※本稿は、2024年に開催されたAI for Good Global Summit 2024での脳インターフェース技術の最新動向についてのセッションをAI要約したものです。
1. はじめに
セッションの概要と登壇者の紹介
本セッションは、脳機械インターフェース(BMI)、生体電子療法、および補助コミュニケーション技術の革新に焦点を当てた、最先端の神経技術に関する討論会である。この分野における三つの先駆的な企業の代表者が登壇し、それぞれの技術とビジョンについて発表を行った。
セッションの冒頭では、モデレーターが簡単な導入を行い、各スピーカーに5分間のプレゼンテーションの機会が与えられた後、聴衆からの質問を受け付ける形式で進行することが説明された。
最初の登壇者は、Kernel社のCEOであるRyan Field氏である。Kernel社は、機能的脳活動を正確かつ信頼性高く、そして手軽に測定するためのソリューションを開発している企業である。Field氏は、脳機能測定の重要性と、特に軽度認知障害(MCI)の早期発見に焦点を当てた同社の取り組みについて発表を行った。
続いて登壇したのは、Inbrain Neuroelectronics社のCEOおよび共同創業者であるCarolina Aguilar氏である。同社は、神経信号をデコードし、人々の生活を回復・改善することを目指している。Aguilar氏は、グラフェンを用いた革新的な脳インターフェース技術と、特にパーキンソン病治療への応用について詳細な説明を行った。
最後の登壇者は、Cognition社の創業者兼CEOであるAndreas Forsland氏である。Cognition社は、拡張現実(AR)と脳機械インターフェース(BCI)を統合した「Axon R」という新製品を開発している。Forsland氏は、この統合システムの概要と、研究者や開発者向けの開発キットについて紹介した。
このセッションでは、各企業の技術紹介だけでなく、現在の課題や将来の展望、さらには人権やプライバシーの問題まで、幅広いトピックについて議論が行われた。特に、侵襲的技術と非侵襲的技術の比較や、実際の患者事例なども取り上げられ、神経技術が実際にどのように人々の生活を変えつつあるかについて、具体的な洞察が提供された。
以上の登壇者による発表と、それに続く質疑応答を通じて、脳機械インターフェースや神経技術の最新動向と、これらの技術が医療やコミュニケーションの分野にもたらす可能性について、包括的な議論が展開された。このセッションは、神経科学と技術の融合がもたらす未来の可能性を探る貴重な機会となった。
2. Kernelの取り組み (Ryan Field氏)
2.1 脳機能測定の重要性
我々Kernelは、脳機能測定の重要性を強く認識している。現在、人生の中で機能的な脳のスクリーニングが行われるのは、生後数日間の聴覚テストのみである。この検査は、乳児の聴覚システムが正常に機能しているかを評価するために使用されるが、これが生涯で唯一の脳機能測定の機会となっている。
しかし、私たちは誕生から人生の終わりまでの間に、脳に多くの変化が起こることを十分に理解している。にもかかわらず、現状ではこれらの変化を追跡する方法が存在しない。おそらく、この会場にいる大半の方々も、これまでに脳機能を測定されたことはないのではないだろうか。
持続可能な開発目標の「健康と福祉」を考える上で、脳の健康を含めることは不可欠である。認知症やメンタルヘルスの問題が社会の大きな課題となっている現在、生涯を通じた認知機能の測定におけるギャップは、新たな問題として浮上している。
2.2 軽度認知障害(MCI)の早期発見
軽度認知障害(MCI)の早期発見は、我々の重要な焦点の一つである。アメリカ合衆国だけでも、65歳以上の成人は6000万人いる。このうち800万人がMCI、つまり認知症の初期段階にあると推定されている。しかし、残念なことに、このうち診断を受けるのはわずか100万人程度である。多くの場合、症状が進行して後期段階に達するまで、認知症の発症が判明しないのが現状だ。
この問題に対処するため、我々は革新的なソリューションの組み合わせを開発した。これには、ヘルメットのような形状のヘッドセットが含まれる。このヘッドセットは、患者が診療を受ける臨床現場で脳機能を測定するために使用できる。現在、我々はこのデバイスを用いてデータ収集を行っている。
2.3 Kernelの技術と成果
我々の技術は、単にデータを収集するだけではない。クラウドベースのインフラストラクチャと組み合わせることで、収集した豊富なデータを処理し、AIと機械学習アルゴリズムを使用して患者を臨床状態に基づいて分類することが可能となっている。
