※本記事は、スタンフォード大学のAnima Anandkumar教授によるレポートの内容を要約しております。なお、本記事の内容は原著作者の見解を正確に反映するよう努めていますが、要約や解釈による誤りがある可能性もありますので、より詳細な情報についてはスタンフォード大学のAIプログラム(https://stanford.io/ai )をご参照ください。また、スタンフォード大学が提供するオンラインコースやプログラムの詳細については、Stanford Online(https://online.stanford.edu/ )をご確認ください。
Anandkumar教授は大規模機械学習、非凸最適化、高次元統計学の分野で先駆的な研究を行っており、現在はカリフォルニア工科大学の教授を務めています。教授の詳細な経歴や研究内容については https://www.eas.caltech.edu/people/anima でご覧いただけます。
1. 生成AIの概要と意義
1.1 生成AIと識別AIの違い
現在、私たちは言語モデルを含む生成AIの革命的な時代を迎えています。生成AIの本質的な課題は、高次元分布からのサンプル生成にあります。これは単なるテキストや画像の生成だけでなく、分子、タンパク質、さらにはコロナウイルスの変異のゲノムなど、非常に複雑な対象の生成も含みます。
過去10年間のAIは、主に識別AIの時代でした。識別AIは、例えば画像が与えられた時に、それが猫なのか犬なのかを区別するような、既存のサンプル間の識別を行うことに焦点を当てていました。しかし、生成AIは、これとは全く異なるアプローチを取ります。
生成AIの特徴的な点は、低次元の仕様(シンプルなプロンプトや分子に求める性質のリストなど)から、より複雑な可能性の集合の中から適切な出力を生成することにあります。これは非常に困難なプロセスですが、十分なデータと計算能力があれば実現可能です。
私たちが特に注目しているのは、生成AIと識別AIの根本的な違いです。生成AIは新しいサンプルを作り出す能力を持ちますが、これは単に既存のデータを分類する識別AIとは本質的に異なります。例えば、画像の識別では「これは猫の画像である」と判断するだけですが、生成AIは新しい画像を一から作り出すことができます。
このような生成能力は、科学的な領域においても革新的な可能性を秘めています。特に重要なのは、生成AIが単純な仕様から複雑な出力を生成できる点です。これは、従来の方法では困難だった多くの課題に対する新しいアプローチを可能にします。
しかし、これには大規模な計算リソースが必要です。ただし、近年の技術進歩により、この計算コストの課題は徐々に克服されつつあります。特に、事前学習とファインチューニングの組み合わせにより、効率的な生成が可能になってきています。
1.2 言語モデルの基本原理
言語モデルの基本的な考え方は、実は非常にシンプルです。私たちが行っているのは、与えられた文脈から次に来る単語を予測する学習です。これを大規模なスケールで行うことを事前学習と呼んでいます。インターネット規模のデータを用いて、次の単語を予測する能力を徹底的に学習させます。
この事前学習の後、重要になってくるのが人間のフィードバックによるアライメントプロセスです。このプロセスは強化学習を用いて実施され、私たちはこれをRLHF(Reinforcement Learning from Human Feedback)と呼んでいます。このプロセスにより、モデルは私たちの指示やプロンプトを適切に理解し、それに応じた適切な応答を生成できるようになります。
同時に、このアライメントプロセスでは、ヘイトスピーチや不適切なコンテンツの生成を防ぐような制御も行います。単純なプロセスながら、インターネット規模のデータを活用し、次の単語を予測する学習を通じて、異なる文脈における単語の使われ方や、その背後にある意味を学習していきます。
しかし、言語モデル単体では限界もあります。特に言語の意味を学習することはできますが、それを物理的な世界での行動に変換する能力は持っていません。これが次のセクションで説明する身体性の重要性につながっていきます。
このような言語モデルの学習プロセスは、単にテキストの生成だけでなく、後述する科学的なドメインでの応用にも重要な示唆を与えています。特に、事前学習とアライメントという基本的な枠組みは、他の分野でも応用可能な重要な概念となっています。
