※本稿は、2024年に開催されたAspen Ideas Festivalでの「Amazon Presents: How AI is Transforming Health Care」というセッションを要約したものです。
1. イントロダクション
1.1 AIと医療に対する一般的な認識
人工知能(AI)を考えると、多くの人々にとって懸念や懐疑心、さらには恐怖心を抱かせる可能性があります。AIは依然として広く未知の技術と考えられています。映画では、AIの極端な使用例が描かれることが多く、恐ろしい生き物や黙示録的な世界、半人半ロボットの奇妙な社会など、AIがもたらす未来に対する不安を煽る描写が目立ちます。
1.2 AIの医療分野における潜在的な利点
しかし、ハーバード公衆衛生大学院の調査によると、AIを活用することで医療分野に指数関数的な改善がもたらされる可能性があることが示されています。具体的には、以下のような利点が挙げられています:
- 治療費の削減:AIを診断に活用することで、治療費を50%削減できる可能性があります。
- 医療成果の向上:AIの活用により、医療成果が40%改善される可能性があります。
これらの数字は、AIが医療分野にもたらす可能性の大きさを示しています。AIの適切な活用により、医療の質を向上させながらコストを削減できる可能性があり、これは患者にとっても医療システム全体にとっても大きな利点となります。
次のセクションでは、このような可能性を秘めたAIと医療の未来について、各分野の専門家たちがどのような見解を持っているのか、具体的な事例を交えながら詳しく見ていきます。
2. パネリストの紹介
2.1 Katie Couric (モデレーター)
Katie Couricは、本パネルディスカッションのモデレーターを務めています。彼女は個人的に医療システムとの関わりを持っており、1997年に夫のJayが大腸がんと診断され、9ヶ月後に亡くなった経験や、妹のEmilyが54歳で膵臓がんで亡くなった経験を持っています。さらに、2年前には自身も乳がんと診断され、ステージ1Aで発見され、部分切除と放射線治療を受け、現在は良好な状態にあります。
Couricは「For Love and Life: No Ordinary Campaign」というドキュメンタリーの製作総指揮を務めており、このドキュメンタリーはAmazon Prime Videoで1ヶ月前にプレミア公開されました。
2.2 Sandra Abrevaya (I AM ALS共同創設者)
Sandra AbrevayaはI AM ALSの共同創設者です。彼女の夫であるBrian Wallachが2017年にALSと診断されたことをきっかけに、彼らは患者支援と研究促進のための活動を始めました。AbrevayaとWallachは、オバマ大統領の選挙キャンペーンで出会い、後にオバマ政権下でも働いた経験があります。
I AM ALSの活動を通じて、AbrevayaとWallachは連邦政府からのALS研究資金を10億ドル以上増加させることに成功しました。また、最近では健康関連のスタートアップである「Synaptic Cure」を立ち上げています。
2.3 Dr. Sanita M. Mishra (Amazon Health Services最高医療責任者)
Dr. Sanita M. Mishraは、Amazon Health Servicesの最高医療責任者であり、内科医でもあります。彼女は25年間にわたる一次医療の経験を持っています。
Amazonでの役割において、Mishraは技術を活用して医療の結果を改善し、必要な時に容易にケアを受けられるようにすることを目指しています。
2.4 Dan Sheeran (Amazon Web Services医療・ライフサイエンス部門GM)
Dan SheeranはAmazon Web Services(AWS)の医療・ライフサイエンス部門のゼネラルマネージャーを務めています。彼は、AIと雲技術が医療分野にもたらす可能性について豊富な知識を持っています。
2.5 Alex Rives (Evolutionary Scale最高科学責任者)
Alex Rivesは、新しく設立されたEvolutionary Scaleの最高科学責任者です。Evolutionary Scaleは、生物学のための生成モデルの開発に取り組んでいる企業です。
Rivesは、ESM3と呼ばれる新しいモデルについて説明しています。このモデルは、生物学の「言語」で訓練された言語モデルであり、生命の基本的なコードであるDNA、タンパク質、RNAの配列を理解し、新しい生体分子を生成することができます。
これらのパネリストたちは、それぞれの専門分野や経験を活かして、AIが医療分野にもたらす可能性と課題について議論を展開しています。
3. 個人の医療体験
3.1 Katie Couricの経験
Katie Couric: 私は個人的に米国の医療システムと深く関わる経験をしてきました。1997年に夫のJayが大腸がんと診断され、9ヶ月後に亡くなりました。その後、妹のEmilyが膵臓がんで54歳という若さで亡くなりました。Emilyはバージニア州民主党の新進気鋭の政治家でした。
2年前、私自身が乳がんと診断されました。幸いにも、私の癌はステージ1Aで発見され、部分切除と放射線治療を受けることで良好な経過をたどっています。
これらの経験を通じて、私は医療システムの長所と短所を身をもって理解しました。特に、私は自身が特権的な立場にあることを強く認識しています。良い保険、資金力、優秀な医師へのアクセスを持つ私でさえ、医療システムのナビゲーションに苦労したのです。
この認識は、私に次のような疑問を投げかけさせました:'お金がない人、良い保険がない人、最高の医師へのアクセスがない人々は、どうやってこのシステムを乗り越えているのだろうか?'
