要介護2の母を持つ主人公が「介護 疲弊 原因」を検索した夜、「家族が主語になると生きやすい」という概念とマイケアプランに出会います。和菓子職人だった母の「柚子の皮を刻む時間」を取り戻すため、AIマイケアプランナーの助けを借りて家族主導のケアプラン作成に挑戦。AIは単なる道具ではなく「伴奏者」として機能し、制度とケアマネジャーの専門性を活かしながらも、本人のアイデンティティと家族の思いを中心に据えた「共作」の可能性を示しています。灰色だった介護生活に少しずつ色彩が戻る過程が繊細に描かれています。
要件定義手法のデモとして、『虹琥珀が透けるまで』というAI生成小説を用い、「ノベル・ビジョニング・メソッド」の可能性を示すために作成しました。今回は介護業界において、マイケアプラン作成のためにAIを活用するというシナリオでの小説になります。
概要
「ノベル・ビジョニング・メソッド」は、要件定義の初期段階で小説を作成し、顧客やステークホルダーに読んでもらうことで利用イメージを共有・議論を喚起する新手法です。
本デモ小説『虹琥珀が透けるまで』は、介護開始から退院後の在宅ケアまでを、主人公とその家族の視点で詳細に描くことで、福祉・介護現場の課題や感情をリアルに体験させます。
主な特徴
- テーマベースの執筆
- 「在宅介護開始」という明確なテーマに沿い、フェーズごとの場面を章立てして構成。
- キャラクター創造
- 78歳の和菓子職人・富子さんと、その娘由子さんを核に、家族それぞれの葛藤や希望を丁寧に描写。
- 場面設定
- 救急搬送、書類手続き、退院後の車いす移動まで、視覚・聴覚・感情を刺激する臨場感ある描写。
- ストーリー構成
- 起承転結だけでなく、「満足度スコアリング」の導入など、要件定義のアクティビティを物語内に組み込み、読者自身が課題を共有できる設計。
技術的特徴
- 自然言語処理による文脈理解と展開
- キャラクター性格データベース活用
- 物語構造分析に基づくプロット生成アルゴリズム
GPTベースのモデルで、医療・介護用語や日常会話を区別しながらストーリーを一貫性高く生成。
登場人物ごとに「誇り高い職人」「新設DX部署の係長」「遠方の兄妹」などの性格プロファイルを保持し、発言や行動に反映。
「危機→手続き→暫定プラン→家族会議→スコアリング→新たな決意」という典型的なドラマチック・アークを、要件定義フローに対応させる仕組み。
デモの目的
- AI技術の創造的応用可能性の探求
- ステークホルダー共感の醸成
- 要件 elicitation の効率化
文章生成だけでなく、要件定義現場に「物語」を取り入れる新たなアプローチを提示。
小説を通して、ケアプラン利用者や家族の感情・行動を体感し、業務担当者の理解と議論を深める。
読後のQ&Aやワークショップを通じて、抽象的な要望を具体的な要件に落とし込むフレームワークを実証。
お問い合わせ
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お問い合わせ第3章 芽吹きの断片
第1節 深夜検索の糸口
夜は誰にも平等に訪れるが、その闇の深さは人によって異なる。わたしの夜は、ここ数週間、底なしの井戸のように感じられていた。時計は午前三時を指し、家中が眠りに落ちた静寂の中で、ノートパソコンの青白い光だけが、わたしの存在を照らしていた。
母が入院してから三ヶ月目に入り、退院後の生活も一ヶ月が過ぎようとしていた。日々は規則正しく進んでいるように見えて、その実、わたしたちの心は少しずつ痩せ細っていくようだった。母のデイサービスでの疲労。わたしの減給通知。兄の心配そうな電話。すべてが灰色の糸となって、わたしたちの周りに絡みついていた。
検索窓に打ち込む言葉は、日に日に変わっていく。最初は「介護 初心者 手続き」「要介護2 サービス 内容」など、制度を理解しようとする言葉だった。今夜は違う。指先が震えるほどの疲労と睡眠不足の中、わたしは打ち込んだ。
