※本記事は、Rory A. Cooper氏によるAI for Goodの講演「Empowering ability through AI-powered assistive technologies」の内容を基に作成されています。講演の詳細および動画は https://www.youtube.com/watch?v=YfNwEMGWrsM でご覧いただけます。本記事では、講演の内容を要約しております。なお、本記事の内容は原著作者の見解を正確に反映するよう努めていますが、要約や解釈による誤りがある可能性もありますので、正確な情報や文脈については、オリジナルの動画をご視聴いただくことをお勧めいたします。
登壇者のRory A. Cooper氏は、ピッツバーグ大学Human Engineering Research Laboratories(HERL)のディレクターおよび同大学副学長(研究担当)を務めています。AI for Goodは、グローバルな課題解決に向けてAIの革新的な応用の特定、スキルと標準の構築、パートナーシップの推進を行う国際的なプラットフォームであり、ITUが50以上の国連パートナーと連携し、スイス政府と共同で運営しています。
※本記事は、Rory A. Cooper氏によるAI for Goodの講演「Empowering ability through AI-powered assistive technologies」の内容を基に作成されています。講演の詳細および動画は https://www.youtube.com/watch?v=YfNwEMGWrsM でご覧いただけます。本記事では、講演の内容を要約しております。なお、本記事の内容は原著作者の見解を正確に反映するよう努めていますが、要約や解釈による誤りがある可能性もありますので、正確な情報や文脈については、オリジナルの動画をご視聴いただくことをお勧めいたします。
登壇者のRory A. Cooper氏は、ピッツバーグ大学Human Engineering Research Laboratories(HERL)のディレクターおよび同大学副学長(研究担当)を務めています。AI for Goodは、グローバルな課題解決に向けてAIの革新的な応用の特定、スキルと標準の構築、パートナーシップの推進を行う国際的なプラットフォームであり、ITUが50以上の国連パートナーと連携し、スイス政府と共同で運営しています。
1. Human Engineering Research Laboratoriesの概要と研究体制
1.1 チーム構成とインハウス製造能力
Rory: 私はピッツバーグ大学のHuman Engineering Research Laboratoriesを率いています。このラボは約70名のメンバーで構成されており、障害を持つ当事者、エンジニア、作業療法士、理学療法士、リハビリテーション専門医が一体となって活動しています。ラボはリサーチパーク内に位置しており、さまざまなパートナー機関と隣接する環境の中で研究を進めています。また、世界各地からのメンバーも私たちのチームに加わっており、国際的な視点を取り入れながら研究を推進しています。
私たちの特徴のひとつは、研究開発に必要なほぼすべての工程を自前で完結できるインハウス能力を持っている点です。具体的には、チップ製造や基板製造、プロダクトデザイン、溶接を含む製品製造まで一貫して対応できます。さらに、バイオメカニクス解析やモーションキャプチャーも自前で実施しており、ユーザー評価やユーザースタディを通じて実際の使用者の声を設計に反映させる体制を整えています。
1.2 研究開発から製品化・技術移転までのパイプライン
Rory: 私たちのラボは「チームのチーム」として機能しており、障害を持つ人々や高齢者のために、まだ世の中に存在しない技術を生み出すことを使命としています。研究はユーザースタディや評価にとどまらず、製品化、ライセンス取得、そして技術移転まで一貫して担っています。AIの活用もその中核に位置しており、本講演ではその具体的な事例をいくつかご紹介します。
ラボで開発・展開している技術の幅広さを示す例として、車椅子からベッドへの移乗を介助者なし・スリングなしで実現するロボット、水中でも使用できる電動車椅子(アメリカのウォーターパークで約9年間にわたって活用されています)、褥瘡予防のためのバーチャルコーチシステム、車椅子ラグビー向けのスポーツ車椅子、AIを活用した教育用ボードゲームなどがあります。これらはいずれも、テクノロジーと当事者参加型の研究姿勢が組み合わさって生まれた成果です。
2. 褥瘡予防のためのAIコーチングシステム
2.1 褥瘡の問題背景と対象者