MCIに関する研究において、我々は大きな進展を遂げている。MCI診断を受けた患者と健康な個人との違いを調査する研究をまさに完了しようとしているところだ。ここで、いくつかの preliminary なデータを共有したい。
我々は既に分類器を構築しており、約50人の健康な患者と50人のMCI患者のデータを用いて検証を行った。わずか10分間の脳測定だけで、健康な個人と臨床的に診断された個人を非常に正確に区別することができる。具体的には、90%を超える精度で分類が可能となっている。
これは、脳機能を迅速、確実、かつ正確に評価できることを示している。我々の目標は、MCIを第一歩として、脳内で起こっている変化をスクリーニングし、早期に介入することである。
2.4 今後の展望
我々の vision は、単にMCIの診断にとどまらない。メンタルヘルスや認知症は大きな問題であり、現在、世界中で10億人以上が何らかの形のメンタルヘルス障害に苦しんでいる。これらの人々を早期に特定し、できるだけ早く介入することで、より健康で幸福な人口を実現することができると考えている。
今後は、より多くの臨床データを収集し、モデルの精度をさらに向上させることを目指している。また、MCIだけでなく、他の神経疾患やメンタルヘルス障害への応用も視野に入れている。
さらに、我々の技術を医療現場だけでなく、一般の人々が日常的に使用できるようにすることも長期的な目標の一つである。脳の健康を定期的にチェックすることが、身体の健康チェックと同じように一般的になることを目指している。
最後に、我々の技術が世界中の人々にアクセス可能になるよう、コストの削減にも取り組んでいる。脳の健康は全ての人に関わる問題であり、我々の技術がその解決に貢献できると確信している。
3. Inbrain Neuroelectronicsの取り組み (Carolina Aguilar氏)
3.1 グラフェンを用いた脳インターフェース技術
我々Inbrain Neuroelectronicsは、神経信号をデコードし、人々の生活を回復・改善することを使命としている。過去数十年間、臨床現場では白金やイリジウムなどの金属を用いた技術が使用されてきたが、これらの技術では過去30〜50年間で約10万個のニューロンしかデコードできていない。これはザリガニの脳程度の規模である。一方で、人間の脳には約1000億個のニューロンが存在し、そのうち30%は医学的治療に反応しない患者のものである。これらの患者たちにとって、我々の技術は新たな希望となり得る。
人類の飛躍的進歩は常に重要な材料と結びついてきた。石器時代から現在のシリコン時代まで、技術革新は材料の進化と密接に関連している。シリコンチップが一般的になるまでに20年かかったが、グラフェンはノーベル賞を受賞してからわずか10年で実用化の段階に入っている。我々は、今後10年間でグラフェンが脳コンピューターインターフェース(BCI)革命の中心的材料になると確信している。
グラフェンは、人類が知る中で最も薄い材料でありながら、鋼鉄の200倍の強度を持つ。この特性により、従来の金属製デバイスでは達成できなかった高い解像度と柔軟性を実現できる。現在の技術は、読み取りか書き込みのいずれかに特化しており、双方向性に欠けている。また、患者の状態の変化に適応できないという課題もある。
我々は、グラフェン半導体技術を用いて、高精度かつスケーラブルなBCIニューロ治療を可能にする埋め込み型デバイスを開発している。このデバイスは、7ヶ月の乳児にも埋め込まれる心臓カテーテルと同程度の安全性プロファイルを持ちながら、非常に小型化されている。
3.2 パーキンソン病治療への応用
我々の最初の適用対象はパーキンソン病である。パーキンソン病患者の多くは、運動障害や認知機能の低下に悩まされている。特に「すくみ足」と呼ばれる症状は、患者の日常生活に大きな影響を与える。我々の技術は、これらの症状を軽減し、患者のQOLを向上させることを目指している。
我々のデバイスは、脳内の特定の回路を双方向的に調整することができる。神経バイオマーカーを10倍高い解像度で読み取り、マイクロメートル単位の精度で神経調整を行うことができる。さらに、機械学習を用いて患者の状態の変化に適応することができる。
具体的には、運動、睡眠、発話などの意図のデコーディングを行い、パーキンソン病の症状を包括的に改善することを目指している。例えば、すくみ足の症状が出現する前に予測し、適切な刺激を与えることで、患者が正常に歩行できるようサポートすることが可能となる。
3.3 技術デモンストレーション
