※本記事は、2024年1月11日に開催されたGLOCOM六本木会議オンライン「2024年の自治体DXを展望するー標準化とマイナカードを中心に」の内容を基に作成されています。本セッションは、全国地域情報化推進協会の吉本明平氏と武蔵学園データサイエンス研究所の庄司昌彦氏を登壇者として、約110名のリモート参加者に向けてZoomウェビナーとしてライブ配信されました。 本記事では、セッションの内容を要約しております。なお、本記事の内容は登壇者の見解を正確に反映するよう努めていますが、要約や解釈による誤りがある可能性もありますので、正確な情報や文脈については、GLOCOM六本木会議(https://roppongi-kaigi.org/ )の公式情報をご参照ください。 GLOCOM六本木会議は、情報通信分野における革新的な技術や概念に適切に対処し、日本がスピード感を失わずに新しい社会に移行していくための議論の場として、2017年9月に設立された組織です。産官学民によるメンバーで構成され、各種勉強会、分科会活動などを行っています。
1. イベント概要
1.1. 開催情報と登壇者
GLOCOM六本木会議オンライン#71は、2024年1月11日にZoomウェビナーとして開催され、約110名がリモートで参加しました。
【登壇者】
- 吉本明平氏
- 一般財団法人全国地域情報化推進協会企画部担当部長
- 関東学院大学非常勤講師
- 1968年生まれ
- 1993年大阪大学大学院理学研究科修士課程修了
- 同年NECに入社し、地方公共団体関連のSIや電子政府・電子自治体関連コンサルに従事
- 2014年4月より現職
- 総務省地域情報化アドバイザー
- 一般財団法人情報法制研究所上席研究員
- 庄司昌彦氏
- 武蔵学園データサイエンス研究所副所長
- 国際大学GLOCOM主幹研究員
- 武蔵大学社会学部メディア社会学科教授
- 中央大学大学院総合政策研究科博士前期課程修了
- 研究領域:情報社会学、情報通信政策
- デジタル庁オープンデータ伝道師会座長
- 総務省地方自治体のDX推進に係る検討会座長
- 総務省自治体システム等標準化検討会座長
- 総務省地域情報化アドバイザーリーダー
進行は、GLOCOM六本木会議事務局の小島安紀子氏が務めました。本セッションは30分の講演を吉本氏が行い、続いて20分の講演を庄司氏が行い、その後30分のQ&Aセッションという構成で実施されました。
なお、このイベントに先立ち、両氏は「行政デジタル改革競争会議」(通称:で会議)にも参加しており、そこでは400人以上が参加する中で「勝手に標準化の着陸を考える」というセッションを実施していました。
1.2. 背景と目的
庄司:2023年は、マイナンバーカードが急速に普及する一方で、住民票誤交付や保険証情報の紐づけ誤りの問題が顕在化するなど、行政デジタル化に関する様々な課題が浮き彫りになった年でした。私は先週、羽田イノベーションシティで開催された「行政デジタル改革競争会議」の実行委員長を務め、400人以上の方々と対面で議論を交わす機会がありました。その中で見えてきた課題について、今日は吉本さんと共に検討していきたいと思います。
吉本:そうですね。特に20業務の自治体システム標準化とガバメントクラウドへの移行は、2025年度末の期限に向けて実装が本格化します。このタイミングで「うまくガバクラ」という本を出版させていただきましたが、これは単なる技術的な移行の話ではなく、自治体DXの本質的な課題に向き合うためのものです。
庄司:確かに、マイナンバーカードの活用や「書かない窓口」などのフロントヤード改革に代表される自治体DXは、私たちの日常生活や自治体業務に大きなインパクトを与えることが予想されます。また、全国から地方規模のIT企業がこの変化にどう対処していくのかも重要な論点です。
吉本:その通りです。情報システム学会から出された「マイナンバー制度の問題点と解決策」に関する提言も含め、賛否双方の議論を参照しながら、2024年の自治体DXの展望を検討する必要があります。これは単なる技術的な議論ではなく、地方自治の持続可能性にも関わる重要な課題だと認識しています。
庄司:今回のセッションでは、特に標準化の「ソフトランディング」に向けて何が必要かという視点から議論を深めていきたいと思います。吉本さんとは先週の会議でも議論を交わしましたが、今日はより幅広い観点から、この課題に取り組んでいきましょう。
2. マイナンバーカード関連の課題
2.1. マイナンバー紐付け問題の実態
吉本:いわゆる「マイナンバーカード問題」について、まず正確な理解が必要です。実は、マイナンバーカード自体は何も問題を起こしていないんです。マイナンバー情報総点検本部の報告では、これは「マイナンバーの紐付け問題」として扱われています。
庄司:具体的な事例を見ていく必要がありますね。健康保険証の問題から説明していただけますか?