3.2 Sandra AbrevayaとBrian Wallachの経験
Sandra Abrevaya: 2017年、私の夫Brian Wallachが37歳の時にALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断されました。この診断は、私たちが二人目の娘を病院から連れて帰った日に行われました。
一般の神経科医は、診断的な検査を行わずに、BrianにALSの可能性があると伝え、さらに'残された寿命は6ヶ月程度'という情報を与えました。
診断後、私たちはALS専門医の予約を取ろうとしましたが、待ち時間が4〜6ヶ月もあることを知らされました。'6ヶ月の寿命'と告げられた直後に、専門医に会うまでに6ヶ月も待たなければならないという現実に、私たちは愕然としました。
幸いなことに、私たちはオバマ大統領の選挙キャンペーンで出会い、その後オバマ政権下で働いた経験から、広範なネットワークを持っていました。このネットワークを活用して電話をかけまくった結果、やっと専門医の予約を早めることができました。しかし、大多数の患者にはこのようなアクセスはありません。
診断後の journey も決して平坦ではありませんでした。Brianの症状は徐々に進行し、腕、脚、指の動きが失われていきました。最終的には話す能力も失われました。これに伴い、私の介護者としての負担も増大していきました。
この経験から、私たちは患者擁護活動へと駆り立てられました。私たちは'I AM ALS'を共同設立し、ALSの患者支援と研究促進のための活動を展開しています。その結果、連邦政府からのALS研究資金を10億ドル以上増加させることに成功しました。
さらに、私たちは'Synaptic Cure'という健康関連のスタートアップを立ち上げ、神経変性疾患の患者に対する遠隔医療サービスを提供しています。
4. 現在の医療システムの課題
4.1 診断の遅れと専門医へのアクセス
Sandra Abrevaya: Brianが最初にALSの診断を受けた際、一般の神経科医は十分な診断的検査を行わずに診断を下し、さらに'6ヶ月の寿命'という誤った予後情報を提供しました。
私たちがALS専門医の予約を取ろうとした際、4〜6ヶ月の待ち時間があることを知らされました。'6ヶ月の寿命'と告げられた直後に、専門医に会うまでに6ヶ月も待たなければならないという現実に、私たちは愕然としました。
4.2 電子カルテの問題点
Katie Couric: 私は異なる医療機関を受診する度に、自分の病歴を何度も繰り返し説明しなければならない状況に疑問を感じています。
Dr. Sanita M. Mishra: 電子カルテシステム間の相互運用性(interoperability)の欠如が大きな課題となっています。これにより、同じ市内の異なる病院間でさえ、患者の医療情報を共有することが困難になっています。
また、電子カルテの使用が医師と患者のコミュニケーションを阻害している側面もあります。多くの場合、医師は診察中にスクリーンに向かって入力作業を行うため、患者との目線を合わせる時間が減少しています。
Sandra Abrevaya: 私は夫のBrian Wallachの医療記録を管理するために7つのバインダーを持ち歩かなければなりませんでした。
4.3 医療過誤と診断ミス
Dr. Sanita M. Mishra: 毎年約25万件の有害な医療診断エラーが発生しており、その多くが深刻な結果をもたらしています。
Sandra Abrevaya: Brianの最初の診断では、ALSの可能性が示唆されただけでなく、誤った予後情報(6ヶ月の生存期間)が与えられました。
5. AIによる医療革新
5.1 診断精度の向上
Dr. Sanita M. Mishra: AIは大量のデータを高速で処理し、パターンを認識する能力を持っているため、診断の精度向上や医療過誤の防止に貢献する可能性があります。
5.2 個別化医療の実現
Alex Rives: 私たちが開発しているESM3モデルは、生物学の'言語'で訓練されたAIモデルです。このモデルは、生命の基本的なコードであるDNA、タンパク質、RNAの配列を理解し、新しい生体分子を生成することができます。
5.3 医療記録管理の改善
Dr. Sanita M. Mishra: AIは電子カルテシステムの改善やデータの統合にも活用できる可能性があります。
Dan Sheeran: 我々AWSでは、AIを活用して医療記録の管理を改善するソリューションの開発に取り組んでいます。例えば、AIを使って異なるシステム間の用語の違いを理解し、統一された形式でデータを提供することができます。
5.4 医療従事者の負担軽減
