※本記事は、CDT's Digital Leadership Agenda 2025で開催されたパネルディスカッション「Technology and the Future of Work」の内容を基に作成されています。このセッションは、UC IrvineのPaul Merage School of BusinessのDeanであるIan Williamson氏をモデレーターとし、Pacific LifeのEVP & Chief Information Digital OfficerであるMary Beth Eckert氏、ExperianのChief Customer OfficerであるAdam Fingersh氏をパネリストとして迎え実施されました。
本記事では、パネルディスカッションの内容を要約しております。なお、本記事の内容は登壇者の見解を正確に反映するよう努めていますが、要約や解釈による誤りがある可能性もありますので、正確な情報や文脈については、オリジナルの動画をご覧いただくことをお勧めいたします。
動画の視聴はこちらから可能です: https://www.youtube.com/watch?v=pFdTcwHsbvY
1. はじめに
1.1. パネリストの紹介
本セッションは、UCI(University of California, Irvine)のPaul Merage School of Business学部長であるIan O. Williamsonをモデレーターとして開催されました。Williamsonは人事(HR)の専門家であり、AIとタレントマネジメントの関係性について深い知見を持っています。
最初のパネリストであるMary Beth Eckertは、Pacific Lifeの執行副社長(EVP)兼最高情報デジタル責任者(Chief Information Digital Officer)を務めています。Pacific Lifeは生命保険および年金商品を提供する金融機関で、ニューポートビーチに本社を置いています。Eckertは同社のテクノロジー部門全体を統括し、規制産業におけるAI導入を推進する立場にあります。彼女の下でPacific Lifeは、Microsoft Copilotの導入から始まり、顧客サービスや保険引受業務へのAI実装まで、段階的なアプローチでAIトランスフォーメーションを進めています。
もう一人のパネリストであるAdam Fingershは、Experianの最高顧客責任者(Chief Customer Officer)兼北米オペレーション担当執行副社長を務めています。Experianはコスタメサに拠点を置き、クレジットレポートで広く知られていますが、それは事業の一部に過ぎません。同社は健康、自動車、直接消費者向けなど、多様な産業で事業を展開しています。Fingershは20年間Experianに在籍し、様々な事業部門を指揮してきました。現在は、従業員の新しいツール採用とワークフォース進化を担当しています。また、UCIのビジネススクールで教鞭も執っています。
両社とも、AIを単なる技術としてではなく、ビジネスを変革するツールとして捉えている点が特徴的です。特にExperianは、ビッグデータと分析を企業の存在意義とし、機械学習や人工知能を長年にわたって活用してきた実績を持っています。一方、Pacific Lifeは規制産業という特性を活かし、人間の判断を補完するツールとしてAIを位置づけています。このように異なるアプローチを持つ両社の知見は、AIトランスフォーメーションを検討する企業にとって、貴重な示唆を提供するものとなっています。
2. AIの現実とハイプ
2.1. 生成AIの現状評価
Williamson(モデレーター):生成AIの生産性向上について、様々な研究結果が発表されていますが、お二人の組織での実際の経験から見て、どの程度革新的なものだとお考えでしょうか。現実とハイプの観点からお聞かせください。
Mary Beth:この1日半の議論を通して感じているのは、これは確かにハイプと現実の混合だと思います。多くの人が読んでいる通り、大規模言語モデルやAI、生成AIは実は70-75年の歴史があります。生成AIは新しい魅力的な対象として注目を集めていますが、その後すぐにディスペアの谷に陥るという現象も見られました。
私たちは今、この技術が本当にビジネスやライフスタイルをどう変革するのか、その均衡点に達しつつあります。私たちは具体的なユースケースについて話し始めましたが、今日より多く議論されているのは、ROIと投資の方向性についてです。多くの企業は、Microsoft Copilotのような生産性向上ツールから始めました。しかし、これは大きな成果とは言えなかったと思います。なぜなら、これらの企業は市場に製品を出す前に投資を回収する必要があったからです。
Adam:全く同感です。生成AIのハイプサイクルは従来の曲線に従っているように見えます。エンジニアリングフレームワークなどで20%の生産性向上という初期の話題は確かに過熱気味でした。しかし、私たちExperianは大きなデータセットを持つデータ・アナリティクス企業として長年事業を展開してきました。分析、機械学習、人工知能を活用して、クライアントの難しい課題解決や消費者の金融生活管理を支援してきた実績があります。その観点から見ると、生成AIは次の進化であり、かなり大きな一歩前進だと考えています。