ここで、我々の技術の実際の動作をデモンストレーションしたい。このデータは、Inbrain Neuroelectronicsの科学部門によって開発された機械学習アルゴリズムによるものである。
デモでは、脳内に2つのインターフェースが配置されているのが分かる。1つは皮質インターフェース、もう1つは皮質下インターフェースである。これらのインターフェースは、神経デコーダーを通じて回路をデコードしている。
最初に、これらのセンサーからの信号が読み取られる。グラフェン製の25マイクロメートルのセンサーが、非常に高い解像度でホットスポットを捉えている。別の機械学習アルゴリズムが、これらの信号が右足、左足のどちらに属するかを理解する。
このデモでは、左足の動きに関連する信号がマイクロメートル単位の精度でデコードされているのが分かる。これは現在の技術では不可能なレベルの精度である。ミリメートル単位では何も見えず、センチメートル単位ではまったく信号を捉えることができない。
現在の技術、例えばMedtronic社やAbbott社の製品は、センチメートルからミリメートル単位の精度しか持たない。しかし、効果的な治療を行うためには、マイクロメートル単位の精度が必要なのである。
3.4 今後の展開
我々の目標は、パーキンソン病だけでなく、中枢神経系全体、さらには末梢神経系もデコードすることである。この目標に向けて、我々はMerck社とパートナーシップを結び、同じ技術を用いて迷走神経を超選択的にデコードする取り組みを行っている。
迷走神経は、多くの臓器の機能を制御している。各臓器に対して、薬理学的副作用のない電子療法を提供することが可能となる。これにより、様々な疾患に対する新たな治療法が開発される可能性がある。
また、我々は患者との協力を重視している。例えば、スペインのあるパーキンソン病協会の会長であるCarlosさんは、「子供たちと遠足に行けるよう、自分の状態が最も良くなる時間を予測したい」と我々に語った。この要望を受け、我々は機械学習を用いて発作のエピソードを予測し、最適な活動時間を提案する機能の開発に取り組んでいる。
さらに、FDAとの緊密な協力も進めている。我々はFDAのブレークスルーデバイスプログラムに採択され、月に一度のミーティングを通じて、規制要件を満たしながら革新的な技術を実用化する方法について議論を重ねている。
最後に、我々の技術がより多くの人々に届くよう、コスト削減にも注力している。グラフェン技術の進歩により、製造コストは年々低下しており、将来的にはより広範な患者層に我々の技術を提供できると考えている。
我々Inbrain Neuroelectronicsは、グラフェンを用いたBCI技術によって、神経疾患に苦しむ患者たちに新たな希望をもたらすことを目指している。パーキンソン病治療はその第一歩に過ぎず、将来的には様々な神経疾患や身体機能の制御に応用できると確信している。
4. Cognitionの取り組み (Andreas Forsland氏)
4.1 Axon Rの概要
我々Cognitionは、脳コンピューターインターフェース(BCI)と拡張現実(AR)を融合させた革新的な製品、Axon Rの開発に取り組んでいる。Axon Rは、リアルタイムのバイオシグナルとARを統合した、完全に一体化されたBCIシステムである。
研究室に足を踏み入れたことがある方なら、多くのワイヤーや接続点が散在し、BCIとVRやARを連携させる際に多くの障害が存在することをご存知だろう。我々は、このような問題を解決するために、システム統合に重点を置いた。その結果、BCIとARの開発をより民主化し、アクセスしやすいものにすることができた。
Axon Rは、我々が医療機器企業としてスタートしたことを反映し、ISO 13485規格に準拠して設計されている。そのため、入院患者、外来患者、在宅など、あらゆる環境で使用可能である。我々の目標は、研究者がより迅速に成果を上げ、画期的な技術を生み出すための生産性と速度、そしてリソースを向上させることにある。
4.2 システム統合の重要性
Axon Rは完全に統合されたシステムであり、モジュール式の設計を採用している。重要なのは、これらすべてが我々独自の技術であり、他社のハードウェアに依存していないことである。
システムには、屋内外で使用可能なレンズを備えた光学シースルーディスプレイが含まれている。後頭部には視覚皮質上にEEGセンサーが完全に統合されており、運動皮質用に調整することも可能である。これにより、マルチモーダルな脳入力センシングが可能となっている。
我々は、コンピューティング機能を本体から分離し、「ニュークリアス」と呼ばれるニューラルハブに移行させた。このHIPAA準拠のハブは、生体信号や生理学的データの記録、処理、保存を行う。システムは5GとWi-Fiに対応しているため、研究室の外、つまり「野生の環境」でも使用可能である。
