※本稿は、Continuous Treatment Effect Estimation Using Gradient Interpolation and Kernel Smoothing (AAAI-24)という動画の内容を要約したものです。
1. はじめに
1.1 処置効果推定の概要と重要性
処置効果推定は因果推論における主要な課題の一つで、医療、経済学、社会科学など様々な分野に影響を与えています。この研究の目的は、ある処置や介入が結果に及ぼす因果的影響を推定することです。
具体例として、腎臓病の治療を考えてみましょう。我々には赤い錠剤と青い錠剤という2つの治療選択肢があり、どちらがより効果的かを判断する必要があります。機械学習の専門家として、我々はこの問題にデータを用いてアプローチしようと考えます。
フィールド調査で収集された700人の腎臓病患者のデータがあるとします。幸いなことに、この700人の患者サンプルにおいて処置の割り当てに偏りはなく、2つの処置にほぼ均等に分布しています。この時点で、我々はこのデータだけで問題に答えられると期待するかもしれません。
調査結果を見ると、処置Bの成功率は83%、処置Aの成功率は78%でした。この実験結果から、処置Bの方が優れていると結論付けてもよいのでしょうか。直感的にはそう思えるかもしれませんが、実はそうではありません。
1.2 選択バイアスと交絡因子の問題
この結論が誤りである理由は、データをより詳細に検討することで明らかになります。観察データセットには、しばしば「交絡因子」と呼ばれる変数が存在します。この実験では、腎臓結石のサイズが交絡因子でした。大きな結石を持つ患者には処置Aが処方される傾向があり、小さな結石の患者には処置Bが処方される傾向がありました。
交絡因子は、処置の割り当てと結果の両方に影響を与える変数です。例えば、大きな結石を持つ患者は、どちらの処置を受けても治癒する可能性が低くなります。このような交絡因子が適切に考慮されないと、処置効果の推定値が歪められてしまいます。
1.3 観察データにおける選択バイアス
観察データセットにおける主な障害は、選択バイアスの存在です。因果推論の文脈では、訓練データセットを「観察データセット」と呼びます。例えば、先ほどの700人の患者データがこれに当たります。
選択バイアスは、患者への処置の割り当てが偏った方法で行われる場合に存在します。我々の例では、小さな腎臓結石を持つ患者には赤い錠剤が処方され、難しい症例の患者には青い錠剤が処方される傾向がありました。このような選択バイアスは現実世界では避けられないことが多いです。
つまり、現実世界の観察データセットには選択バイアスが含まれており、研究者は原理に基づいたアルゴリズムを提供して、正確な処置効果推定値を反映させる必要があります。
1.4 因果グラフの重要性
多くの因果推論問題を解決するための重要な側面は、「因果グラフ」を作成することです。簡単に言えば、因果グラフは有向グラフィカルモデルです。グラフィカルモデルに馴染みがない場合、問題に関連する変数や属性を表すノードを含むグラフと考えてください。
因果グラフでは、矢印がより豊かな意味を持ちます。特に、このグラフの矢印は因果関係を反映します。例えば、TからYへの矢印がある場合、変数Tの変化がYの取りうる値に影響を与えますが、Yの変化はTに影響を与えません。つまり、因果関係はTからYへ流れています。
このグラフにおいて、変数Xに注目してみましょう。我々の実験では、Xは腎臓結石のサイズを表しています。XがTとYの両方に影響を与えているのが興味深い点です。これが交絡因子の正確な定義です。交絡因子は、観察データセットにおいてTとYの両方が取りうる値に影響を与える変数です。
このような変数は一般的に処置効果の推定値を歪めるため、原理に基づいた方法で考慮する必要があります。
2. 処置効果推定の基本概念
2.1 処置効果推定とは
処置効果推定は、因果推論における主要な課題の一つです。これは、ある処置や介入が結果に及ぼす因果的影響を推定することを目的としています。私たちの研究では、腎臓病の治療を例に挙げて説明しています。
具体的には、任意の患者に対して青い錠剤と赤い錠剤のどちらを推奨すべきかを決定することが目標です。この決定を行うためには、各処置がどのような効果をもたらすかを正確に推定する必要があります。
2.2 観察データセットと選択バイアス
処置効果推定の難しさは、観察データセットから得られる情報の限界にあります。因果推論の文脈では、訓練データセットを「観察データセット」と呼びます。例えば、700人の患者データがこれに当たります。