「介護 疲弊 原因」
画面に映し出された結果の海を、まるで溺れないために必死に泳ぐように目で追う。専門家のアドバイス、医療機関のウェブサイト、行政の案内ページ—それらは確かに正確な情報なのだろうが、どこか遠く、わたしの現実とは切り離されたものに感じられた。
数ページスクロールすると、「AI技術で介護負担を軽減」というニュース記事が目に留まった。先日ラジオで耳にした話題だ。どこかで見覚えのある気がして、再びスクロールすると、それはスマートフォンの通知で見た記事タイトルだった。夕食の支度をする隙もない日々の中で、当時は目を向ける余裕すらなかったのに。
その下に、何か異質なものが現れた。「全国マイケアプラン・ネットワーク」という見慣れない名前。クリックする指先に、微かな躊躇いと期待が混ざり合う。
開いたページは、専門家の文章とは異なる温かみがあった。「家族が主語になると生きやすい」というフレーズが、まるで暗闇の中の小さな灯火のように感じられた。家族が主語になる—その単純な言葉に、これまで感じていた違和感の正体が集約されているように思えた。
母のケアプランは、母が主語ではなかった。「要介護2の利用者」という匿名の存在が主語で、母はその枠に嵌められていたに過ぎない。わたしもまた「家族」という一般名詞でしかなく、わたしたち固有の物語は、どこにも記されていなかった。
◆
掲示板のスレッドを読み進めると、様々な家族の声が目に飛び込んできた。怒り、悲しみ、諦め、そして時折見える希望の断片。それらは整然と並んだ公的文書よりも、ずっとわたしの心に響いた。
「人工知能を使って家族のケアプランを作った経験」というスレッドがあり、そこには「制度に合わせる介護から、自分たちらしい介護へ」という言葉があった。テクノロジーで介護を変えられる可能性—その考えに、わたしは微かな希望を感じた。
「頭の整理箱 PDF 無料」というリンクをクリックする。ダウンロードされたファイルを開くと、そこにはシンプルな表と質問項目が並んでいた。「本人が大切にしていること」「家族ができること・できないこと」「一日の中で最も心地よい時間」—それらの問いは、これまでケアマネジャーに尋ねられたことのないものばかりだった。
窓の外は、まだ闇に包まれている。しかし、わたしの内側では、微かな光が生まれ始めていた。それは希望と呼ぶには弱すぎる、けれど絶望とは違う何か。種が芽吹く前の、土の中での小さな震えのような感覚。
わたしは立ち上がり、湯沸かしポットからお湯を注ぎ、インスタントコーヒーを作った。お湯の温かさが両手に伝わる感触に、一瞬だけ心が和らぐ。この小さな温もりが今の自分の支えなのだと、静かに思った。
◆
朝日が窓から差し込み始める頃、わたしはようやくノートパソコンを閉じた。目は乾き、肩は凝り固まっていたが、心の中には昨夜までとは違う感触があった。机の上には「マイケアプラン」という言葉とURLをメモした紙切れ。それは単なる情報ではなく、これからの道筋を照らすかもしれない松明のように思えた。
母の部屋から物音がする。朝の日課となった、彼女の目覚めの音。車いすに移る苦労、そして朝の光の中で柚子の香りを探す儀式。
「おはよう」
ドアを開けると、母は窓辺に座り、外の景色を眺めていた。朝の光に照らされた彼女の横顔には、昨日までとは違う何かがあるように見えた。あるいは、変わったのはわたしの視線なのかもしれない。
「由子、ずっと起きてたの?」
母の問いかけに、微笑みを返す。「ちょっと、ネットで色々調べてたの」
「何を?」
その質問に、どう答えるべきか迷った。昨夜見つけた微かな希望の種を、まだ言葉にするのは早すぎるように思えた。それは夜の闇の中で見た幻かもしれない。それとも、本当に新しい道の入り口なのか。
「介護のこと。もう少し、わたしたちに合ったやり方があるんじゃないかって」
