※本記事は、ソフトバンク株式会社が2024年10月3日・4日に開催した法人向けイベント「SoftBank World 2024」における、代表取締役 社長執行役員 兼 CEO 宮川潤一氏の基調講演「AI共存社会に向けて ~ AIは仕事を奪うのか、創りだすのか」の内容を基に作成されています。 本講演は2024年11月10日にソフトバンク公式ビジネスチャンネル(YouTube)にて公開されており、詳細は https://www.softbank.jp/biz/services/ でご覧いただけます。本記事では講演内容を要約しておりますが、より正確な情報や文脈については、オリジナルの講演動画(再生時間:53分59秒)をご視聴いただくことをお勧めいたします。 なお、本記事の内容は原講演の意図を正確に反映するよう努めていますが、要約や解釈による誤りがある可能性があります。講演で示された見解や将来予測は、講演時点でのものであり、実際の結果は異なる可能性があることをご了承ください。
1. 歴史から学ぶテクノロジーの受容
1.1. イギリスの赤旗法の教訓
19世紀後半のイギリスで、自動車の普及を抑制するために制定された「赤旗法」についてお話しします。この法律では、自動車の前方50メートルの位置に赤旗を持った先導員を配置することが義務付けられました。人が歩く速度が時速4kmですから、実際の自動車の速度は時速3kmに制限され、先導員との間隔を50メートル保つことが求められました。
当時、馬車が主要な交通手段であった時代背景の中で、鉄道や馬車産業が自動車の台頭により仕事を奪われることへの不安から、この規制が制定されました。この規制は、イギリスの自動車産業の発展を大きく阻害することになりました。
この状況を変えようとしたのが、イギリスの貴族であるチャールズ・ロールズでした。彼はフランスを訪れた際に、自由に走行する自動車の様子を目の当たりにし、イギリスの現状に強い危機感を持ちました。ロールズは19歳の時にフランスからプジョーを持ち帰り、ロンドンで単独で乗り回しました。この様子を見た市民たちが自動車の可能性に気づき始め、規制撤廃を求める運動が起こりました。
その後、1896年にこの赤旗法は撤廃されましたが、この30年に及ぶ規制により、イギリスの自動車産業は大きく出遅れることとなりました。興味深いことに、このロールズという人物は後にフレデリック・ヘンリー・ロイスと出会い、二人で設立したのが現在の高級自動車メーカーとして知られるロールス・ロイス社です。
この歴史的教訓は、新しいテクノロジーに対する規制が、その国の産業競争力に長期的な影響を及ぼす可能性を示しています。現代のAI技術への向き合い方を考える上で、重要な示唆を与えてくれる事例だと考えています。
1.2. 自動車産業における規制の影響
この赤旗法による規制が、イギリスの自動車産業に与えた影響について詳しくお話しします。当時のイギリスは、いわゆる大英帝国と呼ばれ、世界の頂点に立っていた時代でした。その優位性は様々な指標に表れており、植民地を含めた領土は世界の4分の1を占め、世界の時価総額の半分をイギリスの企業が占めていました。また、最大の貿易大国としての地位も確立していました。
しかし、自動車産業に関してはこの世界的優位性が全く活かされませんでした。自動車の生産台数を市場シェアに換算すると、わずか2%に留まっていたのです。この結果は、30年にも及んだ赤旗法という規制が、イギリスの自動車産業の発展を大きく阻害したことを如実に示しています。
特に注目すべき点は、第一次産業革命はイギリスから始まったにもかかわらず、それ以降、イギリスが産業革命の中心になることは一度もなかったということです。たった一つの政策のミス、規制のミスが、国際競争における大きな遅れを生む結果となってしまいました。
この歴史的教訓は、現代の日本の自動車産業にも強い示唆を与えています。私は、現在の日本の自動車産業の状況に強い危機感を感じています。新しいテクノロジーに対する規制や消極的な姿勢が、かつてのイギリスのように、日本の産業競争力を損なうことにならないよう、私たちは歴史から学ばなければならないと考えています。
1.3. 馬車から自動車への移行期の社会変化
自動車の導入がもたらした社会変革について、あまり知られていない興味深い側面をお話しします。当時のイギリスでは、馬車を引く馬が5万頭もおり、これらの馬による環境負荷が深刻な都市問題となっていました。少し汚い話になりますが、馬1頭が1日に排出する廃棄物は20キロメートルにも及び、5万頭では1日あたり1000トンもの廃棄物が街中に落ちていた計算になります。
