※本記事は、Eric Topol氏(Scripps Research エグゼクティブ副社長)を司会者とし、Alison Noble氏(オックスフォード大学生医学工学教授、The Royal Society副会長兼外務幹事)、Fiona Marshall氏(ノバルティス生医学研究部門社長)、Pushmeet Kohli氏(Google DeepMind サイエンス部門副社長)をパネリストに迎えた「AI for Science Forum」の内容を基に作成されています。
フォーラムの詳細情報は https://www.youtube.com/watch?v=QK_UxXBflvY でご覧いただけます。本記事では、討論の内容を要約しております。創薬の加速から、クリーンエネルギー技術のための新材料設計まで、AIが科学者たちを支援し、世界の重要課題に取り組む新時代について議論されています。
なお、本記事の内容は発言者の見解を正確に反映するよう努めていますが、要約や解釈による誤りがある可能性もありますので、正確な情報や文脈については、オリジナルの動画をご視聴いただくことをお勧めいたします。また、Google DeepMindの詳細な情報については、公式サイト(https://deepmind.google/about/ )もご参照ください。
1. はじめに - AIによる科学の加速
1.1. 生命科学分野におけるAIの急速な発展
生命科学分野におけるAIの発展は、かつてない速度で進んでいます。Eric Topolは、特にデジタルバイオロジーやLarge Language Life Models(LLLM)の進展について、その速度の速さを強調しています。
具体的な例として、直近の重要な研究成果が相次いで発表されています。Science誌ではEvoが発表され、Nature誌ではHuman Cell Atlas Foundation Modelの発表が行われました。さらに、人間のメチロームモデルに関する複数の研究が短期間のうちに発表されています。
これらの発展は、従来の生命科学研究では見られなかったスピードで進んでおり、Topolは「私の人生でこのようなことは見たことがない」と述べています。これらの進展は生命科学の分野に限らず、バイオメディカルアプリケーション全般にわたって広がっています。これらの研究成果は、James氏とJennifer氏が既に指摘したように、バイオメディカル分野における応用の可能性を大きく広げるものとなっています。
人工知能の進展により、生命科学研究の速度と深さが劇的に変化しており、これまでの研究手法や理解の枠組みを超えた新しい発見が次々と生まれています。この急速な発展は、生命科学分野における研究手法の転換点となっていることを示唆しています。
1.2. パネリストの紹介
- Eric Topol(司会者)は、Scripps Researchのエグゼクティブ副社長です。生命科学分野におけるAIの急速な発展について深い知見を持ち、本フォーラムでは、デジタルバイオロジーやLarge Language Life Models(LLLM)の進展に焦点を当てた議論を主導しました。
- Alison Noble教授は、オックスフォード大学の生医学工学教授であり、The Royal Societyの副会長兼外務幹事を務めています。超音波イメージング分野での20年にわたるAI技術の発展を主導し、特にAIによる画像認識と診断支援の研究で顕著な成果を上げています。
- Fiona Marshallは、ノバルティスの生医学研究部門社長として、製薬業界におけるAIの実践的な応用を推進しています。新薬開発プロセス全般でのAI活用を主導し、特に新規ターゲットの同定から臨床試験の設計まで、幅広い領域でAIの実装を進めています。
- Pushmeet Kohliは、Google DeepMindのサイエンス部門副社長として、生物学、気象予測、材料科学など幅広い科学分野でのAI応用を統括しています。AlphaFoldやGraphCastなどの革新的なAIモデルの開発を指揮し、科学研究におけるAIの可能性を大きく広げています。
2. 各分野におけるAIの現状
2.1. 医療イメージング分野での革新
Eric Topol: AIによる医療イメージングの革新について、Alison、特に超音波診断分野での経験を共有してもらえますか?
