※本記事は、CDTのDigital Leadership Agenda 2025で開催されたパネルディスカッションの内容を基に作成されています。
登壇者は以下の3名です:
- Nadia Mazzino氏(Hitachi Rail, Senior Director, Control Centre Integration & Advanced Services)
- Julian Merten氏(Mercedes-Benz Research & Development North America, Distinguished Machine Learning Engineer)
- モデレーター:Vijay Gurbaxani氏(Center for Digital Transformation, Director)
本記事では、パネルディスカッションの内容を要約しております。なお、本記事の内容は登壇者の見解を正確に反映するよう努めていますが、要約や解釈による誤りがある可能性もありますので、正確な情報や文脈については、オリジナルの動画をご視聴いただくことをお勧めいたします。
1. イントロダクション
1.1. 登壇者の紹介
本セッションでは、資本集約型産業におけるAIの活用について、二人の専門家を迎えて議論が行われました。
一人目の登壇者であるNadia Mazzinoは、Hitachi Railに所属し、30年にわたる鉄道業界での経験を持っています。ソフトウェア開発者としてキャリアをスタートさせ、エンジニアリングイノベーションやR&Dに携わってきました。現在は、次世代制御センターの新製品・ソリューション責任者として、データやAIを活用したデジタルサービスの開発を統括しています。Hitachi Railは、国内外の交通機関や地方自治体を顧客とし、都市交通システムから高速鉄道、貨物輸送まで幅広い領域でソリューションを提供しています。
二人目の登壇者であるJulian Mertenは、Mercedes-Benz Research & Development North Americaの Distinguished Machine Learning Engineerとして、顧客向けAIの車両への実装を担当しています。特に生成AIの実装において先駆的な取り組みを行っており、ユーザーエクスペリエンスの革新的な改善を実現しています。カリフォルニアのベイエリアを拠点に活動しており、高級車両における最新のAI技術の統合に取り組んでいます。
モデレーターを務めるVijay Gurbaxaniは、Center for Digital Transformationのディレクターとして、デジタル技術による産業変革の研究と実践をリードしています。今回のパネルディスカッションでは、特に資本集約型産業におけるAI活用の特殊性に着目し、自動車産業における最終製品としての活用と、鉄道産業におけるオペレーション面での活用という、二つの異なる視点からの議論を展開しています。
これらの登壇者の知見を通じて、重要なインフラストラクチャーにおけるAI活用の現状と課題、そして将来の展望について、具体的な事例を交えた議論が展開されることになります。
1.2. パネルディスカッションの目的と背景
このパネルディスカッションは、従来型の金融サービス業界とは異なる、資本集約型産業におけるAI活用の特殊性に焦点を当てています。特に、重厚長大な設備や機器を必要とする産業では、AIの実装と運用に独自の課題があることに着目しています。
本セッションでは、二つの異なる視点からAI活用を検討しています。一つは、Mercedes-Benzが代表する最終製品としてのAI活用です。これは、高級車両における顧客体験の向上やソフトウェア定義による機能拡張を目指すものです。もう一つは、Hitachi Railが代表する複雑なオペレーションシステムにおけるAI活用です。これは航空管制に匹敵する複雑な鉄道システムの運用を、安全性を確保しながら効率化することを目指しています。
モデレーターのGurbaxaniは、AIによる生産性向上について、単なる労働生産性の向上だけでなく、付加価値の創出という観点からも注目しています。例えば、同じ労働投入量でもより高品質な製品やサービスを提供できれば、それも生産性の向上と捉えることができます。また、新しいプロセスの導入や必要なスキルの変化についても、包括的な議論が必要であることを指摘しています。
このように、本パネルディスカッションでは、資本集約型産業特有の課題を踏まえながら、安全性と効率性を両立させつつ、AIによる価値創出の可能性を多面的に検討することを目的としています。特に、自動車産業と鉄道産業という異なる文脈での実践例を通じて、具体的な示唆を得ることを意図しています。
2. 鉄道産業におけるAI活用 (Hitachi Rail)
2.1. 事業領域と主要課題
Nadia Mazzino:私が所属するHitachi Railは、鉄道業界の幅広い事業領域をカバーしています。具体的には、都市交通システムとしてのメトロやトラム、メインラインとしての幹線鉄道、高速鉄道、そして貨物輸送まで、あらゆる鉄道システムに関わっています。
Vijay Gurbaxani:鉄道システムは航空管制に似た複雑なシステムですね。運営形態はどのようになっているのでしょうか?