1.3 実世界での応用における身体性の重要性
言語モデル単体では、本質的に重要な「身体性」が欠けています。言語モデルは異なるテキスト間の関係性や単語の意味を学習できますが、それらを物理的な世界での行動に変換する必要があります。そのためには、テキストと行動を結びつけるエージェントや身体化されたエージェントが必要となります。
NVIDIAでの私たちの初期の研究では、Stanfordの研究者との協働により、テキストと画像の組み合わせによる指示を理解し、物体の把持と操作を実行できるロボットシステムを開発しました。これにより、ロボットは特定のタスクや特定の物体だけでなく、新しい状況にもゼロショットで対応できる汎用性を獲得しました。
さらに、この概念は物理的な世界だけでなく、仮想世界でも応用可能です。Voyagerプロジェクトでは、言語モデルを使用してMinecraftの環境で継続的にスキルを学習できることを実証しました。このプロジェクトの革新的な点は、言語モデルを使って行動を生成し、次に何をすべきかを判断できることです。
これは従来の強化学習とは大きく異なります。例えば、約10年前にAlphaGoが世界最高の囲碁プレイヤーを打ち負かした時は、可能な手の中から最適な手を選ぶという単一のタスクに焦点を当てていました。一方、Minecraftでは創造性が重要で、城を建設したり、中にはCPUやGPUを作り上げる人もいるほど、可能性は無限です。
私たちのAIエージェントは、言語モデルを活用して継続的にクエリを行い、支援を得ながら、自律的にスキルを獲得し、より困難な問題を解決していきます。この approach は、ソフトウェアアプリケーションやプログラミングなど、様々な分野に応用できる可能性を持っています。これは単なる言語モデルの応用を超えて、実世界での具体的な行動や成果につながる重要な進展だと考えています。
2. 物理シミュレーションにおけるAIの応用
2.1 数値計算の課題と従来手法の限界
言語モデルだけでは、幻覚(ハルシネーション)への対処が課題となります。これらのモデルは、インターネット上の全てのデータ、つまり冗談や詩、ソフトウェアコード、数学的事実など、あらゆる情報が混在した状態で学習しています。そのため、数学の定理の証明を求めた場合、100%の正確性は期待できません。
物理シミュレーションの分野では、数値計算に関する深刻な課題があります。例えば、量子シミュレーションでは、わずか100個の原子を持つ分子のシミュレーションでさえ、宇宙の年齢以上の計算時間が必要となります。これが現在の大きなボトルネックとなっています。
ここで、言語モデルと物理シミュレーションの本質的な違いがあります。言語モデルの場合、規則を記述することが非常に困難です。文法には多くの例外があり、英語のテキスト全体を記述する単純な数学的方程式は存在しません。一方で、物理現象については、分子動力学ではニュートンの運動法則を使用し、量子効果についてはシュレディンガー方程式とその近似を使用するなど、現象を記述する方程式が完全に知られています。
しかし、これらの方程式を大規模にシミュレーションすることが課題です。特に、雲の動きを理解するには100メートル程度の非常に細かい解像度が必要となります。スタンフォードキャンパス内だけでも多数のグリッドポイントが必要で、これを地球規模で行うとなると、極めて精密な解像度の画像が必要となります。さらに、正確なシミュレーションを得るためには、時間的にも非常に細かい刻みで計算を行う必要があります。
従来のシミュレーション手法では、方程式を直接解こうとします。学習データを活用せず、小さなステップを多数繰り返す必要があり、それが計算コストを膨大なものにしています。また、空間が大きい場合、シミュレーションを収束させるために必要な細かいグリッドのために大量のメモリが必要となります。これらの制約が、従来の数値解法の主要な限界となっています。
2.2 Neural Operatorの導入
AIを活用することで、私たちは数値解法をこれまでよりもはるかに高速に実行する可能性を見出しました。これは、コンピュータビジョンの分野で起きた革新に似ています。ディープラーニング以前は、顔認識のために目の位置など特徴を手動で設計していましたが、そのような手動設計では全ての変種や角度、照明条件に対応することは困難でした。
