※本稿は、2024年に開催されたAI for Good Global Summit 2024での「ニューロテック:革新的モニタリングと治療法による集中力、瞑想、脳の健康の向上」というセッションをAI要約したものです。
1. イントロダクション
1.1 神経科学技術の現状と可能性
神経科学技術は、人間の脳と認知機能の理解を深め、様々な精神疾患や神経学的障害の診断、治療、そして予防に革命をもたらす可能性を秘めている。近年、脳波計(EEG)や機能的磁気共鳴画像法(fMRI)などの技術の進歩により、脳の活動をリアルタイムで観察し、分析することが可能になってきた。さらに、人工知能(AI)と機械学習の発展により、これらのデータをより精密に解析し、個々人に合わせたパーソナライズされた介入方法を開発することが現実のものとなりつつある。
この分野の最前線では、日常生活で使用可能な脳-コンピューターインターフェース(BCI)の開発、精神疾患の早期発見と予防、認知機能の向上など、多岐にわたる応用が期待されている。しかし、これらの技術の発展と並行して、倫理的な配慮や個人のプライバシー保護など、解決すべき課題も多く存在している。
1.2 パネリストの紹介
本セッションでは、神経科学技術の最前線で活躍する4人の専門家がそれぞれの研究や取り組みについて発表を行った。
Dr. サラップ・ショー:
Western大学の教授であり、Propel Focusの共同創設者である。彼の研究は、PTSDやADHDなどの精神疾患における脳ネットワークの変化に焦点を当てており、EEGを用いた新しい診断・治療法の開発に取り組んでいる。
Dr. トレーシー・ブランドマイヤー:
Brain Mindの最高科学責任者(CSO)であり、UC San Diegoの神経計算研究所の教授でもある。彼女は、責任ある神経科学技術の発展を促進するためのエコシステム構築に取り組んでいる。
Maria Lopez Valdez:
Bitrainの最高経営責任者(CEO)兼共同創設者である。Bitrainは、科学研究や健康管理のための高度な脳モニタリング機器と脳-コンピューターインターフェースの開発を行っている先進的な神経科学技術企業である。
Dr. ラムゼイ・アル・カデ:
Neurableの最高経営責任者(CEO)である。Neurableは、日常生活で使用可能な脳-コンピューターインターフェースの開発に注力しており、特に集中力の測定や精神疾患の検出に革新的なアプローチを提供している。
これらの専門家たちの発表を通じて、神経科学技術の現状と将来の可能性、そしてその社会的影響について幅広い視点から議論が展開された。
2. 脳のネットワークと精神疾患
2.1 日常的な脳の働き
Dr. サラップ・ショーは、日常的な脳の働きについて説明を行った。人間の脳は、常に内部的な思考と外部からの刺激に対する反応を切り替えている。例えば、過去の休暇の思い出に浸っていたかと思えば、次の瞬間には目の前の仕事に集中するといった具合である。この切り替えは、通常、意識せずにスムーズに行われる。
脳の内部では、この切り替えを可能にする複数のネットワークが密接に連携し、同期している。Dr. ショーは、この過程を「脳内のバレエ」と表現し、複雑な認知機能がいかにして実現されているかを説明した。
2.2 PTSDにおける脳ネットワークの変化
しかし、PTSDやADHDなどの精神疾患では、この脳ネットワークの切り替えに問題が生じることがある。Dr. ショーは、最近Nature Mental Healthに掲載された研究結果を紹介した。この研究では、PTSDの2つのサブタイプ(通常のPTSDと解離性PTSD)で脳の接続パターンが大きく異なることが明らかになった。
具体的には、fMRIデータを用いて、これら2つのサブタイプの脳ネットワークの違いを視覚化した画像が示された。この違いは非常に顕著であり、同じPTSDでも異なるサブタイプでは全く異なる治療アプローチが必要であることを示唆している。
特に注目すべき点は、解離性PTSDのパターンの多くが幼少期のトラウマと関連していることが明らかになったことである。これは、幼少期のトラウマが脳のネットワーク変化に直接的な影響を与えるという、初めての説得力のある証拠となった。
2.3 EEGを用いた脳ネットワーク活動の予測