この量を具体的にイメージしていただくために計算してみますと、6レーンの25メートルプール5杯分の廃棄物が毎日街中に排出されていたことになります。自動車の普及により、この膨大な環境負荷から街が解放されたことは、当時の都市環境の改善に大きく貢献しました。
このように、新しい技術の導入は、当初は既存産業への脅威として捉えられがちですが、実際には予想もしなかった形で社会環境の改善をもたらすことがあります。馬車から自動車への移行は、単なる交通手段の変革だけでなく、都市の衛生環境を劇的に改善する結果となりました。
この歴史的な例は、現代のAI導入においても重要な示唆を与えてくれます。新技術の導入による変化を、単なる既存の仕事や産業への脅威としてではなく、社会全体をより良い方向に変革させる機会として捉えることの重要性を示しています。
2. 自動運転技術の現状比較
2.1. 米国のロボタクシーの展開状況
現代の自動車産業における技術革新、特に自動運転技術の現状について、まず米国の状況をご説明します。米国では、2017年にWaymoが自動運転の実証走行テストを開始しました。その後、2018年には実際の商用サービスを開始し、現在では3都市において1600台規模での運用を実現しています。
特に注目すべき点は、米国内での許可取得状況です。現在、50州のうち30州で自動運転の許可が既に取得されています。これは米国の全州の6割で自動運転が法的に認められているということを意味します。このような急速な展開と規制緩和により、米国では自動運転が新しい交通インフラとして着実に定着しつつあります。
これは、かつてのイギリスの赤旗法とは対照的な、技術革新を促進する規制のあり方を示しています。このような積極的な取り組みにより、米国は自動運転技術において世界をリードする立場を確立しつつあります。私は、この米国の展開スピードと規模感は、現代における技術革新の受容の好例として、日本も学ぶべき点が多いと考えています。
2.2. 中国の自動運転の普及状況
次に中国の自動運転の現状についてご説明します。中国では2020年にBaiduが自動運転サービスを開始し、現在では16都市でレベル4の自動運転が実証されています。私たちの社員に現地調査をさせた結果、その進展状況に驚かされました。
特に上海と北京の特区では、自動運転車両の比率が既に7割に達しています。実際、社員からのレポートによると、これらの地域ではハンドルを握って人が運転している車を見つける方が難しいという状況だったとのことです。正直なところ、このレポートを見て、中国がここまで進んでいることに愕然としました。
つまり、アメリカや中国では、自動運転がもはや特別なものではなく、当たり前の技術として社会に浸透しつつあるのです。このような急速な展開と普及は、両国が新しい技術を受け入れ、実装していく際のスピード感を如実に示しています。
私はこの状況を見て、日本の自動車産業の現状に強い危機感を感じています。技術革新のスピードと規模において、日本は既に大きな遅れを取っているのです。
2.3. 日本の実証実験の現状と課題
一方、日本の現状に目を向けると、自動運転の実証実験は昨年の2023年4月にようやく開始されたばかりです。現在の実証実験は4箇所でしか行われておらず、その走行距離を全て合計しても、わずか10キロメートルに過ぎません。
この状況を日本の道路総延長と比較すると、その規模の小ささが一層際立ちます。日本の道路総延長は128万キロメートルあり、実証実験区間はその0.001%にも満たないのが現状です。政府は2027年までに100箇所以上の実験区域を設定する目標を掲げていますが、現在の4箇所から25倍に増やしたとしても、まだまだ十分とは言えません。
これは、本当にこのスピード感で良いのかという深刻な問題を提起しています。日本の基幹産業である自動車産業の未来を考えると、私は強い危機感を覚えています。米国の30州、中国の16都市という展開状況と比較すると、日本の取り組みの遅れは明らかです。
このままでは、かつてのイギリスの赤旗法の二の舞になりかねません。日本の自動車産業の将来に向けて、より迅速かつ大規模な取り組みが必要不可欠だと考えています。
3. AIの進化と能力の評価
3.1. AI処理能力の指標(フロップス)
AIの進化と能力について、まず処理能力の観点からお話しします。人間の脳の処理能力を計算能力に換算すると、10の25乗から26乗のフロップスに相当すると言われています。この数値を基準に、現在のAIの処理能力を比較してみましょう。
去年の時点で、私はこの人間の脳のレベルに達するのは2025年頃ではないかと予想していました。しかし、直近の生成AIの進化は予想をはるかに超えるスピードで進んでいます。例えば、GPT-4は21ヨタフロップス、Geminiはそれを上回るヨタフロップス、そしてMetaが開発したLlama 3.1は38ヨタフロップスという処理能力を達成しています。
