※本記事は、CDTのDigital Leadership Agenda 2025セッションにおける、CathWorksのPresident & CEOであるRamin Mousavi氏とVijay Gurbaxani氏の対談内容を基に作成されています。対談では、AIが医療機器産業にもたらす変革と、CathWorksが心臓血管治療においてAIと計算科学を統合し、非侵襲的診断技術のフロンティアとなるまでの道のりが語られています。
この記事は対談の内容を要約・構造化したものです。原著作者の見解を正確に反映するよう努めていますが、要約や解釈による誤りがある可能性があります。正確な情報や詳細な文脈については、オリジナルの講演動画(https://www.youtube.com/watch?v=tRURUaaRM-U )をご覧いただくことをお勧めいたします。
1. CathWorksの概要と背景
1.1 心臓血管疾患の現状と課題
Ramin Mousavi:私は元々コンピュータエンジニアとしてキャリアをスタートしましたが、自分の能力では競争が難しいと感じ、ハイテクと航空宇宙分野に転向しました。その後、オレンジカウンティーの大手医療機器企業で13-14年間働いた経験があります。
約8年前、CathWorksの創設者と最初の投資家グループから、革新的なアイデアについて相談を受けました。現在、世界の死因の第一位は心臓血管疾患関連死で、年間約1800万人、米国だけでも100万人が亡くなっています。その48%は我々の技術で対応可能な症例です。しかし、残念なことに、その40%の患者さんが誤診断されているか、未診断の状態です。
この問題の背景には、優れた診断技術や証拠があるにもかかわらず、それらが十分に活用されていない現状があります。既存の技術は侵襲的で高コストであるため、医師が積極的に使用を避ける傾向にあります。このジレンマは、あるカテーテル検査室での出来事から具体的な解決策の着想に至りました。ある医師が45分間も侵襲的カテーテルの挿入に苦心し、最終的に血管造影の画像を見て推測で処置を行うことを余儀なくされました。その医師は「これよりも良い方法があるはずだ」と考え、それが私たちの取り組みの出発点となりました。
この現状に対して、革新的な解決策を見出すことが急務となっていました。既存の診断技術の存在自体は救いとなりますが、その使用を妨げている侵襲性とコストの問題を解決しない限り、多くの患者さんが適切な診断と治療を受けられない状況が続くことは明らかでした。この課題に取り組むことが、CathWorksの設立につながったのです。
1.2 従来の診断方法の問題点と危険性
従来の診断方法における最も深刻な問題は、その危険性にあります。特に圧力ワイヤーを心臓に通す際の動脈解離のリスクは1.7%存在します。一見、低い確率に思えるかもしれませんが、これは決して軽視できない数字です。なぜなら、いったん動脈解離が発生した場合、患者の生存率は50%まで低下してしまうからです。この致死的なリスクは、医師が侵襲的な診断を躊躇する大きな要因となっています。
また、現在の診断手法には技術的な限界も存在します。従来の血管造影では、3次元の心臓の問題を2次元の画像で診断しようとしています。これを私たちは「眼球血管造影」と呼んでいますが、この方法では約3分の1のケース、つまり33%もの症例で正しい場所を見ていないことになります。カテーテルは、その先端を置いた場所の閉塞のみしか評価できません。しかし、心臓の問題は3次元的な性質を持っており、2次元の視点からでは重要な情報を見落としてしまう可能性が高いのです。
こうした従来手法の問題点は、単に技術的な課題だけでなく、患者の生命に直接関わる重大なリスクを伴っています。これらの課題を解決することなしには、心臓血管疾患の診断・治療の質を本質的に向上させることは困難です。
1.3 CathWorksのミッションと製品コンセプト
CathWorksのミッションは、医師と協力して心臓血管疾患の診断・治療方法を根本から変革することです。このミッションは私にとって単なるスローガン以上の意味を持っています。私の母も心臓病を患っているため、この課題は私個人にとっても切実な問題なのです。
私たちのコンセプトは、あるカテーテル検査室での出来事から生まれました。ある医師が45分間も侵襲的カテーテルを患者の体内に通すことができず苦心していました。最終的にその医師は血管造影画像を見て推測で処置を行うしかありませんでした。その場を立ち去る際に「これよりも良い方法があるはずだ」と言った医師の言葉が、私たちの製品コンセプトの出発点となりました。