吉本:はい。健康保険証の問題の本質は、資格取得時にマイナンバーの記載がなかったケースです。保険者が、本人からマイナンバーを取得できなかった場合に、J-LISに照会したところ、誤って別人のマイナンバーを紐付けてしまったという事例が発生しました。
庄司:障害者手帳の場合も同様の問題が起きたんですよね。
吉本:その通りです。障害者手帳制度の方が先にあったため、マイナンバー制度導入後に後付けで紐付け作業を行う必要がありました。本人からマイナンバーを聞いて登録する必要があったのですが、うまくコンタクトが取れないケースなどで、J-LISに照会した際に誤った紐付けが発生しました。さらに、削除すべき情報が残っていたという、データベース管理上の問題も露見しました。
庄司:つまり、既存の制度とマイナンバー制度を接続する際の移行プロセスで問題が発生したということですね。
吉本:はい。重要なのは、これらの問題においてマイナンバーカードやマイナンバーの仕組み自体は正常に機能していたという点です。むしろ、マイナンバーを利用した照合によって、既存のデータベースの問題点が明らかになったとも言えます。
庄司:この件については、その後も様々な対策が取られていますが、やはり移行期の課題として認識し、慎重に対応を進めていく必要がありますね。
2.2. 自治体の責任範囲に関する誤解
吉本:自治体が悪いという意見が様々な場所、特にネット上で数多く見られましたが、この認識には大きな誤解があります。例えば、健康保険証の紐付け問題で自治体にどのような責任があるのでしょうか?実は、この一連のプロセスに自治体は全く関与していないのです。
庄司:それは重要な指摘ですね。では、実際の責任所在はどこにあるのでしょうか?
吉本:この件に関しては、本人と健康保険者、そしてマイナンバーの仕組みが関係しているだけです。マイナンバーの仕組みとカードは正しく動作していて、健康保険者が間違ったデータを登録していただけなのです。しかし、この説明をすると「政府の肩を持っている」というような批判を受けることがあります。
庄司:情報システム学会からの提言でも、「政府が保険証との一体化を急がせすぎたために、十分な準備をせずに自治体が名寄せ作業をしてしまった」という指摘がありましたね。
吉本:はい。しかし、その指摘自体が誤りを含んでいます。先ほど説明した通り、この作業に自治体は関与していません。また、保険証の廃止を急がせたという指摘についても疑問があります。マイナンバー制度は平成28年頃から始まっており、保険者がマイナンバーを収集する期間は5年以上あったのです。
庄司:つまり、誤解を生んだ背景には、マイナンバー制度に関する正確な理解の不足と、問題が発生した際の責任の所在を安易に自治体に求めてしまう傾向があったということですね。
吉本:その通りです。こうした誤解を解消し、正確な理解に基づいた建設的な議論を行うことが、今後の制度改善には不可欠だと考えています。ただし、実際に発生した問題については、それぞれの責任主体が適切に対応していく必要があります。
2.3. 紐付け誤りの原因分析
吉本:紐付け誤りの根本的な原因を分析すると、主に3つの問題点が浮かび上がってきます。まず、マイナンバー制度開始時の資格取得における問題です。約5年前から健康保険の加入者の皆さんにマイナンバーの提出を求めていたのですが、一部で記載漏れや未提出が発生していました。
庄司:それは具体的にどのような状況だったのでしょうか?
吉本:例えば、職場や様々な場所で家族分も含めてマイナンバーを提出するように案内があったはずなのですが、そこでの提出が完了していないケースがありました。5年もの期間があったにもかかわらず、保険者がマイナンバーを収集しきれなかったという問題があったのです。
庄司:その後のJ-LIS照会での問題についても説明していただけますか?
吉本:はい。本人からマイナンバーを受け取れなかった場合、保険者がJ-LISに照会するわけですが、その際に非常に雑なオペレーションが行われていました。具体的には、氏名と生年月日だけで検索してしまい、同姓同名の別人の情報をヒットさせてしまうようなケースが発生しました。
庄司:つまり、システム自体の問題というより、運用面での課題が大きかったということですね。
吉本:その通りです。本来であれば、マイナンバー制度開始以降に保険証を発行する場合には、最初からマイナンバーを取得して登録するというオペレーションになるはずでした。しかし、制度導入時に既に大量の保険者が存在している状況で、後付けでマイナンバーを紐付けようとしたことで、このような問題が発生したのです。本人から直接マイナンバーを受け取って誤って登録してしまうケースはレアケースで、ほとんどが本人からの取得ができずにJ-LISに照会したケースで問題が発生していました。
庄司:既存の制度とマイナンバー制度の接続における移行期の課題として捉える必要がありますね。今後、同様の問題を防ぐためには、どのような対策が必要だとお考えですか?
吉本:やはり、新規の手続きの際には確実にマイナンバーを取得すること、そして既存データの移行時には慎重な照合作業を行うことが重要です。また、J-LISへの照会時のルールをより厳格化する必要もあるでしょう。
2.4. 公金受取口座登録の問題と責任所在
吉本:第2回で発生した公金受取口座の登録問題について説明させていただきます。これは自治体の支援窓口での端末操作の誤りが原因でした。本来、公金受取口座の登録は、各個人がスマートフォンでマイナポータルにログインして自分で登録する仕組みだったのです。
庄司:そもそもなぜ自治体の支援窓口が設置されることになったのでしょうか?