観察データセットにおける主な障害は、選択バイアスの存在です。選択バイアスとは、患者への処置の割り当てが偏った方法で行われる場合に存在します。例えば、小さな腎臓結石を持つ患者には赤い錠剤が処方され、難しい症例の患者には青い錠剤が処方される傾向があるような場合です。
このような選択バイアスは現実世界では避けられないことが多く、研究者は原理に基づいたアルゴリズムを提供して、正確な処置効果推定値を反映させる必要があります。
2.3 因果グラフと交絡因子
多くの因果推論問題を解決するための重要な側面は、「因果グラフ」を作成することです。因果グラフは有向グラフィカルモデルであり、問題に関連する変数や属性を表すノードを含むグラフです。
因果グラフでは、矢印が因果関係を反映します。例えば、TからYへの矢印がある場合、変数Tの変化がYの取りうる値に影響を与えますが、Yの変化はTに影響を与えません。
私たちの例では、Xは腎臓結石のサイズを表しており、これが交絡因子となります。Xは処置の割り当て(T)と結果(Y)の両方に影響を与えています。このような交絡因子は、観察データセットにおいてTとYの両方が取りうる値に影響を与える変数です。
交絡因子が適切に考慮されないと、処置効果の推定値が歪められてしまいます。例えば、大きな結石を持つ患者は、どちらの処置を受けても治癒する可能性が低くなるかもしれません。
2.4 理想的なシナリオ:ランダム化比較試験(RCT)
処置効果推定の理想的なシナリオとして、ランダム化比較試験(RCT)があります。RCTでは、選択バイアスが問題とならず、処置の割り当てが患者にランダムに行われます。つまり、コインのフリップによって処置を割り当てるようなものです。
このようなシナリオでは、交絡因子は存在せず、処置効果の推定は観察データセットから単純に期待値を取ることで可能になります。具体的には、以下の二つの期待値の差を計算することで処置効果を推定できます:
- 青い錠剤を割り当てられた患者の結果の平均
- 赤い錠剤を割り当てられた患者の結果の平均
しかし、現実世界の多くの状況では、倫理的または実践的な理由からRCTを実施することが困難です。そのため、観察データに基づいて推論を行う必要があり、これが処置効果推定の本質的な課題となっています。
3. 連続的処置効果推定の問題設定
3.1 連続的処置の特徴
私たちの研究では、処置が連続的な値を取る場合の効果推定に焦点を当てています。この設定は、既に複雑な問題にさらなる層の複雑さを加えます。連続的処置の例としては、薬物の投与量などが挙げられます。
連続的処置の主な特徴は、処置の値が離散的ではなく連続的な範囲で変化することです。これにより、処置効果の推定がより困難になります。なぜなら、各個人に対して観察されるのは一つの特定の処置値とその結果のみであり、他の無限に存在する可能な処置値に対する結果は観察できないからです。
3.2 観察データセットの性質
連続的処置効果推定のための観察データセットには、いくつかの重要な性質があります。まず、各サンプルは通常、共変量X、処置T、結果Yの3つの要素から構成されます。ここで、Xは個人の特性を表す変数、Tは連続的な値を取る処置、Yは観察された結果です。
観察データセットの主な特徴は、各個人に対して1つの処置値とその結果しか観察されないことです。つまり、同じ個人に対して異なる処置値を適用した場合の結果は観察できません。これは、因果推論の基本的な問題として知られています。
3.3 仮定:結果の処置に対する微分可能性
連続的処置効果を推定するために、私たちは重要な仮定を導入しています。それは、結果Yが処置Tの用量に関して微分可能であるという仮定です。この仮定は、処置の微小な変化が結果に滑らかな変化をもたらすことを意味します。
この仮定の妥当性を示すために、Googleから取得した反応曲線の画像をいくつか例として挙げました。これらの画像は、特定の実験の詳細は分かりませんが、実生活での反応曲線がほとんどの場合滑らかであることを示しています。滑らかであれば、それは微分可能であることを意味します。
この微分可能性の仮定は、私たちの提案手法であるGradient Interpolation and Kernel Smoothing (GIKS)の基礎となっています。この仮定により、観察されていない処置値に対する結果を推定する際に、局所的な線形近似を使用することが可能になります。
4. 提案手法:Gradient Interpolation and Kernel Smoothing (GIKS)
4.1 手法の概要