既存の診断手法には明確な限界があります。カテーテルを使用する現在の方法は、医師が望まない高いリスクとコストを伴います。そこで私たちは、非侵襲的な方法で同等以上の診断精度を実現することを目指しました。診断の質を落とすことなく、患者と医師の双方にとってより安全で効率的な方法を確立することが、私たちの目標です。
この取り組みは、単なる技術革新を超えて、医療現場が直面している実際の課題に応えるものでなければなりません。私たちは、心臓疾患で苦しむ患者さんとその家族、そして日々最善の治療を提供しようと努力している医療従事者のために、真に価値のあるソリューションを作り出すことを目指しています。
2. CathWorksのソリューション
2.1 AIと計算科学を活用した3Dモデリング技術
私たちのソリューションは、基本的にプラットフォームとしてのスーパーコンピューターと、その上で動作するソフトウェアアプリケーションから構成されています。このアプリケーションは、人工知能(AI)と計算科学(アルゴリズム)を組み合わせた革新的なものです。
この技術の最も重要な特徴は、通常の血管造影、つまり心臓のX線画像から3Dモデルを構築できることです。侵襲的なステップである心臓へのカテーテル挿入を必要とせずに、その閉塞が介入を必要とするほど大きいかどうかを判断することができます。
私たちの技術は医師に心臓の美しい3Dビューを提供します。従来のカテーテルでは、その先端を置いた場所の閉塞しか評価できませんでしたが、私たちの技術では心臓全体を見ることができます。これは重要な進歩です。なぜなら、3次元の問題を2次元のレンズを通して見ようとすると、実に3分の1のケースで見るべき場所を見落としてしまうからです。
このシステムは単なる診断ツールではありません。医師が介入を決定した場合、動脈内にバーチャルにステントを配置し、その効果を再計算することができます。これにより、問題が解決されるかどうかを事前に評価し、ステントの適切なサイズを決定することができます。これは、過剰なステント留置や不十分なステント留置を防ぐために非常に重要です。さらに、介入後には問題が確実に解決されたことを確認する機能も備えています。
カテーテル検査室で患者が目覚めた後に「まだ胸痛があります」と言うことほど悪いことはありません。その場合、再度処置が必要になってしまいます。私たちの技術は、こうした事態を防ぐための包括的なエンドツーエンドのソリューションを提供し、それを非侵襲的に、かつX線画像を見るよりもはるかに明確な形で実現します。
2.2 非侵襲的な診断・治療計画の実現
私たちのテクノロジーの革新的な点は、単なる診断ツールを超えて、包括的な治療計画のプラットフォームとなっていることです。まず、心臓の3D可視化機能により、医師は心臓全体を非侵襲的に見ることができます。これは従来のカテーテル検査とは全く異なるアプローチです。カテーテルの先端を特定の場所に置いて評価するのではなく、心臓全体を包括的に評価することができます。
さらに、私たちのプラットフォームでは、医師が治療介入を決定した場合、バーチャルにステントを動脈内に配置してシミュレーションを行うことができます。このシミュレーションでは、ステント留置後の血流の変化を再計算し、その介入が実際に問題を解決するかどうかを事前に評価することができます。これにより、ステントのサイズ選択や配置位置の最適化が可能になり、過剰なステント留置や不十分なステント留置を防ぐことができます。
そして最も重要な機能の一つが、介入後の確認機能です。カテーテル検査室で患者が目覚めた後に「まだ胸痛があります」と言われることは、医師にとって最も避けたい状況です。なぜなら、そのような場合には再度の処置が必要になってしまうからです。私たちのプラットフォームは、介入後に問題が確実に解決されたことを確認する機能を備えています。これにより、再治療の必要性を大幅に減らすことができます。
このように、私たちは診断から治療計画、そして治療後の確認まで、一貫した非侵襲的なソリューションを提供しています。これは単なるX線画像の分析をはるかに超えた、包括的なエンドツーエンドのソリューションなのです。
2.3 従来手法との比較優位性
私たちのプラットフォームは、従来の診断手法と比較して複数の明確な優位性を持っています。まず、侵襲的なカテーテル挿入が不要であるという点が最も重要です。従来のカテーテルによる診断は15-16分程度の時間を要しますが、私たちのソリューションは、その時間を大幅に短縮しながら、患者さんへのリスクも軽減することができます。
また、従来のカテーテル検査では、カテーテルの先端を配置した特定の場所の閉塞しか評価できませんでしたが、私たちのプラットフォームでは心臓全体を3Dで可視化し、包括的に評価することができます。これは医師の診断精度を大きく向上させる要因となります。というのも、3次元の問題を2次元で診断しようとする従来の「眼球血管造影」では、約3分の1のケースで正しい場所を見ていないという問題があったからです。