Mary Beth:そうですね。スタートアップのように100%この分野に注力していない企業にとっては、より漸進的なアプローチが現実的です。しかし、これは確かに現実として存在しており、私たちはほぼ毎日これについて議論しています。この旅は今後も続くでしょう。
このように、両パネリストは生成AIの現状について、過度の期待と実際の価値の両面を冷静に評価しながら、それぞれの組織における具体的な取り組みを通じた知見を共有しています。特に、長期的な視点での投資判断と、段階的な導入アプローチの重要性を強調しています。
2.2. 実際の業務への影響
Williamson:具体的な業務プロセスにおいて、どのような変化が見られているのでしょうか。導入の進め方や、実際の効果についてお聞かせください。
Adam:Experianでは、生成AIをほぼすべての事業分野に導入しています。私たちのCEOは強力なAIツールの支持者で、人工知能の活用は当社のこれまでの取り組みの自然な進化だと考えています。例えば、顧客向けのオンラインチャットボットに生成AIを組み込み、消費者が当社のサービスをよりスムーズに利用できるようにしました。加えて、電話対応をする担当者向けに情報検索を迅速化し、より一貫性のある回答を提供できるようになっています。
Mary Beth:Pacific Lifeでは、より慎重なアプローチを取っています。私たちは素晴らしいパイロットプログラムをいくつか実施しました。例えば、GitHub Copilotの導入では、エンジニアの生産性向上を確認できました。現在は社内カスタマーサービス担当者向けのツール導入を進めています。特に注目しているのは、電話対応中の情報検索の効率化です。CSRが必要な情報をすぐに見つけ出し、即座に回答できるようになってきています。
Adam:興味深い点は、オフィスツールなどの一般的な業務ツールにおける効果です。確かにスマートな機能ではありますが、現時点では私たちが期待するほどの効果は得られていません。ただし、これらのツールは継続的に改善されており、将来的にはより大きな価値を生み出すと考えています。
Mary Beth:その通りです。私たちは保険引受業務でも生成AIの活用を検討しています。ただし、規制対象産業として重要なのは、生成AIで意思決定を行うのではなく、意思決定を支援するデータを提示することです。関連する規制文書も自動的に添付できるようになれば、業務効率が大きく向上すると期待しています。
特に興味深いのは、これらのユースケースの実装スピードです。従来のプロジェクトであれば9ヶ月かかるような内容でも、外部パートナーと協力することで6週間程度で4つのユースケースを実装できています。失敗も早く、学びも早い。この俊敏性は、生成AI導入の大きな利点だと考えています。
Adam:そうですね。重要なのは、これらのツールが従業員の仕事を置き換えるのではなく、補完することです。例えば、エンジニアの作業時間すべてで20%の生産性向上が見込めるわけではありませんが、実際のコーディング時間では明確な改善が見られています。また、一貫性の向上やエラーの削減といった品質面での効果も確認できています。
このように、両社とも段階的なアプローチを取りながら、それぞれの業界特性に応じた形でAIツールの導入を進めていることが分かります。特に、規制への対応や品質の確保を重視しながら、具体的な業務改善効果を追求している点が特徴的です。
3. 具体的な導入事例と成果
3.1. Experianの事例
Williamson:Adam、Experianでの具体的な導入事例とその成果について、詳しくお聞かせください。
Adam:私たちは生成AIを企業のほぼすべての部門に導入しています。当社のCEOは生成AIツールの強力な支持者であり、これまでのAI活用の自然な進化として位置づけています。特に大きな成果を上げているのが、エンジニアリング部門での展開です。
全社のエンジニアに対してCopilotを導入し、100%の採用率を達成しました。当初、業界では「エンジニアの作業時間全体で20%の生産性向上が見込める」という楽観的な予測が流れていましたが、実際にはそこまでの効果は得られていません。ただし、実際のコーディング時間に限定すると、明確な生産性向上が確認できています。
さらに重要な点として、コードの一貫性が向上し、エラーや異常が減少しているという品質面での改善も見られています。私たちは生産性だけでなく、品質の追跡も行っており、両面での効果を確認しています。
また、消費者向けサービスでも成果を上げています。オンラインの消費者向けチャットボットに生成AIを組み込み、利用者が当社のサービスをより効率的に利用できるようになりました。加えて、電話対応を行うエージェントに対しても、情報へより迅速にアクセスできるツールを提供し、より一貫性のある回答ができるようサポートしています。
Mary Beth:興味深い事例ですね。エンジニアリング部門での100%採用は印象的です。Pacific Lifeでも同様の取り組みを検討していますが、規制産業という性質上、より慎重なアプローチを取る必要があります。Experianでは、品質面での改善をどのように測定していますか?