Rory: 褥瘡(pressure injury)は、神経疾患を持つ方や高齢者にとって深刻な問題です。重症化すると入院が必要になるケースも多く、場合によっては死に至ることもあります。私たちのラボでは、この褥瘡を予防するために、適切な除圧動作(pressure injury relief maneuvers)を当事者自身が正しく習得・実践できるよう支援することを目標のひとつに掲げています。また、アクティブシーティング(active seating)と呼ばれる座位姿勢の積極的な管理を促すことで、血流を促進し、褥瘡の発生リスクそのものを低減することも重要なアプローチとして位置づけています。
2.2 機械学習を用いたリアルタイムコーチングの仕組みと効果
Rory: このシステムでは、シートクッション下に設置されたセンサーによって座位圧力の分布と重心位置(center of pressure)をリアルタイムで継続的に計測します。取得したデータは時系列で蓄積され、機械学習の手法を用いて解析されます。その解析結果をもとに、システムはユーザーに対して「前に傾いてください」「横に傾いてください」「後ろに傾いてください」といった具体的な姿勢調整の指示をタイムリーに提示します。こうしたコーチングは、個人の座位データのパターンに基づいて最適化されており、画一的な指示ではなくその人固有の状況に合わせた内容になっています。
さらに、このシステムはリアルタイムの姿勢指示にとどまらず、そのユーザー個人の課題に応じた教育コンテンツも提供します。また、ユーザーが適切な除圧姿勢を取れた際にはその継続時間を計測し、正しい姿勢を維持するよう積極的に働きかける機能も備えています。エンジニアと理学療法士が緊密に連携しながらこのシステムを開発・改善しており、工学的なアプローチとリハビリテーションの専門知識が融合した取り組みとなっています。
3. AIを活用したキリガミ車椅子の設計・製造プロセス
3.1 3次元形状の2次元展開とレーザーカッティングの最適化
Rory: 私たちが開発したキリガミ車椅子は、車椅子ラグビーや日常使用を想定したモデルで、その製造プロセスそのものに大きな革新があります。従来の車椅子製造では、専用の治具や溶接技術が必要で、1台を仕上げるのにおよそ1日かかっていました。私たちのアプローチはその概念を根本から変えるものです。
具体的には、まず車椅子の3次元形状をAIによって2次元に展開し、構成パーツごとに分解・平面化します。この展開データをもとに、120cm×120cmの1枚のアルミ板の上にすべてのパーツを効率よく配置するネスティング(nesting)処理を行います。ここでもAIが活躍しており、材料の無駄が最小限になるよう切り出しパターンを最適化します。
次に、この2次元パターンをレーザーカッターで切り出します。ここで重要なのが、AIによるカッティングパターンの最適化です。単純に効率だけを追求した順番で切り出すと、レーザーの熱が特定箇所に集中し、材料が反ったり焼き抜けたりするリスクがあります。そのため、AIは熱が均一に分散されるよう、あえて飛び飛びの順番で各パーツを切り出すパターンを生成します。一見すると非効率に見えるこのパターンこそが、品質を担保するための重要な工夫です。レーザーカッティングはリアルタイムで高速に進行し、組み立て用のリベット穴もこの工程で同時に切り出されます。専用の治具も特殊な溶接技術も一切不要です。
3.2 曲げ加工・組み立て工程の簡略化と製造時間の短縮
Rory: レーザーで切り出された平面パーツは、次にCNCプレスブレーキという機械を使って再び3次元形状に曲げ戻します。この曲げ工程もAIによって最適化されており、どの順番でどの角度に曲げるかというパターンがあらかじめ計算され、機械に入力されています。作業者はその指示に従って順番通りにパーツをセットするだけでよく、機械が自動的に正確な曲げを実行します。特別な技能がなくても、ステップバイステップの指示に従うだけで部品が正確に成形されていく仕組みです。
曲げ加工が終わったパーツは、レーザーで開けられたリベット穴を合わせながら組み立てていきます。穴の位置はAIによる設計段階で精密に計算されているため、正しく曲げられたパーツ同士を合わせれば自然にぴったりと一致し、間違いが起きにくい構造になっています。あとはすべての穴にリベットを打ち込むだけで、車椅子が完成します。
この一連のプロセス全体にかかる時間は約30分です。従来の製造工程と比べると劇的な短縮であり、スケールアップした際のコスト削減にも直結します。講演にはステージ上に実物のキリガミ車椅子を持参しており、120cm×120cmのアルミ1枚から作られた完成品の重量は9kgです。将来的にはスポーツ用・日常用ともに1,000ドル以下での提供を目指しており、現在アメリカやヨーロッパで6,000〜8,000ドルする車椅子ラグビー用の競技椅子と比べると、若い選手がスポーツに参入するハードルを大幅に下げられると考えています。
4. 重度障害者向けAIロボットアーム支援システム
4.1 物体認識・パスプランニングとビジュアルサーボイング