Nadia Mazzino:私たちの顧客は、各国の交通機関や地方自治体、インフラ管理者など多岐にわたります。事業形態も、製造から保守、運営まで、顧客のニーズに応じて柔軟に対応しています。例えば、システムの製造・納入のみを行うケースもあれば、保守や運営まで包括的にサービスを提供するケースもあります。
Julian Merten:自動車産業と比較すると、鉄道産業は多様なステークホルダーとの調整が必要なんですね。
Nadia Mazzino:はい、その通りです。特に都市交通システムの場合、地域の特性や要件に合わせたカスタマイズが必要となります。例えば、2002年にコペンハーゲンに納入した無人運転メトロは、当時としては画期的なイノベーションでした。現在では、私たちが納入するメトロシステムの多くが無人運転を採用していますが、これも各都市の要件に合わせて最適化を図っています。また、各国の規制や安全基準に準拠する必要もあり、システムの設計・実装には高度な専門性が求められます。
このように、鉄道産業では、多様なステークホルダーのニーズに応えながら、安全性と効率性を両立させることが大きな課題となっています。
2.2. システム複雑性への対応
Nadia Mazzino:鉄道システムは、実に複雑なシステムの集合体です。車両やインフラといった物理的な要素に加えて、様々な技術を統合する必要があります。具体的には、車両に搭載されるオンボードシステム、線路脇に設置される路側システム、そして全体を統括する制御センターの3つの領域で、それぞれ異なる技術を展開しています。
Vijay Gurbaxani:それらのシステムはどのように連携しているのでしょうか?
Nadia Mazzino:各要素が互いに密接に結びついており、一つの要素の変更が他の要素に影響を及ぼす可能性があります。例えば、安全性に関わる部分では、特定の規格や規則に厳密に従う必要があります。また、安全性が重要でない部分であっても、業界特有の規範や基準に準拠することが求められます。
Julian Merten:自動車産業でも複雑なシステム統合が必要ですが、鉄道システムはさらに大規模なインフラとの連携が必要なんですね。
Nadia Mazzino:その通りです。例えば、2002年にコペンハーゲンに導入した無人運転メトロでは、車両の自律制御だけでなく、インフラ側のシステムとの緊密な連携が不可欠でした。現在では、メトロシステムの多くが無人運転を採用していますが、これを実現するためには、すべての要素が完璧に統合され、安全性が担保されている必要があります。
Vijay Gurbaxani:今後は一般の鉄道でも無人運転の導入を目指しているのでしょうか?
Nadia Mazzino:はい、その通りです。しかし、一般の鉄道は開かれた環境で運行されるため、メトロよりもさらに複雑な課題があります。列車自体をより知能化し、周囲の状況を理解・判断できるようにする必要があります。そのため、エッジコンピューティング技術の活用など、新しい技術の導入を進めているところです。
2.3. AIを活用した4つの主要改善領域
Vijay Gurbaxani:鉄道セクターにおいて、AIはどのような価値を生み出しているのでしょうか?
Nadia Mazzino:私たちHitachi Railでは、現在4つの主要な課題に焦点を当ててAIを活用しています。第一の課題は輸送能力の向上です。AIを活用した交通管理システムの最適化により、既存のインフラを最大限に活用することが可能になっています。
Julian Merten:自動車産業でも渋滞緩和は大きな課題ですが、鉄道の場合はどのような最適化を行っているのでしょうか?
Nadia Mazzino:鉄道の場合、路線の運行スケジュールや列車間隔の最適化が重要になります。特に先週ノッティンガムで発表した新しいソリューション「H-MAX」は、第二の課題であるコスト削減、特に保守面での改善に大きく貢献します。このシステムは、すべての資産管理を一元化し、予測保全を実現することで、メンテナンス活動の効率を大幅に向上させています。
Vijay Gurbaxani:環境面での貢献についてはいかがでしょうか?
