本レポートは株式会社自動処理において著作権について著作権法の歴史などを分析したものです。但し、本ドキュメントはあくまで専門家のレビューを元にした1意見であるため、自社判断する前には法務確認の上ご利用ください。
極力正確性を期すように作成しておりますが、誤りがあった場合にはご連絡いただけると幸いです。修正させていただきます。
- 第0章 エグゼクティブサマリ
- 基本原則と法的枠組み
- 歴史的背景と国際的枠組み
- 著作権侵害と救済措置
- デジタル時代・生成AI時代の課題
- 同人誌と著作権
- 今後の課題と提言
- 第1章:著作権法の基本原則と保護対象
- 1. 著作権法の目的と意義
- 2. 保護される「著作物」の定義と要件
- 思想・感情の創作的表現
- 文芸、学術、美術、音楽の範囲
- 3. 著作物の種類と具体例
- 4. 保護されない要素
- 第2章:著作権の法的保護範囲
- 1. 著作権(財産権)の内容
- 複製権、上演権、公衆送信権等
- 翻案権と二次的著作物
- 2. 著作者人格権
- 公表権
- 氏名表示権
- 同一性保持権
- 3. 著作隣接権
- 実演家の権利
- レコード製作者の権利
- 放送事業者・有線放送事業者の権利
- 4. 保護期間
- 5. 権利制限規定(フェアユース)
- 私的複製
- 引用
- 教育目的等
- その他の権利制限規定
- 第3章:著作権保護の歴史的経緯と国際的枠組み
- 1. 日本著作権法の変遷
- 明治時代からの発展
- 現行法制定(1970年)の背景
- 2. 国際条約と日本法への影響
- ベルヌ条約
- TRIPS協定
- WIPO著作権条約
- 3. 諸外国との比較
- 米国著作権法(フェアユース規定)
- EU著作権指令
- アジア各国の動向
- 第4章:著作権侵害と刑事罰
- 1. 著作権侵害の成立要件
- 依拠性
- 実質的類似性
- 2. 親告罪と非親告罪の区分
- 親告罪の意義と範囲
- 2012年改正による非親告罪化の拡大
- 国際的な調和(TPP対応)
- 3. 刑事罰の内容と適用事例
- 主な刑事罰規定
- 適用事例
- 4. 民事上の救済措置
- 第5章:同人誌と著作権法
- 1. 同人誌の法的位置づけ
- 二次創作としての性質
- 著作権侵害の可能性
- 2. 同人誌市場の実情
- 規模と経済的影響
- 3. 権利者の対応と黙認の慣行
- 企業・出版社の方針
- ガイドライン等の自主規制
- 4. 法的リスクと今後の課題
- 現状の法的リスクの評価
- デジタル時代の新たな課題
- 制度設計上の課題と展望
- 第6章:デジタル時代・生成AI時代の著作権
- 1. インターネット時代の著作権問題
- 違法ダウンロード
- 投稿サイトと権利処理
- 2. 生成AIに関する著作権上の課題
- 学習データとしての著作物利用
- AIによる創作物の著作権
- スタイル模倣と画風の保護
- 3. 日本における法的対応
- 著作権法30条の4(情報解析のための複製)
- 文化庁「AIと著作権に関する一般的な理解」(2024年)
- 「責任あるAI推進基本法」案
- 第7章:著作権制度の将来と課題
- 1. デジタルコンテンツの保護と利用のバランス
- 2. クリエイターの権利保護強化の動き
- 声の保護
- 絵柄・作風の新たな保護可能性
- 3. 著作権集中管理と利用円滑化
- 4. 国際的調和と日本法の方向性
- 5. 最新の法改正や裁判例
- 2023-2024年の最新動向
- 6. 総括と提言
- 総括:デジタル時代における著作権制度の課題
- 提言:未来の著作権制度に向けて
第0章 エグゼクティブサマリ
基本原則と法的枠組み
著作権法は「著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与する」ことを目的としています。著作権法が保護する「著作物」とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義され、人間の知的活動に基づく創作的表現が保護対象となります。
著作権の特徴として「無方式主義」があります。著作物の創作と同時に権利が自動的に発生し、登録や©表示などの手続きは権利発生の要件ではありません。著作権は大きく「著作権(財産権)」と「著作者人格権」に分けられます。財産権には複製権、上演権、公衆送信権、翻案権などの支分権が含まれ、人格権には公表権、氏名表示権、同一性保持権があります。また、実演家、レコード製作者、放送事業者には「著作隣接権」が認められています。
保護期間は著作者の死後70年(2018年に50年から延長)を原則とし、著作物の種類や著作者の属性によって起算点が異なります。権利制限規定として、私的複製、引用、教育目的、図書館での複製など、一定の条件下で著作権者の許諾なく著作物を利用できる場合が定められています。
歴史的背景と国際的枠組み
日本の著作権法は1899年の旧著作権法から始まり、1970年に現行法が制定されました。国際的には、ベルヌ条約(1886年成立、日本は1899年加盟)、TRIPS協定(1994年)、WIPO著作権条約(1996年)などの国際条約が著作権保護の枠組みを形成しています。日本の著作権法は、これらの国際条約に対応するため随時改正されてきました。
諸外国との比較では、米国の「フェアユース」規定や、EU著作権指令のプレス出版者の権利(「リンク税」)などが特徴的です。日本は個別列挙方式の権利制限規定を採用していますが、2018年改正では「柔軟な権利制限規定」が導入され、従来より柔軟なアプローチが取られるようになりました。
著作権侵害と救済措置
著作権侵害の成立要件として「依拠性」と「実質的類似性」が求められます。依拠性とは被疑侵害者が原著作物に接触・アクセスしたことであり、実質的類似性とは原著作物の本質的特徴を同一性を保ったまま直接感得できる程度に再製していることを指します。
救済措置としては、差止請求、損害賠償請求、不当利得返還請求、名誉回復等の措置などがあります。刑事罰としては、著作権・著作隣接権侵害に対して10年以下の懲役または1000万円以下の罰金(またはその併科)などが定められています。著作権侵害は伝統的に「親告罪」として規定されてきましたが、2018年の法改正では一部が「非親告罪」化されました。
デジタル時代・生成AI時代の課題
インターネット時代の著作権問題として「違法ダウンロード」や「投稿サイトと権利処理」が重要な課題となっています。2009年、2012年、2020年の著作権法改正で違法ダウンロードに対する規制が段階的に強化されました。現在は音楽・映像に加えて「著作物全般」が規制対象となっています。
生成AI時代の著作権課題として、以下の点が議論されています:
- 学習データとしての著作物利用: 日本では2018年の著作権法改正で導入された第30条の4により、「情報解析」目的の著作物利用が広く認められており、AI学習のための著作物利用は原則として権利者の許諾なく行うことができます。一方、米国やEUでは見解が分かれています。
- AIによる創作物の著作権: 現行法のもとではAI単独で生成した作品は「人間の創作活動」を前提とする著作権の保護対象外となる可能性が高いですが、プロンプト(指示)や生成結果の選別・編集に人間の創意工夫がある場合は、著作物性が認められる余地があります。
- スタイル模倣と画風の保護: 著作権法は伝統的に具体的な表現のみを保護し、スタイルやアイデアは保護対象外としてきました。しかし、AIによるスタイル模倣は従来の人間による模倣と比べて精度と規模が質的に異なるため、新たな法的アプローチが検討されています。
2024年3月に文化庁が発表した「AIと著作権に関する一般的な理解」では、AI学習のための著作物利用は原則として第30条の4により許容されるが、特定の著作物の表現上の特徴を学習・再現させる目的の場合は「思想又は感情の享受」に当たる可能性があるとの見解が示されました。また2024年には「責任あるAI推進基本法」案が検討され、AI学習からのオプトアウト(除外)を選択できる制度の導入などが議論されています。
同人誌と著作権
同人誌(特に二次創作)は著作権法上グレーゾーンにありますが、多くの権利者は「黙認」や「条件付き容認」の姿勢を取っています。この背景には、同人活動が原作の人気維持・拡大に寄与すること、商業作家の育成機能を持つことなどがあります。同人界では様々な自主規制やガイドラインが発展し、法的不安定性を補完する役割を果たしています。
今後の課題と提言
著作権制度の将来的課題としては、デジタルコンテンツの保護と利用のバランス、クリエイターの権利保護強化(声や画風の保護など)、著作権集中管理と利用円滑化、国際的調和と日本法の方向性などが挙げられます。
今後の著作権制度の発展に向けては、権利保護と利用円滑化の両立を図る総合的アプローチの推進、AI時代に対応した新たな法的枠組みの構築、技術を活用した権利処理・管理システムの構築、多様なステークホルダーの対話の促進、次世代のための著作権教育・啓発の強化などが求められています。
著作権制度は、創作者の権利を保護しつつ、文化の発展と社会全体の知的資産の豊かさを実現するための重要な社会的インフラです。デジタル時代・AI時代においても、この基本的な役割は変わりませんが、技術や社会の変化に応じて、制度のあり方は常に進化していく必要があります。
第1章:著作権法の基本原則と保護対象
1. 著作権法の目的と意義
著作権法は「著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする」(著作権法第1条)と規定しています。この目的規定から読み取れるように、著作権法は単に創作者の権利を守るだけでなく、「文化の発展」という大きな社会的目標を掲げています。
著作権法は創作者へのインセンティブを確保しつつ、文化の共有と発展を促進するという二面性を持ち、このバランスを適切に保つことが制度の根幹です。創作者に一定期間の独占権を認めることで創作への動機付けを行う一方で、権利制限規定や保護期間の限定によって、文化的成果が最終的に社会全体の共有財産となる仕組みを整えています。
デジタル技術とインターネットの発展により著作物の流通・利用形態が大きく変化する中、著作権法は常に時代に合わせた調整を求められていますが、「創作のインセンティブ確保」と「文化の共有・発展」というこの基本理念は変わることなく、制度設計の指針となっています。
2. 保護される「著作物」の定義と要件
思想・感情の創作的表現
著作権法第2条第1項第1号は、著作物を「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義しています。この定義から抽出される著作物の要件は以下の3つです:
- 思想・感情性:人間の思想や感情が表現されていること
- 創作性:創作的な表現であること
- 表現性:思想・感情が何らかの形で表現されていること
「思想・感情性」については、コンピュータプログラムなど機能的な著作物も人間の知的活動の所産として保護対象に含まれます。重要なのは人間の知的・精神的活動を基盤としていることで、単なる機械的作業の結果は除外されます。
「創作性」の要件は、日本の裁判例では比較的低いハードルとされています。「ありふれた表現ではなく、作者の個性が表れていること」(藤田嗣治事件・東京高裁昭和60年10月17日判決)程度の基準で判断されます。創作的価値や芸術的価値の高さは問われず、他者の作品と区別できる程度の独自性があれば足りるとされています。
「表現性」については、外部から感得できる形で表現されていることが必要です。頭の中のアイデアや構想だけでは著作物として保護されず、具体的な表現形式を取ってはじめて保護の対象となります。
文芸、学術、美術、音楽の範囲
著作物の定義に含まれる「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」という要件は、著作物の種類を限定するというよりも、人間の文化的・精神的創作活動全般を広く含む趣旨です。現行法の第10条では、この範囲に属する著作物として以下の9種類が例示列挙されています:
- 小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物
- 音楽の著作物
- 舞踊又は無言劇の著作物
- 絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物
- 建築の著作物
- 地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物
- 映画の著作物
- 写真の著作物
- プログラムの著作物
これはあくまで例示であり、法定の9種類に限られるわけではありません。例えば、ウェブサイトのデザインやインターフェース、バーチャルリアリティのコンテンツなど、新しい表現形式も基本要件を満たせば著作物として保護されます。著作権法は技術の変化に対応できるよう、著作物の範囲を柔軟に解釈する余地を残していると言えます。
3. 著作物の種類と具体例
著作権法第10条が例示する9種類の著作物について、より具体的な例を見ていきます。
- 言語の著作物:小説、詩、記事、エッセイ、脚本、研究論文、講演録、歌詞、コラム、ブログ記事など。形式や長さを問わず、言語で表現された著作物が含まれます。
- 音楽の著作物:作曲された楽曲、編曲作品。楽譜として表現されたものだけでなく、録音されていない即興演奏も含まれます。ただし、実演そのものは著作隣接権で保護されます。
- 舞踊・無言劇の著作物:バレエ、現代舞踊、パントマイム、日本舞踊の振付けなど。「無言劇」とは台詞を用いない演劇的表現を指します。
- 美術の著作物:絵画、版画、彫刻、漫画、イラスト、グラフィックデザイン、書、陶芸作品など。実用性を兼ね備えた応用美術(工業デザインなど)も含まれますが、その保護範囲については議論があります。
- 建築の著作物:建築物の外観や内装のデザイン。ただし、一般的な建築物よりも、芸術性・創作性の高い建築作品が主な保護対象となります。
- 図形の著作物:地図、設計図、学術的な図表やチャート、教育用模型など。技術的な正確性を追求したものでも、表現に創作性があれば保護されます。
- 映画の著作物:劇場用映画、テレビドラマ、アニメーション、ドキュメンタリー、ミュージックビデオなど。映画の著作物は複数の著作物が統合された「複合的著作物」としての側面も持ちます。
- 写真の著作物:芸術写真、報道写真、ポートレート、風景写真など。被写体の選択、構図、光の使い方などに創作性が認められます。ただし、監視カメラの映像のような機械的記録は含まれません。
- プログラムの著作物:コンピュータプログラム(ソフトウェア)。ソースコードだけでなく、オブジェクトコードも保護対象です。アルゴリズムそのものではなく、その具体的な実装が保護されます。
さらに、明文で規定されていなくても、ビデオゲーム(プログラムと映像・音楽等の複合的著作物)、ウェブサイト(デザイン、レイアウト、テキスト等の集合体)、バーチャル空間のデザインなど、新たな表現形式も基本要件を満たせば著作物として認められます。
近年では、3DCGキャラクター、NFTアート、インタラクティブメディアなど、デジタル技術の発展によって生まれた新しい表現形態についても、著作権法の枠組みの中で保護が模索されています。
4. 保護されない要素
アイデア・表現二分論
著作権法の根本原則として「アイデア・表現二分論」があります。これは、著作権が保護するのは「表現」であって「アイデア」ではないという考え方です。アイデア、概念、原理、事実、テーマ、プロット、手法などは、それ自体としては著作権の保護対象外となります。
この原則は明文で規定されていませんが、著作物の定義(「思想又は感情を創作的に表現したもの」)に内在する概念として確立しており、TRIPS協定第9条第2項にも「著作権による保護は表現されたものに及ぶものとし、思想、手続、運用方法又は数学的概念自体には及ばない」と明記されています。