Adam:私たちは、コードの一貫性やエラー率について、導入前後での比較を行っています。特に、エンジニアが作業時間のうち実際にコーディングに費やす時間と、その時間内での生産性向上に注目しています。また、消費者向けサービスについては、問い合わせ解決までの時間や顧客満足度なども指標として活用しています。
このように、Experianの事例は、全社的な展開と具体的な効果測定の両面で、生成AI導入の一つのモデルケースを示しています。特に、生産性と品質の両面での改善を追求し、具体的な指標で効果を確認している点が特徴的です。
3.2. Pacific Lifeの事例
Williamson:Mary Beth、Pacific Lifeの導入事例について、特に規制産業としての特徴的なアプローチをお聞かせください。
Mary Beth:私たちは、Experianと比べてより慎重なアプローチを取っています。まず、GitHub Copilotのようなエンジニアリングツールでパイロットプログラムを開始しました。これは比較的リスクの低い領域からスタートする戦略の一環です。
現在、最も注力しているのは社内のカスタマーサービス担当者向けのツール開発です。具体的には、電話対応中の情報検索を効率化し、CSRが必要な情報に即座にアクセスできる環境を整備しています。また、保険引受業務でも活用を検討していますが、これは規制対応が特に重要な領域です。
Adam:規制対応について、具体的にどのような工夫をされていますか?
Mary Beth:重要なポイントは、生成AIを直接的な意思決定には使用せず、意思決定を支援するデータの提示に限定していることです。例えば、アンダーライターにデータを提示する際、関連する規制文書も自動的に添付できるようにしています。これにより、コンプライアンスを維持しながら、業務効率を向上させることができます。
特筆すべきは、実装のスピードです。外部パートナーと協力することで、通常9ヶ月かかるような規模のプロジェクトでも、6週間程度で4つのユースケースを実装できています。このアジャイルなアプローチにより、早期に失敗を発見し、そこから学びを得ることができます。
例えば、最近のEXLという保険会社の事例は興味深いものです。彼らは保険業界に特化した大規模言語モデルを開発しました。2023年時点で業界や機能に特化したモデルは全体の1%に過ぎませんでしたが、2027年までには50%に達すると予測されています。これは、私たちのような規制産業特有のニーズに応える動きとして注目しています。
Williamson:失敗から得られた具体的な学びはありますか?
Mary Beth:はい。初期のパイロットでは、ツールの機能に注目するあまり、実際のビジネスプロセスとの整合性の検証が不十分でした。今では、新しいツールを導入する前に、既存のワークフローとの統合方法を慎重に検討し、エンドユーザーからのフィードバックを積極的に取り入れるようにしています。また、規制要件への適合性確認を導入プロセスの最初の段階で行うことで、後戻りのリスクを最小限に抑えています。
このように、Pacific Lifeの事例は、規制産業における生成AI導入の現実的なアプローチを示しています。特に、コンプライアンスと効率性のバランスを取りながら、迅速な実装と学習のサイクルを回す手法は、同様の課題を持つ企業にとって参考になるものと考えています。
4. AIと雇用の関係性
4.1. 代替か補完か
Williamson:AIが雇用に与える影響について、多くの議論がなされています。特に、AIは仕事を奪うのか、それとも補完的な役割を果たすのか。お二人の組織での経験から、この問題についてどのようにお考えですか?