Nadia Mazzino:第三の課題として、排出削減があります。AIを活用してエネルギー消費を最適化することで、環境負荷の低減を実現しています。運行パターンの分析や、回生ブレーキのエネルギー利用の最適化などが具体的な取り組みです。
Julian Merten:顧客体験の向上という点では、自動車産業でも生成AIを活用していますが、鉄道ではどのようなアプローチをとっているのでしょうか?
Nadia Mazzino:第四の課題として、顧客体験の改善に取り組んでいます。私たちのシステムに蓄積された情報を活用して、利用者に追加情報を提供したり、異なる交通手段間のスムーズな移行をサポートしたりしています。例えば、アプリやタイムテーブルを通じて、リアルタイムの運行情報や代替ルートの提案を行っています。これにより、エンドユーザーの移動をよりシームレスなものにすることができます。
2.4. NVIDIAとの協業による実証実験
Vijay Gurbaxani:NVIDIAとの協業について、具体的な取り組み内容を教えていただけますか?
Nadia Mazzino:はい。現在、Hitachi RailはNVIDIAおよびHitachi Digitalと協力して、列車へのエッジ処理能力の実装を進めています。これは列車をより知能化し、周囲の状況を理解・判断できるようにするための重要な取り組みです。
Julian Merten:エッジコンピューティングの実装において、特に注力されている点は何でしょうか?
Nadia Mazzino:主に二つの側面があります。一つは、保守目的でインフラの状態を監視することです。もう一つは、安全性の確保のため、列車の前方に障害物がないことを確認することです。これまでは、カメラで撮影した画像を制御センターに送信し、事後的に処理を行っていました。しかし、NVIDIAとの協業により、列車の走行中にリアルタイムでアルゴリズムを実行し、即座に警告を発することが可能になっています。
Vijay Gurbaxani:その技術の実装はスムーズに進んだのでしょうか?
Nadia Mazzino:実は、最初のミーティングから実証実験の公開まで、驚くほど短期間で実現することができました。最も印象的なのは、一つのエッジデバイスで複数のアルゴリズムを同時に実行できることです。これにより、列車をより高度なロボットのように進化させることが可能になっています。
Julian Merten:自動運転でも似たような課題がありますが、検知した危険に対して自動的に対応することは可能なのでしょうか?
Nadia Mazzino:現時点では、診断と警告が主な機能です。自動的なブレーキ制御などの安全関連の機能については、次のステップとして検討しています。ただし、その場合は厳密な安全性認証プロセスを経る必要があります。具体的には、テスト手順などの安全性確認のプロセスを完了させなければなりません。
これらの取り組みは、Hitachi DigitalのIT専門知識とNVIDIAのエッジコンピューティング技術、そしてHitachi Railの運用技術の知見を組み合わせることで実現しています。
3. 自動車産業におけるAI活用 (Mercedes-Benz)
3.1. 生成AIの早期導入事例
Vijay Gurbaxani:Mercedes-Benzは生成AIの導入に関して、かなり早い段階から取り組まれていますね。その背景について教えていただけますか?
Julian Merten:はい、私たちMercedes-Benzは生成AIを顧客体験の革新的な向上手段として位置づけています。これまでは、私たちが顧客の行動を十分に理解し、彼らにとって自然な方法で機能を実装することを前提としていました。ある意味で、顧客に私たちの想定した方法で車両を使用してもらう必要がありました。
Nadia Mazzino:生成AIによって、その状況は大きく変わったということでしょうか?
Julian Merten:その通りです。生成AIは、この関係を完全に逆転させました。現在では、生成AIが顧客の意図を理解し、車両の機能をコントロールする仲介役として機能しています。例えば、非常に曖昧な音声コマンドであっても、生成AIが顧客の意図を理解し、適切なアクションを起こすことができます。
Vijay Gurbaxani:そのような高度な機能を実装する上での課題はありましたか?