実は、私はもう既に人間の脳のレベルに達しているのではないかと考えています。最近登場したClaude AI(O1)は、おそらく10ヨタフロップスを超える処理能力を持っていると推測されます。このような急速な進化は、私たちの予測をはるかに上回るペースで進んでいます。
人間の脳の処理能力に匹敵する、あるいはそれを超えるAIの出現は、もはや遠い未来の話ではありません。このような技術の進化スピードを考えると、企業としてAIにどう向き合うかは、まさに今、真剣に考えなければならない課題だと認識しています。
3.2. AIのIQレベル評価実験
AIの能力をより具体的に理解するため、IQテストによる評価結果についてお話しします。まず、皆さんご存知の通り、IQテストは平均が100になるように設計されています。ちなみに、日本人の平均IQは110で、世界一という説もあります。また、東大生のIQは平均120とされています。
この指標を用いて、各AIモデルの能力を時系列で見ていきましょう。2023年3月にリリースされたGPT-4は、IQテストで80という結果を示しました。これは人類の上位90%のレベル、つまり100人中90番目に位置する程度の能力でした。その2ヶ月後の2023年5月にリリースされたGPT-4.5では、IQが90まで向上し、人類の上位75%のレベルに達しました。ただし、この時点ではまだ人間の平均値であるIQ100には届いていませんでした。
しかし、先月リリースされたClaude AI(O1)は、IQ120という結果を示しました。これは人類の上位10%に入る水準です。わずか5ヶ月という短期間で、AIの知能レベルがこれほどまでに向上したということは、驚くべき進化のスピードだと言えます。
このような急激な進化は、技術革新の新たな段階に入ったことを示唆しています。人間の平均的な知能レベルを超え、さらには東大生レベルの知的能力を持つAIの出現は、私たちの社会や企業活動に大きな影響を与えることは間違いありません。
3.3. GPT-4からClaude 3までの性能比較
AIの進化の速度について、より具体的な比較を通じてお話しします。5ヶ月という極めて短い期間で、AIは人類の知能レベルの上位10%に到達しました。このペースで進化が続くと、人類の上位1%に当たるIQ135への到達は、数ヶ月から1年以内には確実に実現するだろうと予測しています。
AIの能力を歴史上の著名な知性と比較してみましょう。アインシュタインのIQは諸説ありますが、190という説が有力です。このレベルの知性は、8億人に1人の割合でしか出現しないと言われています。現在の世界人口が82億人ですから、アインシュタインクラスの知性は現代に10人ほど存在する計算になります。
さらに、レオナルド・ダ・ヴィンチは200から220のIQを持っていたとされています。IQ200は600億人に1人の割合、つまり数十年に1人しか生まれない水準の知性です。実際、世界最高のIQ記録は、アメリカのマリリンさんの228とされています。
しかし、AIの進化はこれらの数値をも超えていく可能性があります。先日の孫さんのプレゼンにもありましたように、AGI(汎用人工知能)は全人類の知能の10倍、ASI(超人工知能)は1万倍の能力を持つと予測されています。仮にダ・ヴィンチのIQ200をAGIと同レベルとすると、ASIはその1万倍、つまりIQ200万という想像を超えた知能レベルに達する可能性があります。このような人間では理解できない領域にAIが向かい始めているのではないかと考えています。
4. 日本企業のAI活用の現状
4.1. グローバル比較における日本の位置づけ
ここからは、日本のAI活用の現状について、具体的なデータに基づいてお話ししたいと思います。31カ国の先進国におけるビジネスでのAI活用率を比較した調査結果をご覧いただきたいと思います。
世界中ではAIの進化に合わせて活用が一気に拡大してきており、この半年間で世界平均は40%から75%まで急上昇しています。しかし、日本は残念ながら32%に留まっており、31カ国中で最下位という結果となっています。
さらに深刻なのは、総務省が最近発表した個人のAI利用率のデータです。日本では個人レベルでのAI活用率がわずか9%という状況です。世界平均と比較すると、その差は歴然としており、日本は圧倒的に遅れをとっている状況です。
この状況は、かつてのイギリスの自動車産業が直面した課題と似ています。技術革新の波に乗り遅れることで、競争力を失っていく可能性が高いと私は危惧しています。世界と日本の間で広がりつつあるこの格差は、早急に対処すべき課題だと考えています。