Neural Operatorの革新的な点は、解像度を固定値に限定せず、グラフィックスの世界でいうベクターグラフィックスとラスターグラフィックスの違いに似た approach を採用していることです。ラスターグラフィックスでは解像度(ピクセル数)を事前に固定し、拡大すると画像がぼやけてしまいます。これに対し、ベクターグラフィックスではデータを形状としてパラメータ化することで、どれだけズームインしても鮮明な画像を保持できます。
私たちのNeural Operatorは、同様の原理で動作します。出力を常に連続関数として表現し、任意の解像度でズームインしても有効な結果を提供できます。重要な点は、これらの形状や関数を手動で設計するのではなく、データから学習することです。つまり、Neural Operatorは入力された物理データから適切な関数を学習し、異なる解像度でも正確な予測を可能にします。
これは特に流体力学のような複雑な物理現象のシミュレーションで重要です。例えば、雲のシミュレーションでは、解像度が粗すぎると有用な情報が失われ、流体の流れを正確に予測することができません。Neural Operatorを使用することで、物理的に正確な予測を維持しながら、任意の解像度での計算が可能になります。これは単なる視覚的な見た目の問題ではなく、物理現象の本質的な予測精度に関わる重要な進展です。
2.3 Fourier Neural Operatorの開発経緯と特徴
Fourier Neural Operatorの開発は、応用数学者との議論から始まりました。彼らは数値ソルバーを使用した経験が豊富で、流体力学において擬スペクトル法(pseudo-spectral solver)が広く使われていることを私たちに教えてくれました。この手法では、フーリエ領域と標準領域を行き来しながら計算を進めます。
この知見を基に、私たちは従来の手法を拡張し、フーリエ領域と標準領域の間の移動時に非線形層を追加することを考案しました。さらに、非線形エンコーダーやデコーダーも追加することで、モデルの表現力を大幅に向上させることができました。
興味深い点は、もし私たちのモデルが単なる恒等変換を学習した場合、それは従来の数値ソルバーと同じ振る舞いをすることになります。これは有効な解決策の一つですが、私たちのモデルはそれを超えてより効率的な解法を見つけることができます。
このアプローチの優れた点は、数値ソルバーが持つ良い性質を保持しながら、ニューラルネットワークの表現力を活用できることです。特に流体力学の分野では、異なるスケール間の相互作用が重要で、これはフーリエ領域でより適切に記述できます。しかし、従来の手法と異なり、純粋なフーリエ変換だけに依存するのではなく、その間に非線形層を組み込むことで、より豊かな表現が可能になりました。
このように、私たちのFourier Neural Operatorは、従来の数値シミュレーションとニューラルネットワークの両方の利点を組み合わせた形で実現されています。これにより、物理的な制約を維持しながら、より効率的なシミュレーションが可能になりました。
2.4 実験結果:従来手法との比較
私たちのNeural Operatorを用いた実験結果は、従来手法と比較して劇的な性能向上を示しました。特に注目すべき成果が、核融合におけるプラズマ進化のシミュレーションでの100万倍の高速化と、気象予測における数万倍の高速化です。
この驚異的な性能向上が実現できた主な要因は、ソルバーが最も細かいスケールまで到達する必要性にあります。例えば、トカマク型核融合炉内のプラズマは非常に不安定になる可能性があり、科学者たちはプラズマが突然閉じ込めから逃げ出して不安定になり、破壊を引き起こすタイミングを理解するために、極めて細かいグリッドを必要としていました。
シミュレーションの難しさと速度向上の程度には、明確な相関関係があります。例えば、ボールを押す単純なシミュレーションでは、閉形式で直接解くことができるため、大きな速度向上は期待できません。しかし、システムが非常に不安定であったり非線形性が強い場合、あるいは微細なスケールが広範な影響を持つような場合には、私たちの手法は劇的な性能向上を実現します。