さらに、治療計画の面でも大きな優位性があります。医師は、仮想的にステントを配置し、その効果をシミュレーションすることで、最適なステントのサイズと位置を事前に決定することができます。これにより、過剰なステント留置や不十分なステント留置を防ぐことができ、治療の質を向上させることができます。また、治療後の確認機能により、問題が確実に解決されたことを確認することができ、再治療のリスクを大幅に低減することができます。
このように、私たちのプラットフォームは、診断の精度向上、患者の安全性確保、治療計画の最適化という多面的な優位性を提供し、心臓血管疾患の診断・治療プロセス全体を改善することができます。
3. 事業展開とピボット
3.1 初期製品の市場での失敗(2017-2018年)
私たちは2017年に実施した重要な臨床試験を経て、2018年にFDA承認を取得しました。当時の製品はAIを搭載していない状態でしたが、FDA承認を得られるほどの高品質なエビデンスを持っていました。承認取得後、私たちはメドテック業界の慣例に従い、まずカリフォルニア州で限定的な市場導入を行いました。自社の拠点に近い地域で開始することで、迅速なフィードバックを得られると考えたからです。
しかし、この市場導入は私たちが想像できる最悪の結果となりました。当時のシステムでは、現在AIが行っている作業を手動で行う必要があり、ケースあたり15-16分程度の処理時間を要しました。確かに、これは従来のカテーテル挿入よりも4-5分は速く、リスクも低い方法でしたが、医師からの評価は厳しいものでした。
医師たちからは一様に「コンセプトは素晴らしいが、とても実際の検査室では使えない」という反応でした。私たちの分析では、医師は同じ時間をかけるなら、画面の前で待つよりも、自分の手で何かを行っている方を好むということが分かりました。つまり、処理時間の問題は単なる効率性の問題ではなく、医師の診療スタイルや心理的な要因にも深く関連していたのです。
この時期の経験から、優れたコンセプトだけでは市場での成功は保証されないということを痛感しました。私たちには、製品の実用性と使い勝手を根本的に見直す必要があることが明確になりました。この失敗は、後のAIへの転換を決断する重要な契機となったのです。
3.2 68日間の危機的状況
私たちが直面した問題は、単なる製品の失敗を超えて、会社の存続にも関わる深刻なものでした。その時、私たちは約1年半前に3000万ドルの資金調達を完了したばかりでした。その資金は製品の商業化のために調達したものでした。しかし現実は厳しく、私が家に帰って妻に伝えなければならなかったのは、あと68日で会社が立ち行かなくなるという事実でした。
私たちの直面していた問題を不動産の例で説明させていただくと、ここオレンジカウンティーの素晴らしい土地に3000万ドルを投資したようなものでした。投資家には「この土地に素晴らしい家を建てます」と約束していたのですが、実際には「その3000万ドルは土地の基礎工事のために使う必要があります。建築許可を得るためには、まず地盤を整える必要があるのです」と説明しなければならない状況でした。しかも、投資家は直感的に理解していました。この後、さらに3000万ドルの追加投資を要請することになるだろうということを。
これは私たちにとって極めて困難な状況でした。製品を根本から見直す必要があることは明らかでしたが、そのための時間的猶予は68日しかありませんでした。この数字は私の頭に深く刻み込まれています。67でも69でもなく、正確に68日です。投資家への説明と追加資金調達の課題に直面しながら、私たちは何か残された可能性がないか、必死に模索しなければならなかったのです。
3.3 AIへの転換決断と実装プロセス
私たちは、コンセプトの基盤が健全かどうかを実践的に検討することから始めました。医師からのフィードバックを分析すると、処理時間とユーザーの操作性という2つの主要な問題が浮かび上がりました。そこで、時間の問題を解決した成功事例を探し始めました。
ブレインストーミングセッションの中で、あるチームメンバーが「Uberが作られたのは、タクシーを待つ時間を解決するためだった」という指摘をしました。この着想から、私たちは時間を解決するための最良の方法を探り始めました。
そこで注目したのが、私たちのシステムに搭載されている最も強力なスタンドアロンGPUの存在でした。チーム内から「機械に多くの作業をさせることはできないだろうか」という提案が出ました。実は、これこそが深層機械学習の本質的な定義に他なりません。機械に作業を任せ、その結果から学習させていくというプロセスです。