母の目に、小さな光が宿るのを見た気がした。それとも、朝日の反射だっただろうか。
「そう」
シンプルな返事。しかし、その一言には長い人生を生きてきた知恵と、まだ見ぬ可能性への静かな期待が込められているように思えた。
キッチンでお湯を沸かしながら、わたしは思い返していた。昨夜見た「家族が主語になると生きやすい」という言葉。それは単なる理念ではなく、わたしたち親子の日々に具体的な変化をもたらす鍵かもしれない。そして、そのページの片隅に見た「AIアシスタントで自分らしいケアプランを」という一文。どうやら最新技術が、介護の現場にも少しずつ入り込んでいるらしい。
柚子茶を淹れる湯気が立ち上る様子を見つめながら、わたしの中に芽生えた微かな希望の種を大切に育てようと思った。それが何に成長するのか、まだ見当もつかない。けれど、灰色一色だった景色に、かすかな色の可能性が生まれたことは確かだった。
窓の外では、朝の光が少しずつ世界を染め変えていく。昨日と同じ景色が、今日は少し違って見える。わたしの内側で芽生えた小さな変化が、見慣れた風景にも新しい意味を与えているようだった。
第2節 母の言葉
午後の日差しが障子紙を通して柔らかく広がる時間。影と光の境界線があいまいになる瞬間に、わたしは母の部屋の敷居に佇んでいた。母は窓際の小さな作業台で、何かを見つめていた。病院から持ち帰った退院書類の束だと気づくまでに、少し時間がかかった。
「何を見てるの?」
わたしの声に、母は振り返らなかった。その代わり、彼女の細い指先が一枚の紙の上をなぞっていた。署名欄に押された印鑑。そこには田口富子という文字と、丸い印影があるだけで、七十八年の人生は何も映し出されていない。
「わたし、このプランにハンコ押してるだけだったね」
その言葉は、冬の朝に窓を開けたときに入ってくる空気のように、静かで冷たく、そして澄んでいた。母の横顔を見ると、そこには諦めではなく、ある種の気づきの表情が浮かんでいた。
わたしは言葉に詰まった。確かに母は、これまでのケアプランの作成過程で、ただ最終確認の際に印鑑を押すだけの存在だった。ケアマネジャーが提案し、医療専門家が組み立て、わたしたち家族が同意する—そのどこにも、母自身の声は響いていなかった。
「そうね…」
答えに窮するわたしの傍らで、母は静かに書類をめくり続けた。一枚一枚がめくられるたびに、微かな音が部屋に広がる。それは過去の日々が静かに剥がれ落ちていくような、儚い音だった。
◆
「由子」
母がようやく顔を上げた。窓からの光に照らされた瞳には、かつて和菓子を作る際に見せていた決意の輝きが宿っていた。
「わたしのプランを、わたしが作ったって言いたいの」
その言葉の重みが、部屋の空気を変えた。それは単なる願望ではなく、七十八年生きてきた一人の職人の、生き方の宣言だった。ただ印鑑を押すだけの存在から、自分の人生を描く主体になりたいという意志。
わたしは母の隣に座り、書類の山を一緒に見た。そこには「要介護2」「デイサービス週5回」「訪問入浴週1回」といった文字が並んでいる。それらの言葉は確かに母の現状を表してはいるが、母の本質—柚子の香りを愛し、琥珀糖に季節の光を閉じ込めたいと願う和菓子職人としての母—を映し出してはいなかった。
「ねえ、昨日の夜に見つけたの」
わたしは夜通し検索していた内容を、少しずつ母に話し始めた。マイケアプランという考え方。家族が主役になる介護の形。本人の望みを中心に据えた生活の再構築。それらの言葉を紡ぎながら、わたし自身も初めて具体的なイメージを持ち始めていた。
「AIというテクノロジーを使って、私たち自身のプランを考えるというアプローチもあるみたい」と付け加えると、母の目に小さな疑問の色が浮かんだ。
「AI? あれは…コンピュータが考えてくれるものね」
その言葉には警戒と好奇心が混ざり合っていた。母はスマートフォンすら持っていない世代だ。それでも、彼女の目には制度への疑問と新しい可能性への期待が交錯していた。