さらに、「デンドライトケーブル」と呼ばれる2つのフロントエンドを備えている。1つは脳用、もう1つは末梢神経系用である。これにより、EMGデータ、心電図データ、眼電図データなど、あらゆる種類の電気生理学的データを取得し、システムに統合することができる。
4.3 開発キットと応用可能性
Axon Rには開発キットが付属しており、実験的な没入型アプリケーションを迅速に組み立て、神経データをそれらに結びつけることができる。例えば、現実世界の物体との相互作用が心身にどのような影響を与えるかを研究する受動的BCIを作成することも可能である。
さらに、能動的BCIとして、神経データを使用して物体とハンズフリーかつボイスフリーでインターフェースすることもできる。例えば、NASAは宇宙飛行士が手を使わずに、あるいは手が塞がっている状態で作業を行うことに関心を持っている。
我々の技術は、医療機器としての厳格な基準を満たすよう設計されている。そのため、Johns Hopkins病院、マサチューセッツ総合病院、BrainGateなど、高品質と高速性を求める医療機関や臨床研究顧客と協力している。
4.4 生成AIとの統合
最近の取り組みの中で特に興奮させられるのは、生成AIとの統合である。我々は、Axon Rのヘッドセット上で生成チャットアシスタントとして動作するAIを開発している。これは、話すことができない麻痺患者とのコミュニケーションを支援するためのものである。
従来のBCIでは1分間に約2単語しか生成できなかったが、我々のシステムでは現在、1分間に60〜100単語の生成が可能となっている。これは、神経科学とARに生成AIを組み込むことで実現した画期的な進歩である。
具体的には、患者の脳信号をリアルタイムで解読し、それを基に適切な言葉や文章を生成するAIモデルを開発した。このモデルは、患者の思考パターンや言語スタイルを学習し、より自然で流暢なコミュニケーションを可能にする。
さらに、このAIは単に言葉を生成するだけでなく、文脈を理解し、適切な応答を生成することも可能である。例えば、患者が「外に出たい」と考えた場合、AIはその意図を理解し、「今日は天気が良いですね。散歩に行きませんか?」といった適切な応答を生成することができる。
この技術は、ALS(筋萎縮性側索硬化症)や脳卒中後の患者など、コミュニケーションに困難を抱える多くの人々に希望をもたらす可能性がある。また、この技術は医療現場だけでなく、教育や仕事の場面でも応用可能であり、障害を持つ人々の社会参加を促進する強力なツールとなり得る。
我々は、神経科学、AR、そして生成AIの融合が、人間のコミュニケーションや認知能力の拡張における次なる大きな飛躍をもたらすと確信している。Axon Rは、その可能性を探求し、実現するための強力なプラットフォームとなるだろう。
今後は、さらなる精度の向上と応答速度の改善を目指すとともに、より多様な言語や方言への対応、感情や意図のより繊細な表現など、コミュニケーションの質的向上にも取り組んでいく予定である。また、倫理的な配慮も忘れてはならない。プライバシーの保護や、AIが生成する内容の適切性の確保など、慎重に検討すべき課題も多い。
Cognitionは、Axon Rを通じて、BCIとARの可能性を最大限に引き出し、人々の生活を豊かにする革新的なソリューションを提供し続けることを目指している。我々の技術が、医療、研究、そして日常生活において、人々にとって真に有用なツールとなることを願っている。
5. 現在の課題と解決策
脳インターフェース技術の分野は急速に発展しているが、その過程で様々な課題に直面している。ここでは、主要な3つの課題とその解決策について詳しく述べる。
5.1 データ収集の課題
データ収集は、脳インターフェース技術の発展において最も重要な課題の一つである。Kernel社のRyan Field氏によれば、彼らの最大の課題は、モデルに供給するための十分な患者データを収集することである。
従来、豊富な神経データを収集することは、時間とコストがかかる過程であった。Kernel社は、神経データ収集プロセスを高速化し、コストを削減することに成功したが、依然として良質な臨床データの収集が必要である。これらのデータは、信頼性の高い分類器を構築するための基盤となる。
解決策として、Kernel社は今後数年間、優れた臨床パートナーとの協力のもと、豊富で堅牢な臨床データの収集に注力する方針である。具体的には、MCIの研究において、約50人の健康な患者と50人のMCI患者のデータを用いて分類器を構築し、90%を超える精度で分類が可能になったという成果を挙げている。