日本の判例においても、「江差追分事件」(最高裁平成13年6月28日判決)で「表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において同一性を有するにすぎない場合には、著作権の侵害は成立しない」と判示されており、アイデアと表現を区別する考え方が確立しています。
アイデア・表現二分論は、著作権の保護と表現の自由を調和させる機能も果たしています。仮にアイデアまで著作権で保護されれば、新たな創作活動が著しく制限される恐れがあるため、アイデアは万人が自由に利用できる共有財産として位置づけられています。
事実・データ
事実やデータ自体も著作権の保護対象外です。ニュース記事に含まれる事実、統計データ、歴史的事象、自然法則などは、それらの情報自体には独占権が及びません。
例えば、「東京の平均気温は15.4度である」という情報自体には著作権は発生せず、誰でも自由に利用できます。ただし、その事実を伝える具体的な文章表現や、データの選択・配列に創作性が認められる場合(例:データベースの体系的な構成)は、著作物として保護されうる点に注意が必要です。
判例においても、「教科書二次的著作物事件」(最高裁平成10年11月26日判決)で「単なる事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道は著作物ではない」と判示されています。
スタイル・作風
芸術家や作家の「スタイル」や「作風」も、それ自体としては著作権の保護対象外です。特定の画家の画風、作家の文体、音楽家の演奏スタイルなどは、それだけでは著作権侵害を構成しません。
例えば、印象派風の絵画技法を用いること、村上春樹風の文体で小説を書くこと、ジャズの即興スタイルを真似ることなどは、それだけでは著作権侵害には当たりません。著作権が保護するのは特定の具体的表現であって、表現の方法や様式そのものではないからです。
「金貨事件」(東京高裁平成2年12月19日判決)では、旧式の硬貨の「様式」が問題となりましたが、裁判所は「その絵様を使用すること自体は著作物の利用ではない」として著作権侵害を否定しました。
なお、最近では生成AIによる「画風模倣」が問題となっていますが、現行著作権法の枠組みでは、単に画風が似ているというだけでは著作権侵害とは言えない点が議論の焦点となっています。
声・キャラクター設定
人の「声」そのものは、現行著作権法の解釈上、それ自体としては「著作物」には該当しません。声優や俳優の特徴的な声質や話し方は、著作権による直接的な保護の対象外とされています。
しかし、声は録音された「実演」として著作隣接権(第91条以下)により保護される場合があります。また、声は個人の人格的利益の一部として、名誉毀損やプライバシー侵害など不法行為法上の保護を受けたり、著名人の場合はパブリシティ権によって無断での商業利用が制限されたりする可能性があります。
近年、AIによる声の模倣・生成技術が急速に進展したことで、現行法による保護が十分かどうかが大きな課題となっています。特に、少量の音声データから本人そっくりの合成音声を生成する技術が悪用される懸念から、新たな法的保護の必要性が議論されています。文化庁の審議会(著作権分科会 法制度小委員会など)でもこの問題は議論されており(例:2024年)、不正競争防止法による保護の可能性(著名な声が「商品等表示」に該当する場合など)や、日本俳優連合などが提唱する「声の肖像権」といった新たな権利の創設を求める声も上がっています。AI技術の発展を受けて、声の法的保護のあり方は、著作権法、著作隣接権、人格権、パブリシティ権、不正競争防止法など、複数の法的枠組みを横断する形で再検討が進められています。
キャラクターの設定(性格、経歴、関係性など)も、それ自体としては著作権の保護対象外です。「ポパイ事件」(最高裁平成9年7月17日判決)では、「特定の名前、容貌、性格等を有する登場人物の設定自体は、それ自体としては著作物ではない」と判断されています。これは、抽象的な設定はアイデアに属すると考えられるためです。
ただし、キャラクターの具体的な視覚的表現(特定の絵柄や描写)は美術の著作物として保護されます。また、キャラクター名や外観は、商標法や不正競争防止法による保護を受ける可能性があります。
これらの保護されない要素に共通するのは、抽象的なアイデアや様式に当たる部分は自由な利用を認め、具体的な表現に対してのみ著作権による保護を与えるという著作権法の基本方針です。この区別は文化の発展のために必要な創作の自由と、創作者の権利保護のバランスを図るための重要な原則と言えます。
第2章:著作権の法的保護範囲
1. 著作権(財産権)の内容
著作権法は著作者に対して、著作物の利用をコントロールするための様々な権利(支分権)を付与しています。これらの権利は著作財産権とも呼ばれ、譲渡可能な財産権としての性質を持ちます。著作権法第21条から第28条までに規定されている主な支分権を見ていきましょう。
複製権、上演権、公衆送信権等
複製権(第21条)は著作権の最も基本的な権利です。著作物を「有形的に再製する」権利で、デジタルデータへの記録も複製に含まれます。書籍の印刷、CDへの録音、デジタルデータのダウンロードやスクリーンショットなど、著作物を形あるものとして固定する行為が「複製」に該当します。判例では「写り込み事件」(知財高裁平成22年10月13日判決)で、写真への背景の写り込みも「複製」に該当すると判断されています。
上演権・演奏権(第22条)は著作物を公に上演・演奏する権利です。「公に」とは公衆に直接見せる・聞かせることを意味し、コンサートでの楽曲演奏、劇場での戯曲上演などが該当します。
上映権(第22条の2)は映画やスライドなどを公に上映する権利です。映画館での映画上映、プレゼンテーションでのスライド上映などが対象となります。
公衆送信権(第23条)はインターネット時代に特に重要性を増した権利です。放送、有線放送、ネット配信など、公衆に向けて著作物を送信する権利を包括しています。ウェブサイトへの著作物のアップロード、ストリーミング配信、テレビ・ラジオ放送などが該当します。「まねきTV事件」(最高裁平成23年1月18日判決)では、インターネットを介した放送番組の転送サービスが「公衆送信」に該当すると判断されました。
口述権(第24条)は言語の著作物を公に口述する権利で、朗読会での小説の読み上げなどが該当します。
展示権(第25条)は美術の著作物や写真の著作物を公に展示する権利です。美術館やギャラリーでの絵画展示などが対象となります。
頒布権(第26条)は映画の著作物の複製物を公に譲渡・貸与する権利です。映画DVDの販売やレンタルなどが該当します。
譲渡権(第26条の2)は著作物の原作品や複製物を公衆に譲渡する権利です。書籍の販売などが該当しますが、いわゆる「消尽理論(ファーストセール・ドクトリン)」により、適法に譲渡された著作物の再譲渡(中古販売など)には及びません。
貸与権(第26条の3)は著作物の複製物を公衆に貸与する権利です。図書館での書籍貸出やCDレンタルなどが該当します。
翻案権と二次的著作物
翻案権(第27条)は著作物を翻訳、編曲、変形、脚色、映画化など、創作的に改変して二次的著作物を作成する権利です。小説の映画化、楽曲のアレンジ、著作物のリメイクなどが該当します。
翻案権は単なる複製と異なり、原著作物の表現上の本質的な特徴を維持しながらも、新たな創作的要素を加えて別の著作物を創作する行為をコントロールする権利です。「江差追分事件」(最高裁平成13年6月28日判決)では、翻案とは「既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為」と定義されています。
二次的著作物とは、このように原著作物を翻案して創作された著作物を指します(第2条第1項第11号)。二次的著作物は独立した著作物として著作権法上の保護を受けますが、同時に原著作物の著作権者の権利も及びます(第28条)。つまり、二次的著作物を利用するには、二次的著作物の著作権者だけでなく、原著作物の著作権者の許諾も必要です。
翻案権と二次的著作物の保護は、ファンフィクションや同人誌、パロディなど二次創作の法的位置づけに大きく関わる重要な概念です。また、近年のAI技術の発展により、AI生成物と既存著作物の関係性においても翻案権の解釈が重要な論点となっています。
2. 著作者人格権
著作者人格権は、著作者の人格的利益を保護するための権利です。著作財産権と異なり、譲渡不能の一身専属権として著作者に帰属し続けます(第59条)。日本の著作権法は大陸法系の伝統を受け継ぎ、著作物を著作者の人格の発露とする考え方に基づき、強力な著作者人格権を規定しています。
公表権
公表権(第18条)は未公表の著作物を公表するかどうか、いつ、どのような形で公表するかを決定する権利です。芸術作品の発表時期の決定、草稿の公開判断などが該当します。
公表権は、創作途上の作品や未完成作品が著作者の意に反して公開されることを防ぐための権利です。「パロディ事件」(最高裁昭和55年3月28日判決)では、「贋作展」として著作者の許諾なく絵画のパロディを公表した行為が公表権侵害に当たると判断されました。
なお、著作権を譲渡した場合でも、著作者の意に反して公表されない権利は維持されますが、著作物の性質や利用目的に照らし、一定の条件下では同意が推定される場合もあります(第18条第2項、第3項)。
氏名表示権
氏名表示権(第19条)は著作物に著作者の実名・変名を表示するか否か、どのように表示するかを決定する権利です。著作物への著作者名の表示、匿名・ペンネームでの発表、表示方法の指定などが該当します。
氏名表示権は、著作者が自らの創作物との結びつきをコントロールするための権利です。「チョコレート大作戦事件」(東京地裁平成9年8月29日判決)では、シナリオの著作者名をクレジットから削除した行為が氏名表示権侵害とされました。
ただし、著作物の利用の目的及び態様に照らし、著作者が創作時に名を表示しないことを認めていたと推定される場合や、表示慣行がない場合、実際上著しく困難な場合には、例外が認められています(第19条第2項、第3項)。
同一性保持権
同一性保持権(第20条)は著作物の内容や題号を著作者の意に反して改変されない権利です。著作物の無断修正、カット、色調変更、形式変更などが該当します。
同一性保持権は、著作物が著作者の意図しない形で歪められることを防ぐための権利です。「ノグチ・ルーム事件」(東京高裁平成15年6月11日判決)では、建築家の設計した室内空間を大学が改変した行為が同一性保持権侵害と判断されました。
ただし、著作物の性質や利用目的・態様に照らしやむを得ない改変(翻訳・編曲等での技術的な修正、建築物の増改築・修繕等)については例外が認められています(第20条第2項各号)。
なお、コンピュータプログラムの著作物については、「やむを得ないと認められる改変」の範囲がより広く解釈される傾向にあり、バグ修正や機能向上のための改変が許容されることがあります。
著作者人格権は著作者の死後も一定の範囲で保護され、著作者の名誉・声望を害する方法での著作物の利用は、著作者の死後も差止請求の対象となります(第60条、第116条)。また、著作者人格権の不行使特約は可能ですが、権利自体の放棄は認められていないのが原則です。
3. 著作隣接権
著作隣接権は、著作物の創作者ではないものの、著作物の伝達や普及に重要な役割を果たす者に与えられる権利です。実演家、レコード製作者、放送事業者、有線放送事業者の4者に対して認められています(第89条〜第100条の5)。
実演家の権利
実演家とは、著作物を演じ、舞い、演奏し、歌い、口演し、朗詠し、その他実演する者及びこれらの実演を指揮・演出する者をいいます(第2条第1項第4号)。俳優、歌手、演奏家、声優、ダンサーなどが該当します。
実演家には以下の権利が認められています:
- 録音録画権(第91条):実演を録音・録画する権利
- 放送権・有線放送権(第92条):実演を放送・有線放送する権利
- 送信可能化権(第92条の2):実演をインターネット等で送信可能な状態に置く権利
- 譲渡権(第95条の2):録音・録画物を譲渡する権利
- 貸与権(第95条の3):商業用レコードを貸与する権利
また、実演家には以下の人格権も認められています:
- 氏名表示権(第90条の2):実演に実演家の氏名を表示する権利
- 同一性保持権(第90条の3):実演家の名誉・声望を害する改変を禁止する権利
実演家の権利は、著作物の実演という創造的な活動を保護するものですが、著作物そのものを創作しているわけではないため、著作者の権利とは区別されています。
レコード製作者の権利
レコード製作者とは、レコード(音を固定したもの)に最初に固定する者をいいます(第2条第1項第6号)。レコード会社や音楽プロデューサーなどが該当します。
レコード製作者には以下の権利が認められています:
- 複製権(第96条):レコードを複製する権利
- 送信可能化権(第96条の2):レコードをインターネット等で送信可能な状態に置く権利
- 譲渡権(第97条の2):レコードの複製物を譲渡する権利
- 貸与権(第97条の3):商業用レコードを貸与する権利
レコード製作者の権利は、音楽制作への投資を保護し、音楽産業の発展を促進する経済的な意義を持っています。
放送事業者・有線放送事業者の権利
放送事業者とは、公衆に向けて放送を行う者を指し、有線放送事業者とは、公衆に向けて有線放送を行う者を指します(第2条第1項第9号、第9号の2)。テレビ局、ラジオ局、ケーブルテレビ会社などが該当します。
放送事業者と有線放送事業者には以下の権利が認められています:
- 複製権(第98条、第100条):放送・有線放送を録音・録画する権利
- 再放送権・有線放送権(第99条、第100条の2):放送を再放送・有線放送する権利
- 送信可能化権(第99条の2、第100条の4):放送・有線放送をインターネット等で送信可能な状態に置く権利
- テレビジョン放送の伝達権(第100条、第100条の5):テレビジョン放送を公に伝達する権利
放送事業者・有線放送事業者の権利は、放送・有線放送という公衆への情報伝達手段を保護し、放送文化の発展を促進する意義を持っています。
著作隣接権は著作権と一部重複する場面があり、例えば音楽CDには作曲家・作詞家の著作権、実演家の著作隣接権、レコード製作者の著作隣接権が複層的に存在します。そのため、音楽の利用に際しては複数の権利処理が必要となる場合が一般的です。
4. 保護期間
著作権の保護期間は、著作者の死後70年を原則としています(第51条)。この原則は2018年の著作権法改正で従来の50年から延長されたもので、TPP協定の要請を受けた国際的調和を図る改正でした。
著作物の種類や著作者の属性によって、保護期間の起算点や期間が異なります:
- 原則(自然人の著作物):著作者の死後70年(第51条第2項)
- 共同著作物:最後に死亡した著作者の死後70年(第51条第2項)
- 無名・変名著作物:公表後70年(第52条第1項)
- 団体著作物:公表後70年(第53条第1項)
- 映画の著作物:公表後70年(第54条第1項)
- 著作隣接権:実演・レコード発行・放送・有線放送後70年(第101条第2項各号)
保護期間の計算は、著作者が死亡した年、著作物が公表された年等の翌年から起算します(第57条)。保護期間が満了すると著作物はパブリックドメインとなり、誰でも自由に利用できるようになります。
保護期間に関しては、いくつかの特殊なケースがあります:
- 戦時加算:第二次世界大戦の際、連合国に属さなかった日本の著作物には、サンフランシスコ平和条約に基づき、連合国の国民の著作物に対して3794日(約10年4ヶ月)の保護期間の延長が適用されます。これは現在でも有効です。