吉本:スマートフォンを持っていない方や、操作に不慣れな方のために支援窓口を設置し、タブレットやスマートフォンの端末を置いて、自治体職員が横から支援する形を取っていました。制度上、本人が登録しないといけない建て付けなので、代行はできず、あくまで支援という形を取っていたのです。
庄司:しかし、そこでログアウトを忘れるという問題が発生したわけですね。
吉本:はい。ただし、この問題の責任所在を考える際に重要なのは、マイナンバー制度では個人番号利用事務実施者が法律上で明確に定められているという点です。公金受取口座については、マイナンバー法の別表1の100番で内閣総理大臣が実施者と定められています。つまり、この件の責任は全て内閣総理大臣にあるのです。
庄司:自治体は支援を依頼された立場ということですね。
吉本:その通りです。さらに、この仕組みは特定個人情報保護評価も受けており、その実施者も内閣総理大臣です。システムが個人情報を正しく管理できる仕組みになっているという評価を行い、個人情報保護委員会に提出しているのです。元々個人が自分のスマホで行う前提の仕組みだったため、共有端末での利用というケースが想定されていなかったことが、今回の問題の本質だと考えています。
庄司:つまり、ヘルプを頼まれた側である自治体が責任を問われ、頼んだ側の責任があまり問われないという状況は適切ではないということですね。
吉本:はい。まず頼んだ側の責任を問い、その上で支援した側の対応について検討するという順序が正しいと考えています。
3. マイナンバーカードの今後
3.1. カードの呼称と機能の整理
庄司:マイナンバーカードの機能について、実は重要な誤解があると思うのですが、吉本さんはどうお考えですか?
吉本:はい。カードの表面は本人確認書類として、裏面にマイナンバーが記載されているという構造ですが, カードの機能として注目すべきはマイキー部分なんです。マイナンバーカードが健康保険証になるという言い方もよく聞きますが、これは正確ではありません。
庄司:そうですね。私も日曜討論でその話をしたら「うさぎか犬かなんてくだらない話をして」と批判されましたが、これは重要な区別だと思います。
吉本:カードには実際には健康保険証情報が入るわけでもなく、健康保険証機能が追加されるわけでもありません。マイナンバーカードを使って、ネットワーク経由で本人の保険資格情報を引っ張ってくるという仕組みなのです。この機能は従来からあった「その人の情報を引っ張ってくる能力」を活用しているだけです。
庄司:つまり、マイナちゃん(マイナンバー)とマイキー君という2つのキャラクターがいるように、カードには2つの異なる機能があるということですね。今後はマイキー君、つまり電子証明書としての機能がより重要になってくると。
吉本:その通りです。ただ、私たちがこういった議論をする際にも、いつもマイナちゃんのロゴを出してしまい、マイナンバーの方に注目が集まってしまう。これは今後の活用を考える上で、少し方向性を誤解させてしまう可能性があります。
庄司:確かに、本人確認や各種証明書としての活用を考える上で、マイキー部分の機能をより明確に説明していく必要がありますね。これは単なる呼称の問題ではなく、カードの本質的な機能と今後の展開に関わる重要な区別だと考えています。
3.2. 健康保険証としての利用状況
庄司:デジタル庁のサイトを確認すると、マイナンバーカードの健康保険証としての利用登録状況について、興味深いデータが出ています。持っている人の73.5%が利用登録をしているということですが、実際の利用状況はどうなのでしょうか?
吉本:そうですね。利用率の実態については、実際の医療機関での利用データを見る必要があります。ただ、重要なのは、マイナンバーカードが健康保険証になるという説明自体が誤解を招きやすいということです。実際には、オンライン資格確認の仕組みを使って、保険資格情報を照会できるようになるだけなんです。
庄司:なるほど。つまり、カードそのものに保険証の機能が入るわけではないということですね。
吉本:はい。オンライン資格確認は以前から制度として存在していて、マイナンバーカードはその認証手段の一つとして活用されているだけです。ただ、問題なのは、既存の健康保険証のデータベースの正確性が十分でないケースがあり、それが紐付けの際の問題として表面化したということです。
庄司:今年は健康保険証の廃止が予定されていますが、これについてはどうお考えですか?
吉本:実は、健康保険証と呼んでしまえば、誰も文句を言わないんじゃないかと思うんです。つまり、「新しい健康保険証です。それで身分証明もできて、必要に応じてマイナンバーも示すことができます」という説明の方が、むしろ理解されやすいかもしれません。
庄司:なるほど。実際の機能を考えれば、そういった説明の方が市民の方々にも受け入れられやすいかもしれませんね。今後は、オンライン資格確認の安定的な運用と、わかりやすい説明方法の確立が重要になってきそうです。
3.3. 普及率と利活用の現状
庄司:デジタル庁の最新データによると、マイナンバーカードの普及率は人口比で70.8%まで達成しています。ただし、実際の利活用状況を見ると、例えば保険証としての利用登録は、カード保持者の73.1%に留まっています。実際の使用率については、このダッシュボードには明確な数値が示されていませんが、報道等では相当低い数字が指摘されている状況です。
吉本:普及率については、生まれたばかりの赤ちゃんも含めての70.8%という数字であり、また高齢や障害等でカード取得が困難な方も含めての数字です。そう考えると、取得可能な人のほとんどが取得したと見ることができ、実質的にはかなり高い普及率と評価できます。
庄司:ただ、今後さらなる普及促進を図るには、どのような施策が必要でしょうか?