Alison Noble: 私が取り組んでいる超音波イメージングの分野では、この20年間で劇的な変化が起きています。超音波診断は、人間にとってデータの取得や解釈が非常に難しい分野でした。特に物理学や音響パターンの理解が必要とされていました。
しかし、AIの登場により状況は一変しました。前提として大規模なデータセットが必要ですが、AIを活用することで、人間が見つけることが困難なパターンを超音波スキャンから発見できるようになりました。
さらに画期的な進展として、プローブの使用ガイダンスが実現しました。これは超音波診断における最も興奮させられる breakthrough の一つです。長期間のトレーニングを必要とせずに、デバイスの前面にAIガイダンスを組み込むことで、適切な使用方法を指示することが可能になったのです。
Eric Topol: 確かに、医療イメージング分野でのAIの貢献は目覚ましいですね。特に超音波診断の民主化という観点で、重要な進展だと考えています。
Alison Noble: はい、まさにその通りです。これらの技術革新により、専門家でなくても適切なガイダンスがあれば超音波診断を実施できるようになってきています。これは医療アクセスの向上という観点からも非常に重要な進展です。
2.2. 製薬研究開発での活用
Eric Topol: Fiona、製薬会社でのAIの活用について、具体的な事例を共有していただけますか?
Fiona Marshall: はい。ノバルティスの研究部門では、R&Dプロセス全体でAIを活用しています。特に新薬開発において、疾患の理解から始まる一連のプロセスでAIが重要な役割を果たしています。
まず、新規ターゲットの同定では、Cell Atlasやヒトゲノムデータなどのビッグデータを活用しています。人口データや疾患に関する情報を統合的に分析することで、より効果的な創薬ターゲットを見出すことができています。
次に、医薬品の開発段階では、小分子化合物の設計にAIを活用しています。特にAlphaFoldのような技術を用いて分子設計を行い、生物学的製剤の最適化やRNA編集戦略の立案も行っています。
重要な応用分野として予測毒性学があります。これにより、医薬品の安全性を事前に評価し、開発をより効率的に進めることができます。
Eric Topol: 臨床試験の設計にもAIを活用されているとのことですが、具体的にはどのような革新が起きているのでしょうか?
Fiona Marshall: はい、臨床試験の設計と実施は新薬開発の中で最も時間のかかる部分です。分子設計は比較的効率化が進んでいますが、市販薬にたどり着くまでには依然として10年程度かかっています。この期間の大部分は臨床試験の実施とデータ生成に費やされています。
そこで私たちは、AIを用いて世界中の人口統計データを分析し、特定の疾患を持つ患者の居住地、年齢、服用中の薬剤、関連する病院などの情報を活用しています。これにより、臨床試験のプロトコル作成時に様々なパラメータ(例えば30-50歳の女性で特定の薬剤を服用していない患者など)を最適化し、患者募集を大幅に加速することができています。従来3年かかっていた患者募集が6ヶ月程度で完了できるようになるなど、劇的な効率化が実現しています。
2.3. DeepMindの科学研究における成果
Eric Topol: Pushmeet、DeepMindの科学研究チームでは、様々な分野で革新的な成果を上げていますね。具体的な事例を共有していただけますか?
Pushmeet Kohli: 私が率いるサイエンスチームの成果を説明するのは非常に難しいほど、多岐にわたる進展がありました。まず生物学の分野では、Jamesが既に言及したAlphaFoldとAlphaMissenseの研究があります。私たちの本質的な目標は、ゲノムの解読です。つまり、DNAに何が符号化されているのかを真に理解することです。Jenniferが指摘したように、この理解が深まれば、私たちの研究活動は大きく加速されるでしょう。
生物学以外の分野でも、あらゆる領域で変革が起きています。例えば、Jamesが言及したGraphCastによる気象予測では、従来のスーパーコンピュータによるシミュレーションでは数日を要した予測が、単一のチップで1分以内に実行できるようになりました。これは複数の桁で効率が改善された革新的な成果です。
材料科学の分野では、グラフニューラルネットワークを用いた材料探索により、大きなブレークスルーがありました。これまで知られていた約3万個の安定な無機結晶に対して、私たちは220万個の安定な無機結晶の候補を発見し、そのうち40万個を昨年公開しました。科学者たちは、私たちが予測した候補材料の中から、高温超伝導体や高性能バッテリー用の新材料を既に発見しています。
Eric Topol: 構造生物学は以前、生命科学における物理学のような存在でしたが、AlphaFoldをはじめとする様々なモデルの登場で、そしてパンデミック時の活用でも、大きく変わりましたね。
Pushmeet Kohli: その通りです。生物学、構造生物学、ゲノミクス、タンパク質設計など、あらゆる科学分野で私たちが目にしているものは、これまでにない変革です。AIが科学研究の方法論自体を根本的に変えつつあるのです。
3. 科学者の役割の変化とAIの影響
3.1. 科学的再現性と信頼性の確保
Eric Topol: AIの急速な発展に伴い、科学的な再現性と信頼性の確保について、どのようにお考えですか?