- 2018年改正の経過措置:改正前に保護期間が満了した著作物(1967年末以前に死亡した著作者の著作物など)は、改正後も保護が復活しないという経過措置が設けられています。
保護期間の長さは文化政策上の重要な論点です。長すぎる保護期間は文化の共有財産であるパブリックドメインを狭め、創作の自由度を制限する恐れがある一方、短すぎる保護期間は著作者や権利者の正当な利益を損なう可能性があります。日本の保護期間延長は国際的調和の観点から行われましたが、著作物の円滑な利用とのバランスを図るための権利制限規定の充実も同時に進められています。
5. 権利制限規定(フェアユース)
著作権法は著作者の権利保護と著作物の公正な利用のバランスを図るため、一定の場合に著作権を制限する規定を設けています。これらの規定により、著作権者の許諾なく著作物を利用できる場合があります。
私的複製
私的使用のための複製(第30条)は、個人的に又は家庭内など限られた範囲内で使用することを目的として、使用する本人が複製することを認める規定です。例えば、書籍の一部をノートに写す、テレビ番組を録画して後で見る、音楽CDを自分のスマートフォンに取り込むなどが該当します。
ただし、この規定にはいくつかの制限があります:
- 公衆用自動複製機器(コンビニのコピー機など)を用いた複製は原則として私的複製に含まれません。
- 著作権を侵害する著作物(海賊版など)と知りながら行う複製や、違法にアップロードされた著作物のダウンロードは私的複製として認められません。
- 技術的保護手段(コピーガードなど)を回避して行う複製も私的複製として認められません。
私的複製に関連して、著作権法第30条の2は「付随対象著作物の利用」を認めており、写真撮影等において主たる対象ではない著作物が付随的に複製される場合(いわゆる「写り込み」)には、権利侵害とならないことを明確にしています。
引用
引用(第32条第1項)は、公表された著作物を「公正な慣行に合致」し、「報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内」で引用することを認める規定です。論文や評論での他の著作物の引用、書評での書籍の一部引用などが該当します。
適法な引用の要件については、「パロディ事件」(最高裁昭和55年3月28日判決)で示された以下の基準が参考になります:
- 引用する側の著作物と引用される著作物との間に明確な区別があること
- 引用する側の著作物が主で、引用される著作物が従の関係にあること
- 出所の明示がなされていること(第48条)
これらの要件を満たさない場合、例えば他の著作物をそのまま取り込んだり、引用部分が必要以上に多かったりする場合は、適法な引用とは認められません。
教育目的等
学校教育目的(第35条)では、学校教育の場での授業目的での複製や、遠隔授業のための公衆送信が一定条件下で認められています。教科書への掲載(第33条)、試験問題としての複製(第36条)なども認められています。
2018年の著作権法改正では、ICT活用教育に対応するため、第35条が改正され、遠隔授業等のための公衆送信が権利制限の対象に加えられました。ただし、教育機関の設置者が権利者団体に補償金を支払う制度(授業目的公衆送信補償金制度)が設けられています。
その他の権利制限規定
著作権法は上記以外にも多くの権利制限規定を設けています:
- 図書館での複製(第31条):図書館等での資料の複製
- 非営利・無料の上演等(第38条):非営利・無料の上演、演奏、上映等
- 時事の事件の報道(第41条):報道のための利用
- 裁判手続等(第42条):裁判手続等における複製
- 福祉目的(第37条、第37条の2):視覚障害者等のための複製
- コンピュータでの利用(第30条の4、第47条の7等):情報解析やプログラムの調査・研究のための複製
近年の著作権法改正では、デジタル・ネットワーク環境での著作物利用に対応するため、権利制限規定の拡充が進められています。特に2018年の改正では、「柔軟な権利制限規定」として以下の3つの規定が新設されました:
- 非享受目的の利用(第30条の4):著作物に表現された思想・感情の享受を目的としない利用(AIの機械学習、情報解析等)
- 電子計算機における著作物の利用等(第47条の4):電子計算機における著作物の利用に付随する利用等(キャッシング、サムネイル表示等)
- 電子計算機による情報処理の過程における利用(第47条の5):電子計算機による情報処理の過程における利用(ネットワークでの情報処理の円滑化等)
これらの規定は、米国のフェアユース規定(17 U.S.C. §107)のような一般的・包括的な権利制限規定ではなく、日本の立法形式に合わせた「受け皿規定」としての性格を持っています。特に第30条の4は、AI開発のための著作物利用を可能にする規定として、生成AI時代の著作権法の重要な基盤となっています。
権利制限規定は著作権法の目的である「文化の発展」を実現するための重要な調整弁であり、デジタル時代・AI時代においてもその重要性は増しています。著作権の保護と利用のバランスを適切に保つために、今後も社会環境の変化に応じた見直しが継続的に行われるでしょう。
第3章:著作権保護の歴史的経緯と国際的枠組み
1. 日本著作権法の変遷
明治時代からの発展
日本における著作権法制の歴史は、近代国家としての歩みと密接に結びついています。日本最初の著作権法は、1869年(明治2年)に出版条例として制定されましたが、これは著作権というより出版統制法としての性格が強いものでした。本格的な著作権法の制定は、明治時代の法制度整備と国際社会への参入を背景として進められました。
1875年(明治8年)の出版条例では「版権」という概念が登場し、著作者の財産的権利に関する基礎的な保護が盛り込まれました。しかし、真に近代的な著作権法が成立したのは、1887年(明治20年)の版権条例と1893年(明治26年)の写真版権法を経て、1899年(明治32年)の旧著作権法(法律第39号)の制定によってでした。この時期の立法は、欧米諸国との不平等条約改正と国際的な著作権保護の枠組みへの参加を視野に入れたものでした。
旧著作権法の制定と同年の1899年、日本はベルヌ条約に加盟します。これは単なる法律の整備にとどまらず、日本の文化・芸術が国際的に保護されるための重要なステップでした。旧著作権法は明治期の立法当初から、外国人の著作物保護にも配慮した国際性を備えていました。
旧著作権法は戦前・戦後を通じて何度か改正されました。特に1931年(昭和6年)には、ローマ改正ベルヌ条約への対応として著作者人格権に関する規定が追加され、1934年(昭和9年)には映画の著作物に関する規定が整備されるなど、時代の変化に応じた修正が行われました。また、1945年の敗戦後は、占領政策の一環として著作権法も民主化の観点から改正が検討されました。
現行法制定(1970年)の背景
旧著作権法は制定から70年が経過し、急速な技術発展や社会変化に対応できなくなっていました。テレビ放送や録音技術の普及、コンピュータの登場など、明治時代には想定できなかった新しいメディアや利用形態に対応する必要性が高まっていました。また、国際的な著作権保護の強化の流れもあり、日本の著作権法を近代化する機運が高まっていました。
こうした背景から、1962年から文部省(現文化庁)著作権制度審議会での検討が本格化し、8年の歳月をかけて1970年(昭和45年)に現行著作権法(法律第48号)が制定されました。新法は1971年1月1日から施行され、これにより日本の著作権法制は大きく近代化されることになりました。
現行著作権法の特徴としては、以下の点が挙げられます:
- 著作権(財産権)と著作者人格権の明確な区別: 大陸法系の影響を受け、財産権としての著作権と一身専属的な人格権としての著作者人格権を明確に区別しました。これにより著作者の権利保護が強化されました。
- 著作隣接権制度の導入: 実演家、レコード製作者、放送事業者という著作物の伝達に関わる者の権利を「著作隣接権」として体系的に保護する制度を導入しました。これは国際的な動向を反映したものでした。
- 権利制限規定の整備: 著作権の保護と著作物の公正な利用のバランスを図るため、私的複製、引用、図書館での複製など、著作権が制限される場合を明確に規定しました。こうした権利制限規定は文化の発展を促進するための重要な調整弁となっています。
- 損害額の推定規定の整備: 著作権侵害における損害賠償請求を実効的なものとするため、侵害者が得た利益を損害額と推定する規定や、ライセンス料相当額を損害額とする規定など、損害額の算定・推定に関する規定(現行法第114条に繋がるもの)を整備しました。なお、実損害の立証が困難な場合に一定額を請求できる選択的な**「法定損害賠償制度」(現行法第114条の5)は、1970年法ではなく、TPP関連の法整備など近年の改正(2018年~2021年頃)によって導入されたものです。**
現行著作権法は制定以来、技術や社会の変化に対応するため、数十回にわたる改正が行われてきました。特に1980年代以降のデジタル化とネットワーク化の進展は著作権法に大きな挑戦をもたらし、コンピュータプログラムの保護(1985年)、データベースの保護(1986年)、レンタルCDに関する貸与権(1984年)、インターネット送信に関する送信可能化権(1997年)などの改正が次々と行われました。2000年代以降もインターネットと著作権の調和を図るための改正が継続しています。
2. 国際条約と日本法への影響
ベルヌ条約
ベルヌ条約(文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約)は1886年に成立した著作権保護のための最も基本的かつ歴史的な国際条約です。日本は1899年(明治32年)に加盟し、その原則に基づいて国内法を整備してきました。ベルヌ条約の基本原則は日本の著作権法の根幹を形成しています。
ベルヌ条約の主要な原則には以下のものがあります:
- 内国民待遇の原則:締約国は、他の締約国の著作物に対して自国民の著作物と同等の保護を与えなければなりません。これにより日本の著作物は海外でも保護され、逆に外国の著作物も日本国内で保護されます。
- 無方式主義:著作権の発生に登録や表示などの形式的要件を課してはならないという原則です。日本の著作権法も「著作物を創作した時点で自動的に著作権が発生する」という無方式主義を採用しています。
- 保護期間の最低基準:著作権の保護期間は著作者の死後少なくとも50年と定められています。日本は現在、著作者の死後70年という保護期間を採用しており、この最低基準を上回っています。
- 著作者人格権の保護:1928年のローマ改正で追加された原則で、著作者の氏名表示権や同一性保持権などの人格的権利の保護を規定しています。日本の著作権法でも著作者人格権が強く保護されており、この点でベルヌ条約の影響が顕著です。
ベルヌ条約は何度も改正され、テクノロジーや社会の変化に対応してきました。日本も1975年のパリ改正条約に加盟し、その後の著作権法改正にもベルヌ条約の原則が反映されています。この条約は現在も著作権の国際的保護の基礎となっており、日本の著作権法制の国際的調和の柱となっています。
TRIPS協定
TRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)は、1994年に成立した世界貿易機関(WTO)の協定の一部です。この協定は知的財産権全般(著作権、特許権、商標権など)を包括的に扱い、国際貿易の文脈で知的財産権の保護を強化することを目的としています。日本は1995年のWTO設立時からTRIPS協定の締約国となっています。
TRIPS協定の著作権に関する主な特徴と日本法への影響は以下の通りです:
- ベルヌ条約の実質規定の遵守義務:TRIPS協定はベルヌ条約の実質規定(人格権関連規定を除く)の遵守を義務付けており、WTOの紛争解決手続を通じてその実効性を担保しています。これにより国際的な著作権保護の実効性が高まりました。
- コンピュータプログラムと編集著作物の明示的保護:TRIPS協定は、コンピュータプログラムを文学的著作物として、データベースなどの編集著作物を独自の著作物として保護することを明示しています。日本でも1985年のプログラム保護法(現著作権法に統合)などでこれらの保護が進められました。
- 実効的な権利行使手続の整備義務:著作権侵害に対する民事的・行政的・刑事的救済措置の整備を締約国に義務付けています。日本でも著作権侵害に対する救済制度の強化が進められました。
- アイデア・表現二分論の明文化:TRIPS協定第9条第2項は「著作権の保護は、表現されたものに及ぶものとし、思想、手続、運用方法または数学的概念自体には及ばない」と規定し、アイデアと表現の二分法を明文化しました。この原則は日本の判例法上も確立しています。
TRIPS協定はWTOの枠組みの中で機能しているため、協定違反に対しては貿易制裁を含む強力な執行メカニズムが備わっています。これにより、著作権保護の国際的な実効性が大きく高まったと評価されています。
WIPO著作権条約
WIPO著作権条約(WCT)は、1996年に世界知的所有権機関(WIPO)の主導で採択された条約で、デジタル環境における著作権保護を強化するために作られました。日本は2000年に同条約を批准し、これに対応するための著作権法改正を行いました。
WIPO著作権条約の主な特徴と日本法への影響は以下の通りです:
- デジタル環境に対応した権利の明確化:インターネット上での著作物の送信に関する「送信可能化権」など、デジタル環境に対応した権利を明確化しました。日本も1997年の著作権法改正で送信可能化権を導入し、オンライン配信に対応しました。
- 技術的保護手段の保護:著作権を保護するための技術的手段(コピーガードやアクセス制限技術など)の回避を禁止する規定が設けられました。日本も1999年の著作権法改正で技術的保護手段の回避を禁止する規定を導入しました。
- 権利管理情報の保護:著作物の著作権者や利用条件などを識別する「権利管理情報」の除去や改変を禁止する規定が導入されました。日本も同様の規定を導入し、デジタル著作権管理の基盤を整備しました。
- コンピュータプログラムとデータベースの保護:TRIPS協定に引き続き、コンピュータプログラムとデータベースの保護を確認し、強化しました。日本の著作権法でもこれらのデジタルコンテンツの保護が進められました。
WIPO著作権条約は、「デジタル・アジェンダ」とも呼ばれ、インターネット時代の著作権保護の国際的枠組みを提供するものとして重要な役割を果たしています。特にデジタル機器やインターネットの普及による著作物の不正コピーや無断配信の問題に対応するための国際的な法的基盤となっています。
これらの国際条約は互いに関連し合い、重層的な国際著作権保護システムを形成しています。日本の著作権法はこれらの条約に対応するよう随時改正され、国際的調和を図りながら発展してきました。近年のデジタル化・グローバル化の進展に伴い、こうした国際的枠組みの重要性はますます高まっています。
3. 諸外国との比較
米国著作権法(フェアユース規定)
米国著作権法と日本著作権法の最も顕著な相違点の一つが、フェアユース(公正使用)規定です。米国著作権法第107条は、著作権者の許諾なく著作物を利用できる「フェアユース」を判断するための4つの要素を規定しています。これは批評、注釈、ニュース報道、教育、研究などの目的のための著作物利用を、一定の条件下で認める包括的な権利制限規定です。
米国のフェアユース規定の判断要素は以下の4つです:
- 利用の目的と性質:商業的か非営利的教育目的か
- 著作物の性質:事実に基づくものか創作的なものか
- 利用された部分の量と質:著作物全体との関係における使用量
- 潜在的市場への影響:利用が著作物の潜在的市場や価値に与える影響