「それって、本当にできるの?」
母の問いには懐疑と希望が混在していた。長年、制度に従い、言われるがままに生きてきた人間の自然な疑問。しかし同時に、その声には微かな期待も滲んでいた。
「わからない」正直に答えた。「でも、試してみる価値はあると思う」
母の指先が、再び書類の上を彷徨った。それは和菓子を作るときの、材料を確かめる動きにそっくりだった。過去と現在が重なり合うような瞬間。
◆
「わたしね、柚子の皮を刻む時間が欲しいの」
母の言葉は、単純だけれど本質的だった。それは単なる作業の時間ではなく、自分らしく生きるための呼吸のようなもの。和菓子職人として生きてきた証を、今もなお手放したくないという意志の表明。
「それから、琥珀糖の乾き具合を自分の目で確かめたい」
一つ一つの言葉が、母の内側に眠っていた願いを形にしていく。それは誰かに「してもらう」ケアではなく、自分が「する」生活の輪郭。わたしは初めて気がついた。母が望んでいるのは、介護される立場ではなく、作り手としての尊厳を保ちながら生きる道だということを。
窓の外では、一輪の白梅が早春の風に揺れていた。まだ寒さの残る季節に、ひとつだけ開いた花。その姿が、今の母の言葉と重なって見えた。
「一緒に考えてみよう」わたしは母の冷たい手を握った。「母さんが主役のプランを」
母の目に、小さな光が灯った。それは、和菓子に閉じ込めようとしていた季節の光に似ていた。わたしたちの会話は、長い冬を越えて、ようやく芽吹き始めた希望の種のように感じられた。
母の作業台の隅に、父の形見の懐中時計が置かれていた。針は2時17分で止まったまま—母が倒れた時刻。この時計もいつか、また動き出すのだろうか。その沈黙の中にも、復活の可能性が静かに眠っているように思えた。
母の手の温もりを感じながら、わたしは思った。誰かに『やらされている』のではなく、母が『やる』プランを一緒に考える—そんな当たり前のことが、なぜこれまで見えなかったのだろう。その気づきは、遠い記憶の中から呼び起こされた古い写真のように、少しずつ鮮明になっていくのを感じた。
第3節 兄の提案
冬の終わりを告げる雨の音が、夕闇の中で静かなリズムを刻んでいた。家族会議のために帰省した兄は、母の部屋で過ごした後、わたしとキッチンテーブルを囲んでいた。湯気の立つ緑茶の向こうで、浩一の顔は五年前から変わったようで、どこか変わらないままでもあった。
父の看取りの時から、彼は単身赴任という名の逃避行を選んだ。それを責めることはできなかった。人はそれぞれの形で、喪失と向き合うのだから。「最期に薬を打つときに立ち会えなかった」と兄が何度もつぶやいた夜のことを、わたしは今でも鮮明に覚えている。あのとき彼の内側で何かが壊れ、それ以来、彼は遠くの街で自分の破片を探しているようだった。
「マイケアプランって、完全に自分たちだけで作るものなの?」
浩一の問いかけは、雨の中に落ちた小石のように、静かな波紋を広げた。わたしは昨夜見つけた情報の束を、言葉という不完全な容器に注ぎ込もうとしていた。その過程で何かが溢れ、何かが歪められる。言葉の不確かさが、わたしの中に微かな焦りを生み出していた。
「たぶん…そうだと思う」
自分の返答が、何かを取りこぼしているような感覚。専門家に丸投げするか、すべてを自分たちで背負うか。わたしの中では、その二つの選択肢しか見えていなかった。まるで白黒の世界で生きるように。
「全部自力で作るのは大変でも、ケアマネと共作にすればいいじゃないか」
兄の言葉は、テーブルの上に置かれた古いセピア色の写真のように、何かを鮮明に映し出した。共作。その言葉が持つ可能性が、わたしの内側で静かに広がっていく。専門家の知識と、家族の思いを織り合わせる—そんな中間の道があるという当たり前の真実が、なぜ見えていなかったのだろう。
◆