しかし、fMRIは高価で時間がかかるため、日常的な臨床現場での使用には適していない。そこでDr. ショーのチームは、より安価で使いやすいEEGを用いて、fMRIと同レベルのネットワーク活動を予測する方法を開発した。
彼らは、AIモデルを使用してEEGデータからfMRIネットワーク活動を予測することに成功した。この技術により、臨床現場でより簡便に脳ネットワークの状態を評価することが可能になり、PTSDやその他の精神疾患の診断や治療に革新をもたらす可能性がある。
3. ニューロフィードバック療法
3.1 Muse headsetを使用した事例
Dr. ショーは、EEGを用いたニューロフィードバック療法の具体的な事例を紹介した。この療法では、Muse headsetという市販のEEGデバイスを使用している。患者は頭にEEGシステムを装着し、画面上に表示される炎を脳の活動によってコントロールする。
具体的には、患者は自分の脳活動を調整して炎を中央に保つことを目指す。最初は難しいが、練習を重ねるうちに徐々にコントルール感が増していく。炎がうまくバランスを取れると、マシュマロが焼ける様子が表示され、ポジティブなフィードバックが得られる。
Dr. ショーは、この過程を自転車の乗り方を覚えるのに似ていると説明した。最初は難しくても、練習を重ねることで自然にできるようになるという。この療法を通じて、患者は特定の脳活動パターンをコントロールする方法を学び、自分の身体との深いつながりを感じられるようになる。
さらに重要なのは、セラピストがこの過程をコントロールできることだ。患者の状態や目標に応じて、フィードバックの内容を調整することができる。
3.2 先住民コミュニティでの適用
このニューロフィードバック療法の効果は、ランダム化比較試験(RCT)で実証されている。Dr. ショーによると、この療法によってPTSD症状の重症度が36%減少したという驚異的な結果が得られた。
しかし、Dr. ショーたちの目標は、この技術を最も必要としている社会層にまで届けることだった。そこで彼らは、カナダの先住民コミュニティにこの療法を導入した。これらのコミュニティは世代間トラウマの影響を強く受けており、効果的な治療法が求められていた。
この取り組みを通じて、Dr. ショーたちは先住民のトラウマ回復に対する考え方について多くを学んだ。例えば、先住民は海の近くに住んでいることから、トラウマの癒しと回復を「相互のつながり」という観点で捉えていることがわかった。これは西洋的な考え方とは大きく異なっている。
Dr. ショーは、このような文化的な違いを理解し、それぞれのコミュニティに合わせてカスタマイズされた療法を提供することの重要性を強調した。この経験は、神経科学技術を多様な文化的背景を持つコミュニティに適用する際の貴重な洞察を提供している。
4. ADHD支援技術:Propel Focus
4.1 システムの概要と機能
Dr. ショーは次に、ADHDを持つ人々の日常生活をサポートするために開発されたPropel Focusについて紹介した。このシステムは、多くの療法や薬物治療を受けているにもかかわらず、日常生活での生産性に苦しんでいるADHD患者のために設計された。
Propel Focusの主な機能は以下の通りである:
- 優先順位の特定:ユーザーが取り組むべきタスクの優先順位を決定するのを助ける。
- 集中力の測定:ユーザーの集中状態をリアルタイムで測定する。
- スケジュールの最適化:過去のパターンに基づいて、ユーザーのスケジュールを最適化する。
- パフォーマンス向上:これらの機能を通じて、ユーザーのパフォーマンスを向上させ、タスク完了率を増加させる。
4.2 デモンストレーション
Dr. ショーは、Propel Focusの実際の使用方法についてデモンストレーションを行った。システムはブラウザにインストールされ、ユーザーが作業を開始する準備ができたときにセッションを開始できる。
システムは、コンピュータビジョンとAIトラッキングを使用して、ユーザーの行動を監視する。また、独自に開発されたソフトウェアを使用して、多くの集中力指標を予測する。セッション中、システムは短時間の主観的な集中力測定を行い、それに基づいて集中力スコアを算出する。