これらの要素を総合的に考慮して、個別の事例ごとにフェアユースか否かが判断されます。この柔軟な規定により、米国では技術の発展や新たな利用形態に対して迅速に対応できるとされています。
一方、日本の著作権法は「権利制限規定」を個別に列挙する方式を採用しており、私的複製、引用、教育目的など、著作権が制限される場合を具体的に規定しています。従来、この方式では新たな利用形態に対応しにくいという課題がありましたが、2018年の著作権法改正では、より柔軟な権利制限規定が導入されました。
特に第30条の4「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」は、AIの機械学習など、新たなデジタル技術に対応するための「柔軟な権利制限規定」として注目されています。しかし、これは米国のような一般的・包括的なフェアユース規定ではなく、日本の立法形式に合わせた限定的なものです。
米国のフェアユース規定の利点としては、技術革新やビジネスモデルの変化に柔軟に対応できる点、判例の積み重ねによって適用範囲が明確化されていく点が挙げられます。一方、事前に利用の可否を判断することが難しく、裁判になるまで適法性が確定しないという法的不安定性もあります。
日本の個別列挙方式の利点は、法的安定性と予測可能性が高いことですが、新たな利用形態に迅速に対応できないという課題があります。日本でも米国型のフェアユース規定の導入が議論されてきましたが、法的安定性への懸念などから、2018年改正では「柔軟な権利制限規定」という中間的アプローチが選択されました。
EU著作権指令
欧州連合(EU)の著作権制度は、加盟各国の国内法を調和させるための「指令」(Directive)という形で発展してきました。EUの著作権法制は、基本的に大陸法系(特にフランス、ドイツ)の伝統に根ざしており、著作者の権利を強く保護する傾向があります。
日本の著作権法とEU著作権指令の比較における主な特徴は以下の通りです:
- 著作者人格権の強い保護:EUの著作権法制、特にフランスのdroit d'auteur(著作者の権利)の考え方は、著作者の人格的利益を強く保護する傾向があります。日本の著作権法も著作者人格権を重視しており、この点でEU法に近い立場を取っています。
- Rights instead of Exceptions(権利制限ではなく権利の強調):EUの著作権法制は、著作者の排他的権利を原則として強調し、その例外を限定的に認める傾向があります。日本の著作権法も同様のアプローチを取っていますが、近年は権利制限の柔軟化も進んでいます。
- 2019年デジタル単一市場著作権指令:2019年に採択された「デジタル単一市場における著作権指令」(DSM指令)は、デジタル時代の著作権課題に対応するための重要な改革です。特に注目されるのは以下の規定です:
- 第15条(プレス出版者の権利):ニュースアグリゲーターがニュース記事の見出しやスニペットを表示する際に、出版社への対価支払いを求める「リンク税」と呼ばれる規定です。日本にはこのような特別な権利はありません。
- 第17条(オンラインコンテンツ共有サービスプロバイダの責任):YouTubeなどのプラットフォームに著作権侵害コンテンツのフィルタリング義務を課す規定です。日本ではプロバイダ責任制限法の枠組みでの対応となります。
- テキスト・データマイニングの例外:研究目的のテキスト・データマイニング(TDM)を権利制限の対象とする規定です。日本では第30条の4がこれに相当しますが、日本の規定の方が適用範囲が広いとされています。
- 域内市場の調和と統一的保護:EUの著作権法制は加盟国間の調和を重視し、「単一市場」としての機能を促進することを目的としています。日本は単一国家のため、このような課題はありませんが、国際的な調和の観点から同様の取り組みを行っています。
EUの著作権法制は権利者保護に重点を置く傾向があり、表現の自由やイノベーションとのバランスをどう取るかが課題となっています。日本の著作権法も同様の課題を抱えており、デジタル時代の著作権保護と利用のバランスの取り方については、EU諸国と共通の課題に直面しています。
アジア各国の動向
アジア地域の著作権法制は、国際条約への加盟や経済発展に伴い、近年急速に整備・強化される傾向にあります。特に中国、韓国、シンガポールなどでは著作権保護の強化と執行の実効性向上が進んでいます。
アジア各国の著作権法制の特徴と日本との比較は以下の通りです:
- 中国の著作権法:中国は1990年に著作権法を制定し、2001年のWTO加盟を機に国際基準に合わせた改正を行いました。2020年の著作権法改正ではデジタル環境での保護強化が図られ、法定賠償額の上限も引き上げられました。日本と比べると、中国では著作権侵害に対する行政的執行(行政罰)の仕組みが発達している点が特徴的です。また、中国ではAI創作物の保護に関する議論も活発で、一部の裁判例ではAI生成コンテンツに著作権類似の保護を認める傾向も見られます。
- 韓国の著作権法:韓国の著作権法は日本と同様に大陸法系の影響を受けていますが、2000年代以降、米国との自由貿易協定(KORUS FTA)を背景に米国型の要素も取り入れています。特に2011年の改正で導入された「公正利用」(フェアユース)規定は注目され、日本よりも早くフェアユース的な考え方を取り入れました。また、韓国ではオンライン著作権侵害に対する強力な規制措置や、フィルタリング義務など、デジタル環境での著作権保護が強化されている点も特徴的です。日本と韓国はコンテンツ産業が発達している点で共通していますが、韓国の方がデジタル対応において積極的な側面があります。
- シンガポールの著作権法:シンガポールの著作権法は英米法の影響を強く受けており、米国型のフェアユース規定を採用しています。2021年の著作権法改正では、クリエイターの権利強化や、AI開発のための著作物利用の明確化などが図られました。シンガポールはアジアのハブとして著作権法制の近代化を進めており、AI・データサイエンス時代の著作権法の在り方について先進的な取り組みを行っています。日本と比べると、フェアユース規定の導入など、より柔軟な法制度を採用している点が特徴的です。
- インドの著作権法:インドの著作権法は1957年に制定され、英国法の影響を受けていますが、2012年の大規模改正ではデジタル時代に対応した規定が導入されました。インドの著作権法の特徴は、教育・研究目的の利用に対する広範な権利制限規定や、障害者のためのアクセシビリティ向上に関する規定などが充実している点です。また、インドでは著作権と伝統的知識・フォークロアの保護の調和も重要な課題となっています。日本と比べると、発展途上国としての側面も考慮した独自の発展を遂げています。
アジア地域の著作権法制は、各国の歴史的背景や国際的影響、経済発展段階によって多様な発展を遂げていますが、近年はデジタル化・グローバル化への対応という共通の課題に直面しています。日本を含むアジア各国は、著作権保護の強化と利用の円滑化のバランスを模索しており、特にAI・ビッグデータの時代に対応した法制度の構築が課題となっています。
日本の著作権法は、アジア地域では比較的早くから整備された法制度として、他のアジア諸国の法整備にも一定の影響を与えてきました。しかし近年は、韓国やシンガポールなどがデジタル環境への対応において先進的な取り組みを行っている面もあり、日本もこうした動向を参考にしながら法制度の改善を進めることが期待されています。
アジア地域全体としては、著作権意識の向上と制度の実効性確保が共通の課題となっており、海賊版対策や著作権教育などの取り組みが各国で進められています。また、近年はAI時代の著作権法の在り方についても議論が活発化しており、日本を含むアジア諸国が今後どのような法制度を構築していくかが注目されています。
第4章:著作権侵害と刑事罰
1. 著作権侵害の成立要件
著作権侵害が成立するためには、大きく分けて二つの要件が必要です。一つは「依拠性」、もう一つは「実質的類似性」です。これらの要件は判例によって確立されてきた基準であり、著作権侵害の判断において核心的な役割を果たしています。
依拠性
依拠性とは、被疑侵害者が原著作物に「接触」または「アクセス」し、それを参考にして二次的著作物を作成したことを意味します。つまり、単に偶然の一致ではなく、原著作物を見たり聞いたりした上で創作したという関係性が必要です。
依拠性の立証は、著作権侵害訴訟において原告(著作権者)側の責任ですが、実務上はしばしば間接事実や状況証拠から推認されます。具体的には、以下のような事情が依拠性を推認させる要素となります:
- 原著作物へのアクセス可能性:被告が原著作物にアクセスする機会があったこと(例:原著作物が広く流通していた、被告が原著作物を所持していたなど)
- 時間的先後関係:原著作物が先に公表され、被疑侵害著作物が後に作成されたこと
- 類似性の程度と性質:両著作物の類似点が偶然の一致では説明できないほど特徴的である場合
依拠性に関する代表的な判例として「江差追分事件」(最高裁平成13年6月28日判決)があります。この判決では、「既存の著作物に依拠して創作されたこと」が著作権侵害の要件の一つであると明確に示されました。
実務上注目すべき点として、依拠性は主観的要件であるため、著作権侵害の故意・過失がなくても、客観的に依拠関係があれば侵害が成立する可能性があります。例えば、かつて見た作品の影響が無意識的に創作に表れた場合でも、依拠性が認められることがあります。
近年のデジタル環境では、インターネット上の膨大なコンテンツに誰もがアクセス可能であることから、依拠性の立証がより容易になる傾向があります。特にSNSやコンテンツ共有プラットフォームの普及により、「見た可能性がある」と主張されるケースが増加しています。
実質的類似性
実質的類似性とは、被疑侵害著作物が原著作物の本質的な特徴を同一性を保ったまま直接感得できる程度に再製していることを意味します。ここで重要なのは、前述の「アイデア・表現二分論」に基づき、単なるアイデアやテーマの共通性ではなく、「表現上の創作的特徴」の類似性が問われる点です。
実質的類似性の判断基準として、判例上以下の要素が考慮されます:
- 創作的表現の共通性:著作権法が保護する創作的表現の部分において類似しているか
- 本質的特徴の共通性:原著作物の本質的な特徴が維持されているか
- 全体的観察:部分的な細部ではなく、作品全体として見たときの印象
- 創作的表現でない部分の除外:事実やアイデア、ありふれた表現など創作性のない要素は比較対象から除外
「実質的類似性」の判断手法として、「濾過テスト」(フィルタリング・アプローチ)が知られています。これは江差追分事件最高裁判決で示された手法で、以下のような段階を踏みます:
- 両著作物の共通点を抽出する
- その共通点から著作権法上保護されない部分(アイデア、事実など)を除外する
- 残った創作的表現の部分が実質的に類似しているかを判断する
実務上の留意点として、「実質的類似性」の判断は裁判官の主観に委ねられる部分も大きく、事案によって判断が分かれることがあります。また、著作物の種類によっても判断基準は異なり、例えばプログラムの著作物ではソースコードの類似性だけでなく、画面表示やユーザーインターフェースの類似性も考慮されることがあります。
さらに近年は、AI生成コンテンツと既存著作物の類似性についても議論が活発化しています。AIが学習データとして多数の著作物を取り込む中で、出力結果が特定の著作物と「実質的に類似」しているとして侵害が問われる可能性も出てきています。司法判断はまだ確立していませんが、今後の重要な論点となるでしょう。
2. 親告罪と非親告罪の区分
著作権侵害は民事上の違法行為であるだけでなく、刑事罰の対象にもなります。日本の著作権法では、著作権侵害の罪は伝統的に「親告罪」として規定されてきましたが、近年の法改正によりその一部が「非親告罪」化されています。この変化は著作権保護の国際的な強化の流れを反映したものです。
親告罪の意義と範囲
親告罪とは、犯罪の被害者またはその法定代理人からの告訴がなければ公訴を提起できない犯罪類型です。著作権法における親告罪の規定(第123条)は、著作権が私権であることを反映しており、権利者の意思を尊重する制度として機能してきました。
親告罪制度の意義は以下の点にあります:
- 権利者の意思尊重:著作権者が侵害に対して刑事措置を望まない場合(例:商業的利用ではなく、むしろ作品の普及に寄与するような場合)にまで国家が介入することを防ぐ
- 司法資源の効率的配分:軽微な侵害や社会的影響の少ない事案に刑事司法資源を投入することを避ける
- 表現の自由との調和:過度な取締りによる表現活動の萎縮効果を防止する
現行著作権法では、基本的に著作権・著作隣接権侵害の罪(第119条)は親告罪として規定されており、権利者からの告訴がなければ検察は起訴できません。ただし、近年の法改正により、一部の悪質な侵害行為については非親告罪化されています。
2012年改正による非親告罪化の拡大
2012年(平成24年)の著作権法改正により、一部の著作権侵害罪が非親告罪化されました。この改正では以下の行為が非親告罪とされました:
- 技術的保護手段の回避装置等の提供(第120条の2第1号):著作物の不正コピーを防止する技術的保護手段(コピーガードなど)を回避する装置やプログラムを提供する行為
- 権利管理情報の改変等(第120条の2第3号、第4号):著作物に付された権利管理情報(著作権者情報など)を改変したり、改変された権利管理情報を付した著作物を頒布したりする行為
これらの行為は、デジタル環境における著作権保護基盤を根本から脅かすものとして、権利者の告訴を待たずに刑事訴追できるようになりました。この非親告罪化は、国際的な著作権保護の強化の流れを反映したものであり、特にWIPO著作権条約への対応という側面を持っています。
国際的な調和(TPP対応)
2018年(平成30年)の著作権法改正では、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)及び環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)への対応として、著作権侵害罪の非親告罪化がさらに拡大されました。
この改正では、以下の要件を全て満たす侵害行為が非親告罪とされました(第123条第2項):
- 有償著作物等:市販されている著作物など、有償で公衆に提供・提示されている著作物等であること
- 原作のまま:著作物等を原作のまま(翻案等を行わずに)利用していること
- 営利目的・有償提供:侵害者が営利を目的とし、または有償で著作物等を公衆に提供・提示していること
- 権利者の利益を不当に害する:その行為が著作権者等の利益を不当に害するものであること
この改正の結果、例えば以下のような行為が非親告罪の対象となりました:
- 販売中の音楽CDを違法にコピーして販売する行為
- 公開中の映画を無断で録画し、有料配信サイトで提供する行為
- 市販の書籍を無断でデジタル化し、有料でダウンロード販売する行為
一方で、以下のような行為は依然として親告罪のままです:
- 個人的に楽曲をコピーしてSNSで共有する行為(営利性がない)
- 漫画のキャラクターを使った二次創作・同人誌の販売(原作のままではない)
- 絶版となった書籍のコピー(市販されていない)
この非親告罪化の範囲は、国際的な著作権保護の強化を図りつつも、表現の自由や二次創作文化への配慮から一定の限定が付されています。特に日本特有の同人誌文化などへの影響を最小限に抑える配慮がなされたと評価できます。
また、実務上の運用として、検察庁は2019年に「著作権侵害等事犯に係る非親告罪の取扱いに関する運用の指針」を策定し、権利者が処罰を望まない場合は原則として起訴しないことなどを明確にしています。これにより、非親告罪化による過度な萎縮効果を防ぐ配慮がなされています。
3. 刑事罰の内容と適用事例