Alison Noble: 私たちは今、非常に速いペースで進んでいますが、慎重になるべき点があります。「科学者」という概念自体が変化しており、これについて立ち止まって考える必要があります。私たちが発行したレポートでは、AIの科学者と様々な分野の科学者の両方に話を聞きましたが、これは多くの人々の懸念事項となっています。
最も基本的な問題として、再現性の課題があります。会議の冒頭のスライドにもありましたが、かつての科学者たちは一つのテーブルを囲んで実験手順を確認し合っていました。このような基本原則は今でも変わっていません。私たち科学コミュニティは、結果を公表する際に、それが確実に信頼できるものであることを確認する必要があります。
Eric Topol: データの公開性と機密性のバランスについては、どのようにお考えですか?
Alison Noble: 私は意図的に「オープンネス(開放性)」という言葉を使用しています。なぜなら、全てを公開することはできないからです。医療分野では、データは多くの場合機密性が求められます。しかし、それは異なる形での公開方法を考える余地がないということではありません。
一部のコミュニティでは、データを公開できない場合、評価方法をより厳密に記述することを要求しています。これは科学者としての責任であり、AI時代における研究発表の方法を再考する必要があります。また、全ての科学者がAIの専門家というわけではなく、手法を理解できるとは限りません。そのため、基礎科学者がAIの出力を信頼できるようにするための教育も重要です。
さらに、AIはヒューマンエラーとは異なる形でエラーを起こす可能性があります。これらの意味と影響についても、より深く理解する必要があります。素晴らしい初期の成果は出ていますが、科学コミュニティとして、これらの課題についてより深く理解を進める必要があるのです。
3.2. 研究チーム構造の変革
Eric Topol: Fiona、ノバルティスでは研究チームの構造にどのような変化が起きているのでしょうか?
Fiona Marshall: 私たちの最優先事項の一つは、全ての研究者がAIを受け入れられるようにすることです。「ヒューマン・イン・ザ・ループ」という考え方を重視し、新しいアプローチを全員が活用できるようにしています。
具体的な取り組みとして、AIツールをより使いやすくし、誰もが直接的な利点を感じられるようにしています。しかし、より重要な変革は研究室の階層構造の変更です。従来は、実験室の科学者がデータを生成し、それをデータサイエンティストが分析してフィードバックするという流れでした。論文の著者順も、この順序を反映していました。
しかし現在では、データサイエンティストを研究室の責任者として配置するケースも出てきています。彼らは計算手法の専門家として、実験手順や実験自体を指示する立場になっています。これにより、データの考え方や活用方法に対する研究者の意識が大きく変わってきています。
Eric Topol: それは大きな組織文化の変革ですね。
Fiona Marshall: はい。このアプローチは組織全体の変革を促進する最も効果的な方法だと考えています。データサイエンティストがリーダーシップを発揮することで、組織全体のデータに対する考え方や活用方法が根本的に変わってきているのです。これは単なる役割の変更ではなく、研究開発の方法論自体を変革することにつながっています。
Alison Noble: 私からも補足させていただきますと、アカデミアでも同様の変化が起きています。従来の競争的な個人研究から、より協調的なチーム研究への移行が求められています。これは文化的な大きな変革であり、特に若手研究者のキャリア形成という観点で、新しい評価や報酬の仕組みを考える必要が出てきています。
3.3. AIシステムの自律性と安全性
Eric Topol: Pushmeet、AIシステムの自律性と安全性について、DeepMindではどのように対応されていますか?
Pushmeet Kohli: AIシステムには2つの側面があります。一つはツールとしてのAI、もう一つは自律的なシステムとしてのAIです。ツールとしてのAIは非常に強力で、ユニークな予測を行うことができます。しかし、Alisonが指摘したように、AIがいつ正しく、いつ間違っているのかを理解することが極めて重要です。
AlphaFoldの真のブレークスルーは、単にタンパク質構造の予測が高精度だったことだけではありません。予測が正しくない場合、それを正確に示すことができた点も重要な成果でした。AlphaFoldの予測不確実性は非常に良く調整されており、これによってユーザーは、このツールをいつ信頼できるか、いつ信頼すべきでないかを判断できるのです。
Eric Topol: 大規模言語モデル(LLM)との違いについても触れていただけますか?