Julian Merten:実は、モデル自体の実装は私たちの日常業務の一部に過ぎません。最も重要だったのは、製品内でそれらのモデルを展開できる可能性を持つことです。特に自動車業界では、ハードウェアコンポーネントが何年も前から計画されており、その中で2週間ごとに変化する生成AIを組み込むのは大きな課題でした。
Nadia Mazzino:鉄道システムでも同様の課題を抱えていますが、具体的にどのように解決されたのでしょうか?
Julian Merten:解決の鍵となったのは、確実なソフトウェアプラットフォームの存在です。生成AIを迅速かつ信頼性高く、持続可能な方法で顧客の前に展開できるプラットフォームを持っていたことが、早期導入を可能にした大きな要因でした。もう一つ重要なのは人材です。生成AIは決して簡単なものではなく、適切な人材の確保が不可欠でした。
3.2. ソフトウェアプラットフォーム(MBOS)の重要性
Vijay Gurbaxani:Mercedes-Benz Operating System(MBOS)について、もう少し詳しく教えていただけますか?
Julian Merten:私たちが開発したMBOSは、単なるソフトウェアプラットフォーム以上のものです。このシステムにより、生成AIのような新しい技術を柔軟に展開することが可能になりました。特に自動車業界では、ハードウェアの計画が何年も前から必要であり、その中で2週間ごとに進化する生成AIを組み込むという課題がありました。
Nadia Mazzino:鉄道システムでも同様の課題を抱えていますが、ハードウェアとソフトウェアの統合はどのように実現されているのでしょうか?
Julian Merten:かつての車両は、ステアリングホイール、ホイール、そしてラジオといった基本的な要素だけでしたが、現代の車両は、その機能の多くがソフトウェアによって定義されています。「ソフトウェア定義車両」という言葉をよく耳にすると思いますが、これは非常に現実的な概念なのです。MBOSは、このようなソフトウェア主導の機能を安全かつ持続可能な方法で展開することを可能にしています。
Vijay Gurbaxani:将来の技術革新に対する対応はどのように考えていますか?
Julian Merten:実は、EQSのような車両ラインを設計した時点では、生成AIのことは想定していませんでした。しかし、MBOSの柔軟な設計により、そのような予期せぬ技術革新にも対応することができています。これは非常に報われる瞬間でした。「できる」と言えた時の喜びは格別でしたね。ソフトウェアは累積的に成長し、適切に開発されていれば、まったく新しい機能を追加することができるのです。
Nadia Mazzino:それは素晴らしい成果ですね。私たちも同様のアプローチを目指していますが、安全性の担保はどのように行っているのでしょうか?
Julian Merten:MBOSは、ソフトウェアを迅速に展開できるだけでなく、安全で持続可能な方法でそれを行うことができます。これは特に自動車産業では極めて重要な要件です。プラットフォームの設計時から、安全性と将来の拡張性の両方を考慮に入れています。
3.3. 自動運転技術の進展
Vijay Gurbaxani:自動運転技術の開発において、最近大きな進展があったと聞いていますが。
Julian Merten:はい、つい1、2週間前に重要な発表がありました。Mercedes-Benzは、自動車メーカーとして初めてLevel 3自動運転システムの法的認証を取得しました。Level 3とは、特定の条件下で完全にハンズオフでの運転が可能で、ドライバーは一定の時間内に運転を再開できる準備さえあれば良いというレベルです。
Nadia Mazzino:鉄道での無人運転と比較して、どのような違いがありますか?
Julian Merten:当初、ドイツと米国の一部の州で、時速60キロメートルまでの認証を取得していました。カリフォルニア、ネバダなどの州で運用を開始し、そこでの実績を積み重ねてきました。そして最近、速度制限が時速95キロメートルまで緩和されました。これは大きな進歩です。
Vijay Gurbaxani:その速度はアメリカの制限速度65マイルにかなり近づいていますね。
Julian Merten:その通りです。ただし、ドイツでは95キロメートルという制限はまだ比較的低速です。しかし、この段階的な規制緩和の傾向は、着実な進歩を示しています。将来的には120キロメートル、140キロメートルと、さらなる緩和が期待できます。その時点で、本当の意味での車内体験の革新が可能になるでしょう。
Nadia Mazzino:安全性の認証プロセスは厳格だったのではないでしょうか?