しかし、この転換は単純ではありませんでした。医療機器業界では、AIの採用に対する抵抗が強く、社内でもその受け入れには課題がありました。そのため、私たちは実装に約2年を費やし、規制当局との新たな承認プロセスの確立にも取り組まなければなりませんでした。
この意思決定と実装プロセスは、私たちの大きな賭けでした。しかし、その後同じ顧客のもとに戻り、製品が使用に耐えうるものかを検証することができました。もし彼らが製品を購入し始めれば、私たちは問題を解決できたということになります。幸いなことに、顧客は製品を受け入れてくれました。AIへの転換は、私たちを救うことになったのです。
4. 技術革新とチーム構築
4.1 サムスンのカメラ開発者の採用と影響
医療機器業界は非常に特殊な世界で、誰も業界から離れたがらず、また新しい人材を受け入れることにも消極的です。しかし、私たちが必要としていたスキルセットは、必ずしもメドテック業界内には存在していませんでした。特にAIプロジェクトを進めるにあたり、私たちが行っているコンピュータビジョンの分野では、消費者向けデバイス、特にカメラ付き携帯電話の開発において大きな進歩が見られていました。
そこで、私たちは大胆な採用を決断しました。イスラエルにあるサムスンのギャラクシーカメラ開発チームのリーダーを採用したのです。興味深いことに、彼は当初、カテーテル検査室がどこにあるのかさえ分からないような状況でした。しかし、彼は視覚化技術の専門家として、私たちのチームの誰よりも優れた知識と経験を持っていました。
当初、この採用は社内で歓迎されませんでした。私たちのチームは、業界外の人間が入ってくることに対して強い抵抗を示しました。しかし、結果的にこの決断が私たちの全ての状況を変えることになりました。彼がもたらした視覚化技術の革新が、私たちのプラットフォームを完全に変革したのです。
この経験から、私は技術革新には時として業界の常識を超えた視点が必要だということを学びました。その分野の専門家であれば、たとえ医療機器の知識がなくても、核となる技術において革新的な貢献ができることを、この事例は明確に示しています。
4.2 従来型ソフトウェア開発からAIチームへの転換
私たちは、医療分野で一般的なウォーターフォール型のソフトウェア開発手法を採用していました。しかし、それはソフトウェア企業であるにもかかわらず、です。このアプローチは、AIプロジェクトの要求に対しては適切ではありませんでした。
また、メドテック業界では必要なスキルセットが十分に育っていないことに気づきました。プロジェクトを進めていく中で、私たちに必要なスキルは、消費者向けデバイス業界、特にカメラを搭載したスマートフォンの開発分野で大きく進歩していることが分かりました。
この認識に基づき、私たちは従来の開発手法から脱却し、AIと神経回路網の専門家を積極的に採用し始めました。伝統的なソフトウェア開発者からアルゴリズムエンジニアへと、チームの専門性を徐々にシフトしていきました。このプロセスには約2年を要しましたが、その間に規制当局との新たな承認プロセスも確立する必要がありました。
これは単なるチーム構成の変更ではなく、開発プロセス全体の変革でした。私たちは従来の医療機器開発の枠組みから大きく踏み出し、AIを中心とした新しい開発アプローチを確立していったのです。この転換は、後のMedtronicによる買収の際にも高く評価される要因となりました。
4.3 データ優位性の構築
私たちは、データが競争優位性を生み出す重要な要素だと認識しています。ニューラルネットワークでの初期学習には、解決したいパラメータ数の約10倍のデータが必要です。血管造影には256のメタデータが付随しており、私たちの初期データセットは約5,000件の血管造影画像で構成されていました。
この2年間で、私たちは5万人以上の患者さんの治療をサポートしてきました。これは単なる数字ではありません。Medtronicとのパートナーシップにより、私たちは現在、世界最大の血管造影データセットを保有しています。このデータ規模は、競争優位性を確立する上で決定的な要素となっています。
データ収集は、医療分野では特に困難な課題です。数百万件規模のデータセットを手に入れることは容易ではありません。しかし、私たちは商業化に成功し、実際の臨床現場での使用を通じて、貴重なデータを継続的に蓄積しています。このデータの蓄積は、私たちのAIシステムの性能を継続的に向上させる原動力となっています。
このデータ優位性は、Googleの検索エンジンのように、ユーザーが増えれば増えるほど、システムが学習し、さらに良くなっていくという好循環を生み出しています。これにより、競合他社が私たちに追いつくことは、ますます困難になっていくと考えています。