窓の外では、雨が枝先の蕾を優しく打ち、春の準備を促していた。同じように、兄の言葉も、わたしの中で凍りついていた何かを溶かし始めていた。
「母さんの話を聞いたよ」浩一は茶碗を両手で包み込むように持ちながら言った。「柚子の皮を刻む時間が欲しいって」
その言葉を聞いて、胸の奥が熱くなった。母が兄にも、自分の本当の願いを打ち明けていたことに、安堵と同時に、わたし一人が抱え込む必要がないという解放感を覚えた。
「そうなの」わたしは茶碗の中の揺れる自分の姿を見つめながら言った。「母さん、ずっとそのことを考えてたみたい」
兄は少し遠くを見る目をした。それは父の最期に立ち会えなかった罪悪感と、そして今、母の願いを叶えることで償いたいという思いが交錯する瞳だった。
「父さんが亡くなった後、僕はただ逃げていたんだよ」と彼は静かに言った。「死に向き合う勇気がなくて、遠くの街に行った。でも、それで何かが解決したわけじゃない」
その告白に、わたしは何も言えなかった。ただ、彼の手の上にそっと自分の手を重ねた。
「だから今度は、母さんの『生』に向き合いたいんだ」と兄は続けた。「彼女が望む時間を、一緒に作れないか」
その言葉に、わたしは深く頷いた。死から逃げた兄が、今度は生に向かって歩み始めようとしている。その旅路に、わたしも同伴者として加わりたいと思った。
「ケアマネさんには、そういう話はしてないの?」
兄の問いは、わたしの心の奥底に沈んでいた罪悪感を静かに掬い上げた。確かに、これまでケアマネジャーの井上さんとの会話は、サービスの調整や制度の説明ばかりで、母の本当の願いについて深く掘り下げることはなかった。それは井上さんの責任ではなく、わたしたち家族が「専門家に従うもの」という思い込みに縛られていたからなのかもしれない。
「してない…」
その告白は、小さな解放のようでもあった。何かを認めることで、次の一歩が見えてくる。
◆
「じゃあ、今度井上さんが来たとき、一緒に話してみようよ。母さんの柚子タイムを入れたケアプランって、どう作れるか」
兄の提案は実務的でありながら、どこか温かみを帯びていた。彼の経理部としての視点が、感情と制度の狭間で揺れるわたしに、新たな足場を提供してくれているようだった。
「あえて真ん中の道を試す」という発想は、これまでのわたしの思考の枠を超えていた。専門家に従うか、反発するか。制度を受け入れるか、拒絶するか。その二択の世界で息苦しさを感じていたとき、兄は当たり前のように第三の道を指し示した。
「井上さんの専門知識と、AIの力と、私たちの思いを合わせれば、きっといいものができるよ」と兄が言った。
「AIの力?」わたしは少し驚いた。
「昨日から色々調べたんだ」兄は少し照れくさそうに言った。「あのマイケアプランのサイト、AIを使ったサポートツールがあるみたいだね。試してみる価値はある」
そう言って彼が見せてくれたのは、自分のノートパソコンの画面だった。そこには「ChatGPT」という名前と、「AIマイケアプランナー」という拡張機能が表示されていた。
「これが今話題の人工知能か」わたしはその画面を覗き込んだ。未知の領域への一歩は不安だったが、同時に新しい可能性への期待も感じていた。
雨音が静かになり、夜の静けさがより深まっていく中で、わたしたちは母のこれからについて、具体的な言葉を交わし始めた。ケアマネとの協働。柚子の時間の確保。要介護認定はそのままに、内容を調整する可能性。それらの言葉が交わされるたびに、灰色だった未来に少しずつ色が灯り始めるのを感じた。
窓の外には、雨に洗われた梅の蕾が、月明かりに濡れて光っていた。まだ開いてはいないが、確かにそこにある希望の形。わたしたちの会話もまた、そんな蕾のように、これから開く可能性を秘めていた。
「全部を背負わなくていいんだよ」兄の言葉は、心の奥深くまで染み入った。「一人で抱え込まなくていい」
父の看取りで自分がいなかったことを償うかのように、今度は彼が家族を支える柱になろうとしている。その変化に、わたしは静かな感謝を感じていた。