吉本:これからは単純な普及率向上よりも、取得者がメリットを実感できる利活用の促進が重要です。例えば、カードがなければできない、あるいはカードがないと非常に手間のかかる手続きを増やしていく必要があります。これまではカード所持者に不便を強いる施策を避けてきましたが、それではカード取得のメリットが明確になりません。もちろん、反対意見も予想されますが、持っている人が便利になる仕組みを積極的に導入すべきです。
庄司:私も同感です。ただし、強制ではないという原則は維持しつつ、カードを持たない選択をした人には、ある程度の不便さを受け入れていただく必要があるでしょう。
吉本:振り返ると、マイナポイント第2弾の2万円付与の際の支援のあり方には課題がありました。手厚い支援を行うのではなく、むしろ講習会などを通じて、自分でマイナポータルを使えるようになることを促す方が良かったのではないでしょうか。
庄司:そうですね。また、公金受取口座についても、登録後に実際の振込を体験できる機会があれば良かったと思います。例えば、試験的に10円でも振り込むなど、実体験を通じた利用促進策があっても良かったのではないでしょうか。
このように、今後は単なる普及率の向上ではなく、実際の利用促進に重点を置いた施策展開が求められています。
3.4. 今後の課題と展望
庄司:マイナンバーカードの次世代化について議論が始まっていますが、特に重要なのは、現在の物理的なカードをどのように発展させていくかという点です。アプリ化の可能性については様々な意見がありますが、全世代に対応する必要があることを考慮すると、慎重な検討が必要です。
吉本:アプリ化については可能性として否定はできませんが、健康保険証のようなケースでも、必ずしもアプリ化が根本的な解決策にはならないと考えています。今回の問題の本質は、運用やデータベースの整合性にあり、媒体の形態を変更しても解決できない課題が多くあります。
庄司:その通りですね。私の親の世代を例に挙げると、スマートフォンのアプリのアップデートすら難しい場合があります。全国民が利用するシステムとして、物理的なカードには一定の価値があると考えています。
吉本:将来的な展望としては、アプリを選択肢の1つとして提供しつつ、物理カードとの併用を認めるハイブリッドな形態が現実的かもしれません。ただし、その場合でも、本人確認の確実性や利便性のバランスを慎重に検討する必要があります。
庄司:利便性向上の観点では、今後健康保険証が廃止されることも踏まえて、マイナンバーカードの機能をより明確に整理する必要があります。特に、マイナちゃん(マイナンバー)とマイキー君(電子証明書)の機能の違いについて、もっと分かりやすく説明していく必要があるでしょう。
吉本:その通りです。今後は公金受取口座の登録など、具体的な利用シーンを増やしていくことで、カードの有用性を実感してもらうことが重要です。例えば、登録後に実際の振込を体験できる機会を設けるなど、実践的な取り組みも検討する価値があると考えています。
4. 自治体システム標準化の現状
4.1. 標準化の必要性と背景
吉本:自治体システムの標準化について、その本質的な背景をお話ししたいと思います。これまで自治体は、それぞれの創意工夫のもと、住民サービス向上のために独自のシステムを構築してきました。しかし、2040年までに自治体職員数が半減すると予測される中で、このままでは到底事務処理が回らなくなることが明らかになっています。
庄司:そうですね。その状況に対して、AIやRPAなどを活用したスマート化が必要という結論に至ったわけですが、各自治体のシステムがバラバラでは、そのスマート化も進められません。
吉本:その通りです。スマート化を推進するためには、住民票や税、福祉などの基幹系システムと一体的に考える必要があります。しかし、自治体ごとにシステムが異なる現状では、国やデジタル庁が提供する新しいソリューションの導入も困難です。そのため、まず自治体の基幹システムの足並みを揃える必要があったのです。
庄司:つまり、この標準化は自治体にとって生き残りのためのDXと言えますね。
吉本:はい。職員が半減する中でも地方自治を持続可能にするためには、ある程度の創意工夫を諦めてでも、生き残りのための戦略を取らざるを得ません。ただし、これは単なる標準化ではなく、デジタル社会に対応するための発展的なDXの一環として考える必要があります。
庄司:書かない窓口のような新しい窓口のあり方など、より良い住民サービスを実現するための下準備という位置づけですね。