Pushmeet Kohli: はい。これは全ての機械学習モデルに当てはまるわけではありません。LLMの場合、幻覚を起こすことがあり、最大の課題は、それが幻覚なのか、それとも驚くほど直感的で深い洞察なのかを判断できない点にあります。
もう一つの重要な側面は、AIシステムをより自律的に使用する場合です。例えば、私たちの核融合プロジェクトや天文学プロジェクトでは、人間が設計していない方法でプラズマ構成を安定化させるコントローラーを使用しています。これは機械学習によって獲得された能力です。
このようなシステムで作業する人々は、安全性の影響を非常によく認識しています。彼らは、これらのモデルの分布外一般化の挙動を理解したいと考えています。そのため、検証が極めて重要です。システムに自律性を与える場合、その限界を理解し、適切にサンドボックス化し、適切にテストする方法を理解する必要があります。システムが誤動作する可能性のある様々なケースをどのようにテストし、実証するかということが重要になってきます。
Eric Topol: つまり、ツールとしての側面と自律システムとしての側面の両方で、適切な検証と制御が不可欠ということですね。
Pushmeet Kohli: その通りです。コミュニティ全体が、そして私たちもこれらの課題に積極的に取り組んでいます。安全性の確保と効果的な活用の両立が、今後ますます重要になってくるでしょう。
4. データに関する課題
4.1. 質の高いデータセットの重要性
Eric Topol: ジョン・ジャンパーと昨晩話をしていたのですが、Helen BermanとProtein Data Bankがなければ、AlphaFoldは存在しなかったでしょう。高品質なデータセットの重要性について、皆さんの見解をお聞かせください。
Pushmeet Kohli: インテリジェンスは真空の中からは生まれません。それは何らかの原材料、つまり経験から生まれるものです。その経験は、研究室で科学者が収集したデータの形を取る場合もあれば、シミュレーションとの相互作用を通じて得られる場合もあります。
AlphaFoldの成功は、Protein Data Bank(PDB)の質の高さに大きく依存していました。しかし、他の分野のデータセットでは、必ずしも同じ品質水準が保たれているわけではありません。この点で、テストセットの重要性は非常に高いと考えています。
Eric Topol: CASPの役割についても触れていただけますか?
Pushmeet Kohli: はい、AlphaFoldの成功には、PDBという素晴らしいデータセットに加えて、CASPという重要な評価基準がありました。CASPは、私たちの進捗を追跡し、現在知られていない構造に対する予測能力(分布外一般化)を評価する上で、非常に優れた指標となりました。
Alison Noble: 医療分野では、データの質と信頼性の確保が特に重要です。データの標準化や品質管理に加えて、適切な評価方法の確立も必要です。特に、AIモデルが臨床現場で使用される場合、その信頼性は文字通り生命に関わる問題となります。
Fiona Marshall: 製薬業界の視点からも、データの質は極めて重要です。特に予測モデルを開発する際、入力データの質が直接的に結果の信頼性に影響します。そのため、私たちは社内データの品質管理に多大な投資を行っています。また、可能な場合はデータを共有し、業界全体でのデータ品質の向上に努めています。
4.2. シミュレーションと合成データの活用
Eric Topol: シミュレーションや合成データの活用について、特に生命科学分野では慎重な意見もありますが、Pushmeet、DeepMindではどのようにアプローチされていますか?
Pushmeet Kohli: シミュレーションと実験データの組み合わせは非常に重要な戦略です。私たちは高精度のシミュレーションを活用して、モデルに多くの直感を与えることができます。例えば、核融合プロジェクトや物理モデルの開発では、シミュレーションデータを広範に使用しています。
実験データも同様に重要です。PDBやAlphaMissenseでの研究のように、実際の実験データは非常に重要な役割を果たしています。さらに、第三の要素として合成データがあります。これは、ラベルのないデータに対して予測を行い、それらの予測を用いてモデルを訓練する蒸留という概念です。
Eric Topol: 合成データの信頼性についてはどのように担保されているのでしょうか?