4.2. 経営者のAIに対する姿勢調査
世界のビジネスマンを対象に生成AIに対する期待度についてのアンケート調査を実施したところ、日本の特異な状況が浮き彫りになりました。調査結果は、上段に生成AIの効果を信じている人の割合、下段にAIを不安に見ている人の割合を示していますが、日本は世界で唯一、不安を感じている人が多数派となっています。つまり、世界で最もAIに消極的な国であると言えます。
なぜ日本がこれほど消極的なのか、その理由を詳しく分析してみました。生成AIに消極的な理由として、1位が「必要性を感じない」、2位が「使い方・利便性に不安がある」、3位が「情報の正確性に不安がある」、4位が「特に理由はない」という結果でした。
これらの回答を見て、私は2008年、iPhoneが日本に上陸した時の状況を思い出しました。当時、同じような調査を行ったところ、1位の理由が全く同じ「必要性を感じない」だったのです。私たちがiPhoneを販売し始めた時も、競合他社から批判されたり、ユーザーアンケートでも本当に必要なのかという声が圧倒的に多かったことを覚えています。
このような新しい技術に対する保守的な姿勢、特に経営層の消極的な態度は、日本企業の競争力に大きな影響を与える可能性があります。AIに対する不安や懐疑的な反応は、かつてのiPhone導入期と同様のパターンを示しており、この状況を打破しない限り、日本企業は世界的な競争で更なる遅れを取ることになるでしょう。
4.3. AI活用目的の違い(効率化vs価値創造)
世界と日本のAIに対する根本的な捉え方の違いについてお話しします。実際の企業調査データを見ると、その違いは明確です。AIを活用できていないと自己評価した企業に「AIを使って実現したいことは何か」と質問すると、70%以上が「業務の効率化」と答えています。
一方で、AIを活用して成果を出している企業の半数以上は、「新たな価値を生み出す原動力として活用している」と回答しています。つまり、世界ではAIを競争力を強化するための武器として捉えているのに対し、日本では単なる業務効率を上げるツールとして考えている経営者が圧倒的に多いのです。
この認識の違いが、AIの活用成果の差となって表れています。そもそものAIの捉え方が、海外勢と日本では大きく異なってきており、世界は守りではなく攻めのAI活用にどんどんシフトしているのです。
この状況は、かつてのイギリスの自動車産業の例と同様、技術革新への向き合い方が国の競争力を左右する重要な分岐点になると考えています。日本企業がAIを単なる効率化ツールとしてではなく、新たな価値を創造するための戦略的資源として捉え直す必要があります。このままでは、効率化と価値創造の違いが、今後の企業間の競争力格差としてさらに拡大していくことは避けられないでしょう。
5. AI時代における企業戦略
5.1. 守りのAI活用と攻めのAI活用の違い
AI活用の方向性について、実際の開発プロジェクトを例に取って説明させていただきます。多くの企業で見られる「守り」のAI活用とは、既存の業務の大半をAIに置き換えていくという考え方です。こうした企業では、AIの活用自体が目的となってしまい、結果として「AIに仕事を奪われてしまう」という不安を抱える従業員が増えてしまいます。
一方、「攻め」のAI活用とは、AIを活用して開発プロジェクト全体を拡大し、社員一人一人の能力を拡張していく approach です。たとえば、一人の社員が持つ6つの業務能力があるとすれば、AIをうまく活用することで、その社員は自分の能力の範囲を超えて、より多くの業務をカバーできるようになります。
つまり、「攻め」のAI活用の本質は、企業の事業領域を拡張し、新たな価値を生み出すことにあります。従業員が成長して価値を生み出していくスピードは、従来は緩やかな曲線を描いていましたが、AIという道具を身につけることで、圧倒的なスピードで新たな価値を創出できるようになります。
結局のところ、AIをうまく使いこなせる社員がどれだけいるかが、企業の競争力に直結してくるのです。世界のAI先進企業と呼ばれる企業は、すでにこのアプローチを進めています。Microsoft等はその好例と言えるでしょう。我々経営者は、AIを単なる業務効率化のツールではなく、新たな経営資源の中心として位置づけ、戦略的に活用していく必要があります。
5.2. 人材の能力拡張としてのAI活用