重要なのは、この速度向上が精度を犠牲にすることなく達成されている点です。実際、従来の数値計算手法と同等かそれ以上の精度を維持しながら、計算時間を大幅に削減することができました。これは、データから学習した効率的な表現と、物理的な制約を組み合わせることで可能になりました。特に、複雑な物理系のシミュレーションにおいて、この手法は革新的な進展をもたらしています。
3. 気象予測への応用事例
3.1 開発における初期の懐疑論と克服
私たちがNeural Operatorsを開発し、2020年代後半に気象予測への応用を開始した時、多くの人々は私たちが狂気の沙汰だと考えていました。実際、私たちが取り組み始める直前には、「ディープラーニングは数値気象モデルに勝てるのか」という意見記事が発表され、その結論は明確な「ノー」でした。そこでは、成功までには何年も、あるいは何十年もかかるだろうと予測されていました。
特に、機械学習の「ブラックボックス」的な性質を好まない伝統的な研究者たちからは、強い懐疑的な反応がありました。彼らの主な懸念は、ハリケーンのような稀少な事象に対する予測性能でした。一般的な機械学習モデルは、スタンフォードのような毎日が晴れている場所の典型的な天気予報には適しているかもしれないが、極端な気象現象は予測できないだろうというのが、当時の一般的な見方でした。
しかし、私たちは従来の気象モデルと同じ評価指標を用いて、徹底的な実証研究を行いました。単に風や気温といった個別の変数だけでなく、ハリケーンや台風といった極端な気象現象についても、詳細な統計的検証を行いました。その結果、私たちのモデルは従来のモデルと同等以上の性能を示し、時にはより優れた予測を行うことができました。
さらに、極端なストレステストも実施しました。例えば、赤道付近に3~4度の大規模な熱異常を人工的に作り出すような、現実には起こりえない状況でのシミュレーションも行いました。これは物理的にはありえない状況でしたが、モデルは熱が他の地域に適切に拡散していくという、物理的に妥当な振る舞いを示しました。
気象・気候コミュニティの科学者たちと密接に協力しながら開発を進めたことも、受容プロセスにおいて重要な要素となりました。彼らの専門知識を活用し、適切な評価方法を採用することで、モデルの信頼性を確実に示すことができました。これらの努力の結果、当初の懐疑論は徐々に克服され、現在では気象予報の実運用システムとして採用されるまでに至っています。
3.2 モデルの特徴
私たちの気象モデルの最も重要な特徴の一つは、25キロメートル間隔という高解像度でのグローバルデータの使用です。このデータは地球全体をカバーしており、過去40年にわたる気象データを含んでいます。
学習データとしては約50,000のサンプルを使用しています。これは言語モデルと比較すると非常に少ない量です。しかも、これらは単なる50,000の時間的なスナップショットではなく、初期条件から次の時間ステップへの遷移ペアとしてのデータです。
また、このモデルの複雑さを特徴づけているのが、マルチチャンネルデータの処理能力です。コンピュータビジョンでのRGB画像とは異なり、気象予測では風速、湿度、大気の異なる層など、100以上の変数を同時に扱う必要があります。これにより、高次元での課題に直面することになります。
このような特徴を持つデータセットを用いて、私たちのモデルは気象予測という複雑な課題に取り組んでいます。データ量は比較的少ないものの、各データポイントが持つ情報量は非常に豊富で、物理的な意味を持つ多様な変数間の相互作用を学習することが求められます。これは、従来の機械学習タスクとは異なる独特の課題を提示しています。
3.3 実証結果
私たちのモデルの最初の実行で、従来のスーパーコンピュータベースの数値モデルと比較して、約455,000倍の処理速度向上を達成しました。この驚異的な速度向上は、気象予測の実用性を根本的に変えるものです。
最も注目すべき点は、これまでCPUベースの大規模スーパーコンピュータを必要としていた計算が、一般の消費者向けGPUで実行可能になったことです。実際に、ローカルなゲーミングPCでこのモデルを動作させることができます。これは気象予測の民主化という観点から、極めて重要な進展です。
さらに、私たちはこのモデルをオープンソースとして公開し、パーミッシブなライセンスで提供しています。誰でもモデルをダウンロードして、独自の気象モデルを実行できるようになりました。これにより、気象予測の研究や応用が、大規模な計算機設備を持たない組織や個人にも開かれることになりました。