Dr. Sanita M. Mishra: AIは医療従事者の日常的な業務を支援し、負担を軽減する可能性があります。例えば、音声認識技術を用いて診察内容を自動的に電子カルテに記録することで、医師は患者とのコミュニケーションに集中できるようになります。
Dan Sheeran: 我々は、AIを活用して診察前の準備や診察後の記録作成を支援するシステムの開発に取り組んでいます。例えば、AIが患者の過去の記録を要約し、重要なポイントを医師に提示することで、医師は診察の準備に要する時間を削減できます。また、診察中の会話をAIが聞き取り、重要な情報を自動的に記録することで、医師の事務作業負担を軽減できる可能性があります。
6. 具体的なAI応用事例
6.1 Amazon Pharmacyでの処方ミス防止
Dr. Sanita M. Mishra: 私たちはAmazon Pharmacyで、AIを活用して処方ミスを防止する取り組みを行っています。具体的には、機械学習を使用して、処方箋が適切に調剤されているかを確認しています。
6.2 医師の診断支援システム
Dan Sheeran: 我々AWSでは、AIを活用した医師の診断支援システムの開発に取り組んでいます。例えば、患者の症状、検査結果、医療履歴などの情報をAIが分析し、可能性のある診断のリストを医師に提示するシステムを開発しています。また、このシステムは常に最新の医学研究や臨床データを学習し続けることができるため、医師が最新の知見に基づいて診断を行うことを支援します。
Dr. Sanita M. Mishra: さらに、AIを活用することで、医師の診察準備や診察後の記録作成を支援することができます。例えば、AIが患者の過去の記録を要約し、重要なポイントを医師に提示することで、診察の準備時間を短縮できます。また、診察中の会話をAIが聞き取り、重要な情報を自動的に記録することで、医師の事務作業負担を軽減できる可能性があります。
6.3 タンパク質設計と創薬
Alex Rives: 私たちEvolutionary Scaleでは、ESM3というAIモデルを開発しました。このモデルは、生物学の'言語'で訓練されており、DNA、タンパク質、RNAの配列を理解し、新しい生体分子を生成することができます。
具体的には、ESM3を使って新しいタンパク質を設計することができます。例えば、火曜日に発表したように、私たちは新しい蛍光タンパク質を作成しました。これは、生物学の研究ツールとして非常に重要です。
7. AIがもたらす医療の未来
7.1 医療コストの削減
Dan Sheeran: 新薬の開発には平均して10年から15年の期間と、約10億ドルのコストがかかります。さらに、人間を対象とした臨床試験では90%が失敗しています。AIを活用することで、この状況を改善できる可能性があります。例えば、AIを使って薬剤の効果や安全性をより正確に予測できれば、臨床試験の成功率を高めることができます。また、AIを活用して適切な被験者を効率的に選定することで、臨床試験の期間を短縮し、コストを削減することも可能です。
7.2 臨床試験の効率化
Dan Sheeran: 臨床試験の40%は必要な最小限の被験者数を確保できないために開始すらできていません。AIを活用することで、この状況を改善できる可能性があります。例えば、AIを使って患者データを分析し、特定の臨床試験に適した被験者を効率的に特定することができます。また、AIによって疾患のメカニズムをより深く理解できれば、臨床試験に必要な被験者数を減らすことができる可能性もあります。
7.3 医療格差の是正
Katie Couric: 医療格差の問題は非常に重要です。例えば、私が取り組んでいる乳がんの啓発活動では、黒人女性の乳がん死亡率が白人女性よりも40%高いという問題があります。これには、アクセスの問題だけでなく、乳房密度の問題など、様々な要因が関係しています。
8. AIの課題と倫理的配慮:バイアスの問題と対策
Dr. Sanita M. Mishra: AIの医療応用において、バイアスの問題は重要な課題の一つです。1990年代には、私たちは自分たちのバイアスすら認識していませんでしたが、今では状況が大きく変わっています。私たちは現在、AIシステムを構築する際にバイアスの問題を非常に意識しています。
Amazonでは、基盤モデルを構築する際に、バイアスが入り込まないよう細心の注意を払っています。これは私たちの基本原則の一つです。AIシステムを構築する際には、常にバイアスの問題を念頭に置いています。
Dan Sheeran: バイアスの問題に対処するために、AIそのものを活用することも可能です。例えば、他のAIモデルを監視し、'ドリフト'と呼ばれる現象を検出するAIモデルを開発することができます。ドリフトとは、モデルが最初に訓練されたデータと、実際に使用されているデータの間に一貫性がなくなる現象です。