私たちの提案手法であるGradient Interpolation and Kernel Smoothing (GIKS)は、連続的処置効果推定の課題に対処するために設計されました。GIKSの主要なアイデアはデータ拡張です。観察データセットの各サンプルに対して、多くの新しい処置値をサンプリングし、それに対応する擬似的な結果を付与することで、データセットを拡張します。
具体的には、観察された(X, T, Y)の各サンプルに対して、T'という新しい処置値を多数サンプリングし、Y_hat(X, T')という擬似的な結果を推定します。この推定された(X, T', Y_hat)のサンプルを観察データセットに追加し、これを用いてモデルf_θを学習します。
GIKSという名前が示すように、この手法は2つの主要な戦略を用いています:Gradient Interpolation(勾配補間)とKernel Smoothing(カーネル平滑化)です。これらの戦略のどちらを使用するかは、観察された処置Tと新しい処置T'の距離に依存します。特に、T'がTに近い場合はGradient Interpolationを使用し、遠い場合はKernel Smoothingを使用します。
4.2 Gradient Interpolationの詳細
Gradient Interpolation(GI)は、T'がTに近い場合に使用される戦略です。この方法は、結果Yが処置Tに関して微分可能であるという我々の仮定に基づいています。
GIの具体的なプロセスは以下の通りです:
- 観察された(X, T, Y)のサンプルに対して、Tに十分近いT'を選択します。
- 一次のテイラー展開を用いて、Y_hat(X, T')を近似します。
このように推定された擬似サンプルを用いて、通常の損失関数を適用してモデルf_θを学習します。
GIの利点は、観察された処置値の近傍で結果の滑らかな変化を捉えることができる点です。特に、観察データセットで支持が少ない処置領域(例えば、低用量領域)で効果を発揮します。
4.3 Kernel Smoothingの詳細
Kernel Smoothing(KS)は、T'がTから十分に離れている場合に使用される戦略です。T'がTから遠い場合、一次のテイラー展開による近似は適切ではありません。また、T'が遠いほど、推定される擬似結果Y_hatの不確実性が大きくなります。
KSのプロセスは以下の通りです:
- 観察データセットから、T'に近い処置値を持つサンプルの集合D_NNを選択します。
- D_NNに対してガウス過程(GP)を適用し、Y_hat(X, T')とその分散σ^2を推定します。
ガウス過程は、デフォルトで推定値の分散を提供するため、擬似結果の不確実性を自然に捉えることができます。
4.4 損失関数の設計
GIKSの損失関数は、GIとKSの両方の特性を考慮して設計されています。特に、KSによって推定された擬似結果の不確実性を反映させるために、以下のような損失関数を使用します:
L = Σ (Y - fθ(X, T))^2 + λ * Σ softmax(-σ^2) * (Y_hat - fθ(X, T'))^2
ここで、最初の項は観察データに対する通常の二乗誤差、2番目の項はKSによって推定された擬似サンプルに対する重み付き二乗誤差です。softmax(-σ^2)は、不確実性が高い(σ^2が大きい)擬似サンプルの影響を下げる役割を果たします。
この損失関数により、観察データに忠実でありながら、推定された擬似結果からも学習することができます。同時に、不確実性の高い推定に対しては慎重な学習を行うことができます。
5. 具体例:腎臓結石の処置効果推定
5.1 問題設定:赤い錠剤vs青い錠剤
腎臓結石の治療効果推定を例に、私たちの研究の具体的な適用を説明します。この例では、赤い錠剤と青い錠剤という2つの治療選択肢があります。我々の目標は、任意の患者に対してどちらの錠剤を推奨すべきかを決定することです。
この問題に対して、我々は機械学習の専門家としてデータを用いてアプローチしようと考えました。フィールド調査で収集された700人の腎臓病患者のデータがあると仮定します。このデータセットでは、処置の割り当てに偏りはなく、2つの処置にほぼ均等に分布しています。
5.2 観察データの特徴と選択バイアス
観察データを分析すると、処置Bの成功率は83%、処置Aの成功率は78%でした。一見すると処置Bの方が優れているように見えますが、この結論は誤解を招く可能性があります。
データをより詳細に検討すると、腎臓結石のサイズという交絡因子の存在が明らかになりました。大きな結石を持つ患者には処置A(青い錠剤)が処方される傾向があり、小さな結石の患者には処置B(赤い錠剤)が処方される傾向がありました。