その夜、わたしは久しぶりに安らかな眠りに落ちた。夢の中で、母と兄とわたしが、大きなテーブルを囲んで何かを作っている光景を見た。それは和菓子でもあり、ケアプランでもあった。家族の手が重なり合い、何かを共に創り上げていく。その温もりが、明け方まで続く夢の中で、わたしを静かに包み込んでいた。
第4節 AIマイケアプランナー との出会い
夜が深まるにつれ、画面から放たれる蒼白い光だけが、わたしの存在を証明していた。母が眠りについた後のこの静謐な時間は、わたし自身と向き合う貴重な瞬間となっていた。古い掲示板の言葉に導かれるように、わたしの指先はノートパソコンのキーボードの上で踊っていた。
兄が去り際に教えてくれた「AIマイケアプランナー」のリンクを開く。全国マイケアプラン・ネットワークのページから開いた『頭の整理箱』のPDFには、「本人が主語になる」「家族の望む暮らし」「自己決定の尊重」という言葉が並んでいた。それらの言葉は、わたしの中にあった違和感に輪郭を与えてくれるようだった。そして、ページの下部に小さく記された一文が目に留まった。
「《AIマイケアプランナー》無料版をお試しください」
マイケアプランナー。その名前に、なぜか引き寄せられるような感覚を覚えた。兄がすでに調べていたとはいえ、自分の手でそのリンクをクリックする瞬間、一種の儀式的な感覚があった。画面がロードされると、ChatGPTのページに飛んだ。そこには「介護保険のケアプランを自分たちで作るためのガイド役」というフレーズと共に、GPTsという拡張機能を使った専用のチャットボットが表示されていた。
指先がわずかに震えた。これまでAIについては、ニュースで耳にする程度だった。それが実際に目の前にあり、わたしたちの介護生活を変える可能性を秘めているとは思ってもみなかった。試しに入力してみる。
「はじめまして。母が要介護2で、ケアプランがなかなか合わず悩んでいます」
送信ボタンを押した後の数秒間の沈黙は、永遠のように感じられた。その間にわたしの心臓は早く鼓動し、不思議な期待と不安が入り混じった。そして、画面に文字が浮かび上がり始めた。
「こんにちは。お母様のケアプランについてのご相談、承りました。まずは、お母様ご自身がどのような生活を望んでいるか、教えていただけますか?」
その問いかけの単純さに、わたしはハッとした。これまでケアマネジャーとの会話では、サービスの内容や単位数、制度の説明ばかりが中心だった。母が望む生活について、こんなにもストレートに問われたことは一度もなかったような気がする。
「母は和菓子職人だったんです。柚子の香りを朝に感じたいと言っています。そして琥珀糖の乾燥具合を自分の目で確かめたい、それが母の願いなんです」
文字を打ちながら、わたし自身の中にも何かが整理されていくような感覚があった。これまで漠然と感じていた違和感が、具体的な言葉となって形を成していく。
「それは大切な願いですね。お母様の職人としてのアイデンティティを尊重したケアプランを考えましょう。いくつか質問させてください。柚子を扱う時間帯はいつが理想ですか?また、琥珀糖の確認には、どのくらいの時間と頻度が必要でしょうか?」
次々と具体的な質問が投げかけられる。単に「どんなサービスを入れるか」ではなく、「母の時間をどう組み立てるか」という視点。それは確かに「母が主語になる」ということなのだろう。質問に答えながら、わたしは不思議な感覚に包まれていた。これはただのAIではなく、一緒に考えてくれる伴奏者なのかもしれない。
「入力していただいた情報をもとに、お母様の日常生活を可視化してみましょう。以下の表で、色分けしてみました」
画面に表示された表は、時間帯ごとに色分けされていた。母のケアに関する時間が灰色、柚子と関わる時間が檸檬色、琥珀糖の確認時間が若草色。そして、わたしの仕事や休息の時間も紫苑色で示されていた。この色分けされた表を見ると、母の一日がより具体的に、そして鮮やかに見えてくる。