著作権法違反に対する刑事罰は、侵害行為の態様や悪質性に応じて段階的に規定されています。主な刑事罰規定は以下の通りです。
主な刑事罰規定
- 基本的な著作権・著作隣接権侵害(第119条第1項)
- 10年以下の懲役または1000万円以下の罰金、またはその併科
- 対象:著作権、出版権、著作隣接権の侵害
- 営利目的による侵害(第119条第1項)
- 10年以下の懲役または1000万円以下の罰金、またはその併科
- 対象:営利を目的として、権原なく著作物等を複製、上演、演奏、上映などの方法で利用する行為
- 技術的保護手段の回避装置等の提供(第120条の2第1号)
- 3年以下の懲役または300万円以下の罰金、またはその併科
- 対象:技術的保護手段の回避を行うための装置やプログラムの提供など
- 権利管理情報の改変等(第120条の2第3号、第4号)
- 3年以下の懲役または300万円以下の罰金、またはその併科
- 対象:権利管理情報の改変や、改変された権利管理情報を付した著作物の頒布など
- 虚偽の権利表示(第121条)
- 3年以下の懲役または300万円以下の罰金
- 対象:著作権者等でない者が、権利者であることを偽る表示をした複製物の頒布等
- 法人両罰規定(第124条)
- 個人に対する罰則に加え、法人に対しても高額な罰金刑
- 例:第119条違反の場合、3億円以下の罰金
これらの罰則は2000年代以降数次にわたり引き上げられており、特に営利目的侵害の法定刑は一般刑法犯に匹敵する重さとなっています。これは著作権侵害の社会的悪影響の深刻化を反映したものです。
適用事例
刑事事件として摘発される著作権侵害の典型例は以下の通りです:
- 海賊版・模倣品の製造・販売事例
- 「バッグ・ブランド偽造事件」(2022年、東京地裁):高級ブランドバッグの偽造品を大量に製造・販売したグループに対し、懲役3年(執行猶予5年)および罰金300万円の有罪判決
- オンライン上の大規模侵害事例
- 「漫画村事件」(2021年、福岡地裁):無断で漫画をスキャンしてウェブサイトで公開し、広告収入を得ていた運営者に対し、懲役3年および罰金1000万円の実刑判決
- 組織的な違法アップロード・ダウンロード事例
- 「FRASH事件」(2019年、横浜地裁):音楽・映像をグループで組織的に違法アップロードしていた事案で、主犯格に懲役2年6月の実刑判決
- 技術的保護手段の回避装置提供事例
- 「ゲーム機改造事件」(2020年、大阪地裁):ゲーム機のセキュリティを回避する装置を販売していた事案で、懲役1年6月(執行猶予3年)の判決
- 企業による組織的侵害事例
- 「ソフトウェア不正コピー事件」(2018年、東京地裁):会社ぐるみでソフトウェアの違法コピーを行っていた事案で、法人に対し罰金1000万円、責任者に対し懲役1年(執行猶予3年)の判決
刑事事件として立件される事案の特徴として、①営利目的性が明確、②侵害規模が大きい、③組織的・計画的な侵害、④反復・継続的な侵害、⑤社会的影響が大きい、といった要素が挙げられます。個人による小規模な侵害や、非営利目的の侵害は、刑事罰の対象となることは比較的少ないといえます。
実務上の留意点として、著作権侵害罪の捜査は、警察庁の知的財産権侵害事犯対策班や各都道府県警察本部の生活経済課などが担当します。また国際的な侵害に対しては、国際刑事警察機構(ICPO)との連携や、外国捜査機関との共同捜査が行われることもあります。
4. 民事上の救済措置
著作権侵害に対する民事上の救済措置は、被害者(著作権者等)が自らの権利を保護するための重要な手段です。刑事罰と異なり、権利者自身のイニシアチブで実施できる点が特徴です。
差止請求
差止請求(第112条)は、著作権侵害に対する最も基本的な救済措置です。権利者は侵害行為の停止または予防を請求できます。差止請求の特徴は以下の通りです:
- 対象となる行為:現に行われている侵害行為の停止だけでなく、侵害のおそれがある場合の予防的差止も可能
- 侵害者の主観的要件不要:故意・過失を問わず請求可能
- 具体的内容:
- 侵害品の製造・販売の差止
- ウェブサイトからの著作物の削除
- 侵害品の廃棄・除却
- 侵害に供した設備の除却
実務上の留意点として、差止請求は仮処分(民事保全法)によって行われることが多く、本案訴訟の前段階で迅速な保全措置を求めることが一般的です。例えば、「北朝鮮の極秘-金正日後継体制」事件(東京地決平成19年10月10日)では、未発売の書籍の内容をウェブサイトに無断掲載した行為に対し、出版前の仮処分による削除命令が認められました。
損害賠償請求
損害賠償請求(民法第709条、著作権法第114条〜第114条の5)は、著作権侵害によって生じた経済的損失の回復を図る救済措置です。著作権法は民法の不法行為に基づく損害賠償請求を補完する特別規定を設けています:
- 侵害者の利益額の推定(第114条第1項) 侵害者が得た利益額を権利者の損害額と推定 例:違法コピーCD1万枚を販売して得た利益1000万円は、権利者の損害額と推定される
- 使用料相当額の最低保証(第114条第3項) 著作物の使用料相当額を最低限の損害額として請求可能 例:通常のライセンス料が売上の10%なら、その金額を最低限の損害として請求可能
- 損害額の推定規定(第114条第1項、第114条の2) 侵害された著作物等の販売数量に単位数量当たりの利益額を乗じた額を損害額と推定 譲渡等数量の一部に権利者が販売できなかった事情がある場合は控除可能
- 法定賠償制度(第114条の5) これは、TPP11協定発効に伴う2018年改正で導入され、その後2021年改正などで整備された比較的新しい制度です。 損害額の立証が極めて困難な場合、権利者は実損害額の立証に代えて、侵害された著作物等1つあたりについて、一定の上限額の範囲内で裁判所が相当と認める額の賠償を請求できます。この制度は、特に損害額の立証が難しいオンライン海賊版等への実効的な対抗手段として期待されています。
損害賠償請求の実例として、「職務質問アプリ事件」(東京地判平成26年11月7日)では、警察の職務質問に関するスマートフォンアプリのプログラムコードが無断で複製された事案で、使用料相当額である200万円の損害賠償が認められました。
不当利得返還請求
不当利得返還請求(民法第703条)は、侵害者が法律上の原因なく著作物を利用して利益を得た場合に、その返還を求める制度です。損害賠償請求と異なり、権利者の損害や侵害者の故意・過失を要件としない点が特徴です。
実務上は、損害賠償請求と選択的または予備的に主張されることが多く、権利者にとって有利な救済方法を選択できる柔軟性があります。
名誉回復等の措置
名誉回復等の措置(第115条)は、著作者人格権または実演家人格権の侵害によって著作者等の名誉・声望が害された場合に、謝罪広告などの措置を請求できる制度です。
この救済措置は、著作者の精神的・人格的利益を保護するためのものであり、日本の著作権法が大陸法系の影響を受けている特徴が表れています。例えば「ノグチ・ルーム事件」(東京高判平成15年6月11日)では、建築家の設計した室内空間を大学が無断改変した事案で、原告が謝罪広告を求めましたが、裁判所は損害賠償のみを認めました。
刑事告訴と民事救済の関係
著作権侵害に対しては、刑事告訴と民事救済を並行して求めることが可能です。実務上以下のような選択肢があります:
- 刑事告訴のみ:経済的賠償よりも侵害者への制裁や社会的メッセージを重視する場合
- 民事救済のみ:経済的賠償を重視する場合や、刑事罰による解決が適当でない場合
- 刑事・民事の並行:刑事告訴により証拠収集を行いつつ、民事で損害賠償を求める場合
- 示談交渉:裁判外で賠償金の支払いや侵害行為の停止を約束させる場合
著作権侵害事件では、刑事告訴を「交渉カード」として用い、最終的には示談による解決を図るという実務的対応も少なくありません。また、親告罪であることを踏まえ、告訴取り下げを条件とした示談も行われます。
民事救済の実効性を高めるため、2012年に導入された「秘密保持命令」(第114条の7)により、訴訟の過程で開示された営業秘密の漏洩を防止する制度や、2020年の著作権法改正による「侵害立証のための書類提出命令の強化」など、権利者の立証負担を軽減する制度も整備されています。
第5章:同人誌と著作権法
1. 同人誌の法的位置づけ
二次創作としての性質
同人誌は、個人やグループが創作・発行する自費出版物であり、日本の独特の文化現象として発展してきました。同人誌の多くは、既存の商業作品(マンガ、アニメ、ゲームなど)のキャラクターや世界観を借用した「二次創作」の形態を取っています。この「二次創作」という性質が、同人誌の法的位置づけを複雑にしています。
著作権法上、同人誌における二次創作は、原作の「翻案」(著作権法第27条)に該当する可能性があります。翻案とは「既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現すること」(江差追分事件・最高裁平成13年判決)とされています。
同人誌作家は原作のキャラクターや設定を借りながらも、独自のストーリーや解釈を加えて新たな創作を行います。この創作性により、同人誌作品自体は「二次的著作物」(第2条第1項第11号)として著作権法上の保護対象となり得ますが、同時に原作者の著作権(特に翻案権)の侵害となる可能性も孕んでいます。
なお、同人誌には既存作品と無関係のオリジナル作品(「オリジナル同人誌」と呼ばれる)も存在します。これらは通常の著作物として著作権法上の保護を受けるため、法的問題はより単純です。本章では主に二次創作同人誌の法的位置づけに焦点を当てて論じます。
著作権侵害の可能性
法律論としては、許諾なく商業作品の二次創作を行い頒布する行為は、原則として著作権侵害(特に複製権・翻案権・頒布権の侵害)に該当します。第28条は、二次的著作物の利用に関して原著作物の著作権者の権利が及ぶことを明記しており、同人誌作家が独自の創作性を加えた場合でも、原作者の許諾なく二次創作を発表することは法的には問題をはらんでいます。
より具体的には、以下の点で著作権侵害の可能性があります:
- キャラクターの利用: 日本の判例では具体的に表現されたキャラクターの著作物性が認められており(「ポパイ事件」最高裁平成9年判決等)、原作キャラクターの描写は複製権・翻案権侵害となり得ます。
- ストーリー・設定の借用: 原作のストーリーや世界観を利用することは、それが「表現上の本質的特徴」を維持している限り、翻案権侵害となり得ます。
- 商業的利用: 同人誌の有償頒布は営利目的と見なされうるため、権利制限規定(私的使用や引用等)の適用が困難になります。
- 著作者人格権の問題: 原作者が意図しない展開や表現が含まれる場合、同一性保持権(第20条)侵害の可能性もあります。
さらに、キャラクター名や作品タイトルが商標登録されている場合は、商標法上の問題も生じ得ます。また、原作者の名誉・声望を害するような表現(過度に暴力的・性的な描写など)は、不法行為法上の問題を引き起こす可能性もあります。
ただし、これらは純粋な法解釈であり、実務上は次節以降で述べるように、日本の同人誌文化は権利者と創作者の間の微妙なバランスの上に成り立っています。法的リスクは存在するものの、様々な社会的・経済的要因により、特殊な「共存」が実現しているのが実情です。
2. 同人誌市場の実情
規模と経済的影響
日本の同人誌市場は、その非公式・分散的な性質から正確な規模を把握することは難しいものの、相当な経済規模を持つと推定されています。例えば、矢野経済研究所の調査によると、2022年度の同人誌市場規模は約880億円と推定されています。 この市場は、日本のコンテンツ産業の中でも無視できない存在となっています。
コミックマーケット(通称コミケ)をはじめとする同人誌即売会は、同人文化の中核をなすイベントです。例えば、直近のコミックマーケット105(2024年冬)では、2日間で延べ約30万人が来場し、約2万9千のサークルが出展しました。 また、専門店やオンラインストアなど、同人誌の流通経路も多様化しています。
同人誌市場の経済的特徴として注目すべき点は以下の通りです:
- コンテンツ産業へのフィードバック効果: 二次創作同人誌は、原作の人気を維持・拡大し、ファン層を深化させる効果があると指摘されています。人気作品の同人誌が活発に制作されることで、原作への関心が持続し、関連商品の販売促進にもつながるとの見方もあります。
- 人材の育成機能: 同人活動を通じて技術や表現を磨いた創作者が、後に商業作家として活躍するケースが少なくありません。CLAMPなど、同人活動から商業デビューした著名作家は数多く存在します。この点で同人誌市場は商業マンガ・アニメ市場の「前哨地」として機能しているとも言えます。
- 副業的経済効果: デジタル技術の発展により、同人活動における参入障壁が低下し、副業として同人創作に関わる人々も増加しています。特に近年はオンライン頒布や電子書籍化などの新たな流通形態も普及し、従来の即売会に依存しない同人経済圏も形成されつつあります。
これらの経済的機能は、権利者が同人活動を積極的に排除しない理由の一つと考えられています。同人誌市場が原作ビジネスに与えるプラスの効果が、著作権侵害という法的リスクを上回ると判断されているケースが多いのです。
コミケット等の同人誌即売会
同人誌頒布の主要な場である同人誌即売会(いわゆる「同人イベント」)は、日本の同人文化の象徴的存在です。その中でも最大規模を誇るのが年2回開催される「コミックマーケット」(コミケ)です。
コミケは1975年に約700人の参加者で始まり、現在では上記のような大規模なイベントとなっています。東京ビッグサイトなどの大規模展示施設を使用し、数万のサークルが自作の同人誌を頒布します。コミケ以外にも「サンシャインクリエイション」「COMIC1」など規模の異なる即売会が全国各地で開催されており、また特定のジャンルに特化した専門イベントも存在します。
同人誌即売会の特徴は以下の点にあります:
- 自主管理・自主規制: コミケをはじめとする多くの即売会は、主催者が著作権への配慮を含む「参加規則」を設け、これに違反するサークルには参加制限などの措置を取ることがあります。コミケの運営団体「コミケット準備会」は、その規約において「著作権の尊重」を明記し、トラブル防止に努めています。
- 権利者との関係構築: 大規模即売会の主催者は、原作の権利者との対話を積極的に行い、相互理解を深める努力を続けています。コミケの場合、「企業ブース」を設けて商業出版社やゲーム会社の参加を促し、同人文化と商業活動の橋渡しを試みています。
- 経済効果と社会的認知: 即売会の大規模化に伴い、開催地域への経済効果も無視できなくなっています。コミケ開催期間中の臨海副都心エリアのホテル稼働率上昇や交通機関の特別ダイヤ編成などは、同人イベントが持つ社会的・経済的インパクトを示しています。
同人誌即売会は、法的にはグレーゾーンにある活動の「公然化」という矛盾をはらんでいますが、長年の実績と自主規制の取り組みにより、権利者側との一定の共存関係を築いています。また、即売会の存在自体が日本のマンガ・アニメ文化の多様性を支える基盤となっており、コンテンツ産業全体の活性化に寄与している側面もあります。
3. 権利者の対応と黙認の慣行
企業・出版社の方針
原作の権利者(出版社、制作会社、ゲーム会社など)は、同人誌に対して様々な姿勢を示しています。その対応は大きく分けて以下のパターンに分類できます:
- 黙認型: 最も一般的な対応で、公式には特に方針を示さず、事実上同人活動を容認するスタンスです。この「黙認」は法的に権利を放棄したことを意味するわけではなく、あくまで権利行使を一時的に控えているにすぎませんが、日本の同人文化はこの「黙認」という微妙なバランスの上に成り立っています。代表的な例としては、多くの大手出版社や一部のゲーム会社が挙げられます。
