※本記事は、2024年7月22日に開催されたGLOCOM六本木会議オンライン#84「AI国際標準化の現状と展望」の内容を基に作成されています。 講演者は産業技術総合研究所 情報・人間工学領域 連携推進室 チーフ連携オフィサーの杉村領一氏、モデレーターは東京通信大学 情報マネジメント学部教授/GLOCOM主幹研究員の前川徹氏です。 本イベントは、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)が主催する情報社会の課題や論点を共有するための活動の一環として開催され、約120名の事前登録者にZoomウェビナーとしてライブ配信されました。 本記事は講演の内容を要約して作成しており、原発表者の見解を正確に反映するよう努めていますが、要約や解釈による誤りがある可能性があります。詳細な情報については、GLOCOM六本木会議の公式ウェブサイト(https://roppongi-kaigi.org/ )をご参照ください。
1. イントロダクション
1.1. IPAデジタル基盤センターの概要と役割
私、杉村は元々NTTデータに所属し、コンサルタント業務を経て、経済産業省で技術調査係長としてソフトウェアエンジニアリングを担当してきました。その後、民間企業に戻り、経済産業省の参与から政府CIO補佐官を務め、デジタル庁ではデータ戦略統括として政府全体のデータ戦略の責任者を務めてきました。現在はIPAデジタル基盤センター長として、AIやソフトウェアエンジニアリング、データを含むデジタル基盤の推進に携わっています。
デジタル基盤センターは、誰でも簡単にビジネスができ、最先端のビジネスにも取り組める環境を整備することを目指しています。具体的には、必要なデータやツールを自由に使える環境を整備し、アイデアを実現しやすい仕組みを作ることを目的としています。
センターの主要な活動領域は以下の3つです:
- データ供給基盤の整備:必要なデータを必要な時に取得できる仕組みの構築
- 標準化とツール提供:オープンソースを含む方法論や事例の整備
- ソフトウェアエンジニアリングの推進:これらの基盤を支える技術的基礎の確立
さらに、産業別のデータ交換の場である「データスペース」の構築や、AI活用の支援、デジタルトランスフォーメーションの推進なども行っています。また、イノベーション創出を目指す人々にチャンスを提供し、様々な議論の場を設けることも重要な役割となっています。
特筆すべきは、AIセーフティインスティチュートとしての機能も担っており、AI技術の安全性確保にも取り組んでいることです。これは昔のIPAソフトウェアエンジニアリングセンターの役割を現代に適応させ、発展させたものと言えます。
このように、デジタル基盤センターは単なる技術支援機関ではなく、社会全体のデジタル化を支える総合的な推進機関として機能しています。私たちの取り組みは、技術面だけでなく、社会実装や人材育成まで含めた包括的なものとなっています。
1.2. センターの目指す方向性とグローバル戦略
私たちIPAデジタル基盤センターは、設立当初からグローバルトップレベルを目指すことを明確な方針として掲げています。この方針は単なる目標ではなく、具体的な活動指針として機能しています。
まず、アイデアや構想、アーキテクチャーといった技術政策の力をグローバルレベルで高めることを重視しています。私たちの評価指標は国内基準ではなく、グローバル基準を採用しています。これは、日本のソフトウェア産業の国際競争力を本質的に向上させるために不可欠だと考えているからです。
グローバルで活躍できる人材の育成については、実践的なアプローチを取っています。センターで働く職員には、積極的に国際会議に参加する機会を提供しています。実際に、データのインターオペラビリティやAIに関する国際会議では、既に多くの招待講演を行っており、世界的な議論に参画しています。
ソフトウェア分野においては、世界全体が大きな転換期にあります。従来型のウォーターフォール開発からAI開発への移行、アジャイル手法の導入など、開発手法自体が大きく変化しています。この状況下で、世界中が次の方向性を模索している状態です。私たちはこれを好機と捉え、世界と同時にキャッチアップを進めながら、新しい開発手法や基準の確立に貢献することを目指しています。
このように、私たちは単に海外の動向を追従するのではなく、世界と同じスタートラインに立って、新しいソフトウェアエンジニアリングの形を共に作り上げていくことを目指しています。そのために、常にグローバルな視点を持ち、国際的な協力関係を築きながら、日本のソフトウェア産業の発展に寄与していきたいと考えています。
2. ソフトウェア業界の現状
2.1. グローバルソフトウェアマーケットの動向
ソフトウェアマーケットの動向について、今後も市場は基本的に成長を続けると予測されています。特に注目すべき点は、アプリケーション層よりもインフラストラクチャーマーケットの成長が顕著になると予測されていることです。2027年に向けて、データベースやミドルウェアといったインフラ層の市場が大きく伸びていくと見込まれています。
市場の詳細を見ていくと、成長率に明確な差が出ています。データベース・インフラ部門が最も高い成長率を示しており、次いでカスタマーエクスペリエンス分野も高い成長が期待されています。一方で、既存の一部分野については、徐々に成長率が低下していく傾向も見られます。