この成果は、単に計算速度を向上させただけではありません。私たちは精度を維持しながら、かつてないレベルの計算効率を実現しました。これは、気象予測の分野において、大規模なインフラストラクチャへの依存から脱却する可能性を示しています。特に、開発途上国や計算資源が限られた地域での気象予測能力の向上に大きく貢献する可能性があります。
3.4 ECMWFでの実運用と実績
私たちのモデルは現在、欧州中期予報センター(ECMWF)で実運用されています。このシステムでは、リアルタイムの気象予報を提供することが可能になっています。また、米国海洋大気庁(NOAA)でもモデルの活用が進められています。これらの機関は、独自のデータを用いてモデルのさらなるトレーニングと改良を行っています。
特筆すべき成果として、昨年のハリケーン予測において、私たちのモデルは従来の数値モデルを上回る予測精度を示しました。これは、単に処理速度が向上しただけでなく、数万倍という速度向上を実現しながら、予測精度も維持・向上させることができたことを示しています。
従来の気象予報システムと比較して、私たちのモデルは特に極端な気象現象の予測において優れた性能を発揮しています。これは、ハリケーンだけでなく、熱波などの他の極端な気象現象についても同様です。私たちは、これらの現象を予測するための十分なアンサンブルメンバー(予測の変動例)を生成できることを実証しました。
従来のECMWFシステムでは、感度分析のためのアンサンブルメンバーはわずか50程度に制限されていました。これは、各予測に大規模なスーパーコンピュータが必要で、政府のリソースには限りがあるためです。しかし、私たちのモデルは単一のGPUで動作するため、数千から数百万のサンプルを生成することが可能です。これにより、統計的な信頼性を大幅に向上させることができます。
この能力は、特に気候モデルにとって重要です。多くの気候予測は単一のランのみで行われていますが、数十年先の予測には多数のシミュレーションが必要です。私たちのモデルは、この計算コストの課題を解決し、より信頼性の高い不確実性の定量化を可能にしています。
4. 遺伝子解析への応用
4.1 ゲノム言語モデルの開発
私たちは、言語からゲノムデータへとモダリティを変更する新しいアプローチを開発しました。自然言語の代わりに、ATGCという4つの塩基からなるDNAの配列を使用し、次の塩基を予測する言語モデルを構築しました。これにより、言語モデルが単語の意味を学習するように、遺伝子の機能性を学習することが可能になりました。
このゲノム言語モデルの開発では、110万以上のゲノム配列を使用して学習を行いました。データは英国のバイオバンクから取得した、既知のウイルスと細菌の最大のコレクションを活用しています。これには、インフルエンザウイルス、大腸菌、コロナウイルスなど、あらゆる種類の既知の変異体が含まれています。
従来の生物学研究では、研究者は通常、特定のウイルス、例えばインフルエンザウイルスのみを研究対象とし、その変異の可能性を予測しようとしていました。CDCなども、最も可能性の高い変異を予測し、それらをターゲットとしたワクチンの開発を行っています。
しかし、私たちの大規模な生成AIモデルを使用することで、すべての異なるウイルスと細菌が時間とともにどのように進化しているかを包括的に分析することが可能になりました。全ての変異を学習することで、どの変異がより起こりやすいかを予測し、懸念される新しい変異体を予測することができるようになりました。このアプローチは、遺伝子の進化動態を理解する上で革新的な進展をもたらしました。
このモデルアーキテクチャは、自然言語処理で使用されるトランスフォーマーを基盤としていますが、4つの塩基のみを使用する遺伝子配列に最適化されています。26文字のアルファベットの代わりに4つの塩基を使用するという単純化により、より効率的な学習が可能になりました。
4.2 コロナウイルス変異予測での成功事例
私たちは、コロナウイルスに特化したモデルのファインチューニングを行いました。具体的には、パンデミックの最初の1年間に出現したアルファ株とベータ株のみのデータを用いて学習を行いました。この時点では、デルタ株やオミクロン株はまだ出現していませんでした。