吉本:そうです。標準化は人口減少社会への対応として不可欠ですが、標準化自体が目的ではありません。デジタル社会という新しい生活様式に対応し、新たな形の行政サービスに変革することで、人口減少社会を乗り切り、地方自治を持続可能にしていく。それが私たちの目指すべき方向性なのです。
4.2. 補正予算と経費の問題
庄司:2023年11月9日に発表された補正予算で、自治体システムの標準化に関して5,163億円が追加計上されました。これは移行経費として既に積まれていた1,825億円と合わせて、総額約7,000億円という規模になります。
吉本:1,700以上ある自治体の20業務システムの移行を考えると、当初の1,825億円では明らかに不足していました。私の感覚では、数千億円から1兆円程度は必要だと考えていましたので、今回の補正で現実的な予算規模に近づいてきたように思います。
庄司:ただし、実際にどの程度の費用が必要なのか、あるいは現在の見積もりが正確なのかについては、まだ十分な検証ができていない状況です。
吉本:その通りです。総務省でも調査を行っているようですが、より詳細なデータに基づいた議論が必要です。かつて私が関わっていた自治体IT調達協議会のような場で、オープンな議論を行うことも検討に値するのではないでしょうか。
庄司:そうですね。特に気になるのは、この予算額の積算根拠です。実際の移行作業が本格化する前の見積もりであり、実務が進む中で新たな課題が発見される可能性も高いと考えています。
吉本:また、この予算は移行経費のみを対象としており、移行後の運用コストについては別途検討が必要です。システムの標準化によって運用コストを削減することが目標の一つですが、その効果を正確に予測することは現時点では難しい状況です。
庄司:確かに。今後は予算の使途や効果の検証について、より透明性の高い議論が求められますね。特に、地域の事業者への影響も含めた総合的な観点からの評価が必要だと考えています。
4.3. 運用コストの課題
庄司:毎日新聞の報道によると、標準準拠システムへの移行後、運用コストが現行の7倍になる自治体が出てくる可能性が指摘されています。これは非常に深刻な問題だと考えています。
吉本:その通りです。ガバメントクラウド先行事業の結果からも、かなりのコスト増が予想されています。ただし、これは移行直後の一時的な状況であり、徐々にクラウド環境に適したアプリケーションに改善していくことで、コストの低減は可能だと考えています。
庄司:具体的なコスト増加要因として、現在把握されているものを整理したいと思います。
吉本:はい。主な要因として3つあります。1つ目は、クラウド環境自体の運用コスト。2つ目は、ガバメントクラウドに載せるシステムと自治体独自のクラウドシステムの2系統が並立することによる二重コスト。3つ目は、両方の環境への接続回線が必要になることによる通信コストです。
庄司:その課題に対して、今後どのような対応が考えられますか?
吉本:移行後の数年間をかけて、段階的にシステムを最適化していく必要があります。確かに一時的にコストは膨らみますが、クラウド環境に合わせたアプリケーションの改善や、運用方法の見直しを通じて、中長期的なコスト削減は可能だと考えています。
庄司:ただし、その削減効果については、現時点で具体的な見通しを示すことは難しい状況ですね。
吉本:はい。特に小規模自治体にとっては大きな負担増となる可能性があり、財政面での支援策も含めた検討が必要です。また、複数の自治体での共同利用など、コスト削減のための様々な方策を並行して検討していく必要があります。
4.4. ベンダー撤退問題
庄司:毎日新聞の報道によると、標準システムへの移行に際して、人材不足や費用面の課題から、システムベンダーが事業から撤退するケースが出始めているようですが、この状況についてどのように考えますか?
吉本:はい、深刻な問題だと認識しています。特に気になるのは、標準仕様書の機能の中で、対応コストが高いものについて、ベンダーが対応を放棄するケースです。例えば、特定の機能について「うちの会社では対応できない」と、オプション機能の提供を拒否するベンダーが出てきています。
庄司:その背景には、単なる人材不足だけでなく、構造的な問題がありそうですね。
吉本:その通りです。特に地域のベンダーにとって、これまでのビジネスモデルが大きく変わることへの対応が困難な状況があります。標準化により全国規模でのサービス提供が可能になる一方で、地域密着型のビジネスモデルが成り立ちにくくなっているのです。
庄司:では、この問題に対する対応策としては、どのようなものが考えられますか?