このような市場動向は、アメリカ市場で見られる傾向ですが、一般的にアメリカ市場で見られる傾向は日本市場にも波及してくると考えられます。つまり、日本のソフトウェア市場も同様のパターンで成長していく可能性が高いと予測されます。
この成長予測は、デジタル化の進展やクラウドサービスの普及、データ駆動型ビジネスの台頭など、様々な要因が複合的に作用した結果です。特に、インフラ層の成長が著しい背景には、デジタルトランスフォーメーションの加速に伴う基盤整備の需要増加があります。
このようなマーケットの動向は、ソフトウェア業界全体にとって明るい見通しを示すものであり、特にインフラストラクチャー分野での新たなビジネス機会の創出が期待できます。
2.2. IT人材の雇用予測と需要
雇用予測から見るIT業界の人材需要については、職種によって大きく異なる傾向が見られます。2023年から2033年までの10年間のスコープで見ると、コンピューターシステムアナリストやデータベース管理者、ソフトウェアデベロッパーといった職種は、軒並み需要が増加すると予測されています。
一方で、注目すべき点として、コンピュータープログラマーの需要は若干のマイナスになると予測されています。これは、AIによる代替可能性が影響している可能性があります。
World Economic Forum(世界経済フォーラム)のFuture Jobs Reportによると、AIやビジネスインテリジェンス、インフォメーションセキュリティ、FinTechといった分野のエンジニアは全面的に需要が伸びていくと予測されています。対照的に、データエントリーのような定型業務や、統計的な事務処理を主とする職種については、需要が減少する傾向にあります。
ただし、IT業界全体としては人気が高く、需要も継続的に伸びていくと予測されています。特に重要な点は、人材も組織もピボット(転換)し続ける必要があるということです。例えば、今日はデータサイエンティストが人気があっても、明日は違う職種が求められる可能性があります。技術変化が非常に激しい業界であるため、継続的なスキルアップと職種の転換が求められます。
このように、IT人材の需要は全体として明るい見通しがありますが、求められるスキルや役割は急速に変化しており、その変化に柔軟に対応できる人材が特に求められています。
2.3. 日本のデジタル競争力の現状
日本のデジタル競争力の現状について、残念ながらいくつかの深刻な課題が浮き彫りになっています。まず、デジタル関連収支について、報道でもよく取り上げられているように、日本は「デジタル赤字」の状態にあります。具体的には、コンピューターの情報サービスやコンサルティングサービス、ライセンス料などの分野で軒並み赤字を計上しています。
特に懸念されるのは、IMDのデジタル競争力ランキングの推移です。日本の順位は年々低下傾向にあり、最近では特に顕著で、一度に3位も順位を下げるという事態が発生しています。これは、他国のデジタル化の進展スピードに日本が追いついていけていないことを示しています。
さらに深刻なのがデータ活用度の国際比較です。データインデックスの評価において、日本は64カ国中63位という非常に低い順位に位置しています。参加国が64カ国しかない中でのこの順位は、日本のデータ活用が著しく遅れていることを如実に示しています。
このように、グローバルマーケットが明るい展望を示している中で、日本市場は暗い雰囲気が漂っているのが現状です。さらに、DXに取り組まない理由として、「手一杯で余裕がない」「スキルが不足している」「知識や情報が不足している」といった声が多く聞かれ、人材育成面での課題も深刻です。
これらの状況は、日本のデジタル競争力が構造的な課題に直面していることを示唆しており、早急な対策が必要とされています。特に、データ活用能力の向上と人材育成は、最優先で取り組むべき課題だと考えられます。
2.4. 内製化と人材移動の傾向
IT業界における人材の動きは非常に活発になっています。特に注目すべき点として、従来のIT企業間での転職(業界内転職)から、IT企業からユーザー企業への転職(異業種転職)が増加している傾向が見られます。一般的に技術者の勤続年数は7年から10年程度で、企業の魅力度が人材の定着に大きく影響しています。
情報処理技術者試験の受験者データから業界動向を分析すると、興味深い傾向が見えてきます。高度情報処理技術者試験では、2020年から2024年の5年間で、IT企業所属の受験者比率が80%から微減傾向にあり、ユーザー企業への人材シフトが緩やかに進んでいることが分かります。また、基本情報処理技術者試験では、IT企業所属の受験者比率が85%から75%程度まで低下した後、70%程度で推移しています。これらのデータから、現在はベンダー企業に7割、ユーザー企業に3割程度の技術者が所属していると推測されます。
基本情報処理技術者試験の受験者の業種別内訳を見ると、ソフトウェア業界と情報処理サービス業が大多数を占めていますが、製造業、金融業、サービス業、官公庁など、様々な業種からの受験者も増加傾向にあります。
内製化については、社内の情報システム部門や社員を中心に着実に進展しています。その主な理由として、外部から人材を確保することが困難であることと、コア部分は内製化したいという企業の意向が挙げられます。内製化を進める具体的な理由としては、社会変化への迅速な対応や、現場のニーズをより細かく把握したいという要望があります。