Amazonでは、責任あるAIの開発に多大な時間を費やしています。これは単に私たちの自社製品だけでなく、AWSと提携している第三者のAIプロバイダーにも適用されます。彼らも責任あるAIの開発に深くコミットしています。
しかし、最終的にはこれはデータを提供するヘルスケアシステムを運営している人々との協力が必要です。技術企業とヘルスケアシステムが協力して、非常に客観的かつ体系的な方法で、AIモデルのトレーニングに使用されるデータの源を見直す必要があります。
9. 政策と制度の変革
9.1 CMS(メディケア・メディケイドサービスセンター)の新プログラム
Sandra Abrevaya: 私は政府の取り組みについて、特にCMS(メディケア・メディケイドサービスセンター)の新しいプログラムについてお話ししたいと思います。申し訳ありませんが、皆さん、私は政府の取り組みのファンなんです。
数日後の7月1日から、CMSがメディケアを監督する機関ですが、新しいプログラムを開始します。このプログラムは、アルツハイマー病および関連する認知症ケアへのアプローチを変革することを目的としています。
具体的には、医師や看護師への報酬の仕組みを変更し、患者さんや介護者がより多くのサポートを必要とする分野により多くの時間を費やすよう奨励します。これは非常に画期的なことです。
私は、この取り組みが全国レベルでこの疾患における介護者支援の重要性を証明する機会になると考えています。介護者が強ければ、患者である配偶者や親はより長く自宅で過ごすことができ、長期療養施設への入所が遅れます。また、入院も減少するでしょう。介護者に必要なサポートを提供することで、これらすべてが実現可能になります。
これらはすべて非常に興奮させられる内容です。今、特別な瞬間を迎えています。私たちが立ち上げ、運営しているヘルスケア企業である Synaptic Cure は、改名が必要かもしれませんが、CMSと提携して、50州すべてで認知症ケアをサポートすることになりました。このモデルは介護者中心のアプローチを取っています。
9.2 介護者支援の重要性
Sandra Abrevaya: 介護者支援の重要性について、私の個人的な経験からお話ししたいと思います。介護のニーズについて具体的な例を挙げると、Brian と私は毎年30万ドルを自己負担で支払っています。これは、Brianが完全に麻痺し、話すことも動くこともできないからです。
私一人では彼を動かすことができません。私には十分な力がありません。24時間365日そばにいることはできません。彼に食事を与えたり、入浴させたり、トイレに連れて行ったりすることができません。どの家族にもこのような費用を負担する余裕はありません。
現在、民間保険もメディケアもこれらのケアをカバーしていません。そのため、私の状況にある他の人々は、実質的に自宅に閉じ込められてしまいます。私が特権的な立場にあるからこそ、Brian をシカゴに残して、ここアスペンでこの話をすることができるのです。
現在の状況では、家族の誰かがこのような病気と診断されると、介護者の人生も実質的に終わってしまいます。私は誇張しているわけではありません。
10. まとめと展望
このパネルディスカッションを通じて、AIが医療分野にもたらす可能性と課題について多角的な視点から議論が展開されました。
AIの導入により、診断精度の向上、個別化医療の実現、医療記録管理の改善、そして医療従事者の負担軽減など、多くの面で医療システムの革新が期待されています。特に、Amazon PharmacyでのAIを活用した処方ミス防止や、Evolutionary ScaleのESM3モデルによる新たなタンパク質設計など、具体的な応用事例が示されました。
一方で、AIの導入に伴うバイアスの問題や、データの取り扱いに関する倫理的配慮の必要性も指摘されました。また、医療格差の是正や、臨床試験の効率化によるコスト削減の可能性についても言及されました。
さらに、Sandra AbrevayaとBrian Wallachの個人的な経験を通じて、現在の医療システムが抱える課題、特に専門医へのアクセスの困難さや介護者支援の重要性が浮き彫りになりました。CMSの新プログラムなど、政策面での取り組みの重要性も強調されました。
このディスカッションは、AIが医療の未来を大きく変える可能性を示す一方で、技術の進歩だけでなく、人間的なケアや制度の改革の必要性も強調しました。AIと人間の協調により、より効果的で患者中心の医療システムが実現できる可能性が示唆されました。
今後の医療の発展に向けて、技術革新と人間的配慮のバランスを取りながら、さまざまな課題に取り組んでいく必要性が浮き彫りになりました。