Adam:私は25年前のインターネット導入期と非常に似た状況だと考えています。当時も「仕事が消える」という懸念が広がっていましたが、実際には雇用は増えました。ただし、仕事の内容は大きく変化しました。
現在のAIツールに関しても、私たちの経験では、まずは従業員の「コパイロット」として機能しています。これは2セッション前の議論でも触れられていましたが、AIは従業員の横に寄り添い、より生産的で正確な仕事を支援する存在となっています。確かに、一部の業務ではAIが人間の代わりを務める可能性もありますが、特に私たちのような規制の厳しい業界では、それは将来の話でしょう。人間の関与が必要不可欠な領域が依然として多く存在しています。
Mary Beth:その点について、私も同意見です。ただし、リソースの再配分という観点から見ることも重要だと考えています。私たちは高業績な環境で事業を展開しており、上場企業として、クライアントからイノベーションを期待されています。消費者も新しい製品や機能を求めています。
AIによって生まれた余剰リソースを、新しいイノベーションや刺激的な分野に再投資できることは、大きな利点です。つまり、これはゼロサムゲームではないのです。むしろ、既存のリソースを新しいイノベーションや刺激的な領域に再配分する機会だと捉えています。
Adam:そうですね。私たちの従業員は高業績な環境で働くことを望んでおり、最先端の技術や革新的なプロジェクトに携わりたいと考えています。AIツールの活用自体が新しい経験となるだけでなく、それによって生まれた生産性の向上が、新たなイノベーションや刺激的な仕事に取り組む余地を生み出しているのです。
Williamson:規制産業における人間の役割について、もう少し具体的にお聞かせください。
Mary Beth:規制産業では、特に意思決定プロセスにおける人間の役割が重要です。AIは意思決定を支援することはできますが、最終的な判断は必ず人間が行う必要があります。この点は、私たちの業界では絶対に譲れない原則となっています。
このように、両社の経験は、AIが仕事を奪うというよりも、新しい機会を創出し、より価値の高い業務への転換を促進する触媒として機能していることを示しています。特に規制産業においては、人間の判断とAIによる支援のバランスを取ることが重要な課題となっています。
4.2. 人材育成の方向性
Williamson:将来的なスキルの変化について、どのようなお考えをお持ちでしょうか?特に既存社員のスキル転換についてお聞かせください。
Mary Beth:2019年にハーバードビジネススクール出版から興味深い指摘がありました。「生成AIがマネージャーを置き換えることはないが、生成AIを使わないマネージャーは置き換えられるだろう」というものです。この考えは、マネージャーに限らず、イデオロジスト、エンジニア、あらゆる職種に当てはまると考えています。
実際に、一部の業務は確実に自動化されていくでしょう。例えば、反復的なタスクを行うエンジニアや、定型的な作業を行うフードサービスラインの従業員などの仕事は、徐々に自動化され、AIによって完全に置き換えられる可能性が高いと考えています。
Adam:その通りですね。しかし、より上位の職種では、仕事の内容が変化するものの、なくなることはないでしょう。むしろ、データ関連の職種はより重要性を増していくと考えています。特に、プロンプトエンジニアリングのような新しいスキルセットが必要になってきています。
Mary Beth:重要なのは、クリティカルシンキングの能力です。AはBに、BはCにつながり、最終的にZになるという思考プロセスを組み立てる能力が、今後ますます重要になってくると考えています。AIは現時点では批判的思考を行う装置ではありません。人間の判断力が必要不可欠な領域として残り続けるでしょう。
Adam:既存社員のスキル転換について、私たちの組織では段階的なアプローチを取っています。まず、業務で実際に使用するAIツールの基本的な操作方法から始め、徐々により高度な活用方法へと進めています。特に重要なのは、AIをブラックボックスとして扱うのではなく、その判断プロセスを理解し、適切に活用できる能力を育成することです。
Mary Beth:私たちも同様のアプローチを取っていますが、特に規制産業という特性から、コンプライアンスの観点も重視しています。例えば、保険引受業務では、AIの判断をそのまま受け入れるのではなく、その根拠を理解し、適切に評価できる能力が必要です。そのため、技術的なスキルだけでなく、規制要件の理解や倫理的な判断力の育成にも力を入れています。
このように、AI時代の人材育成においては、技術的なスキルの習得に加えて、批判的思考力や判断力の向上が重要な課題となっています。特に、既存社員のスキル転換においては、段階的なアプローチと、業界特性に応じた独自の育成プログラムの開発が必要とされています。
5. リーダーシップの準備と育成
5.1. 経営層の関与
Williamson:組織のリーダーシップの準備や育成について、どのようなアプローチを取られていますか?