このように、IT人材の流動性が高まる中で、企業の魅力度向上と内製化の推進が重要な課題となっています。居心地の良い職場環境を整備できるか否かが、人材の確保と定着に大きく影響を与えることになります。
3. ソフトウェアエンジニアリングの世界的動向
3.1. ソフトウェアデファインドソサエティの進展
ニュースでもよく目にする「ソフトウェアデファインドソサエティ」という概念について説明させていただきます。この概念の代表的な例として、ソフトウェアデファインドビークル(SDV)が挙げられます。テスラ社の車両に見られるように、現代の自動車は定期的なソフトウェアアップデートによって機能が進化し続けています。
このアップデート時代の特徴として、例えばアメリカではB-52爆撃機の事例がよく取り上げられます。50年以上も使用されている航空機でありながら、最新のコンピューターによる精密な制御を実現しています。これは、既存のインフラや機器をソフトウェアのアップデートによって進化させ続けることで、長期間にわたって有効活用できることを示しています。
このような環境では、運用中のシステムからデータを収集し、それを解析して論理チェックを行い、シミュレーションと検証を経て、新しいバージョンを展開するというサイクルを回すことが重要になってきます。このサイクルは高速に回す必要があり、問題が発見された場合は迅速な対応が求められます。
このプロセスにおいて、AIは重要な役割を果たしています。具体的には以下の領域でAIが活用されています:
- データ解析による課題の明確化
- AI開発による迅速な問題解決
- AIテスティングによる品質保証
- ドキュメンテーションの自動化による継続的な記録
さらに、システムの構成要素、開発者、開発プロセスフェーズ、評価軸など、あらゆる面でパラメーターが増加しており、それらを適切に管理することも重要になっています。このように、ソフトウェアデファインドソサエティの進展に伴い、開発手法や管理手法も大きく変化してきています。これらの変化に対応するため、私たちはツールや方法論の整備を進めており、例えばアーキメイト記述言語を用いた分析や、最新のSLCPに基づく評価など、様々な取り組みを行っています。
3.2. 主要研究機関の取り組み
まず、ソフトウェアエンジニアリングの総本山として知られるカーネギーメロン大学のソフトウェアエンジニアリングインスティチュート(SEI)についてお話しします。現在、SEIの予算の約7割が国防総省(DOD)から来ており、その影響でセキュリティや高信頼性システムの研究に力を入れています。主要な研究トピックとしては、アジャイル開発、セキュリティ、エッジコンピューティング、ソフトウェアアーキテクチャーなどが挙げられます。
SEIは2021年に「Future of Software Engineering」という重要な文書を公開しました。この中で、今後の研究開発ロードマップとして、先進的アーキテクチャーと先進的開発手法の2つの方向性を示しています。特に注目すべき点として、ヒューマンセントリックな社会の実現を目指し、AIを活用したソフトウェア開発、継続的に進化するソフトウェア、AIソフトウェアシステムのエンジニアリング、社会技術システムのエンジニアリングなどの研究を推進しています。
ドイツのフラウンホーファー研究機構では、2つの重要な研究所が活動しています。IESEとISSです。IESEは実験的ソフトウェアエンジニアリング研究所として、デジタルエコシステム、ディペンダブルAI、デジタルツインを主要な研究テーマとしています。また、システムのモダナイゼーションにも取り組んでいます。
一方、ISSはシステム研究所として、データスペース(データ流通の仕組み)、コンポーネントの作成方法、オープンソースの活用方法などを研究しています。特に、アーキテクチャー、コンポーネント、ソフトウェア開発プロセスの3本柱を中心に研究を進めています。
フランスの国立情報学研究所(INRIA)には、DiverSEとEVAと呼ばれる2つの研究グループがあり、プログラミング言語やオープンソース、ソフトウェアの研究を行っています。特徴的なのは、モデルドリブンエンジニアリングを中核に据えていることです。このアプローチを基盤として、セキュリティチェック、クラウド展開、統計分析などの研究を進めています。
これらの主要研究機関の取り組みから、ソフトウェアエンジニアリングの研究が、従来の開発手法の改善だけでなく、AI、セキュリティ、社会システムとの統合など、より広範な領域に拡大していることが分かります。
3.3. 米国防総省のソフトウェアモダナイゼーション戦略
私が今まで見てきた海外の事例の中で、最も体系的にまとめられているのが米国防総省(DOD)のソフトウェアモダナイゼーション戦略です。この戦略は主に3つの柱から構成されています。
第一の柱は、クラウドの積極的な活用です。クラウドを単なるインフラとしてではなく、近代化を進めるための基盤として位置づけています。
第二の柱は、組織横断的なソフトウェアファクトリーエコシステムの構築です。これは、モジュールを基本単位として、組み立て型のシステム開発を実現することを目指しています。
第三の柱は、ビジネストランスフォーメーションの推進です。この戦略の特徴的な点として、デブセックオプスの導入に加えて、デザインパターンによるモデリングを重視していることが挙げられます。フランスのINRIAがモデリングを推進しているように、国防総省もデザインパターンを用いて、型を作り込んでいく方針を打ち出しています。