Pushmeet Kohli: 重要な点は、正しい予測が直感的な理解を与え、誤った予測は除外されるという期待のもとでこれを行っていることです。しかし、これは時として希望的観測になる可能性があります。そのため、非常に純粋で確実なテストセットを持つことが極めて重要です。このテストセットが、私たちが本当に進歩を遂げているという事実を確認する基盤となります。
Fiona Marshall: 製薬業界の視点から補足させていただくと、特に予測毒性の分野では、過去の実験データとシミュレーションを組み合わせることで、より信頼性の高い予測モデルを構築できています。ただし、最終的な安全性評価では、必ず実際のデータによる検証が必要です。シミュレーションや合成データは、初期スクリーニングや仮説生成の段階で特に有用だと考えています。
4.3. データ共有とパートナーシップの重要性
Alison Noble: 従来のアカデミアでは、研究者が自分の小さな研究室で独立して作業し、世界中の他の研究者と競争するのが一般的でした。しかし、AIという新しいツールの登場により、データを活用して問題に答えるためには、突然、誰もが協力しなければならなくなりました。これは特定の分野では非常に困難な課題となっています。
イノベーションを促進するための競争と、パートナーシップをどのように管理するかのバランスを取る必要があります。また、アカデミアでは、報酬システムをどのように管理するかという課題もあります。従来の学術的な報酬システムは論文発表が基本でしたが、現在では1つの論文に20人、50人もの共著者がいることがあります。
Eric Topol: Fiona、製薬業界ではどのようなアプローチを取られていますか?
Fiona Marshall: 私たちは、特に予測的な安全性データに関して、業界全体でデータを共有することが重要だと考えています。例えば、げっ歯類での試験データのような何年もの歴史的データがあります。これらは大量のガラススライドとして保管されており、まさにAmazonの倉庫のようです。
私たちはDeciphexという企業とパートナーシップを組み、これらのスライドのデジタル化を進めています。彼らはアルゴリズムを開発し、他の製薬会社とも協力することで、業界全体の底上げを図ることができます。AlphaFoldのように、誰もがアクセスできることが重要だと考えています。
また、英国では最近、NHSデータを活用する「Our Future Health」というイニシアチブが始まり、わずかな期間で200万人以上の参加者を集めています。これは大学、NHS、製薬会社が協力する官民パートナーシップです。特に英国の利点は、NHSという一貫した医療システムがあり、疾病の命名法も統一されていることです。
Eric Topol: 確かに、英国のUKバイオバンクの15年間の追跡調査と55万人の参加者のデータは比類のないものですね。米国では公民連携への抵抗が大きく、このような迅速な発展は見られていません。
Alison Noble: はい、パートナーシップは重要ですが、同時に若手科学者のキャリア形成をどのように支援するかという課題もあります。チーム科学の中で、個人の貢献をどのように認識し、評価するのか。これは学際的研究における古くからの課題ですが、AIの時代においてより一層重要になっています。
5. 医療・製薬分野特有の課題
5.1. 規制対応におけるAIの活用
Eric Topol: Fiona、製薬業界では規制対応がしばしばボトルネックになると聞きますが、AIを活用した改善の取り組みについて教えていただけますか?
Fiona Marshall: 私たちは規制対応の効率化に向けて、AIを積極的に活用しています。具体的には、すべての規制当局からの質問と回答をデータベースにマッピングしています。これにより、規制文書を提出する際に、規制当局からどのような質問が来る可能性があるかを予測できるようになりました。
さらに重要なのは、一度質問を受けた後の対応です。過去に同様の質問が出されたことがあるかを検索し、どのような回答が承認につながったのかを分析することで、最適な回答を予測することができます。
Eric Topol: それは画期的ですね。新薬承認申請(IND)の作成にもAIを活用されているのでしょうか?
Fiona Marshall: はい、既にINDの作成においてもAIを活用しています。もちろん、人間による確認は必要ですが、AIによって大幅な効率化を実現しています。書類作成のプロセス全体がAI支援によって効率化されています。
Eric Topol: 文書の提出から承認までに時間がかかり、数十万ページに及ぶ書類の処理が必要になると聞きますが、その点での改善は見られていますか?