Julian Merten:はい、特に法的認証の取得は非常に厳しいプロセスでした。他の自動車メーカーがLevel 2に留まっている中で、私たちは認証された技術として、完全なハンズオフ運転を実現しています。これは技術力の証明であると同時に、安全性に対する私たちのコミットメントを示すものでもあります。
3.4. カスタマーエクスペリエンスの変革
Vijay Gurbaxani:カスタマーエクスペリエンスという観点で、生成AIはどのような変革をもたらしているのでしょうか?
Julian Merten:私たちは、生成AIによって従来のユーザーエクスペリエンス設計の概念を根本から見直しています。以前は、ユースケースやユーザージャーニーについて多くの議論がありましたが、生成AIはこの考え方を完全に変革しました。
Nadia Mazzino:具体的にはどのような変化が起きているのでしょうか?
Julian Merten:生成AIは、顧客の意図とその実現方法の間を取り持つ「仲介者」として機能します。例えば、非常に曖昧な音声コマンドであっても、生成AIが顧客の意図を理解し、車両の適切な機能を起動することができます。これにより、私たちはもはや特定のユースケースを実装する必要がなくなり、代わりに顧客が自分自身のユーザージャーニーを決定できるようになりました。
Vijay Gurbaxani:それは大きな転換ですね。従来のインターフェース設計とはかなり異なる approach ですが。
Julian Merten:その通りです。従来は、私たちが顧客の行動を理解し、予め定義された方法で機能を実装する必要がありました。言わば、顧客に私たちの想定した方法で車両を使用してもらう必要があったのです。しかし現在は、生成AIが顧客の意図を理解し、それを車両の機能に変換する橋渡しの役割を果たしています。これにより、カスタマーエクスペリエンスは、より自然で直感的なものになっています。
Nadia Mazzino:鉄道システムでも同様の課題を抱えていますが、実装の際の課題はどのように解決されましたか?
Julian Merten:最も重要だったのは、生成AIを製品内で柔軟に展開できるプラットフォームの存在です。また、適切な人材の確保も不可欠でした。生成AIは決して容易なものではありませんが、これらの要素が揃っていたことで、革新的なカスタマーエクスペリエンスを実現することができました。
4. 資本集約型産業特有の課題と解決策
4.1. 長期的なライフサイクル管理
Vijay Gurbaxani:資本集約型産業特有の課題として、長期的なライフサイクル管理があると思います。この点について、お二人の経験をお聞かせください。
Nadia Mazzino:私たちの業界では、製品のライフサイクルが非常に長期に及びます。例えば、昨年私たちは、2030年に実際の運用が開始される地下鉄システムの設計を開始しました。このような長期的な開発サイクルの中で、AIのような急速に進化する技術をどのように組み込んでいくかが大きな課題となっています。
Julian Merten:自動車業界でも同様の課題を抱えています。特にハードウェアコンポーネントは、何年も前から計画する必要がありますが、その一方で生成AIは2週間ごとに進化しています。このギャップをどう埋めるかが重要になってきます。
Nadia Mazzino:私たちの戦略は、数年前から標準的なフレームワークの構築に注力することでした。具体的には、鉄道システム全体の資産を標準化されたデータモデルとして定義し、そのモデルに基づいて新しい技術を段階的に統合できるようにしています。
Vijay Gurbaxani:その標準化されたフレームワークは、どのように保守やアップデートに活用されているのでしょうか?