このような選択バイアスは、処置効果の推定値を歪める可能性があります。なぜなら、大きな結石を持つ患者は、どちらの処置を受けても治癒する可能性が低くなるためです。
5.3 因果グラフによる問題の表現
この問題を因果グラフを用いて表現すると、以下のようになります:
- X(腎臓結石のサイズ)からT(処置の選択)への矢印
- XからY(治療結果)への矢印
- TからYへの矢印
この因果グラフは、Xが交絡因子であることを示しています。Xは処置の割り当て(T)と結果(Y)の両方に影響を与えているため、単純な観察データの分析では真の処置効果を正確に推定することが難しくなります。
5.4 結果の解釈と洞察
この例は、処置効果推定における選択バイアスの重要性を示しています。単純に観察データから結論を導き出すと、青い錠剤(処置B)の方が効果的であるという誤った結論に至る可能性があります。
しかし、腎臓結石のサイズという交絡因子を考慮すると、状況はより複雑であることが分かります。大きな結石を持つ患者には青い錠剤が処方される傾向があり、これらの患者は一般的に治療が難しいため、青い錠剤の見かけ上の効果が低くなっている可能性があります。
一方、小さな結石を持つ患者には赤い錠剤が処方される傾向があり、これらの患者は治療が比較的容易であるため、赤い錠剤の見かけ上の効果が高くなっている可能性があります。
このケーススタディは、因果推論における交絡因子の重要性を強調しています。真の処置効果を推定するためには、このような交絡因子を適切に考慮に入れた統計的手法が必要です。
また、この例は連続的処置効果推定の重要性も示唆しています。実際の医療現場では、単に「赤い錠剤 vs 青い錠剤」という二値的な選択ではなく、投薬量を連続的に調整することが可能かもしれません。このような連続的な処置に対する効果を推定することで、より細かな処置の最適化が可能になる可能性があります。
6. 連続的処置効果推定の応用
連続的処置効果推定は、様々な分野で重要な応用が考えられます。例えば、医療分野では薬物の投与量の最適化が挙げられます。しかし、字幕情報には具体的なケーススタディの詳細は含まれていませんでした。
連続的処置の特徴として、処置の値が離散的ではなく連続的な範囲で変化することが挙げられます。これにより、処置効果の推定がより困難になります。各個人に対して観察されるのは一つの特定の処置値とその結果のみであり、他の無限に存在する可能な処置値に対する結果は観察できないからです。
GIKSは、このような連続的処置効果推定の課題に対処するために設計されました。Gradient InterpolationとKernel Smoothingを組み合わせることで、観察データに忠実でありながら、未観測の処置値に対する結果も推定することができます。
この手法により、個人の特性に基づいてより細かな処置の最適化が可能になると期待されます。例えば、腎臓結石の治療では、結石のサイズに応じて最適な処置(赤い錠剤か青い錠剤か、およびその投与量)を推奨することができるかもしれません。
7. 実験結果と性能評価
7.1 使用データセットの概要
私たちの研究では、提案手法であるGradient Interpolation and Kernel Smoothing (GIKS)の性能を評価するために、5つのデータセットを使用しました。これらのデータセットは、連続的処置効果推定のためのベンチマークデータセットとして使用されています。
重要な点として、これらのデータセットは合成的なY関数を持っています。つまり、問題設定は現実世界の観察データと同じですが、Y関数が合成的であるため、推定の正確さを評価することができます。観察データでは各個人に対して1つの処置値とその結果しか観察されませんが、合成的なY関数を用いることで、反事実的な結果も得ることができます。
7.2 ベースライン手法との比較
GIKSの性能を評価するために、私たちは連続的処置効果推定のための既存のほぼすべてのベースライン手法と比較を行いました。結果として、GIKSは一貫して他のベースラインを上回る性能を示しました。
特に注目すべきは、GIKSに最も近い競合手法がVCET(Variational Causal Effect Transformer)にHSIC(Hilbert-Schmidt Independence Criterion)正則化を加えたものだったことです。HSICは、独立性評価のためのカーネルベースのテストであり、特に個別処置効果推定問題のために設計されています。
一方で、他の多くのベースライン手法は、ターゲット正則化と呼ばれる手法を使用しています。これは、平均処置効果(つまり、全人口にわたる平均的な効果)の推定により適した手法です。