新サービスの開発プロジェクトを例に、AIによる人材の能力拡張について具体的にお話しします。例えば、市場分析や事業計画の策定を担当する社員がいるとして、その社員が6つの業務能力を持っているとします。従来の考え方では、その社員の業務の大半をAIに置き換えていくことをAI活用の目標としがちでした。
しかし、真の意味でのAI活用とは、社員の能力を拡張し、より広範な業務をカバーできるようにすることです。AIをうまく活用することで、一人の社員が自分の従来の能力範囲を超えて仕事をする機会が生まれます。これは単なる業務の効率化ではなく、社員の能力そのものを拡張していくことを意味します。
具体的には、従来の人材育成では、社員が成長して価値を生み出していくスピードは緩やかな白い曲線を描いていました。しかし、AIという道具を身につけた社員は、圧倒的なスピードで新たな価値を生み出すことができます。つまり、成長曲線が大きく加速するのです。
このように、AIは単なる業務の代替ではなく、人材の能力を拡張し、より高度な価値創造を可能にする道具として活用すべきです。社員の成長とAIの活用を密接に連携させることで、企業全体の競争力を高めることができます。これこそが、私たちが目指すべきAI活用の姿だと考えています。
5.3. 新たな価値創造への取り組み
これまでの経営資源といえば、一般的に「人・物・金」と言われてきました。しかし、私は今後の経営において、AIこそが経営資源の中心になっていくと確信しています。我々経営者がAIという新たな経営資源をいかに味方につけられるかが、企業の将来を分けることになるでしょう。
最近話題のClaude O1の発言にもありましたように、「AIが君たちの仕事を奪うのではない。AIを活用する人が君たちの仕事を奪うのだ」という言葉は、非常に示唆に富んでいます。私なりに解釈すると、AIの進化の波に乗り遅れてしまう企業は仕事を奪われる側になってしまい、一方でAIをチャンスと捉えて積極的に活用する企業は、新たな仕事を作り出す側に立つということです。
つまり、これは企業の経営者の選択次第で、どちらにもなり得るということを意味しています。人が人の仕事を奪うのではなく、企業の勝ち組と負け組がはっきりすることになるのです。
過去20年を振り返ってみても、テクノロジーの進化の潮流に乗れなかった企業は、仕事を奪われる側に回ってしまいました。例えば、日本のモバイル端末メーカーは、フィーチャーフォンから脱却できず、2001年に92%あった国内シェアが2023年にはわずか21%まで低下しました。また、IT インフラにおいても、クラウドサービスの台頭により、国内メーカーのシェアは2000年の66%から現在は10%まで落ち込んでいます。
これらの事例が示すように、現代の潮流であるAIの進化に対して、我々経営者がどう向き合うべきなのか。AIの導入に躊躇して傍観者になってしまうのか、それともAIの進化を大チャンスと捉えて積極的に取り込み、改革を推進していく側に立つのか。まさに今がその分かれ道だと考えています。
6. 労働人口減少とAIの活用
6.1. 2040年に向けた労働人口予測
日本の労働者数は現在6,750万人ですが、2040年には5,770万人まで減少すると予測されています。これは約1,000万人もの労働力が失われることを意味します。この予測は、既に生まれている人々の数を計算し、海外からの労働者の増加も考慮に入れた結果であり、ほとんど誤差のない確実な数字だと考えています。
この1,000万人の労働力減少が社会に与える影響を具体的に見ていきましょう。産業ごとにばらつきはありますが、昨年度のGDP600兆円から逆算すると、一人当たりの生産性、つまり付加価値は880万円となります。この計算に基づくと、1,000万人の労働力減少は、単純計算で100兆円以上のGDP減少につながる可能性があります。
この状況は、私たちの社会に大きな課題を突きつけています。これは既に人口動態から明らかな未来であり、避けることのできない現実です。しかし、この課題に対してAIをどのように活用していくかによって、その影響を最小限に抑えることができるのではないかと考えています。
労働人口の減少は確実な未来ですが、それは必ずしも経済の縮小を意味するものではありません。重要なのは、この変化にどのように対応していくかです。この状況下でGDPを維持し、さらには成長させていくために、AIの活用は不可欠な戦略となるでしょう。
6.2. GDP維持のための生産性向上策
労働人口減少に対応するための具体的な施策について説明させていただきます。まず、AIによる業務効率化の可能性から見ていきましょう。現状の一人当たりの生産性(付加価値)は880万円です。この数値は、GDP600兆円を現在の労働人口で割ることで算出されています。