Adam:私たちExperianでは、生成AIを一般社員に導入する際、経営陣自身が率先して採用することが重要だと考えました。そこで、組織のリーダーやマネージャーたちのAIツール使用状況を積極的にモニタリングしています。これは懲罰的な目的ではなく、リーダーたちが確実にこの変革の旅に参加できるようにするためのものです。
リーダーが傍観者として見守るのではなく、自ら体験することで、組織全体により大きな効果をもたらすことができるのです。例えば、当社のグローバル最高執行責任者は、昨年のグローバルリーダーシップミーティングで、プレゼンテーションのスライドと講演原稿の全てを生成AIツールを使って作成し、そのことをリーダーシップチームの前で公表しました。これ以上の上級職はCEOくらいしかいませんが、そのレベルの経営層が実際にツールを使用する姿を見せることは、非常に強力なメッセージとなりました。
Mary Beth:素晴らしい事例ですね。実は、私たちも同様の課題に直面しています。多くのリーダーたちは、このAIの波に乗りたいと考え、何が起きているのか理解したいと思っています。しかし、実際には、どこから始めればよいのかわからないという声も多く聞かれます。
確かに、ChatGPTを使ってみたり、様々な記事を読んだりすることはできますが、上級管理職の多くは、この新しい領域に足を踏み入れることに不安を感じています。そのため、私たちは現在、データ・AIリテラシープログラムの導入を検討しています。適切なパートナーと協力して、上級リーダーたち向けのプログラムを提供することを目指しています。
Adam:その点について補足させていただくと、私の上司である地域CEOも、リーダーシップチームへの議題準備やプレゼンテーション資料の作成にAIツールを活用しています。このように、組織の最上層部が日常的な業務でAIを活用する姿を見せることは、非常に重要だと考えています。
Mary Beth:その通りですね。私たちの組織では、AIを技術として扱うのではなく、ビジネスツールとして位置づけています。そのため、ビジネス部門のリーダーたちには、この種の思考方法を理解し、自分たちのオペレーションを変革するためにどのように活用できるかを考えてもらう必要があります。これは一朝一夕には実現できません。組織の全レベルで、このツールの考え方、使い方、実際の事例について理解を深めていく必要があります。
このように、両社とも経営層の積極的な関与を重視しており、特に象徴的な行動の重要性を強調しています。単なる方針の表明だけでなく、実際の業務でAIツールを活用する姿を見せることで、組織全体の変革を促進しているのです。
5.2. 教育プログラム
Williamson:リーダーシップの育成において、具体的な教育プログラムはどのように構築されていますか?
Mary Beth:私たちPacific Lifeでは、データ・AIリテラシープログラムの構築に取り組んでいます。これは単なる技術研修ではなく、AIをビジネスツールとして理解し、活用するための包括的なプログラムです。特に重要なのは、上級管理職が技術に対して感じる不安や戸惑いを解消することです。すべてのリーダーが理解できなければ、効果的な導入は難しいと考えています。
Adam:Experianでは、教育効果を測定するために具体的な指標を設定しています。例えば、リーダーシップチームのAIツール採用率を追跡し、それが組織全体の採用率にどのように影響するかを分析しています。また、より高度な投資が必要なユースケースが提案されるようになってきたことも、教育の成果として捉えています。
Mary Beth:外部パートナーとの連携も重要ですね。私たちは、AIリテラシーの向上のために、適切なパートナーを探しています。特に、上級リーダーたちがAIに対する理解を深め、自信を持って活用できるようになるためのサポートを重視しています。
Adam:その通りです。また、私たちは教育プログラムを階層的に構築しています。基本的なツールの使用方法から始めて、徐々により高度な活用方法へと進めていきます。特に注目しているのは、リーダーたちが自部門でのAI活用の可能性を自ら見出せるようになることです。
Mary Beth:私たちの組織でも、単なる技術研修ではなく、ビジネス変革のツールとしてAIを捉える視点を重視しています。技術部門だけでなく、ビジネス部門のリーダーたちにも、この新しい思考方法を理解してもらう必要があります。そのためには、彼らの言葉で、彼らの文脈で説明することが重要です。
Adam:その点に関連して、私たちは実践的な事例を多く取り入れています。例えば、先ほど触れた最高執行責任者によるAIツールを使用したプレゼンテーションの作成は、非常に効果的な教育事例となりました。リーダーたちが実際の業務でAIを活用する姿を見せることで、他の社員たちの理解も深まっています。
このように、両社とも、AIリテラシーの向上を単なる技術習得ではなく、ビジネス変革のための重要な要素として捉え、包括的な教育プログラムの構築を進めています。特に、リーダーシップレベルでの理解と活用を促進することで、組織全体への浸透を図っているのです。
6. 将来への展望
6.1. 規制対応と実験
Williamson:規制対応と実験的な取り組みのバランスについて、どのようにお考えですか?