Rory: 私たちのチームメンバーであるAlecは、コンピューターサイエンティストであり、脳性麻痺を持つ当事者でもあります。彼が使用しているのは、私たちが約20年にわたって開発を続けてきたKinovaロボットアームをカスタマイズしたシステムです。Alecは身体の動きが非常に限られており、従来のインターフェースではロボットアームを細かく操作することが困難です。そこで私たちは、AIを活用することでAlecの限られた入力をロボットの動作に変換する仕組みを構築しました。
このシステムの中核となるのが、AIによる物体認識とパスプランニングです。ロボットアームに搭載されたカメラが周囲の環境をリアルタイムで認識し、カップや食器などの対象物を特定します。その情報をもとにAIがロボットアームの最適な経路を計算し、実際の動作へと変換します。画面左側にはパスプランニングのシミュレーション映像が、右側にはロボット自身が見ている環境の映像が表示されており、システムが環境をどのように認識して動作を計画しているかをリアルタイムで確認できます。
この仕組みはビジュアルサーボイング(visual servoing)と呼ばれる技術を採用しており、カメラからの視覚情報をフィードバックとしてロボットの動作を逐次修正しながら目標に近づいていきます。また、Alecに対してはロボットが現在何をしているかをリアルタイムで音声や表示で伝える機能も備えており、ユーザーとロボットの間で状況認識を共有できるようになっています。Roryはこの仕組みを自動車の操舵システムに例えて次のように説明しています。
Rory: ちょうど自動車のパワーステアリングと同じ考え方です。ドライバーがハンドルを切ると、その入力はコンピュータープログラムに渡り、実際の操舵はコンピューターが担います。Alecのシステムも同様で、彼が意図を入力すると、AIがその意図を解釈して実際のロボット動作に変換します。Alecは細かい動作制御から解放され、「何をしたいか」という意図の伝達に集中できるようになっています。
4.2 安全性への配慮と日常生活動作への応用
Rory: このシステムが実現する最も重要な価値のひとつは、他者の介助なしに日常的な動作を自分で行えるようになることです。飲み物を手に取る、食事をする、ドアを開けるといった行為は、健常者にとっては当たり前のことですが、Alecのような重度の運動障害を持つ方にとっては誰かの助けなしには不可能だった動作です。このシステムによって、そうした動作を自律的に行えるようになります。
安全性の面でも細かい配慮が施されています。たとえば、ロボットがカップを取りに行く際、そのカップの中身が熱い液体か冷たい液体かをAIが判別し、それに応じて異なる経路を選択します。熱い液体が入っている場合は、万が一こぼれてもユーザーの身体の上を通過しないような経路を選びます。これは、Alecのように感覚障害を伴う場合、熱い液体がかかっても気づきにくく、やけどのリスクが高いためです。こうした安全上の判断もAIがリアルタイムで自動的に行っており、ユーザーが意識することなくシステムが安全を担保しています。このように、単なる動作支援にとどまらず、ユーザーの身体特性や生活環境に即したリスク管理まで組み込まれている点が、このシステムの大きな特徴です。
5. AI搭載自己水平制御車椅子とモビリティ拡張技術
5.1 自己水平制御・多輪駆動切り替えと段差乗り越え能力
Rory: 私たちのチームメンバーであるShivaは、脊髄損傷を持つ科学者であり、このモビリティ拡張ロボット車椅子(mobility enhancement robotic wheelchair)の開発に直接携わっています。このプロジェクトではNvidiaと連携しており、実際の車椅子の物理モデルをもとにAIモデルを構築し、さらにそれをCAD(コンピューター支援設計)モデルへと展開するという手法を採用しています。この設計プロセスによって、実車両の挙動をデジタル上でシミュレーションしながら機能を開発・検証できる環境を整えています。
このシステムの最も重要な特徴のひとつが自己水平制御(self-leveling)機能です。通常の車椅子では、片方の車輪が段差から落ちると車体が横に傾いてしまいます。このシステムでは、そのような状況が発生した際にAIが即座に検知し、車体が傾かないよう自動的に姿勢を補正します。ユーザーは傾きを意識することなく安定した姿勢を保ったまま移動を続けることができます。
また、この車椅子は前輪駆動・中輪駆動・後輪駆動の3つのモードを切り替えられる構造を持っており、それぞれ屋内外での走行特性が異なります。AIによるカーブ(縁石)検知と組み合わせることで、段差を自動認識してパスプランニングを行い、最大約20〜25cmの縁石を乗り越える能力を実現しています。実際の屋外環境でのデモンストレーションでは、車椅子ユーザーである研究協力者がこのシステムを使用し、縁石への接近・乗り越え・停止・後退といった一連の動作を安定した姿勢を維持したまま実行しています。途中で気が変わって動作を中断・反転させることも可能であり、ユーザーが状況に応じて柔軟に操作できる点も重要な設計上の配慮です。