吉本:長期的には、地域ベンダーがより上位のレイヤーの仕事、例えば標準システムと連携するデータ活用サービスなど、新しいビジネス領域にシフトしていく必要があると考えています。また、全国規模のSaaS型サービスへの段階的な移行も検討する必要があります。
庄司:確かに標準化により、システムの集約は容易になるはずですが、その過程で地域のIT産業をどう維持していくかという課題も同時に考えていく必要がありますね。
吉本:はい。特に移行期間中の支援策や、新たなビジネスモデルへの転換支援など、政策的な対応も検討が必要だと考えています。
5. 2024年に向けた展望
5.1. 読み仮名法制化への対応
庄司:2024年の夏に向けて、戸籍の読み仮名確認作業が本格化します。この作業では、戸籍のある自治体から、各個人の名前の読み仮名について確認の通知が送付される予定です。
吉本:ただし、この作業にはいくつかの重要な課題があります。最も大きな問題は、世帯単位での確認方式を採用していることです。
庄司:そうですね。具体例を挙げると、私の場合、世帯主として自分の氏名の読み仮名を確定させることはできますが、妻や子供たちは自分の名前の読み仮名しか確認できない仕組みになっています。
吉本:つまり、もし世帯主が何らかの理由で不在の場合、残された家族の氏(姓)の読み仮名が確定できないという事態が発生する可能性があるわけですね。
庄司:はい。これは実務上、かなり深刻な問題になる可能性があります。特に今年は健康保険証の廃止も控えているため、この読み仮名確認作業の混乱と相まって、市民レベルでの混乱が予想されます。
吉本:確かに、個人が実感できるレベルでのトラブルや批判が夏頃から発生する可能性は高いですね。システム的な対応だけでなく、市民への丁寧な説明や、トラブル発生時の対応体制の整備も必要になってくると思います。
庄司:また、この読み仮名確認作業は、データの正確性を確保する上で非常に重要なプロセスですが、現在の仕組みでは、世帯構造の多様化に十分対応できていない面があります。このあたりの制度設計の見直しも必要かもしれません。
5.2. 健康保険証廃止の影響
庄司:2024年は健康保険証の廃止が予定されており、これはマイナンバーカードに関する新たな課題を生み出す可能性があります。特に、読み仮名確認作業とこの健康保険証廃止が重なることで、市民レベルでの混乱が予想されます。
吉本:はい。健康保険証の廃止に関しては、オンライン資格確認の移行期間中の問題も見過ごせません。これまでの経験から、オンライン資格確認システムには、データベースの古いデータが残っているケースや、カードリーダーの読み取り不具合など、マイナンバーカードとは直接関係のない技術的な課題が存在しています。
庄司:それらの課題は早急に解決する必要がありますね。特にカードリーダーなどの端末環境については、抜本的な見直しが必要かもしれません。
吉本:その通りです。また、オンライン資格確認自体は以前から制度として導入されており、現在も移行期間中という認識を持つ人もいます。しかし、マイナンバーカードと結びついてからの対応が性急だったために、様々な混乱が生じているという面は否めません。
庄司:対応策としては、まず技術的な問題の解決を急ぐとともに、移行期間中の丁寧なサポート体制の構築が必要でしょう。特に医療機関での現場対応や、高齢者などデジタル機器の利用に不慣れな方々へのサポートが重要になってきます。
吉本:そうですね。また、オンライン資格確認の不具合が発生した際の代替手段の確保も重要です。現場での混乱を最小限に抑えるための具体的な対応マニュアルの整備や、トラブル発生時の責任所在の明確化も必要になってくるでしょう。
5.3. 標準化後の展開
吉本:標準化は単なるシステムの統一ではなく、デジタル社会への対応のための第一歩として位置づける必要があります。標準化が実現した後、どのように行政サービスを発展させていくのか、その展望を示すことが重要です。
庄司:そうですね。標準化後の展開として重要なのは、「書かない窓口」のような新しい窓口のあり方を実現することです。これは単なるデジタル化ではなく、市民サービスの質的な変革を意味します。
吉本:ただし、その変革を実現するためには、まず自治体の基幹システムの足並みを揃える必要がありました。標準化は、より良い住民サービスを実現するための下準備という位置づけです。
庄司:そして、標準化後に何ができるのか、という議論をそろそろ始める必要がありますね。特に移行困難団体への対応期限との兼ね合いを考えると、次の段階の議論を並行して進めていく必要があります。
吉本:はい。重要なのは、この標準化を通じて、地方自治をいかに持続可能にしていくかという視点です。デジタル社会という新しい生活様式に対応し、新たな形の行政サービスに変革することで、人口減少社会を乗り切っていく。それが我々の目指すべき方向性です。
庄司:具体的には、AIやRPAなどの技術を活用したスマート化を進め、限られた人員で効率的な行政運営を実現することが求められますね。標準化によって、そうした新技術の導入がより容易になることが期待されます。
吉本:ただし、これらの変革は一朝一夕には実現できません。標準化という基盤整備を確実に進めながら、段階的に新しいサービスを展開していく必要があります。まさに、デジタル社会における行政サービスの新たなモデルを構築していく過程だと考えています。
5.4. 地方自治の持続可能性
吉本:標準化は、2040年に向けた自治体の生き残り戦略として捉える必要があります。職員数が半減する中で、地方自治を持続可能なものにするためには、ある程度の創意工夫を諦めてでも、標準化という選択をせざるを得ない状況にあります。
庄司:ただし、標準化を進めるだけでは人口減少社会への対応として十分とは言えません。デジタル社会という新しい生活様式に対応し、新たな形の行政サービスへの変革が必要です。
吉本:その通りです。我々は今、自治体の事務が回らなくなるという危機的状況に直面しています。標準化されたシステムを基盤として、AIやRPAなどのデジタル技術を活用したスマート化を進め、限られた人員で効率的な行政運営を実現する必要があります。
庄司:では、そのような変革の中で、地域の自立性をどのように維持していくべきでしょうか?