さらに、データの活用も重要な要素として位置づけられています。IoTデータだけでなく、デジタルエンジニアリングの観点から、CADデータや気象データ、数値データなど、エンジニアリングに関連する様々なデータを積極的に取り込む方針を示しています。
国防総省という性質上、サイバーセキュリティや持続可能性、テスティングにも重点が置かれており、最終的にはアウトカムまで含めた包括的なフレームワークとなっています。また、ワークフォースの育成も重視されており、人材面での取り組みも明確に示されています。
この戦略は2023年に策定された後、2024年にはソフトウェアモダナイゼーションインプリメンテーションプランとして、より具体的な実行計画が示されました。このプランでは、クラウド環境の構築方法、ソフトウェアファクトリーの実現方法、プロセス変革の具体的な進め方などが詳細に定められています。
このように、米国防総省の戦略は、技術面だけでなく、組織、プロセス、人材など、多面的な観点からソフトウェアの近代化を推進する包括的なアプローチとなっています。
3.4. オープンソースソフトウェアの活用状況
オープンソースソフトウェア(OSS)の活用状況について、日本でも多くの企業が意識的または無意識的にOSSを利用しています。現状では、商用アプリケーションの96%がOSSを活用しており、ソースコードベースで見ても相当な量のオープンソースが使用されています。このように、OSSはもはや特別なものではなく、身近な存在として認識され、積極的に活用されるべき段階に来ています。
政府によるOSS支援については、海外では特に積極的な取り組みが見られます。欧州委員会はオープンソースプログラムを作成し、メンテナンスも含めた支援を行っています。具体的な例として、Code.Europe.EUでは、政府が作成した行動をみんなで共有するためのリポジトリを構築しています。同様に、アメリカ政府もCODE.GOVというリポジトリを作成・提供しており、各国が積極的にOSSに取り組んでいます。これらの取り組みの背景には、税金を使って開発したソフトウェアは公共の財産としてオープンソース化すべきという考え方があります。
一方で、セキュリティ面での課題も存在します。OSSに脆弱性を含むソースコードが使用されているケースもあり、その対策としてSBOM(Software Bill of Materials)の活用が重要になってきています。しかし、SBOMだけでなく、より包括的なアプローチとして、システムやソフトウェアの構成管理全体を可視化することが必要です。私たちのシステムやソフトウェアがどのような構成でできているのかを正確に把握し、管理していく必要があります。
このようなOSSの活用と管理は、今後のソフトウェア開発において不可欠な要素となっています。特に、システムの構成管理と脆弱性対策を両立させながら、いかに効果的にOSSを活用していくかが重要な課題となっています。
4. 日本の現状と課題
4.1. ソフトウェア開発プロセスの実態調査結果
昨年12月から1月にかけて、ユーザー企業、ベンダー企業、個人を対象に実態調査を実施しました。今年も12月頃に同様の調査を予定していますので、皆様のご協力をお願いしたいと思います。
調査結果から、開発工程における課題の分布について特徴的な点が明らかになりました。最も多く課題として挙げられたのが見積もりとプロジェクト管理です。次いで品質管理と要件定義が課題として認識されています。特にユーザー企業からは運用面での課題も多く指摘されています。
見積もりについては、類推型の手法が多く採用されています。また、タスク分割による見積もりも行われていますが、従来型の手法も依然として使用されており、「勘と度胸」で進めているという回答も自由記述で見られました。特徴的なのは、ユーザー企業は類推型を好む傾向がある一方、ベンダー企業はタスク分割やWBSによる見積もりを多く採用しているという点です。
要件定義に関しては、モデリングツールを使用している企業が一定数存在する一方で、その後の要件管理については、仕様書やExcel、あるいは画面遷移図で管理しているケースが多く見られます。専用の管理ツールの使用は比較的少ない状況です。
さらに興味深い点として、要件定義の初期段階でモデリングツールを使用していても、実際の設計工程ではオフィスツールを使用する傾向が強く見られます。これは、モデリングツールを使用していると回答した企業でも同様の傾向が確認されました。
このような現状は、開発プロセスの効率化や品質向上の観点から課題があると考えられます。特に、ツールの一貫した活用や、より体系的なプロジェクト管理手法の導入が必要とされています。今年の調査では、これらの点についてより詳細な分析を行いたいと考えています。
4.2. 見積もりと要件定義の課題
私たちの調査結果から、見積もり手法の実態について興味深い傾向が明らかになりました。最も多く見られるのが類推型の見積もり手法です。また、タスク分割やWBS(Work Breakdown Structure)による見積もりも採用されているものの、依然として「勘と度胸」による見積もりも行われているという実態が自由記述から浮かび上がってきました。