興味深いことに、ゲノム言語モデルは、後に実際に出現したデルタ株やオミクロン株のような変異体を正確に予測することができました。このことは、言語モデルがウイルスの進化動態を成功裏に学習できることを示しています。モデルは、どのような変異が起こりやすいかを予測し、新たな懸念される変異体を事前に特定することができました。
実は、この研究結果を公表した時点では、すでにデルタ株とオミクロン株の波は過ぎ去っていたため、この特定のパンデミックに対しては少し遅すぎた状況でした。しかし、この成功は、今後発生する可能性のある新たなパンデミックに対する予防的なアプローチとして非常に有望です。
モデルが示したこの予測能力は、単なる偶然ではありません。ウイルスの変異には一定のパターンがあり、私たちのモデルはそのパターンを学習することで、より可能性の高い変異を予測することができました。これは、将来的なワクチン開発の戦略立案にも重要な示唆を与えています。
また、この成功は、私たちのアプローチが鳥インフルエンザなど、他のウイルスの変異予測にも適用できる可能性を示唆しています。予測モデルの有効性が実証されたことで、今後の感染症対策における予防的なアプローチの重要性が強調されました。
4.3 タンパク質結合予測への展開
ゲノミクスの分野で次に取り組んだ重要な課題は、ただ単にゲノム配列を予測するだけでなく、その影響を理解することでした。例えば、特定の変異株がより致命的なのか、より懸念すべきなのかを判断するためには、より深い分析が必要です。
この課題に対して、私たちはコロナウイルスのスパイクタンパク質(青色で表示される部分)が、人体内のタンパク質標的とどのように相互作用するかを研究しました。結合の強さを分析することで、どの株がより危険である可能性が高いかを予測できます。特に結合が強い場合、その株はより破壊的な影響を人体に及ぼす可能性が高いことがわかりました。
しかし、ゲノム配列だけを見ていては、このような情報を得ることはできません。私たちは生物学的プロセス自体の詳細、つまりウイルスがどのように人体に侵入し、タンパク質標的と結合するのか、また他の側面についても研究を行いました。例えば、呼吸器エアロゾル中でのウイルスの伝播過程や、そこでどの分子と結合することで感染性を獲得するのかについても調査しました。さらに、ウイルスの複製プロセスやそれを促進または阻害する要因についても研究を進めました。
このようなプロセスを研究するには、離散的なデータやシーケンスデータだけでは不十分です。私たちは空間と時間の両方の観点から、分子の結合過程や分子動力学の変化を観察する必要がありました。これらのプロセスは自然界に遍在しており、原子・分子レベルから惑星規模まで、様々なスケールで観察されます。この知見は、将来的なワクチン開発の戦略立案に重要な示唆を与えています。
5. 工学設計への応用
5.1 医療カテーテルの最適設計事例
私たちがCaltech Innovation Centerで取り組んだ医療カテーテルの設計は、AIを用いた逆設計の典型的な例です。従来の医療カテーテルは単なるチューブで、体液を引き出すだけの構造でしたが、大きな問題を抱えていました。細菌が壁面付近を遡上して人体内に侵入し、実際に病院内感染の50万件以上のケースが、このカテーテル関連感染によるものでした。これは、病院内で最も頻繁に発生する感染症の一つとなっています。
私たちは非常にシンプルながら革新的なアイデアを実装しました。カテーテル内部に三角形状の溝を設けることで、流体の渦を生成する設計を考案しました。このような鋭い形状により、流体が渦状の流れを形成し、その結果、細菌が上流に向かって泳ぐことができなくなります。
AIモデルは、この三角形の形状を最適化し、3Dプリント可能な設計を生成しました。下の画像で示されているように、流体中の粒子の動きを観察することで、細菌が流体の流れに逆らって泳ぐことができないことが確認できました。
実験の結果、この新しいカテーテル設計により、細菌汚染を100倍減少させることに成功しました。特筆すべき点は、AIが提案した設計を一度の3Dプリントで実現できたことです。これは、AIを用いた実験回数の大幅な削減が可能であることを示しています。
このケースは、AIモデルが物理的な制約を考慮しながら、実用的な設計を生成できることを示す良い例です。現在、この設計は臨床試験の段階に入っており、従来のように多数の実験を繰り返すことなく、効率的に開発を進めることができています。AIと物理シミュレーションを組み合わせることで、実験の回数を減らしながら、より良い設計解を見つけることが可能になりました。