Nadia Mazzino:このフレームワークにより、新しい機能やコンポーネントを「プラグイン」のように追加することが可能になっています。共通言語を定義することで、システムの一部を変更や更新する際の影響を最小限に抑えることができます。これは膨大な作業でしたが、将来の技術革新に備えるための重要な投資だったと考えています。
Julian Merten:私たちも同様のアプローチを取っています。MBOSを通じて、ハードウェアの制約の中でも、ソフトウェアによる機能の拡張や更新を可能にしています。これにより、設計時には想定していなかった技術革新にも柔軟に対応できるようになっています。
4.2. 安全性要件への対応
Vijay Gurbaxani:両産業とも安全性が極めて重要だと思いますが、AIの導入における安全性要件への対応についてお聞かせください。
Nadia Mazzino:鉄道業界では、安全性に関わるシステムについて、非常に厳格な規制があります。特に自動運転のような新技術を導入する際には、安全性が最優先事項となります。例えば、NVIDIAとの協業で実施しているエッジコンピューティングの導入でも、まずは診断と警告機能から始めています。実際のブレーキ制御などの安全関連機能については、厳密な認証プロセスを経る必要があります。
Julian Merten:自動車業界でも、Level 3自動運転の認証取得が良い例です。他の自動車メーカーがLevel 2に留まっている中で、私たちは完全なハンズオフ運転を実現するために、厳格な法的認証プロセスを経てきました。
Vijay Gurbaxani:その認証プロセスの具体的な内容についてもう少し詳しく教えていただけますか?
Julian Merten:速度制限の緩和一つを取っても、段階的なアプローチが必要です。最初は60km/hまでの認証を取得し、実績を積み重ねた上で95km/hまでの認証を得ました。各段階で、安全性に関する膨大なデータの収集と分析が必要です。
Nadia Mazzino:私たちの場合、安全性に関する規格や規則への準拠が必須です。例えば、メトロの無人運転システムでは、安全性が実証されていない限り、新しい機能を追加することはできません。そのため、テスト手順や検証プロセスを体系化し、リスク管理の方法論を確立しています。
Julian Merten:その点、ソフトウェア定義車両の考え方は、安全性の担保と新機能の導入をバランスよく実現する上で重要な役割を果たしています。MBOSを通じて、安全性を確保しながら、新機能を柔軟に展開することが可能になっています。
4.3. システム間統合の必要性
Nadia Mazzino:私たちHitachi Railでは、数年前から戦略的な取り組みとして、システム間の統合フレームワークの構築を進めてきました。鉄道システムは、オンボード、路側、制御センターなど、様々な要素が相互に関連する複雑なシステムです。これらの要素間の相互運用性を確保することが、新技術の導入を成功させる鍵となります。
Vijay Gurbaxani:具体的にはどのようなアプローチを取られているのでしょうか?
Nadia Mazzino:私たちは、鉄道システム全体の資産を標準化されたデータモデルとして定義することから始めました。これは非常に大規模な取り組みでしたが、この共通言語を確立することで、異なるシステム間でのデータの受け渡しや機能の連携が格段に容易になりました。
Julian Merten:自動車業界でも似たような課題を抱えていますが、標準化されたデータモデルは新技術の導入にどのような影響を与えましたか?
Nadia Mazzino:この標準化されたフレームワークにより、新しい技術や機能を「プラグイン」のように追加することが可能になりました。例えば、NVIDIAとの協業でエッジコンピューティングを導入する際も、既存のシステムとの統合がスムーズに進みました。
Julian Merten:私たちもMBOSを通じて同様のアプローチを取っています。ソフトウェア定義車両の概念は、まさにこのようなシステム統合を念頭に置いています。
Nadia Mazzino:統合フレームワークの重要性は、特に安全性が重視される領域で顕著です。新しい機能を追加する際も、既存のシステムとの整合性を保ちながら、段階的に実装を進めることができます。これは、イノベーションと安全性を両立させる上で非常に重要な要素となっています。
4.4. イノベーションの導入プロセス
Vijay Gurbaxani:資本集約型産業でイノベーションを導入する際の具体的なプロセスについて、お聞かせください。
Nadia Mazzino:鉄道業界では、イノベーションの導入にあたって段階的なアプローチが不可欠です。例えば、NVIDIAとの協業では、まず診断と警告機能から始めています。制御機能のような安全性に直接関わる機能は、十分な検証を経た後の次のステップとして位置づけています。
Julian Merten:自動運転の実装でも同様のアプローチを取っています。最初は60km/hまでの速度制限で始め、実績を積み重ねた上で95km/hまで緩和しました。各段階で十分な検証と実証を行うことで、安全性を確保しながら着実に進歩を遂げています。
Nadia Mazzino:スケーラビリティの確保も重要な課題です。私たちは標準化されたデータモデルを構築することで、新しい機能やコンポーネントを効率的に展開できる基盤を整備しました。これにより、一度実証された技術を他の路線や地域にも展開しやすくなっています。
Julian Merten:MBOSによって、私たちも同様のスケーラビリティを確保しています。生成AIのような新技術も、プラットフォームが整備されていることで、迅速かつ安全に展開することができます。
Vijay Gurbaxani:検証プロセスの具体的な内容はどのようなものでしょうか?