AIによる業務効率化は、人員削減ではなく、生産性向上の観点から考える必要があります。例えば、5人で行っていた業務を4人とAIで回せるようにすることで、20%近い生産性向上が実現可能です。具体的には、5人のチームが4人になることで、18%の効率化が達成できます。
しかし、これだけでは不十分です。なぜなら、単純に業務効率化だけを進めても、GDP600兆円の維持が精一杯だからです。私たちが目指すべきは、効率化と同時に新たな付加価値の創出です。
そのためには、例えば社員一人一人がAIを活用して、より高度な業務や創造的な仕事にシフトしていく必要があります。AIに定型業務を任せることで生まれた時間を、新しい価値を生み出す活動に振り向けることができます。これにより、労働人口が減少しても、むしろ全体の生産性は向上させることができるのです。
このような生産性向上策は、GDPの維持だけでなく、さらなる経済成長への道筋を示すものとなります。AIを活用した業務効率化と、それによって可能となる新たな価値創造の両輪で、この課題に取り組んでいく必要があります。
6.3. AI活用による付加価値創出の可能性
私は、AIを活用することで一人当たりの付加価値を80%程度向上させることが可能だと考えています。これは、先ほど説明した18%の業務効率化に加えて、AIを活用した新たな価値創造によって実現できる目標です。
この付加価値向上により、2040年のGDPを1000兆円規模にすることも不可能ではありません。これは内閣府が示している成長シナリオと同じ数字になりますが、私たちの考え方は異なります。政府の試算は物価上昇によるGDP増加を見込んでいますが、私たちが目指すのは実質的な付加価値の創出です。
具体的には、AIによる業務効率化で生まれた時間を、より創造的な活動に振り向けることで、新たな価値を生み出していきます。例えば、5人のチームが4人になっても、AIとの協業により、むしろ生産性を向上させることができます。一人一人の社員がAIを活用して、より高度な業務や創造的な仕事にシフトしていくことで、この目標は達成可能だと考えています。
つまり、経営者である我々こそが、このAIを新たな価値創出のための武器として捉え、企業の成長力の原動力として向き合っていく必要があります。それによって、労働人口の減少という課題を克服しながら、むしろ経済成長を実現することができるのです。日本の成長を実現するためには、このような積極的なAI活用による付加価値創出が不可欠です。
7. ソフトバンクの取り組み事例
7.1. AIコールセンターの開発
当社でも現在、AIと本気で向き合い、積極的な取り組みを進めています。その一つが、Microsoftとの協業によるAIコールセンターの開発です。私たちが目指しているのは、お客様を待たせないコールセンターの実現です。
この取り組みの核となるのが、当社が保有する膨大なデータベースとAIの連携です。お客様と対話するAIが、あらゆるデータベースをリアルタイムで参照し、瞬時に正確な回答を返すことができる環境を構築しています。これを実現するために、会社全体のシステムをデジタル化し、AIとの接続が可能な形に作り直しています。
具体的には、多岐にわたる当社のデータベースを全て同じプラットフォームに統合し、AIがそれらのデータにシームレスにアクセスできる環境を整備しています。これは膨大なシステムの改修を伴う作業で、正直なところ相当手こずっていますが、ほぼ動く状態まで来ています。
今後は更なるチューニングを重ね、人が介在しないコールセンターの実現を目指していきます。これは単なる省人化ではなく、24時間365日、お客様に最適な対応を提供できる体制の構築を意味します。その実現に向けて、着実に歩みを進めているところです。
このプロジェクトは、先ほどお話しした「攻めのAI活用」の具体例の一つです。既存の業務の効率化だけでなく、お客様へのサービス品質を飛躍的に向上させる新しい価値の創造を目指しています。
7.2. PayPayでの特殊詐欺対策
PayPayでは、特殊詐欺撲滅運動の一環として、AIによる包括的なトランザクション管理システムを導入しています。このシステムの特徴は、すべての取引をAIが常時監視し、不正な取引パターンを検知する点にあります。
AIは取引データを継続的に学習し、新たな詐欺の手口やパターンを自動的に吸収しながら、システムの性能を進化させています。これは単なる不正検知システムではなく、常に進化し続ける自己学習型のAIシステムとなっています。
このシステムで得られた実践的な知見と成果は非常に有望で、将来的には他の銀行やフィナンシャルサービスにも展開できる可能性があると考えています。PayPayで実証実験をしながら、より良いものができたら、多くの銀行様にもご提案させていただきたいと考えています。