特に注目すべき点として、ユーザー企業とベンダー企業で見積もり手法の選好に明確な違いが見られます。ユーザー企業は類推型の見積もりを好む傾向がある一方、ベンダー企業はタスクやWBSによる積み上げ型の見積もりを採用する傾向が強くなっています。この違いは、両者のプロジェクトに対する認識や立場の違いを反映していると考えられます。
要件定義に関しては、当初はモデリングツールを使用している企業が一定数存在するものの、その後の要件管理においては大きな課題が存在します。多くの企業が仕様書やExcel、画面遷移図といったオフィスツールで管理を行っており、専用の要件管理ツールの導入は進んでいません。
さらに興味深いのは、要件定義の初期段階でモデリングツールを使用していても、設計工程では大多数がオフィスツールに移行してしまう現象です。これは、モデリングツールを使用していると回答した企業でも同様の傾向が見られます。この現象の背景には、モデリングができる技術者の不足や、利用部門からより分かりやすい図面を求められるといった課題があります。
また、既存のドキュメントがモデリングツールを前提としていないことも、ツール導入の障壁となっています。これらの課題に対する具体的な解決策はまだ確立されていませんが、人材育成とツールの使いやすさの向上が重要な鍵になると考えています。
課題解決への取り組み状況については、各企業が試行錯誤を続けている段階です。特に、見積もりの精度向上と要件管理の効率化は、多くの企業が優先的に取り組むべき課題として認識していますが、効果的な解決策の確立にはまだ時間がかかると予想されます。
4.3. モデリングツール活用の現状
モデリングツールの導入状況について、私たちの調査では憂慮すべき実態が明らかになりました。モデリングを実施できる技術者が不足していることが最大の課題として挙げられています。また、利用部門からは「このような分かりにくい図ではなく、もっと分かりやすい図で持ってきてほしい」という要望が出ており、モデリングツールの活用が進まない要因となっています。
さらに、「元々のドキュメントがそういう形式になっていないから」という理由も多く聞かれ、既存の開発文化や慣習がツール導入の障壁となっていることが分かりました。
他業界と比較すると、この状況は極めて特異だと言えます。例えば、機械業界では設計用CADが全社的に導入されており、施工管理アプリも大手企業では80%以上が導入しています。また、コンテンツ業界でも作画やレンダリングツールが標準的に使用されており、金融保険業界でもライフプラン設計ツールが広く普及しています。
このような状況を踏まえると、「なぜソフトウェア業界はモデリングツールやタスク管理ツールを使っていないのか」という疑問が生じます。ソフトウェア開発という、本来ならばツールの活用が最も進んでいるべき業界で、むしろツールの活用が遅れているという逆説的な状況が存在しています。
この課題に対する解決策としては、技術者の育成とともに、業界全体でのモデリングツール活用の意識改革が必要だと考えています。特に、他業界の成功事例を参考にしながら、ソフトウェア開発におけるモデリングツールの効果的な活用方法を確立していく必要があります。
4.4. 品質管理への取り組み
私たちの調査結果から、日本のソフトウェア開発における品質管理について、いくつかの特徴的な傾向が明らかになりました。特に重要な点は、多くの企業が品質を最重要課題として認識していることです。
品質確保の手法としては、主に二つのアプローチが重視されています。一つは設計の可視化であり、もう一つはテストケースの確認です。設計の可視化については、前述のモデリングツールの活用が十分でない現状があり、品質確保の観点からも課題となっています。
テスト工程の現状については、リリース時の確認事項が重要視されています。しかし、体系的なテスト管理ツールの活用は限定的で、多くの企業が従来型の手法に依存している状況です。
品質管理ツールの活用状況については、ツールの存在は認識されているものの、導入・活用が進んでいない実態が浮かび上がってきました。これは、モデリングツールと同様に、ツール導入のための人材育成や組織的な取り組みが不足していることが要因として考えられます。
このような状況は、ソフトウェアの品質に対する高い要求がある一方で、その実現手段が従来型の手法に留まっているというギャップを示しています。今後は、品質管理の自動化やツールの効果的な活用を通じて、より効率的で確実な品質確保の仕組みを構築していく必要があります。
5. データマネジメントの重要性
5.1. データ管理市場の成長予測
データ管理市場は、今後著しい成長が予測されています。市場の成長率は、18%から20%程度と予測されており、これはソフトウェア市場全体の成長率と比較しても非常に高い水準です。
この成長を牽引する最大の要因は、データ量の爆発的な増加です。特に2025年と2035年を比較すると、データ量の伸びは劇的です。注目すべき点として、この増加の中心が従来型の固定インフラからのデータではなく、モバイル型やセンサーなどの動的なデータであることです。
さらに、データベース市場の中でも特にグラフデータベースの成長が顕著です。従来のRDBMS(リレーショナルデータベース管理システム)に加えて、ナレッジグラフと呼ばれるRDFでデータとデータを繋ぐグラフデータベースの需要が増加しています。