一方、Inbrain Neuroelectronics社のCarolina Aguilar氏は、埋め込み型デバイスを用いることで、より詳細かつ正確なデータ収集が可能であると主張している。彼らの技術は、神経バイオマーカーを従来の10倍高い解像度で読み取ることができる。しかし、埋め込み型デバイスの使用には倫理的な配慮や安全性の確保が必要であり、これらの課題にも取り組んでいる。
Cognition社のAndreas Forsland氏は、Axon Rシステムを通じて、研究室外でのデータ収集を可能にしている。5GとWi-Fi対応のシステムにより、「野生の環境」でもデータ収集が可能となり、より多様で実際の生活に即したデータの獲得が期待できる。
5.2 規制対応
脳インターフェース技術の開発と実用化には、厳格な規制への対応が不可欠である。特に医療機器として使用される場合、FDA(米国食品医薬品局)などの規制当局の承認が必要となる。
Inbrain Neuroelectronics社は、この課題に対して積極的なアプローチを取っている。Aguilar氏によれば、同社はFDAのブレークスルーデバイスプログラムに採択され、月に一度のミーティングを通じてFDAと緊密に協力している。これにより、規制要件を満たしながら革新的な技術を実用化する方法について、継続的な対話が可能となっている。
Cognition社も、医療機器企業としてのバックグラウンドを活かし、ISO 13485規格に準拠したシステム設計を行っている。これにより、入院患者、外来患者、在宅など、様々な環境での使用が可能となっている。
Kernel社については、具体的な規制対応策についての言及はないが、臨床データの収集と分析に重点を置いていることから、将来的な規制承認を見据えた取り組みを行っていると推測される。
規制対応は、技術の安全性と有効性を確保するだけでなく、社会的信頼を獲得する上でも重要である。各社とも、規制当局との協力を通じて、革新的な技術の実用化と安全性の確保の両立を目指している。
5.3 資金調達の課題
脳インターフェース技術の開発には多額の資金が必要であり、資金調達は重要な課題の一つである。特に、長期的な研究開発が必要な分野であるため、持続可能な資金源の確保が求められる。
この分野では、初期段階のアイデアに対する公的資金は比較的豊富にあるものの、それを商業化につなげるための資金が不足している状況にある。多くの投資家が「様子見」の姿勢を取っており、特に支援技術分野におけるベンチャーキャピタルの不足が課題となっている。
解決策として、官民パートナーシップの重要性が指摘されている。公的資金と民間投資を組み合わせることで、画期的なイニシアチブに対する資金を確保し、起業家が資金調達の負担から解放され、技術の有効性、安全性、倫理性に集中できるようにすることが重要だと考えられている。
また、大手企業とのパートナーシップも、資金面で有利に働く可能性がある。特に、製薬会社や医療機器メーカーとの協力は、資金調達だけでなく、技術の実用化や市場展開においても有利に働くと考えられる。
資金調達の課題に対しては、各社とも多様な戦略を採用している。ベンチャーキャピタルからの投資獲得、大手企業とのパートナーシップ、公的資金の活用など、複数の資金源を組み合わせることで、持続可能な開発体制の構築を目指している。
また、技術の進歩に伴うコスト削減も重要な要素である。例えば、製造技術の進歩により製造コストが年々低下しているという指摘もあり、これが将来的な資金需要の軽減につながる可能性がある。
総じて、脳インターフェース技術の分野における資金調達は、技術の複雑さ、長期的な研究開発の必要性、そして市場の不確実性などから、依然として大きな課題となっている。この課題を克服するためには、革新的な資金調達モデルの構築や、産学官の連携強化が必要とされている。
6. 侵襲的技術と非侵襲的技術の比較
脳インターフェース技術は、大きく侵襲的技術と非侵襲的技術に分類される。このセッションでは、Inbrain Neuroelectronics社が侵襲的技術を、Kernel社とCognition社が非侵襲的技術を代表している。両者の比較は、脳インターフェース技術の現状と将来を理解する上で重要である。
6.1 それぞれの利点と欠点
侵襲的技術の主な利点は、その高い精度と解像度にある。Inbrain Neuroelectronics社のCarolina Aguilar氏によれば、彼らのグラフェンを用いた埋め込み型デバイスは、従来の金属製デバイスと比較して10倍高い解像度で神経バイオマーカーを読み取ることができる。この高精度は、特に治療を目的とする場合に大きな利点となる。
