※2024年5月6日、ミルケン研究所のグローバル・カンファレンスにおいて「AIの地政学」と題されたパネルディスカッションが開催されました。豪州のケビン・ラッド元首相(現駐米大使)、米国のアン・ニューバーガー大統領副補佐官、英国のカレン・ピアース駐米大使、欧州議会のエバ・マイデル議員など、各国の有識者が登壇し、AIが国際社会に及ぼす影響について多角的な議論が交わされました。こちらはそのAI要約記事になります。
AIをめぐる米中の競争構造
ラッド氏によれば、2017年頃から米中両国はAIを巡る競争に突入したとされます。中国の習近平国家主席は、AIを自国の戦略的優位性を高める「ゲームチェンジャー」と位置付け、国を挙げて研究開発を推進しています。一方、米国も危機感を募らせており、政府と民間が一体となってAIの覇権争いに臨んでいます。
ニューバーガー氏は、米中がしのぎを削る主戦場として、以下の4点を挙げました:
- 大規模言語モデルの開発
- 小型モデルの実装
- 特定分野での応用
- サイバー攻撃への防御
両国ともに、AIの進化を自国の安全保障や経済成長に直結する課題と捉えています。
AIの軍事利用とデュアルユース技術としての性質
ニューバーガー氏は、AIの軍事利用の具体例として、「太平洋上の艦船を特定する画像認識モデル」や「無人航空機(UAV)による広範なインフラ監視」などを挙げました。一方で、AIを搭載した自律型兵器の開発・配備には懸念の声も上がっています。
AIのデュアルユース(民生・軍事両用)としての性質も議論されました。特に懸念されているのは:
- 化学物質研究の加速と化学兵器開発への悪用
- サイバー攻撃ツールの高度化
- バイオテクノロジーの発展と生物兵器開発への悪用
これらのリスクに対抗するには、AIの軍事利用について同盟国と協調していく必要があると強調されました。
半導体とAI技術をめぐる貿易規制
米国は2018年頃から対中半導体輸出規制を強化しており、中国の半導体産業に大きな打撃を与えています。具体的には、先端半導体の対中輸出を規制する「外国直接製品規則」を導入し、米国製の製造装置や設計ソフトを用いて作られたチップについて、事実上の輸出禁止措置を取りました。
オランダの半導体製造装置大手・ASMLホールディングの対中輸出を巡っても、EUで活発な議論が行われています。ASMLは、EUV(極端紫外線)リソグラフィ装置で世界市場を独占しており、先端半導体の製造に不可欠な技術を有しています。
ラッド氏は「米国の同盟国が結束し、機微技術の対中流出を防ぐ必要がある」と訴え、民主主義諸国が規制で足並みを揃えることの重要性を強調しました。
AIガバナンスに向けた国際的な枠組み作り
EUのAI法案が先行事例として挙げられ、AIシステムの開発・展開における包括的な規則を定めた世界初の立法例として注目されています。マイデル議員によれば、AI法案は、AIシステムのリスクに応じて4段階に分類し、高リスクのシステムには厳格な義務を課しています。
一方で、規制の範囲が広すぎるという批判や、イノベーションを阻害しかねないという懸念も指摘されました。しかし、マイデル氏は「AI法案は必要不可欠だ」と力説し、透明性や説明責任を確保することで、AIへの社会的な信頼を高められると主張しました。
コーンブルー氏は、日米欧を中核とする「AIの多国間協定」を提唱し、プライバシーやセキュリティなどの基本的な原則について合意を形成することの重要性を訴えました。また、インド、ブラジル、南アフリカといった新興国の巻き込みの重要性にも言及しました。
AI開発における民間セクターの役割と官民連携
ニューバーガー氏は「米国のAI分野をけん引してきたのは、民間セクターのダイナミズムだ」と指摘し、グーグルやマイクロソフト、OpenAIなどのビッグテックや多様なスタートアップ企業の貢献を評価しました。
一方で、AIの責任ある開発にも民間企業が積極的に関与すべきだとの見解も示されました。偏ったデータに基づくAIが差別を助長するリスクや、AIを悪用した犯罪の増加など、負の側面への目配りが欠かせません。
コーンブルー氏は、官民の人材交流の必要性を訴えました。政策当局にはAIに精通した人材を迎え入れ、規制の現場に民間の知見を反映させるべきだと主張しています。
AIと選挙介入・デマ情報流布などの課題
ソーシャルメディアのアルゴリズムを初期的なAIと捉え、個人に最適化された情報提供が民主主義の根幹を揺るがしかねないとの懸念が示されました。特に、Deepfakeと呼ばれる偽動画の脅威が高まっており、選挙への悪影響が危惧されています。
マイデル議員は「Deepfakeの政治利用が現実味を帯びてきた」と危機感を示し、選挙の直前に偽の告発動画がばらまかれるなどのシナリオを懸念しています。
これらの課題に対処するため、メディアリテラシー教育の徹底や、各国間の連携強化が提案されました。G7などの枠組みでDeepfake対策の政策協調を進めることや、違法動画の削除要請を迅速に行う「ホットライン」の設置などが具体的なアイデアとして挙げられました。
民主主義国家のAIに対する対応
ピアース氏は「われわれの最大の強みは開かれた社会だ」と指摘し、言論の自由や学問の自由が保障された社会こそがイノベーションを生み出す源泉であると主張しました。
一方で、ラッド氏は「開かれた社会であることが、時に主要な弱点となる」と指摘し、選挙時のプロパガンダ拡散などのリスクにも言及しました。
ラッド氏は、核兵器の歴史を引き合いに出しながら、AIガバナンスの重要性を訴えました。「核が登場した当初、国際社会はチャンスを逃した。AIでは同じ轍を踏んではならない」と述べ、早い段階からのグローバルな規範作りの必要性を強調しました。
このパネルディスカッションを通じて、AIが国際社会に及ぼす影響の大きさと、それに対応するための課題が浮き彫りになりました。技術革新のスピードに追いつく形で、国際的な協調や規範作りを進めていくことの重要性が再確認されました。民主主義国家は、AIがもたらす機会とリスクを慎重に見極めながら、開かれた社会の価値を守りつつ技術革新を推進していくという難しい舵取りを求められています。