Adam:私たちExperianでは、組織のほぼすべての側面で生成AIのテストを実施しています。特に重要なのは、リスクレベルに応じたアプローチです。明らかにリスクの低い領域、あるいは規制上の懸念が少ない領域では、より積極的に展開を進めています。
一方、リスクの高い領域では、より慎重なアプローチを取っています。特に規制対応が必要な部分については、通常の業務プロセスと並行してテストを実施し、その性能を評価しています。これにより、消費者やクライアントに対して適切な保護を確保しながら、私たちの能力とソリューションを進化させることができます。
Mary Beth:その通りですね。Pacific Lifeでも同様のアプローチを取っています。規制当局との関係構築は特に重要です。私たちは規制当局と協力しながら、安全な実験の範囲を設定しています。興味深いのは、規制当局自身もこの新しい技術をどのように扱うべきか、模索している段階だということです。
Adam:私たちも実験的な取り組みについては、段階的なアプローチを採用しています。まず、リスクの低い内部プロセスから始めて、徐々により複雑な領域に拡大していきます。そのプロセスで得られた知見を、規制当局と共有することで、より良い規制フレームワークの構築にも貢献できると考えています。
Mary Beth:実験の範囲設定も重要ですね。私たちは「フェイルファスト」の原則を採用しています。小規模な実験を素早く行い、うまくいかない場合はすぐに方向転換できる体制を整えています。これにより、リスクを最小限に抑えながら、革新的な取り組みを進めることができています。
Adam:消費者保護との両立も重要な課題です。私たちは、すべての実験において、消費者データの保護を最優先事項としています。特に、信用情報を扱う企業として、データセキュリティとプライバシー保護には細心の注意を払っています。
Mary Beth:同感です。保険業界でも、顧客の個人情報保護は最重要課題です。AIの実験を行う際も、常に「顧客にとってのベネフィットは何か」という視点を持つように心がけています。技術的に可能だからといって、すべてを実装するわけではありません。
このように、両社とも規制対応と革新のバランスを取りながら、慎重かつ積極的に実験的な取り組みを進めています。特に、消費者保護を最優先としながら、規制当局との協力関係を構築し、業界全体の発展に貢献することを目指しています。
6.2. 今後の発展可能性
Williamson:最後に、AIの将来的な発展可能性について、お二人の見解をお聞かせください。
Adam:私たちは、10年後には生成AIが完全に当たり前の存在になっていると予測しています。今日議論したような個別の機能や特徴について考える必要はなくなり、アナリティクスや他のツールと同様に、日常的なビジネスツールとして利用されているでしょう。
特に初期には、生成AIと従来のAIの違いについて慎重に議論されていましたが、最終的にはこれらの境界線も曖昧になり、人工知能と生成AIは、あらゆるユースケースで広く使用される統合されたツールセットになっていくと考えています。
Mary Beth:私の同僚が興味深い指摘をしていました。「これが生成AIの最も劣っている時期だ。ここからどこに向かうのだろうか?」という問いかけです。私たちは数年前には、これほどの変化のペースを予測できませんでした。グローバルな変化の規模は本当に驚くべきものです。
特に注目すべきは、若い世代の教育や就職に対する影響です。すべてのレベルで変化が起きており、私たちの教育方法や自己啓発の方法も変わってきています。しかし、エネルギー消費の問題は大きな課題です。
Adam:エネルギー制約については、私も懸念していますが、興味深い点があります。今日の議論でも触れられましたが、これまでの技術革新の歴史を振り返ると、常に新しい解決策が見つかってきました。例えば、原子力発電の再評価など、5年前には予測できなかった展開も起きています。
Mary Beth:その通りですね。投資規模を見ても、この分野への期待の大きさが分かります。巨額の投資が行われており、これは驚くべき規模です。もちろん、サイバーリスクや倫理的な課題など、考慮すべき問題は多々ありますが、これらの課題に積極的に取り組み、前進していく必要があります。
Adam:確かに、技術の発展とともにリスクも増大します。しかし、私たちの経験では、適切な規制とガバナンスの枠組みを構築することで、これらのリスクは管理可能です。特に重要なのは、プライバシーとセキュリティの保護を優先しながら、イノベーションを推進することです。
このように、両社の経営陣は、AIの将来に対して楽観的でありながらも、現実的な課題認識を持っています。特に、エネルギー問題や倫理的課題への対応が重要であると認識しつつ、これまでの技術革新の歴史から、これらの課題も解決可能であると考えています。