さらに、侵襲的技術は双方向性を持つ。つまり、脳信号の読み取りだけでなく、脳への刺激も可能である。これは、神経疾患の治療において非常に重要な特性である。
一方で、侵襲的技術の最大の欠点は、その侵襲性自体にある。脳内にデバイスを埋め込む手術は、たとえ小規模であっても、リスクを伴う。
非侵襲的技術の最大の利点は、その安全性と使いやすさにある。Kernel社のRyan Field氏が開発したヘルメット型のデバイスや、Cognition社のAndreas Forsland氏が紹介したAxon Rシステムは、手術を必要とせず、容易に装着・取り外しが可能である。
Field氏によれば、Kernel社のデバイスは10分間の脳測定だけで、健康な個人とMCI患者を90%を超える精度で区別することができる。また、Forsland氏が強調するように、非侵襲的技術は研究室外での使用も容易である。
非侵襲的技術の欠点は、その精度と解像度が侵襲的技術に劣る点にある。
6.2 将来的な展望
侵襲的技術と非侵襲的技術は、今後も並行して発展していくと予想される。それぞれの技術が持つ特性から、適用される領域も異なってくるだろう。
侵襲的技術は、その高い精度と治療能力から、重度の神経疾患の治療に主に応用されていくと考えられる。Inbrain Neuroelectronics社が取り組んでいるパーキンソン病治療はその一例である。
非侵襲的技術は、その安全性と使いやすさから、より広範な応用が期待される。特に、認知機能のモニタリングや、軽度の神経疾患の早期発見などの分野で重要な役割を果たすと考えられる。
両技術の境界は、今後さらに曖昧になっていく可能性もある。例えば、極めて小型の侵襲的デバイスや、高精度の非侵襲的技術の登場により、両者の特性を併せ持つ中間的な技術が生まれるかもしれない。
最終的には、侵襲的技術と非侵襲的技術は相補的な関係にあると言える。重度の疾患治療には侵襲的技術が、日常的なモニタリングや軽度の介入には非侵襲的技術が用いられるというように、それぞれの特性を活かした使い分けが進んでいくだろう。
7. 人権とプライバシーの問題
脳インターフェース技術の発展に伴い、人権とプライバシーに関する問題が重要な議題として浮上している。この技術は、個人の最も私的な領域である思考や意識に直接アクセスする可能性を持つため、従来の技術とは異なる倫理的配慮が必要となる。本セッションでは、これらの問題に関する議論が展開された。
7.1 データ管理と同意
脳インターフェース技術から得られるデータは、極めて個人的かつ機密性の高い情報である。このデータの管理と使用に関する同意プロセスは、従来の医療データ以上に慎重に扱われるべきである。
Inbrain Neuroelectronics社のCarolina Aguilar氏は、患者の意思決定権を重視する立場を示した。Aguilar氏は、「人権の問題に関しては、患者側の意思決定が重要です。どのようなデータをどのように処理するかについて、最終的には患者が決定権を持つべきです」と述べている。
Aguilar氏は自身の経験を例に挙げ、「私は23andMeのDNAデコーディングに参加することを選択しました。それは自分のゲノムについてより多くのことを知りたいと思ったからです」と述べている。この例は、個人が自らの生体データの使用について主体的に決定することの重要性を示している。
Cognition社のAndreas Forsland氏も、同意の重要性を強調している。特に、生成AIとの統合を進める中で、プライバシーの保護やAIが生成する内容の適切性の確保など、慎重に検討すべき課題があると指摘している。
Kernel社のRyan Field氏は、データ管理について直接的な言及はしていないが、彼らの技術が広範な人々の脳機能を測定することを目指していることを考えると、大規模なデータ管理システムの構築が必要となることは明らかである。
これらの問題に対処するためには、技術開発者、医療専門家、倫理学者、法律専門家などが協力して、包括的なガイドラインを策定することが重要である。また、患者や一般市民を交えた対話の場を設け、社会的合意形成を図ることも必要だろう。
7.2 技術の公平な分配
脳インターフェース技術の発展がもたらす恩恵を、社会全体で公平に享受できるようにすることも重要な課題である。この技術が一部の富裕層や先進国のみで利用可能となれば、新たな形の格差を生み出す可能性がある。
Cognition社のAndreas Forsland氏は、この問題に関して具体的な懸念を表明している。「我々の技術は欧米で開発されていますが、これをどのように世界の他の地域に届けるかを考える必要があります。特に、経済的に合理的な方法で、商業的な企業として展開することが課題です」と述べている。