- 条件付き容認型: 一定の条件下で二次創作を公式に認める方針を明示する権利者もあります。例えば、「非営利目的に限る」「R-18コンテンツの制作を禁止する」「公式サイトで規定される範囲内での利用に限る」などの条件を設けるケースです。この方式は特にゲーム業界で増えつつあり、「艦隊これくしょん」や「アイドルマスター」などの人気作品では、ガイドラインを公開して同人活動の範囲を明確化しています。
- 積極的推進型: さらに踏み込んで、二次創作を公式に奨励し、同人活動のプラットフォームを自ら提供する企業も登場しています。「東方Project」のように、二次創作の自由度を公式に保証することで、ファンコミュニティの形成と拡大を積極的に図るビジネスモデルです。また、「ピクシブ」や「ニコニコ動画」などのプラットフォームと提携して二次創作コンテストを開催するなど、同人文化を取り込んだマーケティング戦略を採用する企業も増えています。
- 禁止型: 明確に二次創作を禁止・制限する企業も存在します。特に海外発の作品や特定のジャンルにおいては、権利者が同人活動に対して法的措置を取ることも珍しくありません。ディズニーなどの海外メディア企業や、一部の国内権利者も同人誌への警戒感を示しています。
多くの権利者が「黙認」や「条件付き容認」を選択する背景には、以下のような要因があります:
- マーケティング効果の認識: 同人活動がもたらすファン層の拡大や作品への愛着深化が、商業的にもプラスに働くという認識
- 潜在的クリエイターの発掘: 同人活動から商業作家が生まれるキャリアパスを考慮した人材育成視点
- 法的措置のコストと反発リスク: 大規模な取り締まりに伴う社会的反発やブランドイメージへの悪影響の懸念
- 実務上の困難: 膨大な数の同人誌すべてを監視・規制することの現実的困難さ
近年では、権利者自身が同人文化の持つ創造性やコミュニティ形成機能を積極的に評価し、それを商業活動に取り込む「二次創作公認ビジネス」も増加しています。これは日本独自のコンテンツビジネスモデルとして国際的にも注目されています。
ガイドライン等の自主規制
同人活動の持続可能性を高めるため、同人界では様々な形での自主規制やガイドラインが発展してきました。特に注目すべきは以下の取り組みです:
- 同人誌即売会の参加規則: 前述のようにコミケをはじめとする即売会では、運営側が参加規則を設け、著作権への配慮を促しています。例えば「原作のイメージを著しく損なう表現を控える」「公序良俗に反する内容は頒布しない」などの規定があります。コミケの「カタログ」には著作権に関する啓発ページも掲載されています。
- 同人業界団体のガイドライン: 「コミックマーケット準備会」や「日本同人誌即売会連絡会」などの団体は、著作権に関する自主ガイドラインを策定・公開しています。これらは法的拘束力はないものの、同人界の共通理解として機能しています。
- 権利者側のガイドライン: 前述の「条件付き容認型」の企業が公開する二次創作ガイドラインも、同人活動の自主規制として重要です。例えば「株式会社Cygames」は「二次創作・実況配信・利用ガイドライン」で、非商業利用・自身の創意工夫の付加・年齢制限の遵守などを条件に二次創作を認めています。
- 同人誌印刷所の審査: 同人誌の印刷を請け負う専門印刷所では、著作権侵害リスクや倫理的問題に配慮した独自の審査基準を設けていることが一般的です。原作者名や出典の明記、過度な模倣の回避などが求められることが多く、これが実質的な自主規制として機能しています。
こうした重層的な自主規制の仕組みは、法的には不安定な同人活動の「社会的許容性」を高める役割を果たしています。同人界が単なる著作権侵害の場ではなく、一定の規範と責任意識を持ったコミュニティであることを示す証左となっているのです。
同人誌に関わる創作者・即売会主催者・印刷所などの関係者は、法的リスクを認識しつつも、文化的・創造的価値を守るためのバランス感覚を培ってきました。この自主規制の文化は、日本独自の二次創作エコシステムの持続可能性を支える重要な要素です。
4. 法的リスクと今後の課題
現状の法的リスクの評価
同人誌を取り巻く法的環境は複雑で、様々なリスク要因が存在します。主な法的リスクとしては以下が挙げられます:
- 著作権法上のリスク: 最も基本的なリスクは著作権侵害(特に複製権・翻案権侵害)の可能性です。同人誌作家が原作者から許諾を得ていない場合、理論上は侵害が成立し得ます。ただし実際には「黙認」という慣行により、訴訟に発展するケースは極めて稀です。
- 著作者人格権侵害のリスク: 同一性保持権侵害(原作者の意図と異なる改変)や氏名表示権侵害(出典明示の不足)のリスクも存在します。特に原作の世界観を大きく逸脱した同人誌は、同一性保持権侵害として問題視される可能性があります。
- 商標法上のリスク: 作品タイトルやキャラクター名が商標登録されている場合、同人誌での使用は商標権侵害となり得ます。特に商業的規模が大きくなると、このリスクは高まります。
- 不正競争防止法上のリスク: 原作と混同を生じさせるような体裁の同人誌は、不正競争防止法上の「混同惹起行為」に該当する可能性もあります。
- 国際的リスク: 日本国内での「黙認」慣行は海外では通用しないケースが多く、国際的な権利者(特に欧米の企業)の作品を扱う同人誌や、海外展開する同人誌には追加的リスクがあります。
これらのリスクは理論上は深刻ですが、実務上は以下の理由から「顕在化しにくい」状況があります:
- 多くの権利者が積極的措置を控える実務慣行
- 同人活動の持つコンテンツ産業へのプラス効果の認識
- 摘発の難しさと法的措置のコスト・イメージリスク
- 同人界の自主規制による一定の抑制効果
しかし、これは永続的な「安全地帯」を意味するものではなく、権利者の方針変更や社会環境の変化により、状況が変わる可能性は常に存在しています。
デジタル時代の新たな課題
同人文化を取り巻く環境は、デジタル技術の発展とグローバル化により大きく変化しつつあります。これに伴い新たな課題も生じています:
- インターネット流通と権利保護: 同人誌のデジタル化・オンライン頒布の増加により、コントロールがより困難になっています。電子書籍や「二次配布」の問題、海賊版サイトでの無断掲載など、デジタル環境特有の課題が顕在化しています。
- SNSと即時拡散リスク: TwitterやPixivなどのSNSでの二次創作公開は、即時性と拡散力が高く、権利者側からの監視・対応も容易になっています。これにより「黙認」の境界線がより曖昧になるリスクがあります。
- グローバル化の影響: 日本の同人文化が国際的に認知されるにつれ、海外からの参加者・観察者も増加しています。しかし海外では日本のような「黙認」慣行がない国も多く、法的解釈の衝突が生じる可能性があります。
- AI生成技術の登場: 生成AIを用いた二次創作が技術的に容易になる中、「人間の創作性」を前提とした従来の著作権概念との齟齬が生じています。AIによる大量の「模倣創作」が可能になれば、現在の微妙なバランスが崩れる可能性もあります。
制度設計上の課題と展望
現在の「黙認」を基礎とした共存状態は不安定であり、より安定的な制度設計が求められています。今後の可能性として以下のような方向性が考えられます:
- 二次創作ライセンスの整備: 権利者側が公式に二次創作の範囲と条件を明示するライセンス制度の整備。「クリエイティブ・コモンズ」的な考え方を二次創作に応用する試みです。
- 法制度の柔軟化: 権利制限規定の拡充や、米国型フェアユースの導入など、二次創作をより柔軟に許容する法制度改革の可能性。ただし国際条約との整合性や権利者の利益保護とのバランスが課題となります。
- プラットフォーム型解決: 「ピクシブ」や「ニコニコ動画」のように、権利者と二次創作者をつなぐプラットフォームを通じた利益共有・管理モデルの発展。
- 文化政策としての位置づけ: 同人文化をマンガ・アニメなど日本のソフトパワーの源泉として、独自の政策的保護を検討する可能性。
同人誌文化は法的には「グレーゾーン」でありながら、日本のコンテンツ産業の多様性と創造性を支える重要な基盤となっています。今後は、この文化的価値を損なわずに法的安定性を高める方策が求められるでしょう。理想的には、権利者の正当な利益を保護しつつ、ファンの創造性と参加を促進するようなバランスの取れた制度設計が望まれます。
デジタル時代・グローバル時代における同人文化の持続可能性は、著作権法の根本的な課題である「保護と利用のバランス」という普遍的テーマの試金石となっているのです。
第6章:デジタル時代・生成AI時代の著作権
1. インターネット時代の著作権問題
デジタル技術とインターネットの普及は、著作物の創作・流通・利用の様相を根本から変えました。著作権法はこの急速な技術革新に対応するため、数次の改正を重ねてきましたが、なお多くの課題に直面しています。
違法ダウンロード
デジタル時代の著作権問題の代表例が「違法ダウンロード」です。インターネット上で無断公開された著作物をダウンロードする行為に対して、日本の著作権法は段階的に規制を強化してきました。
2009年の著作権法改正では、違法にアップロードされた音楽・映像をダウンロードする行為が、それまでの「私的複製」の適用除外とされ、著作権侵害となりました。しかし、この時点では刑事罰の対象ではなく、民事上の責任のみが問われる状況でした。
2012年の改正では、違法ダウンロードに対して刑事罰が導入されました。「著作権等を侵害する自動公衆送信を受信して行うデジタル方式の録音・録画を、自分が知りながら行う」場合には、2年以下の懲役または200万円以下の罰金(またはその両方)という厳しい刑事罰が科されることになりました(著作権法第119条第3項)。ただし、この規定は親告罪とされ、権利者の告訴がなければ起訴されません。
2020年の改正では、対象範囲がさらに拡大され、音楽・映像に加えて「著作物全般」(論文、書籍、コンピュータプログラム、漫画など)が規制対象となりました。ただし、「軽微なもの」(数ページ程度)や「二次創作・パロディ」は対象外とする配慮や、「スクリーンショット」の取り扱いなどが議論され、最終的には一定の条件下での除外規定が設けられました。
違法ダウンロード規制強化の背景には、コンテンツ産業の保護や海賊版対策があります。特に近年、「漫画村」などの海賊版サイトの横行により権利者に甚大な経済的損害が生じており、こうした問題への対応が法改正を後押ししました。
しかし同時に、違法ダウンロード規制には表現の自由や学術・文化活動への影響を懸念する声もあり、権利保護と利用のバランスをどう取るかが継続的な課題となっています。特に「違法にアップロードされたものと知りながら」という主観要件の判断基準や、国際的なサイトに対する法執行の実効性など、実務上の課題も少なくありません。
投稿サイトと権利処理
YouTubeやニコニコ動画、Twitter、Instagram、TikTokなどの投稿サイト(UGCプラットフォーム)は、一般ユーザーによる著作物の共有・発信を容易にする一方で、著作権侵害のリスクも高めています。これらのプラットフォームにおける権利処理は、デジタル時代の著作権法の重要な課題となっています。
プラットフォーム事業者の責任に関して、日本ではプロバイダ責任制限法(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)が基本的な枠組みとなっています。同法により、一定の条件下でプラットフォーム事業者は利用者の投稿による権利侵害について免責されますが、権利侵害を知った場合には適切な対応(削除等)を取ることが求められます。
代表的な対応策として、多くのプラットフォームは権利者からの通知に基づくコンテンツ削除(ノーティス・アンド・テイクダウン)の仕組みを導入しています。例えばYouTubeの「Content ID」システムのように、権利者が登録した著作物と一致するコンテンツを自動検出し、ブロックや収益化などの対応を自動的に行うシステムも発達してきました。
投稿サイトでの権利処理に関連して重要なのが、二次創作コンテンツの扱いです。MAD動画、ゲーム実況、コスプレ写真、ファンアート、BGM付き動画など、既存の著作物を利用した二次創作は投稿サイトの重要なコンテンツとなっています。これらは厳密には著作権侵害にあたる可能性がありますが、権利者の中には、ファン活動による作品の宣伝効果や文化的意義を認め、一定の条件下で黙認・容認する方針を採る例も増えています。
例えば、ニコニコ動画ではニコニ・コモンズ 利用者向けガイドラインを提供し、クリエイターが自分の作品の二次創作を許諾する条件を指定できるようにしています。また、日本の音楽著作権管理団体JASRACは、2010年以降、動画投稿サイトと包括的な利用許諾契約を締結し、一般ユーザーが特定の条件下で音楽をBGMとして利用できる環境を整えています。
投稿サイトにおける権利処理の困難さの一因として、著作権の権利関係の複雑さがあります。例えば音楽一曲を利用する場合、作詞家、作曲家、アーティスト、レコード会社など複数の権利者の許諾が必要となり、すべての権利処理を一般ユーザーが行うことは現実的ではありません。この問題に対応するため、集中管理団体の役割拡大や「拡大集中許諾制度」の導入など、権利処理の円滑化・一元化を図る取り組みが検討されています。
また、2019年のEUデジタル単一市場著作権指令第17条のように、一定規模のプラットフォーム事業者に対して著作権侵害コンテンツのフィルタリング義務を課す法制度も国際的に広がりつつあります。これに対しては、表現の自由や技術革新への影響を懸念する声もあり、プラットフォーム事業者の責任範囲のあり方は国際的にも議論が続いています。
2. 生成AIに関する著作権上の課題
近年、画像生成AI(Stable Diffusion、MidjourneyなどやChatGPTなどの大規模言語モデル(LLM)、音声合成AIなど、生成AI技術の急速な発展により、著作権法は新たな挑戦に直面しています。生成AIをめぐる著作権上の課題は多岐にわたりますが、ここでは特に重要な3つの論点を検討します。
学習データとしての著作物利用
生成AIの開発には、大量のデータを用いた機械学習が不可欠です。画像生成AIであれば数百万から数十億の画像、言語モデルであれば膨大なテキストデータが学習に使用されます。これらの学習データには著作権で保護された著作物も多数含まれており、その利用が著作権侵害に当たるかどうかが世界的に議論されています。
AI開発における著作物利用に関して、法的に主に問題となるのは以下の点です:
- 学習用データセットの作成段階:著作物をウェブからクローリングして収集し、データセット化する過程で行われる複製行為
- AI学習(トレーニング)段階:収集した著作物をAIに学習させる過程での利用行為
- モデル内部での著作物の保持:学習済みモデルが内部に著作物の特徴や部分的表現を保持している可能性
これらの行為が著作権侵害に当たるかどうかは、各国の著作権法や裁判例によって異なる解釈がなされています。
米国では、AI学習のための著作物利用がフェアユース(公正使用)に該当するかが焦点となっています。2023年以降、Getty Images社やSarah Andersen氏らの漫画家グループがStability AI社などを提訴しており、これらの裁判の結果がAI学習におけるフェアユースの適用範囲を明確化する可能性があります。
欧州連合では、2019年のデジタル単一市場著作権指令により、テキスト・データマイニング(TDM)の例外規定が導入されました。これにより研究目的のTDMは原則自由に行えますが、商業目的の場合は権利者が明示的に拒否していない場合に限り許容されます。
AI学習のための著作物利用をめぐっては、創作者団体から著作物が無許諾・無報酬で利用されることへの懸念が表明されている一方、技術開発の促進や表現の自由の観点からAI学習の自由を支持する意見もあります。今後、権利者への適切な対価還元の仕組みや、オプトアウト(学習からの除外を選択する権利)の保障など、バランスの取れた制度設計が課題となっています。