7.3 反事実的誤差の分析
私たちの実験では、反事実的誤差を主要な評価指標として用いました。反事実的誤差は、モデルが予測した反事実的結果と、合成的なY関数から得られる真の反事実的結果との間の誤差を測定します。
具体的には、反事実的誤差は平均二乗誤差の平方根(RMSE)として計算されます。例えば、あるデータセットにおいてGIKSの反事実的誤差は0.152でした。この値は、他のベースライン手法と比較して最も低い値であり、GIKSの優れた性能を示しています。
7.4 処置分布の偏りに対する影響
GIKSの適用後、処置分布の偏りがどのように変化するかを分析しました。結果として、GIKSによるデータ拡張後の処置分布を分析したところ、処置値の分布の歪みが減少していることが確認されました。
この特性は、GIKSの性能向上につながる重要な要因の一つだと考えられます。処置分布の偏りが減少することで、モデルはより広範囲の処置値に対して正確な推定を行うことができるようになります。
以上の実験結果から、GIKSが連続的処置効果推定において優れた性能を示し、特に個別の処置効果推定に適していることが示されました。また、処置分布の偏りを軽減する効果も確認され、これがGIKSの性能向上に寄与していると考えられます。
8. 理論的分析
8.1 GIKSの成功条件
私たちは、GIKSがいつ成功するかを理論的に分析しました。この分析は非常に単純化された設定で行われました。具体的には、1次元のガウス共変量を持つ非常に単純な設定を考えました。この設定では、出力Yもガウス分布に従うと仮定しています。
このような単純化された状況下で、GIKSが因果効果の推定において成功するための2つの重要な条件を導き出しました:
- ガウス過程を適用するための最近傍データセット(DNN)が空でないこと。
- DNNに含まれるサンプルの中に、擬似結果を推定したいXと類似したサンプルが存在すること。
これらの条件は、直感的にも理解しやすいものです。GIKSが成功するためには、推定したい点の近くに観察データが存在し、かつその観察データが推定対象と類似した特性を持っている必要があるということです。
8.2 ガウス過程を用いた不確実性推定の重要性
GIKSにおいて、ガウス過程(GP)を用いた不確実性推定は非常に重要な役割を果たしています。特に、観察された処置Tから遠い新しい処置T'に対して擬似結果を推定する際に、この不確実性推定が重要になります。
ガウス過程は、デフォルトで推定値の分散を提供します。この分散は、推定された擬似結果の不確実性を示す指標となります。T'がTから遠いほど、一般的にこの不確実性は大きくなります。
この不確実性推定を活用することで、GIKSは信頼性の低い推定に対して慎重な取り扱いができます。具体的には、不確実性が高い(つまり分散が大きい)擬似結果に対しては、損失関数においてその影響を小さくすることができます。これにより、モデルは信頼性の高い情報により重きを置いて学習を行うことができます。
8.3 単純化された設定での分析
前述の単純化された設定において、私たちはGIKSの性能を分析しました。この分析は、GIKSが観察データのみを用いて学習した因果モデル(事実モデル)と比較して、より良い性能を達成できる条件を明らかにすることを目的としています。
この分析は、非常に単純化された設定で行われたものであり、現実世界の複雑な状況では追加の仮定や条件が必要になる可能性があります。しかし、この分析はGIKSのアプローチの根本的な正当性を示すものであり、実際の性能評価と組み合わせることで、GIKSの有効性をより包括的に示すことができます。
以上が、GIKSに関する理論的分析の概要です。この理論的分析は、GIKSの設計原理の正当性を裏付けるものであり、実験結果と合わせて、GIKSが連続的処置効果推定において有効なアプローチであることを示しています。
9. 議論と将来の研究方向
9.1 GIKSの強みと課題
GIKSの主な強みは、連続的処置効果推定において高い性能を示すことです。私たちの実験結果から、GIKSが既存のほぼすべてのベースライン手法を一貫して上回る性能を示したことが明らかになりました。特に、個別処置効果推定に適していることが示唆されています。
また、GIKSは処置分布の偏りを減少させる効果があることも強みの一つです。これにより、観察データセットで支持が少ない処置領域でも比較的正確な推定が可能になります。
一方で、GIKSにはいくつかの課題も存在します。まず、理論的な保証が非常に単純化された設定でのみ得られていることが挙げられます。現実世界の複雑な状況では、追加の仮定や条件が必要になる可能性があります。
