる需要予測の精度向上が、食品廃棄物の削減に大きく貢献しています。
Ramon Laguarta: その通りです。スマート製造とより柔軟な配送システム、そして深い消費者インサイトを組み合わせることで、食品ロスを最小限に抑えることができています。また、AIを活用することで、消費者の特定の食事制限や機能的なニーズに合わせた製品開発も可能になっています。これにより、より持続可能な食糧システムの構築に貢献できていると考えています。
Matt Garman: データの活用により、生産から消費までの最適化が可能になっているのは印象的ですね。特に、リアルタイムでの需要予測と生産調整は、食料安全保障において重要な進展だと考えています。
5.3. 政府サービスの改善
Julie Sweet: イギリスでの事例をご紹介したいと思います。ある保健公共サービス部門では、人手不足により市民からの問い合わせ対応に6週間もかかっていました。特に食料不安や各種サービスを必要とする最も脆弱な層への対応が大きな課題となっていました。AIの導入後、この対応時間を24時間以内に短縮することができました。
Sara Eisen: それは劇的な改善ですね。他の分野での成果はいかがでしょうか?
Julie Sweet: はい。政府が市民にサービスを提供する方法を根本的に変える可能性があります。研究支援から、エネルギー課題の解決、食料安全保障の向上まで、幅広い分野での活用が進んでいます。重要なのは、これが単なる効率化ではなく、政府が市民により良いサービスを提供する方法を変革しているということです。
Matt Garman: その変革には、適切なデータ基盤の整備が不可欠ですね。AWSでは多くの政府機関と協力して、セキュアかつ効率的なデータ環境の構築を支援しています。
Paul Hudson: 医療分野でも同様の変革が起きています。特に、AIを活用した診断支援や治療計画の最適化は、公的医療サービスの質の向上に大きく貢献する可能性を秘めています。
Julie Sweet: そうですね。政府サービスのデジタル化において重要なのは、技術の導入だけでなく、それを活用する職員の能力開発と、市民との信頼関係の構築です。この両方がうまく機能して初めて、真の行政効率の向上が実現されると考えています。
6. 今後の展望と課題
6.1. AI技術の進化の方向性
Matt Garman: AIの技術進化は極めて急速です。外部からは「AIが壁に直面している」という指摘もありますが、実際にはそうではありません。確かに、単純に同じ計算クラスターにより多くのデータ(トークン)を投入するという従来の手法は限界に近づいています。インターネット上の全データを学習し尽くした段階といえるでしょう。
Sara Eisen: では、次のブレークスルーはどこから来るのでしょうか?
Matt Garman: 現在、最新のモデルは推論ループと呼ばれる手法を採用しています。これは、モデルに同じ質問について何度も考えさせることで、より良い答えを導き出すというものです。さらに、モデルは並行処理が得意で、自身の出力を入力として使用し、問題を繰り返し解決することができます。
Paul Hudson: その進化は医療分野でも顕著です。Sanofiでは、ターゲット選定の精度が90%を超えるなど、具体的な成果が出始めています。
Matt Garman: 今後は、モデルがより長期的な作業に取り組むようになると予想しています。現在のような「質問して5秒で回答を得る」というモデルから、実際の従業員のように、一日や一週間かけて考え、他の専門家モデルと対話し、情報を収集して結論を導き出すような使い方に進化していくでしょう。これには技術的な課題もありますが、この方向性で開発が進んでいます。
Julie Sweet: それは興味深い展望ですね。Accentureでも、AIが単なる即時応答ツールから、より深い分析と長期的な問題解決が可能なシステムへと進化することを期待しています。
6.2. テクノロジーの公平性
Amin Nasser: テクノロジーの公平性は、現在直面している最も重要な課題の一つです。私たちは技術の移行について話していますが、AI技術へのアクセスにおける格差は、現在の富の格差をさらに拡大させる危険性があります。特に、グローバルサウスと呼ばれる発展途上国への技術アクセスの確保は重要な課題です。
Julie Sweet: その通りです。Accentureの調査でも、技術格差が新たな貧困を生み出す可能性が指摘されています。重要なのは、単なる技術移転ではなく、その技術を活用できる能力の育成も含めた包括的なアプローチです。