Inbrain Neuroelectronics社のCarolina Aguilar氏も、コスト削減の重要性を認識している。グラフェン技術の進歩により製造コストが年々低下していることを指摘し、将来的にはより広範な患者層に技術を提供できる可能性を示唆している。
Kernel社のRyan Field氏が取り組んでいるMCIの早期発見技術は、比較的低コストで広範な人々に提供できる可能性がある。このような予防的アプローチは、長期的には医療コストの削減にもつながり、社会全体に利益をもたらす可能性がある。
技術の公平な分配を実現するためには、企業の努力だけでなく、国際機関や各国政府の協力も不可欠である。また、先進国と発展途上国の研究機関や企業の協力を促進し、技術開発の初期段階から多様な地域のニーズを考慮に入れることも重要だろう。
結論として、脳インターフェース技術の公平な分配の実現は、技術的な課題だけでなく、社会的、倫理的、法的な問題を含む複雑な課題である。これらの課題に対処するためには、多様なステークホルダーの協力と、継続的な対話が不可欠である。
8. 患者事例
脳インターフェース技術の実用化に向けた進展を理解する上で、実際の患者事例は非常に重要である。これらの事例は、技術の有効性や実際の使用感、そして患者の生活にもたらす変化を具体的に示すものである。本セッションでは、Kernel社、Inbrain Neuroelectronics社、Cognition社のそれぞれが、彼らの技術を用いた患者事例について言及した。
8.1 Kernelの事例
Kernel社のRyan Field氏は、特定の患者事例について詳細な説明はしていないが、彼らの技術を用いた臨床研究の結果について言及している。具体的には、軽度認知障害(MCI)の早期発見に関する研究について述べている。
Field氏によると、彼らは約50人の健康な被験者と50人のMCI患者のデータを用いて分類器を構築した。その結果、わずか10分間の脳測定で、健康な個人とMCI患者を90%を超える精度で区別することに成功したという。
この結果は、Kernel社の技術が臨床的に有意義な情報を提供できることを示している。しかし、Field氏は「現時点では、特定の患者の物語を持っているわけではありません。我々は臨床研究段階にあり、すでに治療や観察のために来院している患者さんの測定を行っています」と述べている。これは、Kernel社の技術がまだ研究段階にあり、日常的な臨床使用には至っていないことを示している。
今後、Kernel社の技術が臨床現場でより広く使用されるようになれば、MCI患者個人のより具体的な事例が報告されることが期待される。例えば、この技術によってMCIを早期に発見され、適切な介入によって認知機能の低下を遅らせることができた患者の事例などが考えられる。
8.2 Inbrain Neuroelectronicsの事例
Inbrain Neuroelectronics社のCarolina Aguilar氏は、パーキンソン病患者の具体的な事例を挙げている。彼女は、スペインのあるパーキンソン病協会の会長であるCarlosさんという患者について言及している。
Carlosさんは妻を亡くし、3人の子供がいる。彼がInbrain社に寄せた要望は、非常に具体的かつ切実なものだった。Aguilar氏は次のように述べている。「私たちがCarlosさんに、どのようにこのデバイスを設計すれば最もあなたの役に立つでしょうかと尋ねたところ、彼は『子供たちを遠足に連れて行けるよう、自分の状態が最も良くなる時間を知りたい』と答えました」
この要望は、パーキンソン病患者が日常生活で直面する具体的な課題を浮き彫りにしている。パーキンソン病患者の症状は日内変動が大きく、「オン」と「オフ」の状態がある。Carlosさんの要望は、この変動を予測し、最適な時間に活動を計画したいという願いを反映している。
Aguilar氏は、この要望を受けて、機械学習を用いて発作のエピソードを予測し、最適な活動時間を提案する機能の開発に取り組んでいると述べている。具体的には、「次の週のこの時間が最適なので、遠足を予約してください」といったアドバイスを提供できるようなシステムを目指しているという。
この事例は、脳インターフェース技術が単に医学的な症状の改善だけでなく、患者の生活の質(QOL)の向上にも大きく貢献できる可能性を示している。予測可能性を高めることで、患者が自信を持って日常生活を送り、家族との時間を計画できるようになるのである。