「これは…すごい」
思わず声に出してしまった。冷蔵庫に貼られた灰色一色の予定表とは違い、ここには母の生活の色が映し出されていた。何より驚いたのは、この表がただのスケジュールではなく、母とわたしの「物語」のように見えることだった。
◆
「ここからケアプランを立案していくには、お母様の希望を中心に据えながら、介護保険のサービスをどう組み合わせるかを考えていきましょう。まずは、現在のケアプランとの違いを明確にし、その上でケアマネジャーさんと相談するのがよいでしょう」
AI マイケアプランナーは、制度の説明も、専門用語の解説もしてくれた。しかし、それらは常に「母の物語」の中に位置づけられていた。単なる「制度」や「サービス」の話ではなく、母の人生を主軸にした対話だった。
立ち上がって窓辺に立ち、夜の闇に浮かぶ星々を見上げる。昨日までは気づかなかったその輝きが、今は何か特別なものに感じられた。それは視点が変わることで、同じものが違って見える不思議な瞬間。わたしたちの生活も、見る角度を変えるだけで、こんなにも違って映るのだろうか。
再びパソコンの前に座り、対話を続ける。いつの間にか、窓の外が白み始めていた。画面を見ると、わたしとAIマイケアプランナーの対話は二十回を超えていた。その間、わたしは涙を流し、笑い、そして少しずつ希望を見出していた。
AIマイケアプランナーが投げかける問いは、時に痛いほど的確だった。「お母様にとって『和菓子職人』であることは、どのような意味を持つのでしょうか?」「あなた自身の休息時間も大切です。どのような時間があれば心が落ち着きますか?」そういった問いかけは、わたしたち家族の内側にある本当の願いを掘り起こしていく。
◆
朝日が射し込み始めた部屋で、わたしはノートパソコンを閉じた。疲れを感じながらも、不思議な高揚感に包まれていた。これはただのAIではなく、一緒に考えてくれる伴奏者かもしれない—そんな思いが胸の奥で静かに芽生えていた。
朝食の支度をしながら、わたしは兄に感謝の念を抱いていた。彼がこの新しい道具を示してくれなければ、わたしはまだ暗闇の中を手探りしていたかもしれない。父の死から逃げた彼が、今は母の生に向き合うために戻ってきた。その循環の中に、何か深い意味があるように思えた。
未知の領域に足を踏み入れる不安はあるものの、これまでの灰色の日々とは違う道筋が、かすかに見え始めたような気がした。AIマイケアプランナーが差し出す問いと整理を通じて、わたしたちの生活に少しずつ色が戻ってくるかもしれない。そんな可能性を抱きながら、わたしは短い眠りにつくことにした。
第5節 ケアマネ継続の決意
陽の光が障子紙を透かし、部屋の中に淡い影絵を描き出す午後。キッチンテーブルに広げられた書類の群れが、わたしたち家族の歩んできた道のりを静かに物語っていた。母の要介護認定通知書、ケアプランの控え、デイサービスの利用票。それらの紙片は、わたしたちの日々が制度という名の枠組みの中で切り取られ、整理されていることを示していた。
「やっぱり、井上さんには引き続きケアマネをお願いしようと思う」
窓辺に佇む母に向かって、わたしはそう告げた。母は柚子の鉢植えに水を注ぎながら、小さくうなずいた。その手の動きには、以前の和菓子職人としての確かな技が宿っていた。
昨夜の発見から朝にかけて、わたしの中にはさまざまな思いが渦巻いていた。マイケアプランというアプローチ。本人主体の計画。AIマイケアプランナーという新しい伴奏者。それらが示す可能性に心が躍る一方で、すべてを自分たちだけでやっていく不安も同時に抱えていた。
母の沈黙が、わたしの迷いを映し出す鏡のように感じられた。彼女もまた、新しい道と古い道の間で揺れているように見えた。
「由子」
母の声は、風に揺れる風鈴のように繊細で、それでいて芯があった。