AIによる創作物の著作権
AIが生成した作品(文章、画像、音楽など)の著作権保護に関しては、「著作物」の本質に関わる根本的な問いが投げかけられています。現行の著作権法は、基本的に「人間の創作活動」を保護するものであり、AI生成物をどのように位置づけるかは各国で見解が分かれています。
日本では、著作権法第2条第1項第1号で著作物を「思想又は感情を創作的に表現したもの」と定義しており、これは人間の創作活動を前提としています。裁判例においても、「自動生成されたものは著作物とは認められない」という考え方が示されています(サッカーくじ予想表事件、知財高裁平成30年10月17日判決)。したがって、現行法の下ではAI単独で生成した作品は著作物として保護されない可能性が高いです。
一方で、AI生成物であっても人間の創意工夫が十分に介入している場合には、著作物性が認められる余地があります。例えば:
- プロンプト(指示)に創意工夫がある場合:AIに対する詳細な指示や目標設定に創作性が認められる可能性
- 生成結果の選別・編集に創意工夫がある場合:複数のAI生成物から最適なものを選び、編集・加工する過程に創作性がある場合
- 人間とAIの共同創作の場合:AIを道具として使いながら人間が主体的に創作に関与している場合
特に議論が活発なのが「プロンプトエンジニアリング」の創作性です。高度に洗練されたプロンプトの作成には専門的知識と創造力が必要であり、一部の法律家や専門家はこれを楽器演奏や写真撮影における創作行為に似たものとして捉える見方を示しています。
国際的に見ると、AI生成物の著作権に関する法的立場は様々です:
- 米国では、著作権局が2023年の「ミッドジャーニーで生成された漫画」の著作権登録を部分的に認めたケースがありますが、「完全にAIが生成した部分」は著作物として認めないという判断を示しています。
- 英国では1988年コンピュータ生成著作物に関する特別規定があり、「人間の著作者がいない場合、コンピュータによる生成物の創作のために必要な手配をした者」に著作権を認めています。
- 中国では、2023年の「夢を追う詩」事件でAI生成詩に対する著作権を認める判決が出されました。
AIによる創作物の保護に関しては、伝統的な著作権法の枠組みに収まらない側面があり、新たな法的概念や保護制度の必要性も議論されています。例えば、特別な権利制度(sui generis)の創設、不正競争防止法による保護、契約やライセンスによる規律などのアプローチが検討されています。
スタイル模倣と画風の保護
生成AIによるスタイル模倣(特定アーティストの画風や作家の文体の模倣)は、法的・倫理的に複雑な問題を提起しています。多くのAIサービスでは「[アーティスト名]風」のプロンプトが可能であり、特定作家のスタイルに酷似した作品を生成できます。
第1章で述べたように、著作権法は伝統的に「アイデア・表現二分論」に基づき、具体的な表現のみを保護し、スタイルやアイデアは保護対象外としてきました。特定の画風や作風は、それ自体としては著作権で保護されません。例えば、「印象派風の絵を描く」ことが著作権侵害にならないのと同様に、AIが「ピカソ風」の画像を生成すること自体は著作権侵害に当たらない可能性が高いです。
しかし、AIによるスタイル模倣は従来の人間による模倣と比べて、その精度と規模において質的に異なる面があります:
- 精度と再現性:AIは特定アーティストの画風を極めて高い精度で再現できる場合があります
- 大量生成の容易さ:短時間で大量の類似作品を生成できる点が市場に与える影響は大きい
- 学習データの問題:特定アーティストの作品に集中的に学習させることで、より精緻な模倣が可能になります
この問題に対して、現行著作権法の枠組みでは以下のような対応が考えられます:
- 具体的表現の模倣:AIが特定の著作物の具体的表現を模倣している場合は、著作権侵害となる可能性があります。例えば、特定のキャラクターデザインや具体的な構図を再現する場合など。
- 翻案権侵害:AIが原著作物の本質的特徴を保持しながら新たな著作物を創作している場合、翻案権侵害となる可能性があります。
- 依拠性の問題:AI生成物が特定の著作物に「依拠」したものであるかの判断は難しい問題を含んでいます。学習データ全体への依拠なのか、特定作品への依拠なのかの線引きは今後の判例の蓄積が期待されます。
また、著作権以外の法的枠組みでの保護も検討されています:
- 不正競争防止法:著名な作家やアーティストのスタイルが「商品等表示」として機能している場合、それを模倣して混同を生じさせる行為は不正競争に当たる可能性があります。
- パブリシティ権:著名人の氏名や肖像を無断で商業利用する場合、パブリシティ権侵害となる可能性があります。「〇〇風」とAIプロンプトに入れること自体は問題ないとしても、生成結果を無断で商業利用する場合には法的リスクが生じます。
- 人格権・名誉毀損:特定アーティストの画風を模倣して不適切なコンテンツを作成し、あたかもそのアーティストの作品であるかのように公表する行為は、人格権侵害や名誉毀損となる可能性があります。
スタイル模倣と画風の保護については、各国で裁判例が蓄積されつつあります。米国では「Jason M. Allen v. Stability AI Ltd.」事件のようにAI生成アートの著作権をめぐる訴訟が提起されています。日本でも2025年3月の著作権政策パネルで「声の保護」などに関する議論が行われるなど、AI時代における著作物性の再考が始まっています。
技術的な対応としては、アーティストが自分の作品をAI学習から除外するよう要求できる「オプトアウト」の仕組みや、AIモデルに特定スタイルの模倣を制限する技術的措置などが検討されています。また、クリエイターへの適切な対価還元の仕組みの構築も重要な課題となっています。
3. 日本における法的対応
日本は生成AI技術の発展に伴う著作権課題に対して、比較的早い段階から法的対応を進めてきました。特に情報解析目的の権利制限規定や、AI学習データとしての著作物利用に関する考え方の整理など、先進的な取り組みを行っています。
著作権法30条の4(情報解析のための複製)
日本の著作権法第30条の4は、2018年の著作権法改正で導入された規定で、AI開発にとって重要な意義を持っています。同条は、「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない」情報解析のための利用を広く認める柔軟な権利制限規定です。
具体的な条文では以下のように規定されています:
著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。一 情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報を構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うことをいう。)を行う場合
この規定の特徴は以下の点にあります:
- 非享受目的の幅広い利用を許容:著作物を「鑑賞・視聴」するのではなく、情報として解析・処理する目的での利用を広く認めています。
- 情報解析の定義が広範:「比較、分類その他の解析」という広い定義により、機械学習・ディープラーニングなど様々な技術的手法をカバーしています。
- あらゆる利用方法を許容:「いずれの方法によるかを問わず」との文言により、複製だけでなく翻案などを含む様々な利用行為が対象となります。
- 商業目的を含む:非営利・研究目的に限定していないため、企業による商用AI開発にも適用可能です。
この規定により、AIの機械学習のための著作物利用は原則として権利者の許諾なく行うことができるようになりました。国際的に見ても、日本の第30条の4は非常に柔軟で広範な規定であり、AI開発に適した法的環境を整備していると評価されています。
一方で、この規定に対しては権利者団体から懸念も表明されています。特に、商業目的のAI開発に無許諾・無報酬で著作物が利用される点や、権利者にオプトアウトの機会が与えられていない点などが批判されています。また、「思想又は感情を享受することを目的としない」という要件の解釈も争点となりうる点です。
2018年の柔軟な権利制限規定の導入は、当時まだ初期段階にあった生成AI技術を見越したものではありませんでしたが、結果的に現在のAI開発環境を法的に支える重要な基盤となっています。
文化庁「AIと著作権に関する一般的な理解」(2024年)
2024年3月15日、文化庁は「AIと著作権に関する一般的な理解」と題する文書を公表しました。この文書は、生成AIをめぐる著作権上の論点について、現行著作権法の下での解釈を整理したものです。
この文書では以下の重要な考え方が示されています:
- AI学習のための著作物利用:
- 原則として第30条の4により「情報解析のための利用」として許容される
- ただし、特定の著作物の表現上の特徴を学習・再現させる目的の場合は「思想又は感情の享受」に当たる可能性がある
- 「享受」に当たるか否かの判断は、AI開発・利用の目的・態様や著作物の種類などを総合的に考慮
- AI生成物の著作物性:
- AI生成物が「思想又は感情を創作的に表現したもの」と言えるかが焦点
- 人間の創意工夫に基づく表現と認められる場合は著作物となりうる
- プロンプト作成、パラメータ調整、生成結果の選択・編集などの関与が評価対象
- AIによる既存著作物の模倣:
- 具体的表現の模倣は著作権侵害となる可能性
- 単なるスタイルや画風の模倣は原則として著作権侵害にならない
- ただし、特定の著作物の本質的特徴を維持した翻案の場合は侵害となりうる
- 営業上の信用の保護:
- 周知な商品等表示(アーティスト名など)を使用して混同を生じさせる行為は不正競争に当たる可能性
- 有名クリエイターの名前を無断で使用してAI生成物を販売するなどの行為は注意が必要
この「一般的な理解」文書は法的拘束力を持つものではありませんが、行政機関による公式見解として、今後の法解釈や裁判例に影響を与える可能性があります。また、AI開発者や利用者にとっての行動指針としての意義も持っています。
文書の発表と同時に、文化庁はAI開発・提供・利用のための「チェックリスト・ガイダンス」も公表しており、実務的な指針の提供も行っています。これらの取り組みは、技術革新と著作権保護のバランスを図るための政策的アプローチとして注目されています。
「責任あるAI推進基本法」案
2024年2月、自民党「AIの進化と実装」プロジェクトチームが「責任あるAI推進基本法」の草案概要を発表しました。この法案は、AIの開発・利用に関する基本的なルールを定めるものであり、著作権に限らず、AI全般の規制枠組みを構築する試みです。2025年の通常国会への提出が予定されています。
この法案の主な特徴は以下の通りです:
- 対象範囲の限定:すべてのAIを規制するのではなく、「フロンティアAIモデル」(汎用AI)を中心に規制
- オプトアウトの制度化:著作権者がAI学習からの除外を選択できる制度の検討
- 透明性の確保:AI開発企業に対して学習データや開発プロセスの透明性を求める
- 責任の所在:AI生成物に関する責任の所在を明確化する枠組みの検討
- 人間中心のアプローチ:AIの利用における人間の関与・監督を重視
この法案は著作権法の改正を直接目指すものではありませんが、特にAI学習データに関するオプトアウトの仕組みを制度化することで、第30条の4の運用に大きな影響を与える可能性があります。また、著作権者を含む権利者の保護と技術革新のバランスを図る法的枠組みとしても重要な意義を持っています。
この「責任あるAI推進基本法」案は、EU AI法(AI Act)や米国のAIに関する大統領令など、世界的なAI規制の動向を参考にしつつ、日本独自のアプローチを模索するものとなっています。法案の具体的内容については今後の検討課題とされていますが、著作権とAIの関係についても重要な論点となることが予想されます。
日本のAIと著作権に関する法的枠組みは、第30条の4を基盤としながらも、技術の急速な発展に対応するため、さらなる整備が進められています。特に権利者への適切な対価還元の仕組みや、AI学習からのオプトアウト制度の導入など、バランスの取れた制度設計が今後の課題となっています。また、AI生成物の著作物性や責任の所在など、現行法の枠組みでは対応が難しい課題についても、新たな法的アプローチの検討が進められています。
第7章:著作権制度の将来と課題
1. デジタルコンテンツの保護と利用のバランス
著作権制度の根本的な課題は、創作者の権利保護と、社会全体による著作物の円滑な利用・流通のバランスをいかに実現するかという点にあります。デジタル技術とインターネットの発展により、このバランスの実現はより複雑な課題となっています。
デジタルコンテンツの特性として、①完全複製が容易、②瞬時かつ広範囲に拡散可能、③改変・編集が簡単、④原本と複製の区別がつかない、といった点が挙げられます。こうした特性は、著作物の利用・流通を促進する一方で、権利者のコントロールを困難にしています。
この課題に対して、大きく分けて二つのアプローチが存在します。一つは「権利強化アプローチ」で、DRM(デジタル著作権管理)やコピーガードなどの技術的保護手段の導入、法的規制の強化によって権利者のコントロールを維持・強化する方向性です。もう一つは「利用円滑化アプローチ」で、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスのような柔軟なライセンス体系や、権利制限規定の拡充によって著作物の利用・流通を促進する方向性です。
日本ではこれまで、両方のアプローチを組み合わせた制度改革が進められてきました。権利強化の側面では、2012年の違法ダウンロード刑事罰化、2020年の侵害コンテンツへのリーチサイト規制などが実施されました。一方、利用円滑化の側面では、2018年の「柔軟な権利制限規定」の導入、リンク・スニペット表示に関する2023年の権利制限規定の整備などが行われています。
今後の課題としては、①技術の進歩に対応した制度の柔軟性確保、②国際的な調和と国内制度の独自性のバランス、③権利者と利用者の対話の促進が挙げられます。特に重要なのは、技術的・法的手段による保護と、著作物の社会的価値を最大化するための利用促進とのバランスを適切に設計することでしょう。
また、デジタルプラットフォームの台頭により、著作物の流通・消費形態が大きく変化している点も重要です。音楽配信サービスや動画配信プラットフォームなど、大規模プラットフォームを通じた著作物利用が一般化する中で、権利者への適切な対価還元の仕組みや、プラットフォーム事業者の責任範囲の明確化も重要な課題となっています。
2. クリエイターの権利保護強化の動き
声の保護
「声」の保護は、AI技術の発展によって特に重要性が増している領域です。前述の通り、声そのものは著作権法上の保護対象とはなりませんが、実演家の著作隣接権やパブリシティ権などの枠組みで一定の保護が図られてきました。しかし、AI音声合成技術の発達により、少量のサンプル音声から本人そっくりの音声を生成できるようになり、権利保護の枠組みの再検討が求められています。
2023年にかけて、声優や俳優などの職能団体から「声の権利」の法的保護を求める声が高まりました。日本の声優業界団体が2023年に実施した調査では、267名もの声優が自身の声の無断使用の被害を報告しており、この問題の深刻さが浮き彫りになっています。
法的対応としては、以下のような方向性が検討されています:
- 声の肖像権の確立:日本俳優連合(JAU)は2023年6月に「生成AI技術の活用に関する提言」を発表し、「声の肖像権」という概念の確立を求めました。これは顔写真等に関する肖像権と同様に、個人の声を人格的利益として保護する考え方です。