Amin Nasser: さらに重要な問題として、サイバーセキュリティの課題があります。量子コンピューティングの発展により、現在の暗号化技術が解読される可能性があります。特に、技術力の乏しい国々の重要インフラ、電力設備、公共施設が危険にさらされる可能性があります。
Matt Garman: サイバーセキュリティの観点から見ると、クラウドインフラの整備と同時に、高度なセキュリティ対策の実装も不可欠です。特に、重要インフラを保護するためには、最新の技術と知見の共有が重要になります。
Ramon Laguarta: 私たちPepsiCoでは、グローバルに事業を展開する企業として、技術格差の解消に貢献する責任があると考えています。特に、農業分野でのAI技術の展開において、地域の実情に合わせた技術移転とトレーニングプログラムの提供に注力しています。
Amin Nasser: 最終的には、技術の公平性確保は一企業だけで解決できる問題ではありません。国際的な協力体制の構築と、具体的な行動計画の策定が必要です。そうでなければ、技術格差による富の格差は、さらに拡大していくでしょう。
6.3. 責任あるAI活用に向けた取り組み
Julie Sweet: Accentureのリサーチによると、世界中のわずか2%の企業しか、AIの監視やポリシーに関する堅牢なプログラムを持っていません。さらに懸念すべきは、この数字が過去1年間で全く改善していないという事実です。AIの信頼性を確保するためには、他のプログラム、例えばデータ保護や汚職防止と同じように、体系的な取り組みが必要です。
Paul Hudson: その通りですね。Sanofiでは、医薬品開発という重要な領域でAIを活用しているため、特に慎重なアプローチを取っています。例えば、薬剤開発委員会での意思決定において、AIの推奨事項は常に人間の専門家によって検証されます。
Matt Garman: AWSの立場からも、AIの責任ある活用は最重要課題の一つです。特に、お客様のデータセキュリティとプライバシーの保護において、明確なガイドラインと監視体制の整備が不可欠です。企業がAIを活用する際、技術的な課題以上に、信頼性の確保が重要になってきています。
Ramon Laguarta: PepsiCoでは、AIの活用が従業員や消費者に与える影響を常にモニタリングしています。特に、33万人の従業員のAI活用において、倫理的な配慮と公平性の確保を重視しています。
Julie Sweet: 重要なのは、これらの取り組みを単なるコンプライアンスの問題としてではなく、ビジネスの持続可能性に関わる重要な投資として捉えることです。AIの信頼性確保への投資は、長期的な企業価値の創造につながると確信しています。
7. 参加者からの行動提言
7.1. 技術格差の解消
Amin Nasser: 私からの重要な提言は、技術の公平性に関するものです。現在、テクノロジーへのアクセスにおいて著しい格差が存在し、その結果、富の格差がさらに拡大しています。特にグローバルサウスにおいて、テクノロジーへのアクセスを確保することは極めて重要です。そうでなければ、テクノロジーの貧困という新たな問題が発生することになるでしょう。
Julie Sweet: そうですね。技術の公平性は、単なる倫理的な問題ではなく、グローバル経済の持続可能性に関わる重要な課題です。特に、イギリスでの公共サービスの改善事例が示すように、適切な技術導入は社会全体に大きな利益をもたらす可能性があります。
Matt Garman: AWSの立場からすると、技術格差の解消には、インフラストラクチャーの整備だけでなく、教育とトレーニングが不可欠です。私たちは数百万人の顧客に無料のAIトレーニングを提供していますが、これは技術格差を解消するための一つの取り組みです。
Amin Nasser: さらに重要なのは、サイバーセキュリティの問題です。特に量子コンピューティングの発展により、現在の暗号化技術が解読される可能性があります。技術力の乏しい国々の重要インフラが危険にさらされる可能性があり、この問題に対する国際的な協力が不可欠です。
Ramon Laguarta: PepsiCoの経験からも、技術格差の解消には、政府、民間企業、教育機関の協力が必要不可欠だと感じています。サウジアラビアの例は、このような協力関係の良いモデルとなっています。
7.2. 責任あるAI運用の確立
Julie Sweet: 私たちAccentureの調査結果は衝撃的なものでした。世界中でわずか2%の企業しか、AIの監視やポリシーに関する堅牢なプログラムを持っていません。より懸念すべきは、この数字が過去1年間で全く改善していないことです。責任あるAI運用は、データ保護や汚職防止と同様に、体系的なアプローチが必要です。