吉本:これは非常に難しい課題です。標準化により各自治体の独自性は制限されますが、それは基幹システムのレベルの話です。その上のレイヤーで、地域特性に応じた住民サービスを展開していく余地は十分にあります。むしろ、基幹システムの運用負荷が減ることで、より地域に即したサービス開発に注力できるようになるはずです。
庄司:つまり、標準化は単なる効率化ではなく、地方自治の新しいあり方を模索するための基盤整備として捉えるべきということですね。ただし、これらの変革を進めるにあたっては、住民の理解と協力が不可欠です。そのための丁寧な説明と対話も重要な課題となってくるでしょう。
吉本:その点については、標準化によって住民サービスが低下することへの不安や批判も予想されます。しかし、何も変えなければ、人口減少の中で現在の住民サービスすら維持できなくなる可能性が高いことを、しっかりと説明していく必要があります。
6. 実践的知見
6.1. SNSでの炎上対応実験
庄司:2023年、私はマイナンバーカード関連でプチ炎上を経験しました。特に7月2日の日曜討論とTBSニュース23の出演後、SNS上で激しい批判を受けることになりました。ある大学教授からは厳しい言葉をいただき、「マイナンバーカードは庄司が作った」というような誤解も生まれました。
吉本:その時の対応について、具体的にどのような戦略を取られたのですか?
庄司:インターネットの長い経験から、「切れたら負け」という原則を意識して、一つ一つ丁寧に返信することを心がけました。たとえ内心では腹が立っていても、表面的には丁寧に、気前よく対応を続けました。
吉本:その結果はいかがでしたか?
庄司:興味深いことに、相手の方から「記事を拝読しました」「読ませていただきます」「安易なコメント、失礼しました」「ここは撤回します」といった丁寧な表現に変化する瞬間を何度も経験しました。私自身、マイナンバーカードの推進を主張しつつも、単にメリットだけを強調するのではなく、「アクセル踏むならブレーキもちゃんと整備しましょう」という姿勢で対応していたことが、相手の態度変容につながったのではないかと考えています。
吉本:まさにカスタマーハラスメントへの対応と似ていますね。
庄司:そうですね。態度を崩さず、主張すべきところは主張しながらも、相手の話にもきちんと耳を傾けるという姿勢が重要でした。もちろん、陰謀論に結びつけてしまう方など、どうしても議論が噛み合わないケースもありましたが、多くの場合、丁寧なコミュニケーションは効果があったと感じています。しんどい経験でしたが、この対話を通じて得られた学びは大きかったと思います。
6.2. プライバシー問題の説明方法
庄司:マイナンバーに関する議論で常に課題となるのが、プライバシーパラドクスの問題です。例えば、全体から見るとごく小さな割合のミスや問題であっても、個人にとっては非常に深刻な影響を及ぼす可能性があります。
吉本:具体的な例を挙げると、マイナンバーカードの紐付け誤りの件数は統計的には極めて少ないものの、それを「大したことない」と言ってしまうと、強い反発を招くことになりますね。
庄司:その通りです。実際の賠償事例を見ても、情報漏洩などの事案における賠償額は比較的小さいものです。しかし、一般の方に「あなたの情報が漏洩した場合、いくらの賠償金が適当か」と聞くと、数百万円から数千万円、場合によっては数億円という金額を挙げる方も少なくありません。
吉本:つまり、本人が感じる価値と、制度上の評価に大きな乖離があるということですね。
庄司:はい。さらに重要なのは、漏洩や紐付け誤りといった実害だけでなく、プライバシーインパクトという観点です。例えば、本人の同意のない情報利用やプロファイリング、監視といった、なかなか顕在化しない脅威に対する不安があります。村上裕一さんが引用する「レ・ミゼラブル」のジャン・バルジャンの例のように、過去の記録が消えずに追いかけてくるような状況への懸念です。
吉本:こうした問題に対して、政府の説明は十分とは言えないように思います。特に、被害が発生した際の回復の仕組みや、誰が責任を持つのかという点が明確になっていません。
庄司:そうですね。単に「漏洩していません」「悪用されていません」という説明では不十分です。クレジットカードの不正利用の例のように、被害が発生した場合の具体的な補償の仕組みや、責任の所在を明確にすることが重要です。また、プライバシー保護の観点から、どのような制度的な保護措置が講じられているのかについても、より丁寧な説明が必要だと考えています。
吉本:結局のところ、プライバシーの問題は、実害の有無だけでなく、個人の尊厳や権利に関わる本質的な課題として捉える必要がありますね。
6.3. 自治体クラウド化の経験則
庄司:自治体クラウドについて、私はGLOCOMで2004年から2007年頃まで「地方自治体IT調達協議会」のプロジェクトに関わっていました。当時、国の情報システムで1円入札や1万円入札が問題になる中、自治体のIT市場の実態を調査していました。
吉本:興味深い点は、その時代から自治体クラウドによるコスト削減の可能性が指摘されていたことですね。実際、2016年の自治体クラウドに関する手引書では、4割以上の削減を実現した自治体や、3割以上4割未満の削減を達成した自治体の事例が報告されています。
庄司:ただし、その数字の根拠については、最近になって疑問が投げかけられています。当時の内閣官房の担当者が会計検査院に対して、あまり根拠のない数字だったことを認めているような文書も見つかっています。