9.2 観察データセットの特性と手法の性能の関係
観察データセットの特性がGIKSの性能に与える影響について、さらなる研究が必要です。特に、GIKSが成功するための条件として、ガウス過程を適用するための最近傍データセット(DNN)が空でないこと、DNNに含まれるサンプルの中に擬似結果を推定したいXと類似したサンプルが存在することを挙げましたが、これらの条件がどの程度満たされているかによって性能が変化する可能性があります。
将来の研究では、様々な特性を持つ観察データセットに対してGIKSを適用し、その性能を系統的に評価することが有用でしょう。これにより、GIKSがどのような状況で特に有効であるか、あるいは課題が生じるかを明らかにすることができます。
9.3 他の分布推定技術の可能性
現在のGIKSではガウス過程を用いていますが、他の分布推定技術の可能性も探る価値があります。ガウス過程を使用する主な理由は、ガウシアン尤度を仮定すると物事が非常にトラクタブルになるためです。
しかし、ガウシアン仮定を外れた場合、例えば混合モデルを使用することも考えられます。ただし、混合モデルの推定は、トラクタビリティの問題からより困難になる可能性があります。
現在の観測データベンチマークに関しては、ガウス過程で十分であることが示されていますが、より複雑な実世界のデータセットに対しては、より洗練された分布推定技術が必要になる可能性があります。
将来の研究方向として、より複雑な分布を扱える手法や、計算効率の高い手法を導入することで、GIKSの性能をさらに向上させられる可能性があります。ただし、これらの新しい技術を導入する際には、解釈可能性や理論的保証の面で新たな課題が生じる可能性もあることに注意が必要です。
10. 結論
10.1 研究の主要な貢献
本研究では、連続的処置効果推定の課題に取り組み、新たな手法であるGradient Interpolation and Kernel Smoothing (GIKS)を提案しました。この研究の主要な貢献は以下の通りです。
まず、連続的な処置値に対する効果推定という、従来の二値的な処置効果推定よりも複雑な問題に取り組みました。この問題設定は、医療、経済学、社会科学など様々な分野で重要性を増しています。
次に、GIKSという新しいアプローチを提案しました。このアプローチは、データ拡張、勾配補間、カーネル平滑化を組み合わせることで、観察データから連続的処置効果を推定します。GIKSは、特に個別処置効果推定に適しており、既存のほぼすべてのベースライン手法を一貫して上回る性能を示しました。
さらに、GIKSの理論的な分析を行い、単純化された設定ではありますが、この手法が成功するための条件を明らかにしました。これにより、GIKSの動作原理をより深く理解することができました。
最後に、GIKSが処置分布の偏りを減少させる効果があることを示しました。これは、観察データセットで支持が少ない処置領域でも比較的正確な推定が可能になることを意味し、実世界の応用において重要な特性です。
10.2 連続的処置効果推定における GIKSの位置づけ
GIKSは、連続的処置効果推定の分野において、新たな標準的手法となる可能性を持っています。既存の手法と比較して、GIKSは以下の点で優れています。
第一に、GIKSは個別処置効果推定に特に適しています。これは、VCET(Variational Causal Effect Transformer)にHSIC(Hilbert-Schmidt Independence Criterion)正則化を加えた手法が最も近い競合手法だったことからも示唆されます。HSICは個別処置効果推定問題のために特別に設計されたものですが、GIKSはそれをも上回る性能を示しました。
第二に、GIKSは処置分布の偏りを減少させる効果があります。これは、観察データセットにおける選択バイアスの問題に対処する上で重要な特性です。
第三に、GIKSはガウス過程を用いた不確実性推定を行うことで、推定の信頼性に関する情報も提供できます。
10.3 実世界応用に向けた展望
GIKSの実世界応用に向けては、いくつかの課題が残されています。例えば、より複雑な実世界のデータセットに対しての性能評価や、計算効率の改善、より複雑な分布を扱える手法の開発などが必要になるでしょう。また、GIKSの理論的保証をより一般的な設定に拡張することも重要な課題です。
今後も研究を続け、GIKSの理論的基盤を強化するとともに、実世界での有効性を検証していきたいと考えています。最終的には、GIKSが様々な分野での実世界の問題に適用可能な、信頼性の高い連続的処置効果推定手法として確立されることを目指しています。