さらに、システムは月間トレンドを追跡し、ユーザーのパフォーマンスを友人と比較する機能も備えている。これにより、ユーザーは自分の進捗を客観的に把握し、モチベーションを維持することができる。
Dr. ショーは、このようなツールがADHD患者の日常生活の質を大きく向上させる可能性があると強調した。Propel Focusは、神経科学の知見を実際の生活支援ツールに変換した好例といえる。
5. Brain Mindの取り組み
5.1 責任ある神経科学技術の推進
Dr. トレーシー・ブランドマイヤーは、Brain Mindの取り組みについて発表を行った。Brain Mindは、責任ある形で個人向け神経科学技術の発展を促進することを目的とした民間のエコシステムである。
Brain Mindは、世界をリードする神経科学者、技術者、倫理学者、起業家、投資家、慈善家を一堂に集め、神経科学技術のブレークスルーを迅速かつ責任を持って拡大することを目指している。特に注力しているのは、精神衛生とウェルネスのためのパーソナライズされた神経科学技術の開発である。
このエコシステムには、本セッションに参加している多くの神経科学技術企業も含まれている。Brain Mindは、画期的な技術を特定し、「死の谷」と呼ばれる資金調達の難しい段階を乗り越えて、実際の製品化まで支援することを目的としている。
5.2 資金調達の支援
Dr. ブランドマイヤーは、Brain Mindがどのように神経科学技術の発展を支援しているかについて、具体的な例を挙げて説明した。
一つ目の例は、Sanguinetti Technologies社の事例である。Brain Mindのエコシステムに所属する2人のメンバー、Jay SanguinettiとTim Mullenが、集中的経頭蓋超音波神経調節を用いて精神衛生と人間の成長を促進する可能性に気づいた。彼らは公益法人を設立し、Brain Mindのエコシステム内の投資家たちが革新的な資金調達構造を用いて資金を提供した。この資金調達は、ベンチャーキャピタルの資金と、Sanguinetti Technologiesの公益目的に沿った非希薄化資金を組み合わせたものだった。現在、同社は精神衛生とうつ病治療のための有望な臨床試験を進めている。
もう一つの例は、スイスを拠点とするEEG企業、Edun Technologiesの事例である。同社は睡眠、精神的ワークロード、操縦型脳-コンピューターインターフェースのモニタリング技術を開発している。これらの技術は多くのウェルネス分野にも応用可能だが、大量のデータを生成するため、そのデータを倫理的に保存する方法について支援が必要だった。
通常、ベンチャーキャピタルの支援を受けている企業は倫理的な開発に資源を投資することが難しい。そこで、Brain Mindが介入し、Edun Technologiesのために倫理学者を探し、さらに倫理学者を企業に組み込むための資金を調達した。その際、開発された実践的な神経倫理ツールを公開し、他のスタートアップ企業も利用できるようにすることが条件とされた。これにより、業界全体でより倫理的な企業を育成することが可能になった。
5.3 倫理的な技術開発の促進
Dr. ブランドマイヤーは、責任ある技術開発の重要性を強調した。Brain Mindは、倫理的原則を中心にステークホルダーを結集させることが、技術開発の成功につながると確信している。そのため、スタートアップ企業が神経倫理を企業の基盤に組み込むためのリソースを提供している。
具体的には、Brain Mindは「責任あるイノベーションイニシアチブ」を開発した。これは、OECD、欧州脳プロジェクト、米国BRAINイニシアチブなどの著名な神経倫理学者アドバイザーグループと協力して作成されたものである。このイニシアチブは、企業が倫理的な推奨事項を統合し、自律性、プライバシー、アクセス、二重使用に対する保護などの核心的価値を守ることを支援している。
Dr. ブランドマイヤーは、Brain Mindが毎年スタンフォード大学、UCSF、MITなどの場所でサミットを開催し、年間を通じてサロンを主催していることも紹介した。これらのイベントには、非常に高い集中度で知性とリソースが集まるという。Brain Mindのメンバーシップは無料だが、非常に行動志向のコミュニティであり、投資家は投資を、起業家は事業構築を期待されている。