Fiona Marshall: その通りです。AIの活用により、従来は非常に時間のかかっていた規制対応プロセスが大幅に効率化されています。ただし、ここで重要なのは、AIはあくまでも支援ツールとして活用されており、最終的な判断は必ず人間が行うという点です。規制対応の質を維持しながら、プロセスを効率化することが私たちの目標です。
5.2. 臨床試験の効率化
Eric Topol: 臨床試験は新薬開発の大きなボトルネックとなっていますが、AIを活用した効率化についてはいかがでしょうか?
Fiona Marshall: 実は、臨床試験の実施と関連するデータ生成は、新薬開発プロセスの中で最も時間のかかる部分です。分子設計の効率化は進んでいますが、候補化合物から市販薬にたどり着くまでには依然として10年程度を要しています。この期間の大部分は、臨床試験の実施とデータ収集に費やされています。
そこで私たちは、AIを活用して臨床試験を革新的に効率化しています。まず、世界中の人口統計データを活用して、特定の疾患を持つ患者さんの詳細な情報を分析します。具体的には、患者さんの居住地、年齢層、服用中の薬剤、通院している医療機関などの情報です。
Eric Topol: その情報をどのように活用されているのでしょうか?
Fiona Marshall: これらのデータを用いて、臨床試験のプロトコル作成時に様々なパラメータを最適化することができます。例えば、「30歳から50歳の女性で、特定の薬剤を服用していない患者」というような条件を設定した場合、実際の患者募集にどの程度の期間が必要かを予測できます。
このアプローチにより、驚くべき効率化が実現しています。従来3年かかっていた患者募集が、わずか6ヶ月程度で完了できるようになりました。これは新薬開発のスピードを大幅に加速する可能性を持っています。
このように、AIを活用することで、適切な患者さんをより迅速に見つけ出し、より効率的に臨床試験を実施することが可能になっています。これは患者さんにとっても、より早く新しい治療法にアクセスできるという利点があります。
5.3. ヘルスケアの公平性向上
Eric Topol: 朝のビデオで医療格差の解消についての言及がありましたが、Alison、超音波診断の分野でのヘルスケアの公平性向上について、具体的な取り組みを教えていただけますか?
Alison Noble: はい。私たちは低コストの超音波プローブの開発に取り組んでいます。1,000ドル未満で提供可能な機器を目指しており、これにAIガイダンス機能を組み込むことで、専門的なトレーニングを受けていない人でも使用できるようにしています。
特に妊婦のケアでは、母親の腹部を超音波プローブでスキャンするだけで、AIが状況を判断し、潜在的な問題を検出できるようになってきています。しかし、これは単なる技術開発の問題ではありません。
私たちはケニアとインドで、このような技術の受容性に関する調査も実施しました。調査結果では、他の地域と同様に、ツールが確実に機能することを確認できれば、積極的に活用したいという回答が得られています。
Eric Topol: 医療従事者の役割についてはどのようにお考えですか?
Alison Noble: 私は「ワーカー・イン・ザ・ループ」という表現を好んで使います。なぜなら、プローブを持つ人が誰であれ、その人々に権限を与える必要があるからです。これは異なる能力レベルに応じた異なる説明方法や、異なる判断支援が必要になることを意味します。
例えば、トリアージのために使用する場合と、実際の診断決定に使用する場合では、システムの設計が異なってきます。まだ発展途上の分野ですが、非常に魅力的な可能性を秘めています。ただし、すべてが安全である必要があり、現場の作業者の理解と受容が普及の鍵となります。
これは医療アクセスの向上という観点から非常に重要な進展です。技術を民主化することで、専門家が不足している地域でも適切な医療サービスを提供できる可能性が広がっています。
6. AIの創造性と推論能力に関する議論
6.1. データ駆動型の発見と創造性の関係
Eric Topol: AIシステムの創造性と推論能力について、多くの議論がありますが、皆さんの見解をお聞かせください。これは単なる事前学習の結果なのか、それとも本質的な思考や推論の能力があるのでしょうか?
Alison Noble: 私の専門分野である超音波イメージングの観点からは、AIの「創造性」というのは、人間が見つけにくいデータ空間のパターンを発見する能力だと考えています。これを創造的と呼ぶかどうかは議論の余地がありますが、むしろ人間の脳が考えつかなかったデータ空間のモデリングだと理解しています。
Eric Topol: それは興味深い視点ですね。Pushmeet、DeepMindの観点からはいかがでしょうか?