これは、AIを活用して社会課題を解決する具体的な例の一つです。特殊詐欺という深刻な問題に対して、AIの能力を活用することで、より安全で信頼性の高い金融サービスを提供することができます。今後も継続的にシステムの改善と進化を進めていく予定です。
7.3. AI活用による営業改革
最近、当社の営業部隊がAIを非常に積極的に活用するようになり、特に顕著な効果が出ているのが営業準備業務の改革です。営業担当者が現場に行く前には、お客様の現状把握、直近のセールス状況、ポイントの利用状況など、様々なデータの確認と分析が必要でした。これまではこの準備に相当な時間を費やしていました。
現在では、これらの準備業務を全てAIが行うようになっています。AIが関連するデータベースから必要な情報を収集・分析し、最適な提案シートを自動的に作成します。営業担当者は、このAI生成された準備資料を持って、直接お客様との商談に臨むことができます。
この改革により、かつて準備作業に費やしていた時間を、お客様との直接的なコミュニケーションに振り向けることが可能になりました。つまり、より多くの時間をお客様との対話や提案活動に充てることができ、顧客接点の質と量を大幅に向上させることができました。
これは、先ほどお話しした「攻めのAI活用」の具体例です。単なる業務効率化ではなく、営業担当者がより創造的で付加価値の高い活動に注力できる環境を整備することで、提案力の強化と営業成果の向上につながっています。
8. 通信インフラの未来像
8.1. MECによる基地局の進化
現在のモバイルネットワークのままでは、10年先の日本全体のAIトラフィックを支える能力が不足します。私が社長に就任して4年目になりますが、就任当初からネットワークの大改造を進めてきました。その中核となるのが、基地局へのMEC(Mobile Edge Computing)機能の実装です。
具体的には、携帯電話の基地局にNVIDIAのGPUを搭載し、基地局自体に高度な計算処理能力を持たせています。これは単なる通信機能の強化ではなく、エッジでの演算処理を可能にする大きな進化です。
現在、多くの企業がGoogleやAWSなどの海外クラウドを利用していますが、検索程度のキーワード処理であれば、この程度の遅延でも問題ありません。しかし、自動運転のように即時性が求められる用途では、基地局側でリアルタイムの処理が必要になります。例えば、車載AIと基地局側のAI(パーソナルエージェント同士)が情報交換をして、より高度な判断をリアルタイムにフィードバックするようなケースです。
このため、できるだけデバイスに近い場所に計算リソースを配置する必要があります。基地局にGPUを搭載し、計算基盤の能力を持たせることで、超低遅延の通信と処理を実現します。これは、来るべきAI時代のインフラとして不可欠な進化だと考えています。
8.2. 光ファイバー網の増強計画
当社では、光ファイバーネットワークの大規模な再構築も進めています。すでに北海道から沖縄まで光ファイバー網は整備されていますが、現在、その更なる進化に取り組んでいます。具体的には、光ファイバーとファイバーを結ぶ機器も全て光の信号で通るように作り直しました。
この完全光化により、通信容量を大幅に拡大できる基盤が整いました。これは将来的なAIトラフィックの増大を見据えた投資です。単なる容量の拡大だけでなく、AIの処理に適した高速・大容量の通信基盤を構築することが目的です。
この計画は今後10年かけて進めていく予定です。すでに4年が経過し、基本的なインフラの整備は進んでいますが、まだまだ増強が必要な状況です。これは当社だけで使うにはトーマッチな規模ですが、私たちは日本の社会インフラを担う企業として、皆様の企業がAIを活用して進化される際に必要となるインフラを提供したいと考えています。
このような大規模なインフラ整備は、一朝一夕には実現できません。しかし、AIの本格的な普及に向けて、今から着実に準備を進めていく必要があります。私たちは、日本のデジタルインフラを支える企業として、この責任を果たしていく決意です。
8.3. AIデータセンターの分散配置戦略
私たちはインフラ事業者として、AIデータセンターの戦略的な分散配置を進めています。これまでのところは通信インフラの整備に注力してきましたが、今後はAIのデータセンターがますます必要になってきます。このため、AIデータセンターを日本の端から端まで分散配置していく計画を進めています。
AIデータセンターは大量のエネルギーを消費するため、単なる設備の設置だけでは不十分です。私たちは最近、発電事業にも着手しました。これは、AIデータセンターに必要な大量の電力を安定的に供給するためのインフラ整備の一環です。