また、この事例は患者との協力の重要性も示している。患者のニーズを直接聞き、それに基づいて技術開発の方向性を決定することで、より実用的で患者中心の解決策を生み出すことができる。
8.3 Cognitionの事例
Cognition社のAndreas Forsland氏は、ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の具体的な事例を紹介している。この事例は、Cognition社が様々な障害を持つ個人や医療専門家と協力して行っている取り組みの一環である。
Forsland氏は、数ヶ月前にSouth by Southwest(SXSW)というイベントに参加した際の経験を語っている。彼らは初めて、ある患者を自宅に訪問し、直接技術を試す機会を得た。
この患者は、中程度のALSを患っており、完全に不動の状態で気管切開をしている。通常のコミュニケーション手段として、アイトラッキングシステムを使用していた。
Cognition社のヘッドセットを装着すると、患者は即座にコミュニケーションを開始することができた。Forsland氏らは、この患者のために、オンデバイスで動作するデジタルツインを作成した。このデジタルツインは、患者自身の声と言語を使用し、キーボード入力の代わりに生成AIを使用して会話を生成した。
患者は約30分間このシステムを使用した後、元のアイトラッカーに戻った。そして、アイトラッカーを使って次のように述べたという。「私は手足を失ったような気がします」
この言葉は、Cognition社の技術が患者にとってどれほど自然で直感的なものであったかを端的に示している。従来のアイトラッキングシステムと比較して、より自然なコミュニケーションが可能になったことが窺える。
この事例は、脳インターフェース技術とAIの統合が、重度の身体障害を持つ患者のコミュニケーション能力を大きく向上させる可能性を示している。特に注目すべき点は、患者の個性(声や言語スタイル)を保持しながら、よりスムーズなコミュニケーションを実現している点である。
また、この技術が患者に「手足を失ったような」感覚を与えたという点は、脳インターフェース技術が単なるコミュニケーションツールを超えて、身体の一部のように感じられるほど自然に使用できる可能性を示唆している。
9. 結論
脳インターフェース技術の可能性と今後の展望
本セッションを通じて明らかになったのは、脳インターフェース技術が医療、コミュニケーション、そして人間の能力拡張における革命的な可能性を秘めているということである。Kernel社、Inbrain Neuroelectronics社、Cognition社の三社が示した技術と vision は、この分野の急速な進歩と多様性を明確に示している。
Kernel社の非侵襲的な脳機能測定技術は、特に軽度認知障害(MCI)の早期発見において大きな可能性を示している。わずか10分間の測定で90%を超える精度でMCIを識別できるという成果は、認知症予防や早期介入の分野に革命をもたらす可能性がある。
Inbrain Neuroelectronics社のグラフェンを用いた埋め込み型デバイスは、特にパーキンソン病などの神経疾患治療において画期的な進展を示している。マイクロメートル単位の精度で神経信号を読み取り、刺激を与えることができるこの技術は、従来の治療法では対応が困難だった症状の改善に大きく貢献する可能性がある。
Cognition社のAxon Rシステムは、脳インターフェース技術と拡張現実(AR)、そして生成AIを統合した新たな可能性を示している。特にALS患者とのコミュニケーション支援において、従来の方法を大きく上回る成果を上げている。
しかし、これらの技術の発展と普及には、いくつかの重要な課題が存在する。データ収集と管理の問題、規制対応、資金調達の課題、そして技術の公平な分配など、解決すべき問題は多岐にわたる。
特に、プライバシーや人権に関する問題は慎重に扱う必要がある。脳信号データは極めて個人的かつ機密性の高い情報であり、その収集、保管、利用には厳格な規制とガイドラインが必要となる。
また、これらの革新的な技術が一部の富裕層や先進国のみで利用可能となれば、新たな形の格差を生み出す可能性がある。技術の公平な分配を実現するためには、コスト削減、技術移転、人材育成など、多角的なアプローチが必要となるだろう。
結論として、脳インターフェース技術は人類に大きな可能性をもたらすと同時に、重大な責任も課している。この技術を賢明に、そして倫理的に発展させていくことが、我々の世代に課された重要な使命であると言えるだろう。今後は、技術開発だけでなく、社会的な受容性の向上や倫理的な枠組みの構築にも注力していく必要がある。