このような市場の急成長に伴う課題としては、増大するデータの効率的な管理手法の確立や、セキュリティの確保、そして何より、これらの新しいデータ管理技術に対応できる人材の育成が挙げられます。特に、屋外に設置されるセンサーなどからの動的なデータ処理には、従来とは異なるアプローチが必要となってきています。
私たちは、このようなデータ管理市場の成長が、単なる量的な拡大ではなく、データの質や活用方法の変化を伴う質的な転換点にさしかかっていると考えています。
5.2. データの標準化とカタログ化
データの標準化とカタログ化については、世界的に政府が中心となって進めている傾向が顕著です。その背景には、行政が国内最大のデータオーナーであり、データクレンジング機能も担っているという重要な事実があります。
具体的に説明すると、企業の設立や個人の出生届など、ほとんどの重要なデータは行政機関への登録や届出を通じて生成されます。その後、これらのデータは統計情報などの形で社会に還元されます。このプロセスにおいて、行政機関がデータのクレンジング機能を果たしています。
仮に民間企業間でデータ構造が異なっていたとしても、行政機関を介することでデータが標準化され、質が向上していくという仕組みが確立されています。これは、政府主導のデータ標準化が効果的に機能する理由の一つとなっています。
さらに、データの探索性を高めるための取り組みとして、DCATと呼ばれるデータカタログの標準規格が採用されています。この標準を用いることで、誰もが必要なデータを効率的に見つけ出すことができます。
このように、政府がデータの標準化とカタログ化を主導する動きは、世界各国で増加しています。これは単なるデータ管理の効率化だけでなく、社会全体のデータ活用基盤を整備するという重要な役割を果たしています。
こうした取り組みは、データの品質向上と利活用促進の両面で効果を発揮しており、今後ますます重要性を増していくと考えられます。
5.3. グラフデータベースの台頭
データ管理市場の進展において、特に注目すべき傾向の一つが、グラフデータベースの成長です。従来のRDBMSからの移行が進んでおり、特にナレッジグラフと呼ばれる、RDFでデータとデータを繋ぐデータベースの活用が広がっています。
この変化は単なるデータベース技術の進化ではなく、データの捉え方自体の変革を示しています。従来のリレーショナルデータベースでは、データを表形式で管理していましたが、グラフデータベースでは、データ間の関係性そのものを直接的に表現し、管理することができます。
特にナレッジグラフの活用によって、Webでの検索のように、あるデータから関連するデータへと次々に辿っていくような柔軟な探索が可能になっています。このような探索的なデータアクセスは、一つ一つ作成するのは手間がかかりますが、リンクドデータイベントストリームのような仕組みを活用することで、効率的な管理が可能になってきています。
導入効果として、データ間の関係性の可視化が容易になり、これまで見えにくかったデータの関連性や傾向を発見できるようになっています。一方で、従来のRDBMSとは異なるアプローチが必要となるため、人材育成や既存システムからの移行といった課題も存在します。
このように、グラフデータベースの台頭は、データマネジメントの新しい可能性を開くと同時に、組織としての適応力が問われる変革でもあります。
5.4. データハンドリング手法の変化
データハンドリングの手法は、近年大きく変化してきています。国内では従来、RDBとデータレイクを中心としたデータ管理、そして高速ネットワークを前提とした大量のファイル転送による大量消費型のデータハンドリングが主流でした。また、データ保護の観点から、目的外利用の禁止など、厳しい規制が設けられていました。
しかし、海外の動向を見ると、従来型のデータ転送に加えて、新しいアプローチが採用されています。特に注目すべきは、グラフテクノロジーの活用とAPIベースのデータアクセスです。APIを通じて必要なデータを1つずつ取得する方式は、低速ネットワークでも利用可能であり、データ共有も容易になります。
このアプローチの大きな利点は、セキュリティ面にあります。データが一括で転送されるのではなく、必要な部分のみが個別に取得されるため、データが漏洩した場合でも被害範囲を最小限に抑えることができます。また、処理速度の面でも、必要なデータのみを扱うため効率的です。
このように、大量消費型と個別消費型を組み合わせた「ベストチョイス思想」が主流になってきています。これは、データの性質や利用目的に応じて、最適なデータハンドリング手法を選択するアプローチです。この変化は、単なる技術的な進化だけでなく、データ利活用の考え方自体の転換を示しています。
6. 今後の展望と提言
6.1. グローバル起点のアクション必要性
これまで日本のソフト産業は、グローバルに出なければならないという議論が長年続けられてきました。その背景には、日本のマーケットが縮小していくという懸念がありました。しかし、現在の状況は、単にグローバル市場を目指すという段階を超えています。
データやソフトウェアが瞬時に世界中に展開できる時代において、もはやグローバル展開を目指すという発想自体を変える必要があります。つまり、プロジェクトの起点そのものをグローバルに置く必要があるのです。
これは具体的には、最初から世界の最先端の人々と協働しながらプロジェクトを進めていくということを意味します。このアプローチにより、最先端の技術を自然に身につけることができ、同時に世界水準の開発プロセスも体得できます。