- 不正競争防止法による保護:2025年4月に参議院で示された政府見解では、声優や俳優の声が「商品等表示」として不正競争防止法上の保護対象となり得ることが示されました。これにより、声優の声をAIで模倣した商品販売などについて、法的措置を講じる可能性が開かれています。
- 契約・ライセンスの整備:権利者団体は、AI学習データとしての音声利用に関する明確な契約・許諾の仕組みを求めています。明示的な同意なく声を学習データとして利用することへの規制が検討されています。
- 特別立法の可能性:米国テネシー州では2023年に通称「エルビス法」が成立し、声を含む個人の特徴を本人の許可なく生成・使用することを包括的に禁止する規定が設けられました。日本でも同様の特別立法の可能性が議論されています。
これらの動きは、従来の著作権法の枠組みにとらわれない、新たな権利保護のアプローチを模索するものです。今後は、「声」という個人のアイデンティティと結びついた要素をどう保護するか、著作権法、人格権法、不正競争防止法などを組み合わせた総合的なアプローチが発展していくと考えられます。
絵柄・作風の新たな保護可能性
「絵柄」や「作風」も、AI技術の発展によって保護の在り方が問われている領域です。従来、特定の画家や漫画家の作風・画風は著作権の保護対象外とされてきましたが、生成AIによる「画風模倣」の精度向上により、新たな法的対応の必要性が指摘されています。
現状の法的枠組みでは以下のようなアプローチが考えられています:
- 商標法・不正競争防止法によるアプローチ:特定の絵柄や作風が「商品等表示」として認知されている場合、それを模倣した商品販売は不正競争行為として規制される可能性があります。イッセイミヤケの「BAOBAO」バッグの模倣を巡る裁判(東京地裁、2019年6月18日)では、特徴的なデザインの模倣が不正競争防止法違反と判断されました。
- 人格権的アプローチ:画風や作風は作家の人格と密接に結びついているという視点から、明らかな作風模倣を人格権侵害として捉える可能性も議論されています。ただし、現状ではこのアプローチは法的に確立していません。
- 著作権法の解釈の拡張:「江差追分事件」(最高裁平成13年6月28日判決)で示された「表現上の本質的な特徴」という概念を拡張解釈し、作風の模倣も著作権侵害と評価する可能性も理論上は考えられますが、現状ではハードルが高いと言えます。
- 契約・ライセンスによるアプローチ:特定の作家の作品をAI学習データとして利用する際の許諾・契約の仕組みを整備することで、事前に画風模倣のリスクをコントロールする方法も検討されています。
これらに加えて、文化庁が2024年3月に発表した「AIと著作権に関する一般的な理解」では、AIに特定の著作物の創作的表現を再現させる意図を持って利用する場合は、著作権法第30条の4の適用外となる可能性が示唆されています。これは間接的に、「画風模倣」を目的としたAI学習に一定の制限を課す解釈とも言えます。
今後の課題としては、①模倣と創作的影響の境界をどこに引くか、②AIによる画風模倣と人間による模倣をどう区別するか、③国際的な制度調和をどう図るか、などが挙げられます。これらの課題解決に向けて、著作権法の枠組みにとらわれない、新たな法的保護の可能性が検討されることになるでしょう。
3. 著作権集中管理と利用円滑化
デジタル時代の著作権管理において、著作権集中管理団体の役割はますます重要になっています。集中管理団体は、多数の権利者から著作権等の管理を委託され、利用者に対して許諾やライセンス提供を行う組織です。日本では、音楽分野のJASRAC、文芸分野の日本文藝家協会、視覚芸術分野のJVAADなど、分野ごとに様々な団体が活動しています。
著作権集中管理の意義は以下の点にあります:
- 取引コストの削減:個々の権利者と利用者が直接交渉する場合の膨大な取引コストを削減し、著作物の利用を促進します。
- 権利者への適切な対価還元:使用実績に基づいて使用料を分配することで、権利者に適切な対価を還元する仕組みを提供します。
- 利用ルールの標準化:標準的な利用条件・使用料規程を設定することで、著作物利用の透明性・予測可能性を高めます。
近年の動向として特筆すべきは、2022年に施行された「改正著作権等管理事業法」です。この改正では、集中管理団体が管理する著作物の情報をデータベース化・公開する義務が強化され、利用者が権利情報を容易に確認できる環境整備が進められました。また、管理事業者間の協力促進や、分配ルールの透明化なども図られています。
デジタル時代における著作権集中管理の新たな課題としては、以下の点が挙げられます:
- 権利処理の迅速化・効率化:膨大な量のデジタルコンテンツに対応するため、AIやブロックチェーン技術を活用した権利処理システムの構築が進められています。
- 拡大集中許諾制度の検討:権利者不明著作物(孤児著作物)の利用円滑化のため、北欧諸国で採用されている「拡大集中許諾制度」(管理団体の許諾が非会員の権利者にも及ぶ制度)の導入が検討されています。
- プラットフォーム事業者との関係:YouTubeなどのプラットフォームにおける著作物利用に関する集中管理の在り方や、使用料の適正な設定方法が課題となっています。
- 国際的な権利管理の協調:国境を越えたデジタルコンテンツ流通に対応するため、各国の集中管理団体間の連携強化が進められています。
今後の方向性としては、技術を活用した権利処理の効率化と、多様な利用形態に柔軟に対応できる管理スキームの構築が重要です。例えば、JASRACは2019年からブロックチェーン技術を活用した権利情報管理の実証実験を行っており、今後もこうした技術革新によって著作権集中管理の高度化が進むと考えられます。
また、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスのような標準的なオープンライセンスの活用や、権利者が利用条件を柔軟に設定できるプラットフォームの整備なども、著作物の利用円滑化に寄与する取り組みとして注目されています。著作権集中管理のこうした進化が、デジタル時代における創作のインセンティブと利用の円滑化の両立に貢献することが期待されます。
4. 国際的調和と日本法の方向性
著作権法は国ごとに異なる法律ですが、デジタル時代の著作物は国境を越えて流通するため、国際的な調和の重要性が増しています。一方で、各国の文化的背景や産業構造の違いから、完全な統一は困難であり、一定の多様性も尊重されるべきです。
国際的調和と日本法の方向性に関する主な課題は以下の通りです:
- 国際条約への対応:日本はベルヌ条約、TRIPS協定、WIPO著作権条約などの国際条約に加盟しており、これらの条約上の義務を履行する必要があります。特に、TPP協定(現CPTPP)や日EU経済連携協定(EPA)などの近年の貿易協定では、著作権保護の強化が求められており、日本はこれに対応して保護期間の延長(50年→70年)や非親告罪化の拡大などを実施しました。
- 主要国の制度改革との調和:米国のフェアユース規定、EU著作権指令(特にDSM指令第15条・第17条)、英国の拡大集中許諾制度など、主要国の制度改革が日本に与える影響も大きな課題です。日本は2018年改正で「柔軟な権利制限規定」を導入しましたが、これは米国型フェアユースではなく、日本の法体系に合わせた「日本型フェアユース」と言えるものでした。
- アジア諸国との関係:日本はアジア地域で比較的早くから著作権制度を整備してきた国ですが、近年は韓国やシンガポールなどが先進的な法改正を行っており、逆にこれらの国から学ぶべき点も増えています。また、アジア地域全体の著作権保護レベルの向上は、日本のコンテンツ産業にとっても重要な課題です。
- AI・データ駆動型社会への対応:AI開発のための著作物利用などについて、日本は著作権法第30条の4という先進的な権利制限規定を設けていますが、この分野ではEUのテキスト・データマイニング例外や米国のフェアユース解釈なども参考にしつつ、国際的に競争力のある制度設計が求められています。
今後の日本の著作権法の方向性としては、以下の点が予測されます:
- 国際的調和を基本としつつ、日本の特性に合わせた独自の制度発展:国際条約の枠組みを尊重しながらも、日本のコンテンツ産業の特性(マンガ・アニメ産業の重要性など)を踏まえた独自の発展が期待されます。
- 技術中立的な法制度と柔軟な権利制限規定の発展:技術の急速な変化に対応するため、特定の技術に依存しない原則ベースの規定と、利用実態に応じた柔軟な権利制限規定の組み合わせが進むでしょう。
- 新しい権利保護の枠組みの探索:声や絵柄・作風など、従来の著作権の枠組みでは十分に保護されない創作的要素について、新たな保護の枠組みが模索されると考えられます。
- アジア地域でのリーダーシップ発揮:日本は成熟したコンテンツ市場と著作権制度を持つ国として、アジア地域での制度調和に積極的な役割を果たすことが期待されます。
日本の著作権法は、グローバルなスタンダードに沿いつつも、日本の文化的・産業的特性に適合した独自の発展を遂げてきました。今後も、国際的調和と国内事情のバランスを取りながら、デジタル時代・AI時代に適した著作権制度の構築が進められるでしょう。
5. 最新の法改正や裁判例
2023-2024年の最新動向
2023年著作権法改正(令和5年法改正):2023年5月に成立し、2024年1月1日に施行された著作権法改正では、主に以下の3点が改正されました。(1)著作物の利用に関する新たな裁定制度の創設、(2)立法・行政における著作物の公衆送信等を可能とする措置、(3)海賊版被害等の実効的救済を図るための損害賠償額の算定方法の見直しです。
特に損害賠償額の算定方法の見直しは、海賊版サイト等による被害が深刻化していることを受けた改正で、特許法に倣って著作権者の保護を強化する内容となっています。具体的には、権利者の販売能力を超える部分についても、ライセンス料相当額を損害賠償額に含めることができるようになり、侵害があったことを前提とした対価を裁判所が考慮できることが明確化されました。
また、2021年の著作権法改正(令和3年改正)に基づき、2023年6月1日には図書館等による図書館資料の公衆送信が可能となる規定が施行されました。これにより、調査研究を行う利用者は、自宅などから図書館の資料をメールで受け取ることが可能になり、利便性が大きく向上しています。
画風模倣に関する国際的裁判例:AI時代の著作権問題として注目される「画風模倣」については、国際的にいくつかの重要な裁判例が出始めています。
中国では2024年2月、広州インターネット法院が画像生成AIにより生成された画像について、生成AIサービスの提供事業者による著作権侵害を認める判決を下しました。この判決は、AIが生成した「ウルトラマン」の画像が著作権を侵害するとして、AI企業に対して損害賠償と画像生成・配信停止を命じた、世界的にも注目すべき判例となりました。
一方、米国では2024年8月、Stable DiffusionやMidjourney等の画像生成AI企業に対する著作権侵害訴訟において、一部の主張が認められる判断が下されました。この訴訟では、アーティスト集団が自分たちの作品がAIの学習データとして無断使用されたと主張していましたが、裁判所はデジタルミレニアム著作権法違反の訴えなどを棄却する一方、著作権侵害の訴えについては今後の審理対象となることを認めました。
声の権利に関しても、2024年5月には声優がAIスタートアップ企業を相手取り、無断で自身の声を複製・販売されたとして、ニューヨーク連邦裁判所に訴訟を提起するなど、新たな展開が見られます。
画像生成AIに関する米国の裁判例では、「Stable Diffusionの出力する画像が原告の過去の作品と全く同じか、あるいは酷似していない限り、著作権の侵害には当たらない」との判断も示されており、伝統的な著作権法の枠組みをAI時代にどう適用するかについての議論が続いています。
これらの国際的な裁判例は、日本の著作権法制にも影響を与える可能性があり、今後の動向が注目されます。画風や声などの模倣に関する国際的な法的解釈の形成は、AI時代の著作権保護のあり方を考える上で重要な指針となるでしょう。
6. 総括と提言
総括:デジタル時代における著作権制度の課題
著作権制度は、創作のインセンティブと文化の共有・発展という二つの目的の調和を図る制度として発展してきました。デジタル技術とインターネットの普及、そして近年のAI技術の急速な発展は、この調和の実現をより複雑な課題としています。
日本の著作権法は、明治時代以来の長い歴史の中で、国際的な潮流を取り入れながらも日本独自の発展を遂げてきました。特に、1970年の現行法制定以降は、技術の変化や国際的な要請に対応するため、数十回にわたる改正が行われてきました。
現在、著作権制度は以下のような根本的な課題に直面しています:
- 著作物の創作・流通・消費形態の変化:誰もが創作者にも利用者にもなれるデジタル環境において、権利保護と利用円滑化のバランスをどう図るか。
- AIによる創作の位置づけ:AIによる生成物の著作物性や、AI学習データとしての著作物利用の法的位置づけをどう考えるか。
- 従来の法的枠組みを超える保護の必要性:声や絵柄・作風など、従来の著作権の枠組みでは十分に保護されない創作的要素をどう保護するか。
- 国際的調和と国内事情の均衡:グローバルな著作物流通の時代に、国際的な制度調和とそれぞれの国の文化的・産業的特性に応じた多様性をどう両立させるか。
これらの課題に対応するためには、著作権法だけでなく、不正競争防止法、人格権法、契約法など多様な法的アプローチの組み合わせと、技術・ビジネスモデルの革新が必要です。
提言:未来の著作権制度に向けて
今後の著作権制度の発展に向けて、以下の提言を行います:
- 権利保護と利用円滑化の両立を図る総合的アプローチの推進
- 権利制限規定の柔軟化と権利者への適切な対価還元の仕組みを両立させる制度設計
- 著作権集中管理団体の機能強化と透明性・効率性の向上
- クリエイティブ・コモンズなど柔軟なライセンス体系の普及促進
- AI時代に対応した新たな法的枠組みの構築
- AI学習データとしての著作物利用に関するガイドラインの明確化
- AIによる生成物の法的位置づけの明確化(創作者・権利者の認定、保護範囲など)
- 「声の肖像権」など、新たな権利概念の検討と制度化
- 技術を活用した権利処理・管理システムの構築
- ブロックチェーン技術等を活用した著作権情報データベースの整備
- デジタルフィンガープリント技術を活用した著作物の追跡・管理システムの構築
- AIを活用した権利処理の自動化・効率化
- 多様なステークホルダーの対話の促進
- 権利者、利用者、プラットフォーム事業者、技術開発者など多様な利害関係者の対話の場の設定
- 制度改革に関する透明性の高い意思決定プロセスの確立
- 国際的な政策対話の促進と調和のとれた制度設計
- 次世代のための著作権教育・啓発の強化
- デジタル環境における著作権リテラシーの向上に向けた教育プログラムの充実
- クリエイターのための権利保護・活用に関する情報提供の強化
- 一般市民への著作権制度の意義と基本原則の普及啓発
著作権制度は、創作者の権利を保護しつつ、文化の発展と社会全体の知的資産の豊かさを実現するための重要な社会的インフラです。デジタル時代・AI時代においても、この基本的な役割は変わりません。しかし、技術や社会の変化に応じて、制度のあり方は常に進化していく必要があります。
著作権制度の未来は、法律家や政策立案者だけでなく、クリエイター、利用者、技術者など多様なステークホルダーの対話と協力の中で形作られるものです。「創作のインセンティブ確保」と「文化の共有・発展」という著作権法の基本理念を尊重しながら、デジタル時代・AI時代に適した新たな制度設計に向けた取り組みが求められています。