5.3 リソグラフィーマスク設計への応用
私たちは、半導体チップの製造における重要な課題である、リソグラフィーマスクの設計最適化にも取り組みました。これは特に最新のGPUの製造において極めて重要な工程です。最新の半導体製造プロセスでは、より小さなスケールでの製造が求められ、その結果、回折効果が極めて重要になってきています。
この分野での課題は、物理的な制約が非常に厳しいことです。回折効果が支配的になるような微細なスケールでは、マスクの設計が極めて複雑になります。私たちは、これを逆問題として捉え、AIモデルを用いて最適な設計を生成することに成功しました。
この応用も、医療カテーテルの例と同様に、逆設計問題の一つです。ただし、リソグラフィーの場合は、さらに厳密な物理的制約と高い精度が要求されます。私たちのアプローチは、これらの制約を満たしながら、効率的に最適な設計解を見つけ出すことを可能にしました。
この取り組みは、特に小規模なスケールでの製造において重要です。従来の手法では、回折効果の影響を正確に予測し、それに基づいて設計を最適化することが極めて困難でしたが、AIを用いることで、この過程を大幅に効率化することができました。
6. 将来展望
6.1 マルチフィジックスモデルの統合
これまで私たちは、特定のドメインのデータを学習する個別のモデルについて議論してきました。しかし、現実世界の物理現象は、単一の物理法則だけでは説明できません。例えば、航空機の設計を考えた場合、空気力学だけでなく、材料の伸縮や高温での物性変化など、複数の物理現象が相互に関連しています。
実世界の物理現象は決して孤立していません。気象予測はその典型的な例で、単一の方程式で記述することはできず、複数の連成した物理方程式で表現される複雑な現象です。私たちが直面している課題は、このような複数の物理現象を統合的に扱えるモデルの開発です。
特に難しい点は、異なるスケールの現象を同時に扱う必要があることです。例えば、雲の形成プロセスを考えると、雲の中の粒子レベルの現象から、大気の大規模な流れまで、ミクロからマクロまでの現象が密接に関連しています。大気中の粒子による降水から、数千マイルに及ぶ大気の川のような大規模現象まで、全てが相互に影響を及ぼし合っています。
実装上の課題として、これらの複雑な物理現象を効率的にモデル化し、計算可能な形で表現することが挙げられます。従来の言語モデルやコンピュータビジョンとは異なり、物理シミュレーションでは、現象を正確に記述する数学的方程式は既知であっても、それを大規模に計算することが困難です。
このような課題に対して、私たちは物理法則を直接モデルに組み込むアプローチを検討しています。既存のシミュレータを使用してデータを生成するか、物理法則の知識を直接モデルに組み込むことで、より効率的で正確なマルチフィジックスシミュレーションの実現を目指しています。
6.2 物理ベースの統合的AIモデルの可能性
これまでの経験を踏まえ、私たちは現在、GPT-2規模のモデルを用いて、複数の異なる物理現象を同時に学習させる取り組みを進めています。このモデルは流体、波動方程式、材料特性など、多様な物理現象のシミュレーションと設計を統合的に扱うことを目指しています。
従来のアプローチでは、ChatGPTが科学に関する全ての教科書を読んで理解したように見えても、実際の物理シミュレーションを内部で実行することはできませんでした。また、Soraのような映像生成モデルは、映像に表れる物理現象を偶発的に学習していますが、それは明示的な物理法則に基づくものではありません。
私たちの目標は、物理法則を直接的に組み込んだモデルを開発することです。このモデルは単純な物理現象だけでなく、複数の物理法則が絡み合うマルチフィジックスの問題も扱えるようになることを目指しています。例えば、航空機の設計では空気力学だけでなく、騒音の制御や高温での材料の伸縮など、複数の物理現象を同時に考慮する必要があります。
現実世界の物理現象は決して単一の方程式で記述できるほど単純ではありません。私たちのアプローチは、このような複雑な連成現象を効率的にシミュレーションし、同時に設計最適化も行える統合的なモデルの実現を目指しています。これは、科学技術分野におけるAIの新しい可能性を切り開くものになると考えています。