5. 競争優位性の確立
5.1 AI関連の知的財産戦略
私たちは、AIを導入する以前から、コンピュータビジョンに関する強力な知的財産ポートフォリオを持っていました。実際、ここオレンジカウンティーのKnobbe社が私たちのIP戦略のパートナーでしたが、AIの導入により、私たちはIPに対する考え方を大きく変更する必要がありました。
AIに関する特許取得は非常に難しい課題でした。なぜなら、AIに関する特許では、非常に抽象的な記述を行うか、より具体的な記述を行うかの選択を迫られるからです。抽象的な記述を選択すると、より広範な保護が得られますが、それだけに保護が弱くなる可能性があります。一方、具体的な記述を選択する場合は、その分野で他社より先を行っている必要があります。私たちは、常に3-4手先を見据えてこのバランスを取る必要がありました。
結果として、私たちは両方のアプローチを採用することを決めました。一部の領域では非常に広範な特許を取得し、他の領域では具体的な特許を取得する戦略を取りました。また、これまでになかった新しい特許ファミリーを追加し、現在では私たちのリソースとエネルギーの半分以上をAI関連の特許に投資しています。
この戦略の転換は、私たちの競争優位性を確保する上で重要な役割を果たしています。特に医療機器産業では、知的財産の保護が非常に重要であり、AIという新しい領域でも同様です。私たちは、コンピュータビジョンからAIへと技術が進化する中で、特許ポートフォリオも進化させることで、市場でのリーダーシップを確保しています。
5.2 人材構成の変革
私たちの会社は、Medtronicとの買収契約以降も、スタートアップとして独自の動きを維持しています。現在、130名以上の従業員を抱え、その半数がエンジニアです。さらに特徴的なのは、エンジニアの半数以上が何らかの形でAI関連の業務に携わっているということです。
しかし、これは単なる数字の問題ではありません。私たちは、従来のメドテック業界には存在していなかった新しい職種を作り出す必要がありました。例えば、アルゴリズムエンジニアというポジションを作り、そこに必要なスキルセットを定義しました。ただし、これは垂直的な職種の追加に留まりません。バイオメディカルエンジニアのような職種も新たに必要となりました。なぜなら、現実世界の医療現場の課題をAIチームに翻訳できる人材が不可欠だったからです。
採用に関して最も難しい課題の一つは、ポジションの名称を考えることでした。私たちが求める役割は市場に存在していなかったため、Googleのような大企業から人材を引き抜くために、魅力的なキャリアパスを提示する必要がありました。ただし、私たちの求める人材は、従来のIT企業でのAIエンジニアとは異なる特性を持つ必要があります。
このように、人材構成の変革は、単なる採用数の問題ではなく、新しい職種の創造と、それに適した人材の発掘という複雑な課題を含んでいました。私たちは、従来の医療機器企業の枠組みを超えて、AIを中心とした新しい組織構造を確立していったのです。
5.3 Medtronicによる買収
私たちは、公に開示されている通り、Medtronicとの買収契約を締結しました。この契約により、CathWorksはMedtronicの一部となりますが、当面の間、両社は独立した運営を維持することになりました。この判断には重要な戦略的意図があります。私たちは現在、世界で最も潤沢な資金を持つスタートアップとして、迅速な開発と意思決定を継続できる体制を維持しています。私はCEOとして資金調達や出口戦略について心配する必要がなくなり、革新的な開発に集中できるようになりました。
Medtronicの視点からすると、この買収は単なる技術獲得以上の意味を持っています。彼らは既存の技術で2番手、3番手、4番手になるのではなく、カテゴリーを完全に変革できる可能性のある技術に賭けることを選択したのです。私たちのような新しいカテゴリーを創造するイノベーションは、業界全体を変革する可能性を持っています。
実際、私が数ヶ月前にパリで開催された欧州最大の会議に参加した際、私たちの技術に類似したアプローチを試みている発表が47件もありました。この数字は、私たちが切り開いた道の重要性を示しています。このような状況下で、Medtronicは先駆者として私たちを評価し、パートナーシップを選択したのです。
現在、私たちはアメリカ、ヨーロッパ、日本で製品の共同プロモーションを行っており、さらなる地域への展開を計画しています。同時に、私たちは独自のイノベーションと臨床エビデンスの蓄積を継続しています。この体制により、大企業の持つ販売チャネルと、スタートアップの持つ機動性という、双方の利点を最大限に活かすことができています。