Paul Hudson: Sanofiでは、薬剤開発委員会での意思決定プロセスに厳格なガイドラインを設けています。AIの推奨事項は常に基盤となりますが、最終的な意思決定には必ず人間の専門家が関与します。これは責任あるAI運用の一例です。
Ramon Laguarta: PepsiCoでは、AI運用のモニタリング体制を、単なるコンプライアンスの問題としてではなく、ビジネスの持続可能性に関わる重要な投資として位置づけています。特に、33万人の従業員のAI活用において、倫理的な配慮と公平性の確保を重視しています。
Amin Nasser: 私たちSaudi Aramcoでは、2023年にAramco Digital Companyを設立し、AIの責任ある運用のための専門組織を立ち上げました。これは、異なるビジネス構造と開発アプローチが必要なデジタル部門を、メインのビジネスから分離することで、より効果的な管理体制を実現するためです。
Matt Garman: AWSの立場からも、責任あるAI運用は最重要課題の一つです。私たちは数百万人の顧客にAIトレーニングを提供していますが、その中で常に強調しているのは、セキュリティとプライバシーの保護、そして倫理的な配慮の重要性です。
7.3. 従業員のエンパワーメント
Ramon Laguarta: PepsiCoでは、33万人の従業員全体のデジタル化を進める中で、特に重要な課題として、デジタルと非デジタルの従業員間の分断を防ぐことに注力しています。デジタルアカデミーを通じた教育を展開していますが、これは単なるスキル開発以上の、大きな変革管理とカルチャー変革のプロセスとなっています。
Matt Garman: AWSの経験からお話しすると、従業員のAIへの関わり方が重要です。AIは人間の仕事を奪うのではなく、AIを活用しない人の仕事を奪うことになります。私たちは数百万人の顧客に無料のAIトレーニングを提供していますが、最も重要なのは、技術的なスキルだけでなく、AIがもたらす可能性への理解を深めることです。
Julie Sweet: その通りですね。Accentureでは、マーケティング部門で興味深い取り組みを行っています。従業員がAIエージェントに対して、上司や同僚へのフィードバックと同じようにフィードバックを提供できるようにしています。これにより、AIがより身近な存在となり、日常的な活用が促進されています。
Paul Hudson: Sanofiでは、現在2万人以上の従業員が日常的に検証済みのAIエージェントを使用しています。重要なのは、従業員がAIをツールとして使いこなすだけでなく、AIとの協働を通じて新しい可能性を見出すことです。例えば、インスタグラムのような通知システムを通じて、リアルタイムの情報共有が実現しています。
Ramon Laguarta: そうですね。最終的には、従業員一人一人が、AIを活用してより高い価値を生み出せるようになることが目標です。これは単なる効率化ではなく、組織全体の知的能力の向上につながる変革だと考えています。
7.4. データの重要性の認識
Matt Garman: 私からの最後の提言として強調したいのは、データこそが皆さんの差別化要因であるということです。確かに、AWSは数十億ドルを投じてより高速で低コスト、高性能なカスタムプロセッサの開発を進めています。また、日々新しいモデルが登場し、驚くべき機能を提供しています。しかし、皆さんの企業にとって真の価値を生み出すのは、それらの技術に適用される独自のデータなのです。
Julie Sweet: その通りですね。Accentureでも、クライアント企業のデータをセキュアな環境で活用することの重要性を常に強調しています。データの価値を最大化するには、適切な保護とガバナンスが不可欠です。
Amin Nasser: Saudi Aramcoの例をあげると、私たちは日々100億ものデータポイントを処理しています。このデータは適切に保護され、組織化されることで、初めて価値を生み出します。私たちが70億パラメータ規模の大規模言語モデルを開発できたのも、90年以上かけて蓄積してきた質の高いデータがあったからこそです。
Matt Garman: 重要なのは、データを知的財産として認識し、セキュアな環境で管理することです。企業の IP(知的財産)とデータを安全な環境に置くことで、初めてそれらを活用して組織に価値をもたらすことができます。
Paul Hudson: 医薬品開発の分野でも同様です。Sanofiでは、データの透明性と保護の両立に注力しています。エンドツーエンドのデータ管理を確立することで、より効果的な意思決定と革新的な医薬品開発が可能になっています。