これらの取り組みを通じて、より良い物理的基盤を持つAIモデルの開発を進めており、これまでの経験から、精度を維持しながら大幅な計算効率の向上が可能であることが示されています。
6.3 実世界応用における課題と展望
実世界での応用において、私たちの研究成果は既にいくつかの重要な進展を見せています。ECMWFやNOAAなどの主要な気象機関での採用は、この技術の実用性を示す重要な指標となっています。また、医療機器の設計や半導体製造プロセスなど、産業界での具体的な応用も始まっています。
技術的な課題としては、物理現象の複雑さに起因する問題があります。気象予測を例にとると、単一の物理現象ではなく、様々なスケールでの相互作用を考慮する必要があります。また、生物学的な応用では、分子レベルから臨床レベルまでの幅広いスケールでの予測が求められます。これらの課題に対しては、データと物理法則を組み合わせた新しいアプローチが必要です。
データの品質と量も重要な課題です。言語モデルのようにインターネット上の大量のデータを利用できる分野とは異なり、科学技術分野では利用可能なデータが限られています。しかし、この制約は必ずしも欠点ではありません。科学データは一般的により高品質で、物理法則に基づく検証が可能です。
将来の応用分野として、特に期待されるのは複数の物理現象が絡み合う複雑なシステムの設計や最適化です。例えば、核融合炉の設計や新材料の開発、さらには気候変動対策のための技術開発など、社会的にも重要な課題への応用が期待されています。
私たちの研究は、AIが単なるデータ駆動型のツールを超えて、物理法則を理解し、それを活用できる新しい段階に入りつつあることを示しています。この発展は、科学技術の進歩を加速させ、人類が直面する様々な課題の解決に貢献する可能性を秘めています。
Stanford ECON295/CS323 I 2024 I AI and Creativity, Anima Anandkumar
April 30, 2024 For more information about Stanford's Artificial Intelligence programs visit: https://stanford.io/ai Anima Anandkumar Professor Anandkumar's research interests are in the areas of large-scale machine learning, non-convex optimization and high-dimensional statistics. In particular, she has been spearheading the development and analysis of tensor algorithms for machine learning. Tensor decomposition methods are embarrassingly parallel and scalable to enormous datasets. They are guaranteed to converge to the global optimum and yield consistent estimates for many probabilistic models such as topic models, community models, and hidden Markov models. More generally, Professor Anandkumar has been investigating efficient techniques to speed up non-convex optimization such as escaping saddle points efficiently. https://www.eas.caltech.edu/people/anima To view all online courses and programs offered by Stanford, visit: https://online.stanford.edu/
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