6. Bitrainの神経科学技術
6.1 神経疾患の現状と課題
Maria Lopez Valdezは、Bitrainの取り組みについて発表を行った。彼女はまず、神経疾患の現状と課題について言及した。脳卒中、認知症、てんかんなどの神経疾患は、世界的な健康問題の主要な原因となっている。Lopez Valdezによると、世界人口の43%が生涯のうちに何らかの神経疾患を発症するという。これは、聴衆の中のほぼ半数が神経疾患を発症する可能性があることを意味する。
神経疾患の深刻さは、それらが世界的に障害の主要な原因であり、死亡原因の第2位となっていることからも明らかである。この事実を踏まえ、脳疾患と闘うためのいくつかの世界的な取り組みや決議が行われている。また、国連の持続可能な開発目標(SDGs)のいくつかも、これらの問題に関連している。
しかし、現在のところ、ほとんどの神経疾患に対する根本的な治療法は存在せず、多くの患者が基本的な脳スクリーニングさえ受けられない状況にある。これは、診断と治療の両面で大きな課題となっている。
6.2 AIと神経科学技術の融合
Lopez Valdezは、この状況を改善するための希望として、AIと神経科学技術の融合を挙げた。世界中の研究者たちは、AIを神経科学技術と組み合わせることで、より良い診断や予測、そして有望な新しい治療法を発見しつつある。
特に注目すべき点は、AIの活用により、同じ結果を得るために必要なセンサーの数を減らすことができるということだ。これにより、より手頃な価格で利用しやすい医療機器の開発が可能になる。Lopez Valdezは、これこそがBitrainが取り組んでいる課題であると説明した。
6.3 Neback:使いやすい脳モニタリングデバイス
Bitrainが開発したのは、Nebackと呼ばれる神経ヘッドプラットフォームである。このプラットフォームは、ハードウェアとソフトウェアの両方を含んでいる。
ハードウェアは、非常に信頼性の高い神経ヘッドバンドである。医療規制に基づいて設計されているため、データの信頼性が高い。さらに、手頃な価格で、使用が非常に簡単であることが特徴だ。Lopez Valdezは、「子供でも扱える」と表現し、実際に12歳の子供がデバイスを装着するデモンストレーション動画を紹介した。
しかし、Lopez Valdezは、ハードウェアだけでは十分ではないと強調した。Bitrainは、クラウド上にAIアルゴリズムを搭載したソフトウェアプラットフォームも開発している。このプラットフォームは、自動診断や個別化された治療に活用されている。
具体的な応用例として、睡眠障害の診断や認知症患者の個別化された治療などが挙げられた。Lopez Valdezは、このような解決策が、誰もが、どこでも、いつでも利用できるグローバルヘルスアクセスを提供すると確信している。
しかし、さらなる研究、協力、学習が必要であることも認識している。Bitrainはこの認識のもと、継続的に技術の改善と応用範囲の拡大に取り組んでいる。
7. Neurableの脳コンピューターインターフェース
7.1 従来の脳波測定技術の課題
Dr. ラムゼイ・アル・カデは、Neurableの脳コンピューターインターフェース(BCI)技術について発表を行った。彼はまず、従来の脳波測定技術の課題について言及した。
現在、脳活動を測定する方法として、研究室グレードのシステムと消費者向けシステムの2種類が存在する。研究室グレードのシステムは高品質のデータを提供するが、大きな網状の装置に多数のピンが付いた、まるで拷問装置のような外見をしている。これは日常的な使用には全く適していない。
一方、消費者向けシステムは使いやすいが、信号対ノイズ比が非常に悪い。つまり、脳活動を記録しているものの、そのデータの品質が低すぎて実用に耐えないのである。
7.2 新しい日常的デバイスの開発
これらの課題を解決するため、Neurableは2011年にミシガン大学で信号処理AIの開発を開始した。その後10年以上にわたり、約7,000人分のデータを収集し、30以上の特許を取得しながら、脳データの信号を増強する技術を開発してきた。