Nadia Mazzino:鉄道システムの場合、まずは制御センターでのシミュレーションを行い、次に実際の環境での限定的なテスト、そして段階的に適用範囲を拡大していきます。各段階で安全性と性能の両面から厳密な評価を行います。
Julian Merten:私たちの場合も、実験室での検証から始めて、テストコースでの実証、そして実際の道路環境での検証と、段階的にスケールアップしていきます。重要なのは、各段階で得られた知見を次のステップに確実に反映させることです。
5. 生成AIがもたらす変革
5.1. 従来型AIとの違い
Vijay Gurbaxani:生成AIは従来型のAIと比べて、どのような違いがありますか?
Julian Merten:生成AIは、従来の分類アルゴリズムとは全く異なるアプローチを可能にしています。以前は、例えば雪センサーのように、特定の機能のために個別のアルゴリズムを実装する必要がありました。しかし生成AIは、画像を与えて「雪が降っているか」と尋ねるだけで、その判断が可能です。
Nadia Mazzino:鉄道システムでも同様の変化を感じています。従来は特定の機能ごとに個別のアルゴリズムを開発する必要がありましたが、生成AIはより汎用的なアプローチを可能にしています。
Julian Merten:生成AIの大きな特徴は、その汎用性の高さです。開発者の視点から見ると、以前は数千行のコードが必要だった機能が、適切なプロンプトと数百行のコードで実現できるようになっています。これにより、イノベーションのスピードが劇的に向上しました。
Vijay Gurbaxani:処理の柔軟性についてはいかがでしょうか?
Julian Merten:従来のAIでは、開発者が事前に想定したユースケースに基づいて実装を行う必要がありました。しかし生成AIは、顧客の意図を理解し、それを適切な機能へと変換することができます。これにより、事前に定義されていない使い方にも柔軟に対応できるようになりました。
Nadia Mazzino:ただし、安全性が重要な領域では、その柔軟性をどのように制御するかが課題になりますね。私たちの場合、安全性に関わる機能については、依然として従来型の手法も組み合わせています。
Julian Merten:その点は非常に重要です。柔軟性と安全性のバランスをとることが、私たちの業界での大きな課題の一つとなっています。
5.2. ユーザージャーニー設計の変化
Julian Merten:生成AIの導入により、ユーザージャーニーの設計は根本的に変化しています。従来は、私たち開発者が顧客の行動を理解し、あらかじめ定義された方法で機能を実装する必要がありました。いわば、顧客に私たちの想定した方法で車両を使用してもらうことが前提でした。
Vijay Gurbaxani:その制約が生成AIによって解消されたということですね。
Julian Merten:はい。現在では、生成AIが顧客の意図と車両の機能をつなぐ仲介役として機能しています。例えば、非常に曖昧な音声コマンドであっても、生成AIが顧客の意図を理解し、適切なアクションを起こすことができます。これにより、もはや特定のユースケースを実装する必要がなくなり、代わりに顧客が自分自身のユーザージャーニーを決定できるようになりました。
Nadia Mazzino:鉄道システムでも同様の変化が起きつつありますが、安全性の観点から、どのように顧客の自由度とのバランスを取っているのでしょうか?