例えば、スポーツ界やビジネス界では、すでにこのような動きが見られます。海外で最先端の経験を積んだ人材が日本に戻り、新しい会社を起こすというパターンが増えています。ソフトウェア業界でも、国内で完結したプロジェクトを後から海外展開するのではなく、最初からこのサイクルをグローバルなレベルで回していく必要があります。
技術のキャッチアップについても、従来のように海外の新技術が登場してから、日本人による目利き、日本語の教材作成、研修実施という流れでは、すでに5ヶ月以上のタイムラグが生じています。その間にも海外では次々と新技術が登場しており、このギャップを埋めるためには、直接海外のニュースやYouTubeなどから情報を得て、即座に実践していく姿勢が求められます。
このように、グローバル起点でのアクションは、単なる市場拡大戦略ではなく、技術力向上と競争力強化のための必須要件となっています。日本のソフトウェア産業が世界で存在感を示すためには、この視点の転換が不可欠だと考えています。
6.2. 可視化とモデリングの重要性
私たちの調査と分析から、可視化とモデリングの重要性が一層明確になってきています。特に要件定義においては、可視化が極めて重要な役割を果たします。きちんとした要件を作成することで、AIの開発においても的確な指示を出すことが可能になります。実際、プロンプトエンジニアリングの成功にも要件の可視化が大きく寄与しています。
また、テスティングの際にも、きちんとした指示を出すためには要件の可視化が不可欠です。AIを活用したテストであっても、テストの対象や条件を明確に示すためには、要件が可視化されている必要があります。
モデリングツールの活用推進については、既存の課題を踏まえた上で、段階的なアプローチが必要です。注目すべき点として、要件自体もAIでサポートして作成することが可能になってきています。これにより、従来よりも効率的に要件定義を進められる可能性が出てきました。
合意形成における可視化の役割も重要です。先の調査で明らかになったように、期待値のコントロールや要求の優先順位付けなど、様々な課題に対して、可視化は効果的なソリューションとなり得ます。可視化によって、関係者間での認識の齟齬を減らし、より円滑なプロジェクト進行が可能になります。
これらのポイントを踏まえると、可視化とモデリングは、単なる開発手法の一つではなく、プロジェクトの成功を左右する重要な要素として位置づけられるべきだと考えています。
6.3. スキルベース人材育成の推進
世界の潮流を見ると、人材育成においてスキルベースのアプローチが主流になってきています。スキルベースの考え方では、例えばプログラマーという職種に必要なスキルとして、論理的思考力、プログラミング能力、可視化能力などを具体的に定義します。これらのスキルを組み合わせることで、職種を構成していくというアプローチです。
このアプローチの大きな利点は、技術変化に柔軟に対応できる点です。スキルを積み増していくことで、職種の転換も容易になります。特に技術変化が激しいIT業界では、このような柔軟性が非常に重要になってきています。
私たちIPAでもデジタルスキルスタンダードを整備していますが、アジア各国との比較調査では興味深い結果が出ています。各国では従来型の採用よりもスキルベースでの採用を重視する傾向が強く、スキルの習得支援も積極的に行われています。
一方、日本では依然として経験を重視した採用が多く見られます。スキルの習得についても、スキルと経験が混在した形での人材育成が行われている状況です。この差は、今後の国際競争力に影響を与える可能性があります。
そのため、今後は以下の方向性での取り組みが重要だと考えています:
- スキルベースの評価基準の確立
- 具体的なスキル定義の整備
- 継続的なスキル習得を支援する仕組みの構築
- グローバル水準でのスキル評価の導入
このような取り組みを通じて、技術変化に柔軟に対応できる人材の育成を進めていく必要があります。
6.4. IPAの今後の取り組み方針
IPAでは、将来を見据えた取り組みとして、2つの方向からアプローチを進めています。1つは将来からのバックキャストによるソフトウェアモダナイゼーションの検討、もう1つはボトムアップでのレガシーシステム改革の方法論の確立です。
具体的なアクションとしては、今回ご紹介したような世界のIT業界およびソフトウェア業界の動向を継続的に把握・分析し、それを日本の実情に合わせて展開していくことを考えています。特に、モデリングツールや生産性向上への積極的な取り組みを推進するためのマインドセット作りに注力していきます。
人材育成については、グローバルレベルで活躍できる人材を大募集しています。私たちと一緒にプロジェクトを進めていきたい方々には、様々な形での参加機会を提供したいと考えています。
そろそろ日本のソフトウェア業界も本気で変革に取り組む時期に来ていると感じています。この20年以上、グローバル化の必要性が叫ばれ続けてきましたが、最近では「デジタル劣後」という言葉も聞かれるようになりました。この状況を打破するために、業界全体で力を合わせて取り組んでいきたいと考えています。
IPAは、これらの取り組みを通じて、日本のソフトウェア産業の競争力強化と発展に貢献していきます。産業界との連携を深めながら、具体的な成果を生み出していけるよう、努力を続けてまいります。
7. 質疑応答
7.1. 人材採用に関する質問