吉本:これは現在の標準化における3割削減目標の妥当性にも関わる重要な指摘ですね。特に注目すべきは、地域ごとの共同利用が成功したケースです。共同利用が可能だった理由として、地域内での類似したカスタマイズニーズがあったことが挙げられます。
庄司:現在の標準化においても、その経験は活かせるかもしれません。ただし、全国規模での標準化となると、横浜市と青ヶ島村が同じシステムを使うことの是非など、新たな課題も出てきます。
吉本:実装時の課題として、ベンダーの協力も重要です。過去の成功事例では、データ移行や運用面でベンダーの積極的な協力が得られましたが、今回の標準化では、一部のベンダーが撤退を検討するなど、状況が異なります。
庄司:そうですね。過去の経験則を踏まえつつ、全国規模での標準化という新しい取り組みには、これまでとは異なるアプローチが必要かもしれません。また、これまでの地域密着型のビジネスモデルからの転換を、いかにスムーズに進めていくかも重要な課題です。
7. 今後の課題
7.1. コスト削減目標の妥当性
庄司:3割削減という目標について、その根拠を改めて検証する必要があります。2016年の自治体クラウドの導入事例では、確かに3割から4割程度のコスト削減を実現した例が報告されています。
吉本:しかし、その数字自体の信頼性には疑問が呈されています。当時の内閣官房の資料を見ると、この削減目標があまり厳密な根拠に基づいていなかったことが示唆されています。
庄司:そうですね。特に気になるのは、当時と現在では状況が大きく異なる点です。2016年の削減効果は主にハードウェア関連、アウトソーシング、運用保守の分野で達成されました。しかし、現在のクラウド環境では、このような単純な比較は難しいのではないでしょうか。
吉本:その通りです。特に、標準化・共同利用によって期待されていた割勘効果が、思うように進んでいないのが現状です。今後、全国規模でのサービス型の導入を目指すのであれば、新たなコスト評価の指標が必要になってくるでしょう。
庄司:具体的には、どのような指標を考えていますか?
吉本:まず、システムの機能や品質を維持しながら、どの程度のコスト削減が現実的に可能なのか、実データに基づいた検証が必要です。また、移行期間中の一時的なコスト増も考慮に入れた、より長期的な視点での評価指標も重要になってくると考えています。
庄司:そうですね。かつての自治体クラウドのように地域ごとの共同利用で達成された削減効果と、全国規模の標準化で期待される効果は、質的に異なる可能性がありますね。その違いを踏まえた新しい評価の枠組みが必要かもしれません。
7.2. 移行期限の柔軟化
庄司:2025年度末という移行期限について、今年度の標準化基本方針の変更で、重要な方針転換がありました。引き続き移行期限自体は維持するものの、いくつかの柔軟化が図られています。
吉本:はい。具体的には2つの重要な変更があります。1つ目は、需要の集中による費用高騰や人材不足のリスクを回避するため、可能な自治体には前倒しでの移行を推奨するようになったことです。2つ目は、課題や工程が明確化した一部のシステムについては、移行困難システムとして期限後の移行を認めるようになった点です。
庄司:ただし、データ要件については期限を守る必要があるという条件が付いていますね。これはどのような意図があるのでしょうか?
吉本:データの標準化は、システム間の連携や将来的な発展性を確保する上で非常に重要です。たとえシステムの完全な移行が間に合わなくても、データの標準化だけは期限内に実現することで、段階的な移行の基盤を作ることができます。
庄司:また、標準化の期限に関して、菅元総理の理解を得ることも重要な課題として指摘されていますね。
吉本:その通りです。この標準化は菅政権時代に始まった取り組みであり、期限の柔軟化や予算の追加などの重要な意思決定には、やはり菅元総理の理解を得る必要があります。これは政治的な現実として考慮せざるを得ない要素です。
庄司:結局のところ、標準化という取り組みを成功させるためには、現実的な移行スケジュールの設定と、それを支える政治的な合意形成の両方が必要というわけですね。
7.3. 制度変更への対応
庄司:標準化を進める中で、「割り込み問題」と呼ばれる課題が発生しています。例えば、児童手当の拡充や減税といった政策課題に伴うシステム改修が、標準化の作業に割り込んでくる状況が見られます。
吉本:その通りですね。この場合、標準化と児童手当拡充のどちらを優先すべきかと問われれば、やはり児童手当拡充などの政策実現の方が優先されるべきでしょう。しかし、これは標準化の進捗に大きな影響を与える可能性があります。
庄司:子ども家庭庁は標準化には影響を与えないと説明していますが、現場の認識は異なりますね。
吉本:はい。現場からすれば、新たな制度改正への対応は確実に影響があるため、標準化の方を緩和してほしいという要望が出てくるのは自然です。これは政策実現と標準化の進展をどのようにバランスを取るかという難しい課題です。
庄司:この問題に対する解決策として、どのようなアプローチが考えられますか?
吉本:制度設計の段階から、標準化への影響を考慮した柔軟な対応が必要です。例えば、制度改正のタイミングと標準化の工程を可能な限り調整したり、システム改修の優先順位を明確にしたりすることで、双方への影響を最小限に抑える工夫が求められます。標準化は重要ですが、それ以上に重要な政策課題が出てきた場合の柔軟な対応の仕組みを、あらかじめ制度設計に組み込んでおく必要があります。