その結果、最近の論文では、日常的に使用可能なデバイスで、大型キャップシステムと同等の約90%の信号源を取得できることが示された。Dr. アル・カデは、このデバイスが実際にはヘッドフォンであることを明かした。ヘッドフォンの内側には小さな線が見えるが、これが脳活動を記録するセンサーになっている。AIを使用してこの信号を増強することで、非常に信頼性の高いシステムとして機能させることができる。
7.3 集中力測定のライブデモンストレーション
Dr. アル・カデは、この技術の実力を示すために、ライブデモンストレーションを行った。通常、集中力と注意力を追跡するには、額にバンドを巻き、頭頂部に電極のハブを設置する必要がある。しかし、Neurableの技術ではヘッドフォンだけでこれを実現できる。
デモンストレーションでは、Dr. アル・カデがヘッドフォンを装着し、画面上に表示される数字に集中した。集中すると、グラフ上の線が上昇し、リラックスすると下降することが示された。これは、脳活動が集中状態を明確に表していることを示している。
Dr. アル・カデは、この技術が偶然の産物ではないことを示すために、デモンストレーションを繰り返し行った。さらに、彼はこの技術を実際に体験できる展示ブースの案内も行った。そこでは、2024年の最高のヘッドフォンに関する記事を読みながら、広告が集中力にどのような影響を与えるかを観察することができるという。
7.4 ADHDの検出と応用可能性
Neurableの技術は、ADHDの検出にも応用可能である。Dr. アル・カデは、約7,000人分のデータを収集する中で、興味深い発見があったと述べた。読書タスクに対する反応が異なる人々が約15%存在し、これらの人々がADHDを持っていることが判明したのである。
彼は、神経典型(ADHDのない)の人と、ADHDを持つ人の読書タスク中の脳活動パターンの違いを示すグラフを紹介した。神経典型の人の場合、通常は高い集中力スコアを示す線が見られ、中央部分で疲労による低下が見られた後、休憩を挟んで再び高い集中力を維持できている。一方、ADHDを持つ人の場合、読書に対する反応が全く異なるパターンを示した。
この発見は、日常的に使用可能なデバイスを通じて、ADHDの早期発見や継続的なモニタリングが可能になる可能性を示唆している。Dr. アル・カデは、このような医療応用が、脳センサーが大規模に利用可能になることで実現可能になると強調した。
さらに、Neurableの技術の特筆すべき点として、既存の企業と協力して製品化を進めていることが挙げられた。Dr. アル・カデが示したヘッドフォンは、実際にはMaster & Dynamicというニューヨークを拠点とするヘッドフォン会社の製品であり、Neurableは他のヘッドフォンプロバイダーとも協力している。
将来的には、ユーザーは自分のスマートフォンで直接、脳の洞察にアクセスできるようになる。これにより、集中力の追跡、休憩が必要なタイミングの把握、さらには脳の長期的な健康に重要な神経分析指標のフィードバックまでもが可能になるという。
Dr. アル・カデは、これが神経科学技術分野全体にとって革命的な変化をもたらすと確信しており、この技術が多くの人々の生活を向上させる可能性に大きな期待を寄せていた。
8. 神経科学技術の民主化
8.1 各パネリストの取り組みと視点
セッションの最後に、モデレーターのDr. サラップ・ショーは、神経科学技術の民主化というテーマについて各パネリストの見解を求めた。
神経科学技術は約100年前のEEGの発明以来存在しているが、その長い歴史にもかかわらず、これらのデバイスを使用するのは主に臨床医や研究室の研究者に限られてきた。そのため、多くの研究成果が論文の中に閉じ込められ、実際にその恩恵を受けられる可能性のある人々に届いていないという問題があった。
各パネリストは、それぞれの立場から神経科学技術の民主化に向けた取り組みについて語った。
Dr. ラムゼイ・アル・カデは、Neurableの使命そのものが、研究室に閉じ込められていた素晴らしい技術を一般の人々に届けることだと述べた。彼らは、人々が日常的に使用するデバイス、例えばヘッドフォンやイヤホン、さらには兵士が使用するヘルメットなどを通じて、高度な脳活動測定を可能にすることを目指している。