Pushmeet Kohli: AIには異なるレベルの推論能力があると考えています。まず一つは非専門家レベルの推論で、これは私たち全員が行っているような知覚や物体認識のような基本的な推論です。AIがこれを実現できたことは大きなブレークスルーでした。
次に専門家レベルの推論があります。これは特定の分野で長年の経験を積んだ専門家が行うような高度な推論です。そして最も興味深いのは、AlphaFoldやAlphaMissenseのような、人間の専門家でも解決できない問題を解決できる推論能力です。
しかし重要なのは、これらの推論能力は入力可能な情報の範囲内でしか機能しないということです。もし感情を感じ取るような能力が必要な場合、そのためのインターフェースがなければ、その種の推論は不可能です。
Fiona Marshall: 医薬品開発の観点からは、確かにAIは驚くべきパターン認識と予測能力を示しています。しかし、例えばがんで苦しむ患者さんへの深い共感に基づく動機づけのような、人間特有の創造性の源泉については、まだAIには限界があると感じています。
6.2. 人間の共感と理解の重要性
Eric Topol: AIと人間の役割について、特に医療の文脈でどのようにお考えですか?人間にしかできない部分はありますか?
Fiona Marshall: はい。例えば、がんで苦しむ患者さんのことを考えると、その深い共感は人間にしかできないと考えています。患者さんへの深い理解と共感があるからこそ、新しい治療法を開発したいという強い動機が生まれます。このような感情的な理解と動機付けは、AIシステムには実現できないものだと思います。
Eric Topol: Alison、医療機器開発の立場からはいかがでしょうか?
Alison Noble: 私の分野では、AIは人間の能力を補完するものとして捉えています。例えば超音波診断では、AIが画像の解析や異常の検出を支援しますが、最終的な判断や患者さんとのコミュニケーションは医療従事者が担います。これは単なる役割分担ではなく、それぞれの強みを活かした補完関係だと考えています。
Pushmeet Kohli: そうですね。AIシステムはインターフェースで与えられた情報しか処理できません。人間の感情や状況の微妙なニュアンスを理解するためには、そのような情報を感知できるインターフェースが必要です。現状では、人間の共感能力や文脈理解能力には及びません。
Fiona Marshall: その通りです。特に医療の現場では、患者さんの言葉にならない不安や懸念を理解し、適切な対応をとることが重要です。このような繊細なコミュニケーションや感情的なサポートは、現在のAIシステムの能力を超えています。AIは医療の効率化や精度向上に大きく貢献できますが、人間の医療従事者の役割は今後も不可欠だと考えています。
6.3. AIの推論レベルの段階的進化
Eric Topol: Pushmeet、AIの推論能力の進化について、具体的にどのような段階を観察されていますか?
Pushmeet Kohli: AIの推論能力は大きく3つのレベルに分類できると考えています。まず、非専門家レベルの推論があります。これは知覚や物体検出、画像分類など、私たち人間が日常的に行っている基本的な推論です。AIがこのレベルの推論を実現できたことは、大きなブレークスルーでした。
次に、専門家レベルの推論があります。これは特定の分野で長年の経験を積んだ専門家が持つような専門的な推論能力です。例えば、特定の疾患の診断や、複雑な実験データの解析などが含まれます。
そして最も注目すべきは、人間の専門家でも解決できない問題を解決できる推論能力です。AlphaFoldやAlphaMissenseがその好例で、これらは人間の専門家が達成できなかったレベルの予測や発見を可能にしています。
Eric Topol: しかし、そこには制限もあるのではないでしょうか?
Pushmeet Kohli: はい、その通りです。重要な点は、これらの推論能力は、システムに入力できる情報の範囲内でしか機能しないということです。例えば、感情を感じ取るような能力が必要な場合、そのためのインターフェースがなければ、その種の推論は不可能です。入力インターフェースの制限が、AIの推論能力の限界を規定する重要な要因となっているのです。
このように、AIの推論能力は着実に進化していますが、それぞれのレベルで異なる課題と限界があることを理解することが重要です。将来的な発展の方向性を考える上で、これらの段階的な進化を正しく理解することが不可欠だと考えています。