Julian Merten:重要な指摘ですね。私たちは、生成AIに車両の機能についての理解を持たせ、その範囲内で顧客の意図を解釈・実行するようにしています。これにより、カスタマイズ可能性を確保しながら、安全性も担保しています。
Vijay Gurbaxani:そのアプローチは、従来のユーザーインターフェース設計とは大きく異なりますね。
Julian Merten:その通りです。従来は開発者が使用シーンを想定してインターフェースを設計していましたが、現在は顧客が自然な対話を通じて自分の意図を伝え、それに応じて機能が提供される形に変わっています。これは単なるインターフェースの変更ではなく、顧客と製品の関係性の根本的な変革だと考えています。
5.3. 開発効率の向上
Julian Merten:生成AIの導入により、開発効率が劇的に向上しています。以前は数千行のコードが必要だった機能が、適切なプロンプトと数百行のコードで実現できるようになりました。特にユーザーインターフェースの実装において、この変化は顕著です。
Vijay Gurbaxani:具体的にどのような効率化が実現されているのでしょうか?
Julian Merten:従来は個別の機能ごとに分類アルゴリズムを実装する必要がありましたが、生成AIではより汎用的なアプローチが可能です。例えば、画像認識の機能を実装する場合、以前は個別の分類器を開発する必要がありましたが、現在は生成AIに適切なプロンプトを与えるだけで同様の機能を実現できます。
Nadia Mazzino:開発サイクルの短縮は、私たちの業界でも大きな課題ですが、安全性の担保との両立はどのように図られているのでしょうか?
Julian Merten:MBOSという基盤があることで、新機能の展開を安全かつ効率的に行うことができています。また、生成AIの導入により、テストケースの生成や品質管理のプロセスも効率化されています。
Vijay Gurbaxani:保守性の面ではいかがでしょうか?
Julian Merten:コード量が大幅に削減されたことで、保守性も向上しています。また、生成AIを介して機能を提供することで、将来的な機能の追加や変更にも柔軟に対応できるようになっています。これは特に、ソフトウェア定義車両という私たちのアプローチにおいて、重要な利点となっています。
Nadia Mazzino:私たちも同様のアプローチを検討していますが、やはり安全性が重要な領域では、従来型の開発手法との適切な組み合わせが必要だと考えています。
Julian Merten:その通りです。効率性の向上は重要ですが、それは決して安全性を犠牲にするものであってはならないと考えています。
5.4. 将来の展望
Vijay Gurbaxani:資本集約型産業における生成AIの将来展望について、お二人の見解をお聞かせください。
Nadia Mazzino:私たちの業界では、システム統合の深化が重要なテーマとなっています。すでに構築した標準化されたデータモデルを基盤として、エッジコンピューティングやリアルタイム処理など、新しい技術をより深く統合していくことが可能になってきています。これにより、鉄道システム全体をより知能化された単一のシステムとして運用できる可能性が広がっています。
Julian Merten:自動車産業でも同様の方向性を見ています。特に注目しているのは、生成AIによって新たなユースケースが次々と生まれる可能性です。これまでは開発者が想定したユースケースに基づいて機能を実装していましたが、今後は顧客自身が新しい使い方を発見し、それが新たな機能開発につながっていくような好循環が生まれると考えています。
Vijay Gurbaxani:技術の進化への対応については、どのようにお考えですか?
Julian Merten:MBOSの存在が重要です。EQSのような車両ラインを設計した時点では想定していなかった生成AIも、このプラットフォームのおかげで柔軟に導入することができました。今後も同様に、新しい技術革新に対して迅速に対応できる体制を維持していきたいと考えています。
Nadia Mazzino:私たちも同様のアプローチを取っています。ただし、安全性が最重要である私たちの業界では、新技術の導入には慎重なバランスが必要です。そのため、標準化されたフレームワークを通じて、段階的かつ確実に技術革新を取り入れていく方針です。
Julian Merten:技術の進化は非常に速く、2週間ごとに新しい可能性が生まれています。このような急速な変化に対応しながら、安全性と信頼性を確保することが、私たち資本集約型産業の共通の課題になると考えています。