Maria Lopez Valdezは、Bitrainが研究者向けのEEGデバイスから始まり、より使いやすく迅速なセットアップが可能な機器の開発に取り組んできたことを強調した。彼女は、AIの進歩により、少ないセンサーでも多くの情報が得られるようになったことが、技術の民主化を加速させていると指摘した。
Dr. トレーシー・ブランドマイヤーは、Brain Mindの取り組みが技術の民主化と倫理的な開発の両立を目指していることを説明した。特に、多様な形状や機能を持つデバイスの開発を支援することで、様々な人々のニーズに対応できる技術の普及を促進している。
8.2 倫理的配慮の重要性
神経科学技術の民主化を議論する中で、倫理的配慮の重要性が繰り返し強調された。Dr. ブランドマイヤーは、脳データのプライバシーと保護が神経科学技術の成功的なスケーリングの中心であると指摘した。
また、技術企業が倫理を核心的な開発プロセスに組み込むようインセンティブを与える方法を見つけることの重要性も強調された。Dr. ブランドマイヤーは、神経科学技術の企業は設立当初から倫理学者と協力すべきだと提言した。
8.3 多様なユーザーへの対応
神経科学技術の民主化において、多様なユーザーへの対応も重要なテーマとして浮かび上がった。Dr. ショーは、従来の研究用EEGシステムではドレッドヘアの参加者のデータを取ることができなかった経験を共有し、Neurableのような耳に装着するデバイスがこの問題を解決できることを指摘した。
また、Maria Lopez Valdezが紹介したBitrainのデバイスは、子供でも簡単に装着できるデザインになっており、年齢や身体的特徴に関わらず広く使用できる可能性を示している。
これらの事例は、神経科学技術が真に民主化されるためには、様々な身体的特徴、文化的背景、年齢層を持つユーザーのニーズに対応できる柔軟性が求められることを示唆している。
9. 結論
9.1 神経科学技術の未来展望
セッションを通じて、神経科学技術の未来に対する明るい展望が示された。AIと機械学習の進歩、より使いやすいデバイスの開発、そして倫理的配慮の強化により、神経科学技術は研究室から日常生活へと急速に移行しつつある。
特に注目すべきは、これらの技術が精神疾患の早期発見や個別化された治療、認知機能の向上など、幅広い分野で革新的な解決策を提供する可能性があることだ。例えば、ADHDの早期発見や、PTSDの新しい治療法の開発など、具体的な応用例が示された。
また、Brain Mindのような組織の存在により、責任ある形で技術開発を進め、倫理的な配慮を中心に据えた革新が可能になっていることも重要な点である。
9.2 社会への潜在的影響
神経科学技術の発展と民主化は、社会に大きな影響を与える可能性がある。まず、精神疾患や神経疾患の早期発見と効果的な治療が可能になることで、多くの人々の生活の質が向上する可能性がある。世界人口の43%が生涯のうちに何らかの神経疾患を発症するという現状を考えると、この影響は計り知れない。
また、日常的に脳活動をモニタリングすることで、個人が自身の認知状態をより良く理解し、最適なパフォーマンスを発揮できるようになる可能性もある。これは、教育や職場環境にも大きな変革をもたらす可能性がある。
さらに、これらの技術が広く利用可能になることで、健康格差の縮小にも寄与する可能性がある。特に、遠隔地や医療資源の乏しい地域でも、高度な脳機能評価が可能になることは大きな意義がある。
一方で、脳データの取り扱いに関するプライバシーの問題や、技術へのアクセスの公平性の確保など、新たな社会的課題も生じる可能性がある。これらの課題に対処するためにも、技術開発と並行して、倫理的・法的・社会的な議論を継続していく必要がある。
最後に、神経科学技術の民主化は、人類の脳と心の理解を大きく前進させる可能性を秘めている。これは単に医療や健康の領域にとどまらず、人間の認知や意識に対する我々の理解を根本的に変える可能性がある。そして、そのような深い理解に基づいて、より良い社会システムや教育方法、さらには人間関係の構築方法までもが再考される可能性がある。
このセッションは、神経科学技術の現在と未来を幅広く俯瞰し、その可能性と課題を明らかにした。今後、これらの技術がどのように発展し、社会に統合されていくのか、そしてそれによってどのような新しい世界が開かれていくのか、私たちは大きな期待と注意深い観察を持って見守っていく必要がある。