6. 産業変革への示唆
6.1 既存プレーヤーの対応と市場変化
私たちは、心臓血管領域の大手4社のうち3社が支配する10億ドル規模の市場に参入しました。約10年前、この技術コンセプトが初めて発表された時、米国最大の学会の元会長は「これは狂気の沙汰だ」と言いました。しかし、業界は大きく二分されることになりました。
一方では、この変化を否定し、「これは実現不可能だ」と主張する企業があります。これは往々にして、既存のビジネスを守るための防衛的な姿勢から来ています。大企業では、自社のビジネスを守るためだけの行動を取りがちですが、本来はそうすべきではありません。
この状況は、まさにスマートフォン時代におけるBlackBerryの事例に似ています。私たちの業界でも、ある大手企業がBlackBerryのような道を辿っています。彼らは自社の製品が十分に優れていると考え、時代の変化に適応できていないのです。
しかし、変化は確実に起きています。数ヶ月前、私がパリで開催された欧州最大の会議に参加した際、私たちと同様のアプローチを試みている発表が47件もありました。この数字は、私たちが切り開いた道が正しかったことを示しています。賢明な人々がこの方向性に気づき始めているのです。
AIは、私たちが望むか否かにかかわらず、確実にこの産業を変革しています。既存のプレーヤーが変化に抵抗しているうちに、新しい技術と新しいプレーヤーが急速に台頭してきているのです。この変化の波に乗れるかどうかが、各企業の将来を決定づけることになるでしょう。
6.2 イノベーション実装のタイミングの重要性
私はこれまでの経験を通じて、イノベーションの実装タイミングが極めて重要だということを学びました。私の友人が常々言っているように、全てのものには誕生があり、成長があり、成熟があり、そして衰退して死に至るというサイクルがあります。技術が急速に進歩している時期に投資することが重要で、すでに衰退期に入ってからでは投資が難しくなります。なぜなら、投資が必要だと気づいた時には、すでに手遅れになっているからです。
特に今回の技術革新の波は、私がこれまで経験してきた多くの技術サイクルの中でも前例のないものです。私は長年この業界にいますが、これほどの変革期は見たことがありません。しかも、私たちはまだその入り口に立ったばかりです。
この認識は、私たちの戦略的意思決定において重要な役割を果たしています。例えば、医療機器業界では伝統的に保守的なアプローチが取られてきましたが、AIのような破壊的技術については、早期の段階で積極的な投資と実装を行う必要があります。この判断の正しさは、現在47もの類似技術が登場していることからも裏付けられています。
しかし、単に早期に投資を行えばよいというわけではありません。技術の成熟度、市場の準備状況、規制環境など、複数の要因を慎重に見極める必要があります。私たちの場合、AIへの転換は危機的状況下での決断でしたが、結果的にそのタイミングは適切でした。技術の導入時期を見誤ると、たとえ優れた技術であっても市場での成功は難しくなります。
6.3 従来型医療機器企業からAI企業への転換lessons learned
私たちの変革の過程で最も印象的な出来事の一つは、臨床規制責任者の離職でした。AIへの転換を決断した際、彼女は「これは医療機器開発のやり方ではない」と主張して会社を去りました。その時、彼女は「このやり方では成功しない」と確信していました。
実際、私はその判断を理解できます。なぜなら、私たちは医療機器業界の伝統的な開発手法から完全に脱却しようとしていたからです。従来のやり方に固執していては、AIがもたらす可能性を最大限に活かすことはできませんでした。私たちは、183日後にMedtronicから5億8,500万ドルの買収オファーを受けることになりましたが、正直なところ、その電話をかけて「どうですか?」と言いたい気持ちを抑えるのに苦労しています。
この経験から、私は変革期における意思決定の重要性を痛感しました。特に重要なのは、前例や過去の経験に縛られすぎないことです。私は自身の経験を振り返る時、変更がなぜ必要だったのかという点を強調したいと思います。そして、乱気流の中では過去のロジックは通用しないという教訓を学びました。もし過去のロジックを使い続けていたら、私は今、別の場所で働いていたかもしれません。
このような大きな変革を成功させるためには、技術的な革新だけでなく、組織全体の考え方を変える必要があります。それは時として、長年の経験を持つ重要な人材との別れを意味することもあります。しかし、変革期においては、そのような困難な決断も必要不可欠なのです。変化を恐れずに前進する勇気が、最終的に成功への鍵となりました。