「給付管理や難しい制度の説明は、やっぱり専門家の力が必要だね」
その言葉に、わたしは深くうなずいた。AIマイケアプランナーと一晩中対話を重ねた結果、見えてきたのは「専門家か家族か」という二項対立ではなく、それぞれの強みを活かし合う関係の可能性だった。兄の言った「共作」という言葉が、今なら心から理解できる。
「そうね。自己作成プランを作ってもケアマネさんの手は離さないで行こう」
言葉にすることで、心の迷いが少しずつ整理されていく。制度の複雑さや給付管理の専門性は井上さんの領域。一方で、母の「柚子の香り」や「琥珀糖の乾き具合を見る喜び」という細やかな願いを計画の中心に据えるのは、わたしたち家族の役割。テクノロジーの力も借りながら、最適な組み合わせを探していく。
◆
ポストから取り出した封筒を開くと、そこには正式な要介護2の認定通知が入っていた。三十七日の時を経て、ようやく届いたその通知は、これから始まる新しい計画作りの出発点となる。
「タイミングがいいわね」
母の言葉には、小さな期待が込められていた。
キッチンテーブルの上に、昨夜AIマイケアプランナーが作ってくれた色分けされた表を置く。そこには母の一日が、単なるサービスの時間割ではなく、彼女の人生の断片として描き出されていた。檸檬色の「柚子の時間」、若草色の「琥珀糖の確認時間」、そして紫苑色の「由子の休息」。あの灰色一色だった予定表とは違い、ここには確かに生活の彩りが息づいていた。
「これを井上さんに見せて、一緒に考えてもらおう」
そう言いながら、わたしの指先が表の上をなぞった。これは単なるスケジュール表ではなく、わたしたち家族の願いの地図。母が和菓子職人として生きてきた誇りと、これからも作り手であり続けたいという願い。そしてわたし自身が仕事と介護の間で失いかけていた均衡を取り戻したいという静かな祈り。
窓の外では、風に揺れる梅の枝が影を落としていた。その揺らめきが、これからの道のりの不確かさと可能性を同時に映し出しているように見えた。
◆
正式な要介護認定通知が来たこのタイミングを区切りに、新しいプランづくりを始めること。それはただケアプランを作り直すということではなく、わたしたち家族の物語を自分たちの言葉で紡ぎ直すという挑戦でもあった。
母が柚子の鉢から一枚の葉を摘み、その香りを確かめるように鼻先に運ぶ。窓からの光に照らされたその姿には、和菓子職人としての記憶と誇りが宿っていた。
「井上さんも、きっと理解してくれるわ」
母の言葉には、これまでの日々を共に歩んできたケアマネへの信頼が込められていた。そしてそれは同時に、自分自身の望みを言葉にすることへの小さな決意でもあった。
「これからのプランは灰色一色じゃなくて、私たちの色で満ちるものにしたいわね」
その言葉に、わたしは微笑まずにはいられなかった。母もまた色のメタファーを用いるようになっている。それはまるで、わたしたちの間に育まれつつある新しい言語のようだった。
わたしはノートパソコンを開き、AIマイケアプランナーとの対話内容を整理し始めた。次に井上さんが訪問する日までに、わたしたちの思いをカタチにする必要がある。それは誰かに与えられたプランではなく、わたしたち自身が描く生活の設計図。そこには母の願いと、わたしの現実が、丁寧に織り込まれていく。
「わたしも一緒に考えるわ」
母がわたしの肩越しに画面を覗き込む。その温かな存在感に、わたしの中の不安が少しずつ溶けていくのを感じた。わたしとAIマイケアプランナーの対話。母の願い。兄の提案。それらが一つの流れとなって、新しい物語の始まりを予感させていた。
外では小鳥のさえずりが聞こえ、春の訪れを告げていた。あの灰色の冬を越えて、わたしたちの生活にもようやく、微かな色が芽吹こうとしている。その芽を大切に育てていこう—わたしは静かに決意した。
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