5.2 ヒューマンマシンインターフェース設計とベッド移乗への応用
Rory: このシステムのヒューマンマシンインターフェース(HMI)は、複数の研究・ユーザースタディを経て設計されています。その結果として明らかになった重要な知見は、「理想的なインターフェースは存在しない」ということです。AlecとShivaがそれぞれ異なるインターフェースを使用しているように、ユーザーの身体特性や障害の種類・程度によって最適なインターフェースは異なります。この個別性への対応こそが、私たちの設計思想の根幹にあります。Shivaのシステムでは、複数の動作モードをユーザー自身が選択できる構造になっており、その選択肢の設計自体がユーザースタディの成果を反映したものです。
さらに、この車椅子はシート高さの昇降機能も備えており、Shivaが目線の高さで会話できるよう車椅子を上昇させるデモンストレーションも行われています。この機能は社会参加の観点からも重要であり、立っている人と同じ目線で対話できることはコミュニケーションの質に直接影響します。
ベッドへの移乗についても、この昇降機能が大きな役割を果たします。Shivaがベッドから離床する際のデモンストレーションでは、まず車椅子のシートをベッドの高さよりも低い位置まで下げることで、移乗方向が「下り坂」になるようにします。重力を味方につけることで、脊髄損傷を持つShivaが介助なしにベッドから車椅子へと移乗できます。アームレストを折り畳むことでさらにスムーズな移乗が可能になり、その後は通常の生活へと戻ることができます。このベッド移乗機能は、先に紹介した移乗支援ロボットベッドとも組み合わせて活用されており、ラボ全体として「ノーリフト移乗(no lift transfer)」の実現に向けた統合的なアプローチを進めています。
6. 公共交通利用訓練のためのAIアバター教育ゲームと普及への展望
6.1 多職種連携によるAI仮想アバター教育ゲームの開発と効果
Rory: 障害を持つ方々が地域社会で自立した生活を送るうえで、公共交通機関の利用は非常に重要なスキルです。しかし、オンデマンド交通・バス・ライトレールといった公共交通システムを安全かつ自信を持って使いこなすことは、多くの障害者にとって大きな障壁となっています。この課題に取り組むために、私たちは心理士・エンジニア・作業療法士が連携したチームを組み、公共交通利用を訓練するための教育ゲームを開発しました。
開発は段階的に進められました。最初は物理的なボードゲームとして設計され、交通利用における落とし穴(pitfalls)とメリット(perks)を体験的に学べる構造になっています。ゲームの中でプレイヤーはさまざまな場面での判断を求められ、その回答に応じてポイントを獲得しながらボード上を進んでいきます。その後、このボードゲームを電子化した版も開発され、さらにAIを活用した仮想アバターをモデレーターとして組み込む形へと発展しています。このAIアバターは、作業療法士や心理士の専門的な知見をトレーニングデータとして取り込んでおり、専門家が直接介入しなくても、その知識と指導スタイルを反映したコーチングをユーザーに提供できる仕組みになっています。
このシステムの効果については実証的な評価研究が行われており、複数の成果が確認されています。療法士や学生を対象とした評価では、このゲームを通じて障害者に対する共感力が向上することが示されました。また、障害を持つユーザー自身を対象とした評価では、公共交通に関する知識の向上、地域での移動に対する自信の向上、そして実際に外出・移動する頻度の増加という3つの成果が確認されています。これらの結果は、単なる知識習得にとどまらず、実際の行動変容にまでつながっていることを示しており、このアプローチの有効性を裏付けるものです。
6.2 製造コスト削減とグローバルアクセシビリティの目標
司会: スケールアップした際に、この車椅子の価格はどのくらいになると想定していますか?また、入手しやすさという点ではどのようにお考えですか?
Rory: 非常に重要な質問をありがとうございます。私たちの目標は、スポーツ用・日常用ともに1,000ドル以下での提供を実現することです。現状を申し上げると、アメリカやヨーロッパでは車椅子ラグビー用の競技椅子が1台6,000〜8,000ドルほどします。この価格帯では、スポーツに興味を持つ若い障害者が試しに1台購入してみるということが経済的に難しく、スポーツへの参入障壁そのものになっています。私たちはすべての競技種目においてこの状況を変えたいと考えています。
また、低所得国においても、そしてアメリカやヨーロッパにおいても、良質な日常用車椅子を手頃な価格で提供できるようにすることが目標です。私自身が使用しているチタン製の車椅子と同程度の重量、つまり約9kgの軽量な日常用車椅子を、1,000ドルないし1,000ユーロ以下で届けられるようにしたい。AIを活用した設計・製造プロセスの革新によって、品質を犠牲にすることなくこのコスト目標を達成できると確信しています。