質問者から博士人材の採用状況について質問をいただきました。私たちIPAでは、博士人材も積極的に採用しているという方針ですが、私の知る限りでは、現時点で博士号取得者の採用実績は多くないように思います。なお、私自身は博士課程まで進みましたが、博士号は取得していません。
ただし、これは当機構が博士人材を拒否しているわけではなく、むしろ大歓迎の姿勢です。私たちが求めている人材は、グローバルな視点を持ち、最新の技術動向に強い関心を持っている方です。そのため、博士号の有無に関わらず、意欲と能力のある方であれば、積極的に採用を検討させていただきます。
採用条件については、独立行政法人という性質上、給与面では民間企業ほどの待遇は提供できない可能性があります。しかし、その代わりに、世界の最前線で活躍できる機会や、最新の情報に触れられる環境、さらには高い公益性のある仕事に携わることができるという利点があります。
このように、待遇面での制約はありますが、グローバルな活躍の機会と公益性の高い仕事内容に魅力を感じていただける方であれば、ぜひIPAでの就業をご検討いただければと思います。
7.2. グローバル化への取り組みについて
グローバル化への取り組みについて具体的なご質問をいただきました。IPAでは現在、いくつかの重要なプログラムを展開しています。例えば、AIセーフティインスティテュートでは、AIの国際的な安全性を確保するための仕組み作りや国際ガイドラインの策定に取り組んでいます。
データの世界では、セマンティクスの分野でアメリカやヨーロッパとの協働を進めています。具体的な例を挙げますと、企業情報の国際的な標準化に取り組んでいます。「Corporation」「Enterprise」「Legal Entity」など、企業を表す用語や本社住所の定義が国によって異なる状況を改善するため、基本情報のセマンティックレベルでのマッピングプロジェクトを進めています。
情報収集については、私たちは恐らく最も早い段階で情報を入手できる立場にいると考えています。海外のメールマガジンを多数購読しており、これは特別なものではなく、誰でも配信を申し込めば入手できる情報です。ただし、それらの情報が本当に面白いものかどうかを判断する目利き力が重要です。
実際の運用としては、私たちのチーム内で「これは面白い動きが出てきたね」といった議論が起こり、それが1ヶ月程度で広がっていくような形で情報の価値が確認されていきます。このように、情報収集から評価まで、組織的な取り組みを行っています。
こうした取り組みを通じて、グローバルな視点を持ちながら、日本の実情に合わせた展開を図っています。
7.3. IT投資の考え方
IT投資に対する考え方について、投資の点では我々はかなり明確な方向性を持っています。常にコストではなく投資として捉えるべきだと主張しているのですが、ついつい気を緩めると「費用対効果」という言葉が出てきてしまいます。しかし、費用は削減するものであり、投資は適正に行ってリターンを得るものです。この考え方の違いは非常に重要です。
山崎さんからご指摘があった通り、ITをビジネスと捉える米国、アカデミックと捉える欧州に対して、日本ではコストと捉える傾向が依然として強く残っています。IT関連部署がコストセンターと見なされ、会計処理では無形固定資産として扱われ、減価償却がしづらい実態があります。この結果として、日本のIT技術者の賃金が東南アジアのIT技術者よりも低くなるという深刻な状況も生まれています。
このような状況に対して、ITが分からないことを自慢する経営者がまだ存在することも課題です。「IT業界の場合、失われた30年というより失われた40年だ」という指摘もあり、NTTが進んでいた時代に、米国がインターネットを軍事から商用に移したという歴史的な文脈も考慮する必要があります。
こうした課題に対する解決策として、サービスの増加に伴う具体的な成功事例を示していくことが重要だと考えています。経営者の意識改革を促すためには、IT投資がビジネスにもたらす具体的な価値を、分かりやすい形で示していく必要があります。
7.4. オブジェクト指向の現状
オブジェクト指向の活用状況について質問をいただきました。部品化の観点から見ると、オブジェクト指向というのは確かに一つの重要な流れだと思います。私の時代にはまだオブジェクト指向は浸透していませんでしたが、現在の若い世代の技術者たちにとっては、もはや当たり前の概念として定着しているようです。
最近では「オブジェクト指向」という言葉自体をあまり耳にしないのですが、これは逆説的に、オブジェクト指向が完全に普及し、特別に意識する必要がなくなってきているからだと考えられます。クラス図を実務的に使用したり、オブジェクトとして実装したりすることが、もはや特別なことではなくなっているのです。
教育現場での取り扱いについて、大学の同僚に確認したところ、オブジェクト指向は基本的な概念として教えられているものの、あえて「オブジェクト指向」という言葉を強調することは少なくなってきているそうです。これは、オブジェクト指向がプログラミングの基本的なパラダイムとして完全に定着していることの表れと言えます。
今後の展望としては、オブジェクト指向はプログラミングの基本的な考え方として継続的に重要な役割を果たしていくでしょう。ただし、それは特別な概念としてではなく、ソフトウェア開発における自然な手法の一つとして、さらに深く浸透していくものと考えられます。