これらのインフラ投資は、当社単独で使用するにはあまりに大規模なものです。しかし、私たちは日本の社会インフラを担う企業として、皆様の事業におけるAI活用の基盤となるインフラを提供していく決意です。
このプロジェクトは、残り6年ほどの工事期間を要する見込みです。4年前から着手していますが、さらなる増強も必要になるでしょう。これは一朝一夕には実現できない大規模な投資ですが、AIとの共存社会に向けた必要不可欠なインフラとして、着実に整備を進めていきます。皆様には、こうした協力関係を築きながら、一緒に次のAI時代に向けて進んでいきたいと考えています。
9. 今後の展望と組織変更
9.1. AI共存社会に向けた取り組み
好むと好まざるとに関わらず、AI時代は確実に到来します。私たちに求められているのは、このAIとの共存社会が、人々にとって望ましい社会となるよう導いていくことです。そのためには、一企業の取り組みだけでは不十分です。皆様と手を取り合って、望まれる社会の実現に向けて取り組んでいく必要があります。
AIを活用したサービスを含め、様々なサービスの開発を一緒に進めていきたいと考えています。私たちは社会インフラを担う企業として、皆様の企業がAIを活用して進化される際に必要となるインフラをしっかりと提供していきます。胸を張って「是非乗ってください」と言えるようなインフラを整備していくことが、私たちの責務だと考えています。
これから10年かけて整備していく通信インフラやAIデータセンターは、単なる当社のための投資ではありません。日本全体のAI活用を支える社会インフラとして、その役割を果たしていきたいと考えています。このような協力関係を築きながら、次のAI時代に向けて、皆様と共に全力で取り組んでまいりたいと思います。
私たちはこれからも、皆様からさまざまなご意見を頂戴しながら、親身に立てるようなインフラを作り続けていきます。新しい日本を皆様と一緒に作っていきたい、そのような思いで、私たちはAI共存社会の実現に向けて取り組んでまいります。
9.2. 法人事業部門の新体制
本日の最後に、当社の組織体制の変更についてお知らせさせていただきます。法人事業の総責任者を務めてきた今井が会長に就任し、新たに桜井が専務として就任することになりました。まだ本当に様々な引き継ぎやお取引先様との調整が必要な時期ではありますが、この場でご紹介させていただきたいと思います。
桜井専務は、若干アナログでコテコテな面もありますが、それこそが私たちの強みになると考えています。今後も皆様のご要望にしっかりとお応えできる体制を整えてまいります。
先ほど桜井専務が申し上げた通り、今井は会長職として引き続き法人担当を務めます。今回の組織変更は、今後のAI時代に向けて、より機動的かつ柔軟な対応を可能にすることを目的としています。
今井が築き上げてきた営業力は、まさにチャットGPTのような速さと強さを持っていました。それによって、多くのお客様を幸せに導いてきたと自負しています。この基盤を活かしながら、桜井専務のもとで、さらにAIという深みを加えて、皆様により一層寄り添った営業活動を展開してまいります。皆様におかれましては、新体制への変わらぬご支援を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
9.3. AIインテグレーターとしての役割
私たちは今後、AIインテグレーターとして、お客様のAIトランスフォーメーションをしっかりとお手伝いしていく役割を担っていきたいと考えています。既にお話ししたように、AIという新しい経営資源は、企業の成長力に直結する重要な要素となります。
私たちはAIトランスフォーメーションにおいて、単なるシステム提供者ではなく、お客様が成し遂げたい目標や解決したい課題に寄り添いながら、共に解決策を見出していくパートナーとしての立場を目指します。我々が培ってきたAI活用の知見や、整備してきたインフラを基盤として、お客様のビジネスの成功をサポートしていきます。
具体的には、コールセンターのAI化やPayPayでの特殊詐欺対策、営業改革など、私たちが実践してきた様々な取り組みの経験を活かし、お客様の課題に応じた最適なソリューションを提供していきます。アナログでコテコテではありますが、しっかりとお客様にご満足いただけるよう、丁寧な支援を心がけてまいります。
これからもご一緒に新しい日本を作っていきたいという思いで、AIインテグレーターとしての役割を果たしてまいります。本日は長時間にわたり、ご清聴いただき、誠にありがとうございました。